2005/08/15 - 2005/08/16
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night-train298さん
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8月15日(月)
05:30 Mombuey → 15:30 Puebla de Sanabria (33km)
/ Albergue 泊
一睡もせずに歩きはじめた。 今日は33km。短くはない。
そうそう、フランスの道との大きな違いはこの睡眠時間だった。
門限がほとんどないこの道。消灯時間も就寝時間もない。
好きな時間に出入りできるから、健康的なフランスの道とは違って、夜は遅い、朝は早いという短い睡眠時間のなかで、昼間は過酷な歩きを強いられるのだった。
それでもすべてが自由なのだから、私には相が合っている。
今日寝られなければ、明日寝ればいいや。
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真っ暗い中、私は必死に歩く。ここでいいポジションにいないと、後が大変だからだ。
しばらく行くと、そこにミカさんがいないことに気が付いた。
いつもは気にしているのだが、今日は彼女はたっぷり寝ているはずだったので、自分のことで精いっぱいだった。
ペドロがミカさんのことをチェックしてくれると思っていたのに、一番あとから来たペドロの後ろにミカさんがいなかったのである。
そこへミカさんから電話。
遅れて一人になってしまったけど、真っすぐ行っていいの?と聞く。
「あ〜、ごめん!ごめん!待っているからそのまま来て!」
みんなでミカさんを待つ。
自分のことばかり考えているとこういうことになる。気をつけなければと思った。
ミカさんは夕べは寝たものの、隣の自転車のおじさんたちは、寝袋の代わりにレストランで使う紙のテーブルクロスをベッドにたくさん敷いていたため、音が煩かったり、おじさんの足が目の前にぶらさがってきたり、あまりよく眠れなかったと言う。 -
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ここを降りてきた
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今日の最後の歩きのあいだ、ミカさんは花を摘みだした。
今夜、故郷バスク地方のビトリアに帰ってしまうアントニオのためだった。
Puebla de Sanabriaの町は遠くからみてもすごかった。
とても高い丘の上にあったから。
そして城壁に囲まれた中世の町だった。
町は観光客で溢れていた。ここでは今日、大きなお祭りがあるためだった。
その名も『中世祭り』。
アルベルゲは町の中心にあったが、この町の中心に行くのは至難の業。急な階段を上るか、坂道を延々と歩くか、どちらを選んでもきつい。
また、 道を聞こうとしても、観光客ばかりで、地元の人が、なかなかいないのである。 -
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今日は、屋台を運営する地元の人は、それぞれ中世の衣装をまとっている。
その人たちに聞きながら、町の中心の広場にきた。
広場には屋台がたくさん並んでいたが、まだ準備中だったので、 大きな肉を焼きはじめたところだった。
そこでまた中世の人や、おじいちゃん、おばあちゃんに道を聞く。
アルベルゲが、なかなかみつからなかったのは、看板がなかったから。
ここは学校を改造したようで、広々していて清潔で明るい。管理人のおばさんは、誰もいない大きな部屋を案内した。
先に着いていたイサベルが来て、彼女たちと同じ部屋にしてもらうように頼んでくれたが、なぜか私とミカさんは、この部屋にするように言われた。
実際ガラガラだったので、今夜は二人だけで8人部屋を、使うことになった。 -
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イサベルは、今パスタを作っているから、シャワーを浴びたら来るようにと言ってくれた。
さっぱりとしてキッチンに降りていくと、みんなはもう食べ終わって片づけはじめていた。 ちょうど私たちのパスタが茹であがったところだった。
いつも食事の世話までしてもらって申し訳ない。
こんど機会があったら私たちが作ることにしよう。
パスタにチーズをたっぷりとふりかける。おいしい。
ビールもあるし、メロンも食べてお腹がいっぱいになった。 -
アルベルゲのトイレから見た風景
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このおじいさん、おばあさんにも道を聞いた
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ハーブの店
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肉も焼けてきた
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今日は昼のうちに、少し寝ることにしよう。
ベッドに戻り、少し眠る。 みんなはその間外に出ていった。私は手だけ振って見送った。
ミカさんも起きてきたので外に出てみることにした。
さっきまで閉まっていた屋台があいて、とても楽しい雰囲気だ。
手作りのものばかりを売る屋台が並んでいる。食料もあればクラフト製品もある。
その人たちも必ず衣装を身に付けていた。
花火もあがっている。
食べ物の屋台も多い。 さっきの肉も焼けてきた。
なんて素敵なのだろう。 私たちは皮の財布やガラスのアクセサリーなど荷物にならないものを買う。巡礼中でなければ陶器にも手を出していたはずだ。 -
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広場から道へ移動し、また丘の上に戻ると、今日歩いてきた、下方の景色が見渡せて、きれいだった。
丘の上のバルに行くと、イワン以外の全員が、ビールを飲んでいるではないか。
私たちも混ぜてもらってビールを飲む。
あら?絶対に飲まなかったペドロも今日は小瓶を飲んでいるではないか! -
アントニオは今夜1時のバスに乗るという。
そのせいか、みんな感慨深げだった。
アントニオに今の気分はどんな感じか聞いてみると
「残念だ。」
本当に寂しそうな顔だった。
「ミカ&Hiromiと一緒に歩けてうれしかった・・・私たちはもう家族同然だよ。」
まさにいつも私たちが言っていたことだった。
私たちこそ感謝でいっぱいだった。
そして家族と思っていたのも同じだ。
ここで私たちが考えた家族構成を発表する。
ママ=イサベル
パパ=ペドロ(ママの再婚相手で血は繋がっていない)
やさしいお兄ちゃん=アントニオ
やんちゃな弟=イワン
やさしいおじさん=ペペ
実際イワンは時々イサベルのことをお母さんと呼んでいたし、みんな彼女をとても信頼していた。
スペイン語でおじさんはティオ、つまりぺぺおじさんはティオ・ペペ。シェリー酒の名前だった。 みんな笑いながら、でも頷きながら聞いている。
イサベルは
「わたしたちはね、あなたたちと別れて歩いているとき、この道は間違えないかしら?ここはちゃんと歩けるかしら?って、いつも皆で言っているのよ。」
ペドロもぺぺもうんうんと頷く。
アントニオは目立たない存在だったが、温厚で、誰かが歌えば一緒に歌い、誰かが踊り出せばつき合って踊り出す。そんな人だった。
サラマンカから8日間の短いつきあいだったが、なくてはならないファミリーの一員だった。
サラマンカを出る朝、みんなに小さな果物を配ってくれた。すももの小さい実だった。 その次の日は朝は飴を配ってくれた。
何も言わないアントニオだけど、彼がいたからこそ温和で平和なファミリーだったのだ。
話はその後、Santiagoに全員で無事に着きたいという話におよんだ。
いよいよ全員にSantiagoが視界に入ってきたのだった。
夢ではなくなってきたのだった。
私はイサベルに初めて会った日のこと、その日に一番気持ちが弱っていたこと、不安、あきらめかけた夢、そしてイサベルに会ったことによって、それが180度変わったことなど、今まで話していなかったことを全て語った。
こんなに心のうちをお互いに語り合ったことはなかった。
とてもいい時間だった。
もう一杯づつビールを飲んだ。
最後の一杯はペペのおごりだった。 -
寒くなったので一度アルベルゲに戻り、暖かくしてまた町に出ようということになった。
イワンは先に戻っていて、今度はみんなで一緒にでかけた。
何か食べ物を探しながら歩く。ペドロ、ミカさん、私はピザのようなものを購入、これはおいしかったが、それでお腹がいっぱいになってしまった。
イワンはフレンドリーな人だから、屋台の一つにはいりこみ、店の奥で誰かと楽しそうに話し込んでいる。 何度かその前を通ったが、相変わらず店から出てこない。話が弾んでいる様子なので、私たちは彼を置いて町を回ることにした。
中世の服を着たひとたちがパレードのように出てきた。
花吹雪が舞い、魔女に扮した女性がくるくる回りながら、魔法をふりまく。
華やかだった。
ここの祭りのメイン会場には、人がいっぱいで、私達が中に入ることさえできなかったので、 少しの間、別れて見学をして、アルベルゲの前で待ち合わせをした。(アルベルゲのドアを開けてもらうには、おばさんを呼び出さなければならない。何回も行っては悪いので、時間を決めて12時に集合した。)
イワンは、 「今日『昼寝』した時に、古い友達の夢を見たんだ。そしたらね、なんとその友達がさっきの屋台にいたんだよ!もぉーびっくりだよね!!」
さっきの屋台で話し込んでいた人がそうなのだった。友達はこの地とはゆかりもない人であり、こんなところに居るとは予測もつかなかったそうである。
いよいよアントニオとお別れの時。
部屋に挨拶に来てくれた。そしてアントニオは泣きそうな顔をしている。
堅く抱き合い別れを惜しむ。
荷物を持って下までイワンと一緒に見送る。
イワンたちの部屋はもう消灯してしまったようで、私たちの広い部屋にきて、しばらくこの机で日記を書いてもいいかと聞くので、どうぞと言うと、一人で大人しく日記を書きはじめた。
私の 用事が済んだので、覗きに行くとノートを見せてくれた。
以前に両親が旅行中に巡礼路のそばを通ると言っていたが、その時両親は車で彼に会いにきたという。 そのときそれぞれが書いてくれたメッセージがノートに刻まれていた。いい家族がいるのだなと思った。
前にも聞いたことがある。お父さんは、イワン以上に明るくフレンドリーでオープンな人だから、自分が家にいなくても、家に泊まって欲しいと。 お母さんは真面目な人だとも言っていた。お母さんの文を通訳しながら、
「ねっ、いいでしょ!」
と自慢する。
そして私たちにサラマンカで買ったすてきな葉書を一枚づつくれた。 好きなのを選んでいいよと言うので、私はサラマンカの景色が遠方にあり、手前に豚や牛がいるイラストのものを選んだ。
しばらく話をした後、イワンが突然、控えめにこう切り出した。
「ねぇ、Hiromi、あの〜、昨日言ってた日本の『薬』を見てみたいんだけど・・・。」
えっ?なんのことだっけ?ああそうか、寝ないでも歩ける魔法の薬ね、よく覚えていたなぁ。
これは『もろみ酢』の錠剤のことだった。 それを2粒あげるととても喜んでいた。
『日本の黒いお酢』はこれ以来何かと話題になってしまうのであった。 -
8月16日 (火)
06:15 Puebla de Sanabria → 17:15 Lubian (30km)
Albergue 泊
今朝の朝日は格別に美しかった。 私は何度も後ろを振り返り朝日を眺め、写真を撮った。すでに西に向かっているので、背中に朝日を浴びて歩くのである。
今夜までで、カステーリャ・イ・レオン地方は最後。明日からいよいよガリシア地方に入るのである。 -
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それにしてもこの日ほど矢印に惑わされた日はなかった。
朝から変な矢印があるのだ。あきらかに反対方向を指しているものもあった。
そんな矢印に惑わされそうになりながらも途中まではうまく進んだ。 -
この筋は道!?
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バルに入ると、おばさんがニコニコしている。
「あなたたちが来ると思っていたのよ。」
こう言われることが多くなった。ほかの皆が先にきて、私たちが歩いていることを宣伝してくれているためだった。 だから、よけいに暖かく迎えてくれるのだった。
ここを出るとすぐに、オレンジ色の矢印が出てきた。 巡礼の矢印は黄色と決まっているが、ペンキがなかったのだろうか?
これは怪しいと思いながらも、試しに登ってみるとすごい坂。
ここは違う。 また下る。あまりがっかりしないように心掛けるが、そんな怪しい矢印が数回続くとさすがに滅入ってくる。 -
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あと6kmという地点でバルに入った。ここではオレンジジュースを2杯飲む。
おじさんに道の行き方を聞いていったので、途中までは良かったが、車道に出てしまったため、延々と長く歩くことになってしまった。 山間を抜けて行けども行けども近付かない。それでも確実な道ではあった。 -
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あと6kmという地点でバルに入った。ここではオレンジジュースを2杯飲む。
おじさんに道の行き方を聞いていったので、途中までは良かったが、車道に出てしまったため、延々と長く歩くことになってしまった。 山間を抜けて行けども行けども近付かない。それでも確実な道ではあった。 -
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あと6kmという地点でバルに入った。ここではオレンジジュースを2杯飲む。
おじさんに道の行き方を聞いていったので、途中までは良かったが、車道に出てしまったため、延々と長く歩くことになってしまった。 山間を抜けて行けども行けども近付かない。それでも確実な道ではあった。 -
おばさんの家の前の景色
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アルベルゲの鍵がしまっていたので、みんなが居そうなバルに向かっていると、途中で一行に出会う。
イアンが、
「 今日は新しい仲間がいるよ、キューバ人だから歌って踊って賑やかになるよ。」
一緒にアルベルゲに行ってみると、鍵はあいていた。
二階が寝室になっていて、山小屋風。もうすぐガリシアに入る山間の村のせいか、天気が安定しない。急に雨も降ってきた。
イワンがいつになく大人しい。
すると向こうからこう言ってきた
「僕は天候によって、気分が変わるんだ。天気がいい時は元気だけど、悪くなると落ち込んでしまうの。Hiromiはそんなことない?」
私は全天候型だし、たいていの天気が好きだ。今回苦手だった曇りも好きになったので、わたしはないよと言う。 もちろんその気持ちはよくわかるのだが・・・。
そして私の手を見て、手を使って働いている人の手だねと言う。確かに手に力を入れて仕事をしている。 自分の手を出して見せる。イワンは掃除の仕事をしているので、手のひらにはきれいにマメが並んでた。 真面目に働いているのだろうなぁ。
そして、
「僕の父と姉は歯科技工士なんだ。歯医者さんから注文を受けて、歯をセラミックなどで作る仕事。二人で会社をやっているから、父は僕にもそれを一緒にやろうと勧めるのだけど、僕は一日中部屋の中で誰にも会わないで仕事をするのは苦手なんだ。」 -
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今日はパスタを作ってここで食べると言う。
下で日記を付けていると、噂のキューバンのホセがやってきた。
ホセは英語が上手で、日本ツウでもあり話がはずんだ。
マドリッドに8年住んでいるという。その前にイタリアにも一年住んでいた。 おじいさん、おばあさんが元々はガリシア出身ということだった。
今は化学系の勉強をしていてPHDを取っているところだと言う。仕事はCTスキャンの検査をしている。
やはりわたしにとってはスペイン人とは、微妙に違う印象があった。
そして、彼が巡礼を始めた10日前から一度も巡礼者に会っていないということだった。 ずっと一人でアルベルゲに泊まり、道を歩いたと言う。
彼が今日はメインになり、パスタを作った。
ミカさんは寝込んでおり(睡眠不足)料理が出来て、二度呼びかけても起きなければそのままにしておいてと言われる。
ホセの料理の仕方はさすがにイタリアに住んでいただけあって、スペイン人の簡単な作り方とは違っていた。
しかしパスタを茹でる大鍋がないから、シンクにこぼしたり苦戦していた。 料理ができたのでミカさんを、起こしに行く。ペドロもついてきた。
呼びかけてみると、意識はあるようだったが、眠そうだった。ペドロも一緒に呼びかけてくれた。 声をかけると、いつもはすぐ起きるミカさんなのに、今日はよっぽど疲れていたのだろう。 -
パスタの出来は、まずまずだった。
これでお開きかと思ったら、そうはいかなかった。
片づけが終わると、キッチンには遊ぶには充分なスペースがある。
ここでまたゲームが始まった。
まずはイサベルが教えてくれた、膝を叩くゲーム。ペドロは少し慣れたせいか、上手になったが、ぺぺはすぐに間違えてしまう。
間違えると罰ゲームがあった。映画の名前を当てるゼスチャーをするのだ。
ぺぺはかわいいバレリーナになって踊り出す。『白鳥の湖』だった。
何度もペペは、ゼスチャーをするはめになった。
次は椅子取りゲーム。 椅子を並べてその回りを回って、音楽が止まると座る。みんな真剣だから、椅子を触りながら歩くので、椅子の回りに入ってはいけない線も付けた。 これも大爆笑であった。一度目は、私とイサベルが残ったので、ふたりで仲良くウイナ−になった。
二度目はもっと椅子から離れるようルールが決まって開始。みんなほんとうに真剣。 大人なのに・・・。
でも一番真剣なのは私だったかもしれない。最後はぺぺを破り最後まで残った。
今度は横に立て掛けてあったマットを並べる。 そこに一人づつ寝て、そのお腹に頭を重ねていく。そして誰かが面 白い話をすると、みんなが笑ってそれがお腹に響き、人から人へと不思議な振動が伝わっていくのだった。
順番が私に回ってきた。
ジョークを言えと言われても・・・。困っていると、早口言葉を言えというので、
「隣の客はよく柿食う客だ・・・」
と三回繰り返すと、これがなぜか受けまくる。もう一回やってと言われ、再びやるとみんなは涙を流さんばかり。
今度はちゃんと座って、日本語でCaminoについて語ってくれと言う。
思い付いたことを話し出すと
「ケ・ボニート!・・・(なんて美しい響き・・・)」
という声がする。 そしてそれを訳してくれというので、スペイン語と英語のチャンポンで説明した。
「銀の道は難しい。フレッチャー(矢印)がない。そんな時は五感を研ぎすまし、精神を集中し、目を見開くと、そこに誰かがやってきて、正しい道を教えてくれる・・・」
「デ・ベルダー?」(本当?)
イワンが聞く。
「 本当だよ。 」
こうして大人の大真面目なゲーム大会は終わった。
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この旅行記へのコメント (2)
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- kioさん 2005/10/16 09:56:03
- The Long and winding road
- 数日前に図書館で伊集院静の<ねむりねこ>というエッセイ集を借りて
昨夜、寝しなに読み始めると<峠の花>というタイトルの一文に
彼がサンティアゴ・デ・コンポステーラまでの900Kの道を旅した事が
書かれていた。 night trainさんが昨夏歩き通した道だぁと思いながら
読み進んだ。彼は車で走り通したが・・
以下 文面より抜粋、、、
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
巡礼路は山あり谷ありで標高1500メートルにも及ぶ峠もあってジョギングする
ような感覚ではとても聖地には辿り着けない。ほとんどの人が何かに耐えながら
歩いている。 何が彼等を巡礼に向かわせるのか。
スペイン語でカミーノ<道>と呼ぶ巡礼路を彼等は神と同行しているのだ。と
コーディネーターから説明されたが、キリスト信仰者でも他の信心を持つ者でも
ない私には、安易に神と歩く行為が出来なかったし、巡礼者と交わした会話の
中からも、彼等が巡礼に出た理由を聞く事が出来なかった。百人の巡礼者には
百人の生きる事情があるはずだ。旅の途中から私は彼等の姿を見る都度に、
この人達は何かしらの苦悩を抱えて歩き続けているのでは、と思うようになった。
見方をかえれば、このスペインの地だけでなく、世界は苦悩で溢れている。
巡礼者は苦悩とむきあっているのかもしれない。私はあらためて、人間の生の
哀しみを考えてしまった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
この一文を読み終えて、night trainさんの<銀の道>の未読分を唐突に
読みたくなり今朝は数時間かけてアップした巡礼記はすべて読ませて頂きました。
night trainさんの頑張りぶりとこだわりぶりに改めて敬服と驚愕の気持ちで
一杯になりましたよ〜 何がnight trainさんをして苦行僧のごとく
けっして平坦ではない<銀の道>をひたすらに突き進ませるのかと
ふと思いましたぜ。
きっと巡礼路への思いの強さがnight trainさんの中では
ライフワークな如くになっているんでしょうか
knight walkerというHNが相応しいとあらためて思いましたよん(*^_^*)
続きを愉しみに待って居ます
- night-train298さん からの返信 2005/10/16 23:36:30
- kioさん、ありがとうございます!
スペイン美術だったか、最近の番組(日曜美術館)で、伊集院静さんが出ていたんですよ〜。
この方がスペインに詳しいとは、それまで気が付かなかったので、kioさんに教えていただいて、
なるほど・・・と思いました。
>ほとんどの人が何かに耐えながら
歩いている。 何が彼等を巡礼に向かわせるのか。
毎日楽しく過ごしているのだけど、確かに歩いているときは、みんなけっこう顔はこわばっているかもしれません。
そして後ろ姿は、何かを祈りながら一心に歩いているように見えます。(たぶん祈っていないですが)
う〜ん、そうですね、日常生活にはいくらでも苦悩は転がっているけれど、それと真っ向から向き合っていると言えるかもしれませんね。
逃げないで。
先日ちょっとだけ知り合いの人と少しだけ話す機会があったので、巡礼の話をしたら、彼女は
「宗教にかかわらず、たくさん歩いていると『無』になって、そこから新しいものが生まれてくるそうですね。」
けっこうはっとしました。歩いていると、さぞかし自分と向き合って、何かを考えるのではないかと思っていたら、
実際は、もう疲れているし、何にも考えないんです。せいぜい、目的地に着いたら、ビールをいっぱい飲んじゃおう!とか・・・
日常でもけっこう「無」になれるかもしれないけど、頭の中がからっぽになるというのはなかなかないですね。
ところで、旅行記を一気に読んで下さったそうで、ありがとうございます!
そろそろ旅も終盤に近付いてきますが、まだまだ一波乱ありそうです・・・。どうぞまた読んでくださいね!
(まだアップしてないけど!)
kioさんのページにも、こっそりお邪魔していて、新しい旅行記を二部読ませていただいて、すっご〜〜〜く楽しんでいたんですよ〜。
また、こっそりお邪魔しますね〜
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