2005/07/28 - 2005/07/29
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night-train298さん
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7月28日(木)
5:45 villafranca de los Barros →15:15 Torremegia (35km? )
/ Hostal Milenium泊
5時に目覚ましをかけ、ゆっくり支度をして5時40分に出発。
昨日あらかじめ宿の女主人に聞いておいた通りにスムーズに進む。このホテルの場所が巡礼路な上、町の出口に近かったので助かった。
しかし、更に行くと道は二つに別れていた。 いったいどっちなのだろうか。矢印は見当たらない。
ここを通るのは普通車の他に、大きな音を立てて列をなしてゆっくり走ってくる戦車のような部隊。 運転席がむき出しになっていて、すごい音なのだが、これは葡萄畑の農薬をまくための車だと、あとでわかった。
考えていると、その先頭車両のおじさんが左方向を指差す。 見ていると、その後ろから来るおじさんも次々と左を指差していた。
そうか、左に行けってことなのか。 またしばらくして左右から道が出てきた。 何も書いていなければ『直進』と決めた通 り歩いていくと、矢印を発見してとてもうれしくなる。
ここで矢印を発見することが、何よりも安堵感をもたらしてくれるのだった。
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ぶどうの農薬をまくための車
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オリーブの木の下で休憩
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少しづつ明るくなってくると、このあたり一面 が葡萄畑だということがわかる。
葡萄畑は延々とどこまでも続く。
こんな光景を見たのも初めてだった。
時々感動して足を止めて写真を写した。 葡萄の葉の緑はとても明るくていい色だ。
葡萄の木にまじって、時々オリーブの木がある。
オリーブの木陰は風が通って気持ちがいい。
その下にシートを敷き少し寝てみる。最高のベッドだった。
何時間も今日は葡萄畑の中を歩くのだった。見晴しはいいし、人はいなくても恐いということはなかった。 しかも今日も少しだけ雲がある。よ〜し、この雲を味方につけ、30km歩くことにしよう。
葡萄畑を過ぎると列車に遭遇、そのトンネルの下にはとてもわかりにくい矢印が書いてあった。 → と → の上に×印がしてあるもの。そして こんな↑も。これじゃあ混乱してしまう。 そこへトンネルの向こう側に車が止まった。そして私を見てこっちだと呼んでいる。 -
トンネルをくぐるとすぐに町が見えてきた。
今日はとてもスムーズだった。
しかし目的の町に着いたのは午後三時の真っ白い時間帯だった。 この時間のスペインの中・南部の町の家々はシャッターが下ろされ、無気味なほどに静まり返っている。歩いている人はほとんどいない。
距離が長いのと歩ける時間が短いので、たいていがこの時間帯に着く。
旅人にとっては最悪の時間帯だった。 ちょうど3時を知らせる鐘が鳴る。この音を目指せば教会があるはずなので、よ〜く音を聞き分けようとするが、あっという間に鐘の音は消えてしまった。
開いているバルを見つけ、喉を潤す。そして教会とアルベルゲの場所を聞く。 その方向に歩いてもなかなかみつからない。人に聞いても狭い町なのにみつからないのだ。
そのうち3時半の鐘が鳴る。その音に頼って歩いてみたが、再び人に聞いてやっとのことで教会とその隣にあるアルベルゲに到着した。
鍵がしっかりかかっている。しかし誰も泊まっていないなら、こんなところに一人で泊まるのはごめんだった。
町の中とは言え、静かすぎてこわい。
とりあえずここの鍵を持っている警察に行ってみたが、ここも閉まっている。
私のガイドブックによると、『この町にはアルベルゲがある。ホテルはあったが今は閉まっている』とのこと。 近くのベンチに座り、ミカさんに電話することにした。
もうここから二十数キロでミカさんがいるメリダである。私は明日一気にメリダより更に一つ先の村まで行きたかった。 それには明日、やはりミカさんにも十数キロ歩いてもらわなければならなかった。
明日私はなるべく早くここを出て、メリダに行き、数時間観光した後、その次の村でミカさんと待ち合わせることにした。
ベンチで休んでいたら、警察の二階の部屋が賑やかになってきた。もしかしたら開いたのかもしれなかった。
時間は午後5時。 二階に行ってみると、部屋にミシンやアイロンが置いてあり、10人くらいの女性が、わいわいと働いていた。今まさに昼休みから戻ってきたところだった。 ここが警察じゃないとわかると私は下におりていった。そして下でうらめしく建物を見ていたら、二階の窓からおばさんが顔を出して、上がっていらっしゃいと言う。
もう一度上がっていくと、椅子を出してくれ、ここに座って警察が開くまで待っていなさいと言う。
私は言われた通り、静かに座りながらおばさんたちの働きぶりを見学させてもらった。 まじめに動いている人もいるけれど、おしゃべりがすごい。誰も監督者もいないので、みんな好き放題やっている。
私を呼んでくれた人は年齢的には上の方ではないが、しっかり者のようで、みんなを助けている。 近くにいたおばさんが話しかけてきた。するとみんなに大声で、
「Sevillaから歩いてきたんだって!今日も30km歩いたんだって!!!」
私が座りながら足をマッサージしていると、太ったおばさんがきて、洗面所で足を洗っていらっしゃいと言ってくれた。
水に足を浸すだけで気持ちがいい。
やっと落ち着いたので考える余裕が出てきた。 もしかしたらこの町にホテルがあるかもしれない、閉まっていたホテルもやっているかもしれない。
おばさんに聞いてみると、
「あるわよ、ここから100m行ったところ。」
わぉっ!私は荷物をここに置かせてもらって、様子を見に行くといってでかけた。
同じ通りを歩いて行くと、ホテルの看板が見えてきた。バルの二階だった。 泊まれることがわかると、荷物をもってすぐに戻ってくるからと言い残し、おばさんたちの工場へ戻った。
もうすでに5時半、最初からこのホテルの存在に気が付いていれば二時間以上早く休めたのに。でも、そうしたらこのおばさんたちに会えなかった。
工場に戻ると、ホテルに行くことを告げ、お礼を言い写真を撮らせてもらうことにした。 おばさんたちは大騒ぎで集まってくる。
そして全員に見送られながら階段を下りて行った。 -
ホテルの部屋は小さかったが何もかもがコンパクトに詰まっていた。
シャワーを浴びてさっきのバルにもう一度行くことにした。
メニューが気になっていたからだ。蛸や海産物の写真があった。
今日はゆっくり食事がしたかった。 ふと見ると、バルの向かいの警察がやっと開いている。二階にはあの賑やかなおばさんたちが働いている。
警察へ行きスタンプをもらいながら、たった一人の駐在のおまわりさんと話をする。
二階のおばさんたちのお陰でこの町にいることがとても楽しくなっていた私は気持ちがとてもオープンになっていた。 -
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バルに行くと、まだ食事ができないという。今食べられるものと言ったらボカディージョ(サンンドウィッチ)だけ。 それでも食べる気満々だったので、メニューにはないチーズ入りオムレツサンドを頼む。 とても大きかったので、残そうと半分に切ってもらった。 チーズが熱で溶けかけてとてもおいしい。
残そうと思った分まで食べてしまった。 -
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スーパーで買い物をしホテルに戻る。バスタブに水を張って足を浸しながらたまっていた日記を書いた。
一時間も足を浸していただろうか。また12時になってしまった。
あわてて眠りにつく。 -
7月29日(金)
5:45Torremegia→ (11:30Merida観光15:10)→21:00 Aljucen (32 km)
/Casa Rural 泊
昨日は厳重に下見をしておいたとおり歩いていく。
車道から田舎道に入るところを、わざわざ歩いてここまで昨日見ておいたのだ。
一人ならこのくらいしておかないと、町を出ることすらできない。
宿を出てから日の出までの間どのくらい歩けるかがこの道の勝負どころなのだ。
順調に田舎道に入ったものの、目の前に立ちはだかったのは橋のない小川だった。 暗いからどのくらい深いのか、幅があるのかもわからない。 真っ暗な中、途方にくれた。
この中を闇雲に突き抜けるべきか。
しかし道は他にどこにもない。数メートル向こうの上に、幹線道路が見えていた。
考えた結果、少しでも安全な幹線道路に戻ることにした。 しかし道路にあがるには急勾配の長い傾斜を登らなくてはならない。 リュックを持ったまま登るのは困難で、すぐに下へ下がってしまうから、勢いをつけて一気に上まで上がり、そこにあった小枝でも草でも掴む。するとその葉は刺だらけ。こんな仕打ちってあるだろうか。
この辺りの草は刺だらけ。転ぶこともできない。もう少しで下に落ちてしまうところだったが、がんばってガードレールにしがみつく。
ガードレールを越え車に気をつけながらしばらく車道を歩き、先ほどの田舎道を見失わないように歩く。 いったいこんな真っ暗がりの中、一人で何をやっているのだろう。 -
Meridaに着いたのは11時半だった。 ここはローマ遺跡が多く残る街で、銀の道の要所でもある。 街に入るためにりっぱなローマの橋を渡る。活気があって楽しそう。
インフォメーションへ行き地図をもらい観光名所を聞き、荷物を預けるところはないかも聞いたが、可能性としては町外れの駅にでも行かないとないという。 この荷物を背負いながら観光するのはちょっと疲れる。 -
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街のあちこちにローマ時代の建築物がある。
まずは円形劇場とローマ劇場を目指す。この二つは隣り合わせになっている。 賑やかな通 りを抜け劇場の入り口に着くと、私の大好きなプチ・トランがあるではないか。 街を観光するミニ列車である。
荷物を預けることもできないままリュックごとプチ・トランに乗る。 これに乗ってしまえば休みながら街をめぐってくれるのだ。
後ろの子供が大はしゃぎ。みんなに「オラ!」とかわいい声で呼びかけている。 私はお菓子を食べながらゆっくり街をながめる。いいなぁ。歩かなくても移動できるなんて!
そして列車は再び劇場の前へ。 -
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入場券を買って中に入ると入り口で呼び止められた。
「その荷物をここに預けていかなきゃだめだよ。」
願ったりかなったりであった。
荷物に解放されて気持ち良く二つの劇場を見学する。
広々として気持ちがいい。 全体を見渡すときれいな楕円を描くだけのシンプルなものな。近くで見ると緻密な石造り。ローマ時代の英知と美的感覚に感心する。
上へ行ったり下に降りたり、迷路のような二つのローマ遺跡をゆっくり見ているうちにとても気分が良くなってきた。
出口に近い木に囲まれた公園のベンチで一眠りすることにした。 そして荷物を受け取り、水道橋に向かって歩く。ここが街の終わり。
このまま街を出るためだった。
しかしその前に私の心にポンと入ってしまった看板があった。 中華料理店の看板だった。ドアを押してみると感じのいいレストランだった。
コースメニューで中華のサラダ、ビーフのチャップスーイ、チャーハン、デザート、飲み物がつく。どれもおいしくて、残さずたいらげてしまった。 -
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水道橋は私が一番楽しみにしていたものだった。
ガイドブックで写真を見ていて行ってみたかったからだ。
ところどころ朽ちかけて欠けているこの水道橋は写真以上に美しく、その近くに行き、また手前の橋を渡りながら眺めてこの街に別 れを告げた。 -
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水道橋は私が一番楽しみにしていたものだった。
ガイドブックで写真を見ていて行ってみたかったからだ。
ところどころ朽ちかけて欠けているこの水道橋は写真以上に美しく、その近くに行き、また手前の橋を渡りながら眺めてこの街に別 れを告げた。 -
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ここを下りました〜
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さあ、ミカさんと待ち合わせたAljucenまではここから十数キロメートル。
いつ着くかわからないけど、ミカさんが宿も取っておいてくれるだろうし、なんとかなるだろう。
歩いていくと湖があった。まばらだが海水浴をしている家族がいる。 湖のほとりで少し休んでまた歩き出した。 -
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そしてAljucenの村へ。
今日の宿はcasa rural。安い値段で古い民家を改造した家に泊まることができる。
『銀の道』にもいくつもcasa rural があった。 部屋数は少ないが、アットホームでおすすめである。
ミカさんは、あれから風邪を引いてゆっくり休んでいたという。(私がうつしたらしい) それでも元気で
「もうゆっくり休んだから明日から歩けるよ。」
と言ってくれた。 良かった! もう夜の9時に近かった。
この3日間で100km以上歩いたため、相当消耗していた。
ゆっくり湯船に浸かってのんびりした気分になる。
庭には緑の無花果がある。私の大好物だ。暗がりの中、手探りで取っては食べた。
おいしい!こんな幸せなことはない。 -
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この宿は、二人の女性がボロボロの古い家を買って、少しづつ直したものだった。
内装もとても素敵だった。
その一人のエレナは、この宿に泊まった日本人は私達で二組目。二年前に女性が二人で泊まったのよと言う。
彼女はフォトグラファー。飾ってある写真や絵を描いている。 -
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