2005/07/23 - 2005/07/25
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night-train298さん
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7月23日(土)
05:00 Castelblanco → 16:00 Almaden de la Plata (30.0 km)
/Albergue 泊
午後になると激しく暑くなるので、早朝から出発しようと4時半起きで5時に出発。
私たちだけだったらこうはできない。 なぜかというと、私たちには心細い地図がひとかけらしかないから。
フランはイギリスで買ったガイドブックを持っている。英語で書かれ、どのように町を出るか、矢印がみつからなくても文字が導いてくれる心強い本を持っているのだ。
これなら真っ暗な中でもなんとか歩けるのだった。
この頃のスペインの日の出は7時過ぎ。
だいたい7時にならないと、薄明るくさえならない。
5時に出るということは、二時間は暗闇を歩くのだった。 ア
ルベルゲの鍵をガソリンスタンドに返し出発。
今日の道は半分が車道を歩く。
銀の道はアスファルトの車道を歩くことが多い。北上するまでは630号という道をつかず離れず歩くことになる。
日の出の後も雲があり涼しい。最初に道の端で休む。フランは目を閉じて眠りはじめた。私たちもゆっくり休んで一時間もたってしまった。
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しばらく歩くと公園の入り口へ。
今日の残りの半分はこの公園を通る。とても気持ちの良い道だった。
フランもこの道が気に入った。かなり歩いて水の量が不安になってきた頃、小屋におじさんがいるのを発見、お水をもらえないか聞くと、5リットル入りの大きなボトルを持ってきてくれ、三人はそれぞれのボトルを満たしてほっとした。
お店もバルも村さえも少ない『銀の道』では、遠慮なく水だけはいただくことにしていた。
またしばらく歩いていくと、一台の車が止まった。
「お水はいりませんか?」
向こうから申し出てくれたのだった。ありがたいがまだ充分あったので、お礼だけ言って別 れる。 こうやって地元の人に支えられ、励まされ歩くことができるのだった。 -
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お昼が近づき少し暖かくなってきた頃、お昼寝休憩タイムにはいる。
またまた一時間休む。
休むことも大切だが、私にとっては靴を脱いで足を乾かずことが一番大切だった。マメができやすいからである。
しかしこの後がきつかった。また急に例の暑さが戻ったのだ。しかも道は急な登り坂。常に上へ上へ。
上り詰めると四方に景色が広がって眺めが良い。
写真を取り合い一気に下って今日の目的の村へ。
約30kmの道のりだった。 アルベルゲを探すのは苦労した。通りがかったパトカーに聞いたり、あちこちのバルで聞き、ようやく探し当てると先客がいた。自転車の人たちだ。 -
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アルベルゲ(巡礼宿)
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シャワーを浴びた後は薬局を探しに行く。 困ったことに、私は早々に風邪をひいていたのだ。ここ数年間風邪をひいたことがなかったのに。おそらく夜行バスの冷房と疲労で一気にきた。
日本から持ってきた風邪薬はすでになくなっていた。風邪は想定外だったので、少ししか持っていなかったのだ。 しかも鼻水と咳。それがどんどんひどくなっていた。 道を聞いた女性は、
「薬局はそこにあるのだけど・・・」
と言い「だけど・・・」
と口ごもる。そうか、今日は土曜日、しかもすでに午後。店は閉まっているのだろう。 そこにどこから来たのかおじさんが歩いていて、その女性はこのおじさんに助けを求め、消えてしまう。 おじさんは私に英語が話せるか聞き、自分はロンドンに28年間住んでいたと言って、上手な英語で話しかけてきた。 こんな田舎で英語が話せる人がいるとは驚きだった。
そしておじさんは
「あそこの薬屋はいい奴だから、頼んであげるよ。」
玄関に入ってベルを鳴らす。店主のおじさん、おばさんが出てきて店は閉まっているけど、必要なものを出してきてくれると言う。
私はまず、マメ治療の必需品、vetadineという消毒液、(去年も持って歩いていた)鼻に効く風邪薬、そして咽のためにトローチを購入した。
とても二日後の月曜まで待てない状態だったので助かった。 おじさんはアルベルゲまで一緒に歩く。偶然にもアルベルゲの向かいに住んでいるからだ。 さらに偶然に、ロンドンで私も半年ほど住んでいたペッカムという町におじさんも住んでいて、同じ通 りだったこともわかった。
おじさんは家に招待してくれた。犬二匹とガールフレンドと一緒に住んでいる。(奥さんと子供は今もロンドンに住んでいるらしい。この地はおじさんの故郷らしかった) 一緒にテレビで闘牛を見て、お水をご馳走になり写真を撮ってお別れした。
アルベルゲに戻りマメを治療した後、フランを誘って夕食に。
今日はメニュー。 私はガスパチョ、二番目の皿は昨日も間違えた豚のはずが鶏肉のステーキ、二人も私のスペイン語に頼っているから、三人ともまた昨日と同じものを食べる羽目になってしまった。ポストレ(デザート)はメロン。 スペイン語を英語と日本語に訳し、フランとミカさんの会話はそれぞれ日本語と英語の通 訳、二か国語ならまだしも、三か国となると頭の回転をフルにしないと誰に何語を話すかわからなくなる。 しかし不思議なもので、普段は出てこないような単語も、こういうときはどういうわけだか出てくるのである。私の頭のどこにそれが入っていたのか・・・。
フランとは二日目の旅だったが、すっかり打ち解けていた。 彼女はこう言った。
「私といるのがいやになったらいつでも言ってね、礼儀正しくするあまりに我慢したりしないでね。」
私たちは
「とんでもない!私たちはあなたがいてくれてとてもうれしいの。もしそんな時がきたら正直に言うからだいじょうぶ!でもスピードが違うから、いつかは別 れの時がくるのでしょうね。」
フランはちょと寂しそうな顔をした。
私だってずっと彼女と一緒にいたかったけど、時間に二週間以上も余裕のある彼女はゆっくり歩きたいだろうし、私たちは期日中になんとかSantiagoに着きたいのだから仕方がない。 -
7月24日(日)
08:30 Almaden de la Plata →15:00 El Real de la Jara (16.6 km)
/Casa Molina 泊
朝、なぜか目覚ましが鳴らず、7時半に起きて、夕べ買っておいたヨーグルトなどを食べて8時半に出発。
自転車の人たちの出発はいつも遅いが、すでに彼らさえもとっくに出ていった後だった。
今日は16km。
なぜかマップの予定も16km。ミカさんは、この地図の通りに行こうよと言うし、フランも当然という顔。私はまだ先の村へ行きたかったが、二人はそろそろゆっくり歩きたいらしかった。
事前に立てた予定には遅れてしまうが仕方がない。
今日の道は良かった。
日は照っているが、風が心地よかった。
二つの山を越える。昨日ほどの急坂もなく、オリーブ畑の中を抜ける。
途中放し飼いのイベリコ豚に遭遇。有名などんぐりしか食べないおいしい豚だ。
これぞスペインという正面きった真ん中を歩くのである。暑さもスペインの一部。
こんな景色、野性的な荒れ地はフランス道にはない醍醐味だった。 -
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急坂です
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途中休憩を入れ、目的の村へ。
今日の村にはアルベルゲがない。オスタル(安宿)に泊まることになる。
この銀の道では前半こういった『ホテル』を利用することが多かった。ツインで格安のところで15ユーロ、高くても50ユーロどまりの割安なホテルを利用した。 -
今日は時間が半端なのでバルで食べられるものを出してもらう。
生ハム、チーズ、タラのフライ、焼き豚肉、パン。
イギリス人のフランに、友人でコメディアンになったジョニー・べガスことマイクのことを聞いてみた。
彼が大学を卒業してから、専攻していたセラミック科のロクロを使ってコントを始め、その後も活躍しているらしい話は聞いていた。
しかし本当に誰でも知っているような人なのだろうか.
フランに
「ジョニー・べガスって知ってる?」
と聞くと、顔をやや赤らめながら、
「私、彼のファンなの。とてもおもしろいのよ。」 「去年のビッグイベントに大物歌手たちに混じって彼も出演したくらいなのよ。」
ロンドンに住む友人が言っていた。『彼と友達だと言えば、どんなに予約が取れないレストランでもすぐに入れてもらえるよ。』
おおげさではあっても、本当に大物になっているらしい。
私は彼ととても仲良しだったから、たくさんお宝ビデオを写しているし、手作りのカードももらっているのだと、こんなスペインのど真ん中の片田舎で自慢しておいた。 -
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オスタルに戻り今日は早く寝ようと夜の7時半にすっかり寝る支度を調えた。
廊下に出ると、宿の男の子が暗い部屋の中で風船遊びをしていた。
特にこのあたりの暑い地方では日中はシャッターを閉め、部屋を暗くする。涼しく演出しているのかもしれないが、この時間に村に入ると、外部と遮断し拒絶しているように見えた。
まるで留守の家のようだが、中には人がたくさんいるのだ。 その子としばらく風船遊びをする。
私は子供が大好きだ。子供をみかけると、どうしても話しかけてしまう。 日本だったら変な顔をされることもあるが、スペインの子供たちはちゃんと質問にまっすぐに答えてくれる。
いや、それは子供に限ったことではなかった。若者も大人もそれは同じだった。
その子の写真が撮りたくて、外に出てみると、眩しい太陽。
まるで午後二時の太陽と変わらない。
部屋の中とは対照的なこの眩しさ。
ここの向かいに小さな店があるのを発見し、ベッドに横になっていたフランとミカさんを誘っていってみる。 -
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7月25日(月)
04:30 El Real de la Jara → 12:00 Monasterio (20.7 km)
/Albergue 泊
今日は特別な日だった。
7月25日はSantiagoの日。
Santiagoはスペインの守護神であり、去年のこの日が数年に一度の日曜日にあたる聖年に当たる年であったため、たまたま滞在したロス・アルコスでは盛大なパーティーが村人あげてあり、私たち巡礼者も一緒に参加させてもらった。
教会では特別なミサがあり、パイプオルガンのコンサートがあった。アルベルゲでは巨大鍋が用意され、おそらく200人分くらいのパエリアや飲み物が用意され振舞われた。
村人も巡礼者も関係なく、歌い踊りお祝いをした。
今年は聖年ではないが、やはりSantiagoを目指す我々にとっても重要な日だった。 朝から私とフランは、今日はミサに出ようねと約束していた。
フランは敬虔な信徒ではないと言うが、もともとウェールズの出身で、両親がウェーリッシュであり、母親が経験なカトリック信者ということで、何よりもこの巡礼を喜んでくれた言う。
今日のマップによると目的地はMonesterio。20.7km。
本当なら昨日の16kmと合わせてここまで到着していたかった場所である。
さらにこの先まで・・・と思っても次の町まで26.1km。
『銀の道』の問題点はたくさんある。途中に村や町が少ないのである。 だからこのマップの通 り進むか、二枚分のマップを進むかしかないのだ。
途中でやめたくなってもやめられない。歩きはじめたら、何がなんでも目的地に着かないことには野宿するしかないのだ。 野宿はまだ未経験だ。もし夜中が過ごしやすいのならそれもアリかもしれないが、昼間の暑さとは極端に、深夜は冷え込み、朝方の日の出前などは初冬のごとく冷えるのだった。
こんなところもこの道の難しさの所以である。 -
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休憩中に空を見上げると・・・・
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これは道?
工事中で、道を見失う。 -
今日はまた5時より歩きはじめる。
ミカさんがちょっと遅れがちになり、フランと話しながら歩く。
この時間はまだ星が爛々と輝いている。その星を見ながら
「去年はイギリスで流星群が見られたの。三時に起きてね,娘と友達と三人で車に乗って寝袋を抱えて星を見にいったの。まるで花火のようできれいだったわ。」
その時だった。私が一つの流れ星を見た。次の瞬間別のところで今度はフランが流れ星を見た。 とても神秘的だった。
彼女は自然や動物が大好き。歩いていると、野生のウサギをよく見かける。誰よりも早く彼女は見つける。 鳥のことも詳しかった。植物についても、ガイドブックにイラストが載っていて、すぐに調べていた。
彼女が私の前を歩くことも多い。そんな時の彼女の後ろ姿は、一心に祈りながら歩くかのように見えた。 -
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今日の目的地Monesterioに着く。
この町にはアルベルゲはないが、赤十字の施設に泊まれるのだという。 鍵は隣のレストランにある。こういう情報はむしろフランのガイドブックより、私がロンドンで買った薄っぺらい本に載っていて、小さなマップでさえも役に立つのだから、みんなで力を合わせると、充分な情報量 があった。
この施設は、一人で泊まるのは尻込みしてしまうが、三人で入ると不思議に活き活きしてくる。
この頃になると、私の備品はぽろぽろと壊れてきた。
一番参ったのは靴であった。
去年と同じ店の信頼できる店員さんと話し、今年は軽くてハイキング用の一か月ではきつぶす方向で決まり!と、去年の値段の三分の一以下の代物にしたものだから、 靴底が口を開けはじめたのだった。
後ろも前も、両足もろとも。こんなのありえない!
中の布で繋がっている状態だった。おそらくものすごい温度のためにボンドが溶けたのではないだろうか。
今はまだいいが、雨の多いガリシア地方に向かうのだ。その前にだって雨の可能性はある。 その時に大変なことになってしまうに違いない。 機会のあるうちになんとかしたい。
靴の修理店なら日本ならどこにでもあるだろう。 しかしここスペインの田舎では、まず見かけないのである。せめてボンドを買ってくっつけておかなければ。 そしてサングラスのねじも外れてブラブラしている。 教会へ向かう途中にそれらを修理することができそうな店があった。 まずはサングラスを眼鏡屋さんに預け、すぐ隣の小さな工具店でスーパーグルーを買う。 -
教会は閉まっていた。
この道沿いにある教会はたいてい門を閉ざしていて、自由に入ることができない。 ミサの時間を聞くと、人によってまちまちで、8時、8時半、9時ということだった。
教会のすぐ横には銀の道の資料館があった。 行く先々のモニュメントや、観光名所の写 真が大きく引き延ばされ、一堂に見ることができる。
これから行く場所を写真で見るが、実感がない。
解説にきてくれた男性が、ここの地図に書いてあ地名はローマ時代の名前なのだと説明してくれた。
そう、この道はフランス道よりも古い。
ローマ時代の遺跡をめぐる旅でもあるのだ。
巡礼全盛期にローマ時代、イスラム時代から受け継がれた銀を運ぶルートがSantiagoまでの巡礼ルートに引き継がれる形で残ったのである。
鍵を借りたホテルのレストランで昼食を食べに戻った。
ここでもガスパチョ、豚のステーキ&ポテト、プリン。
ガスパチョは店によって少しづつ違うが、暑いこの国では元気が出る。
アンダルシア、次に入るエストレマドゥーラの名物でもあるから、この地方にいるあいだはなるべく食べたい。
またスペインの豚肉はとてもおいしい。生ハムやチョリソー、サラミも全て。
プリンもかつてスペインで私は目覚めた。時々市販のプリンを出されるとがっかりするが、自家製のプリンはしっかりした味でとてもおいしい。
ところでここMonesterioは生ハムのハモン・イベリコで有名な地なんだそうである。 あの出会ったどんぐりを食べる高級豚のハムである。夜に必ず食べようと決める。 -
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今日のアルベルゲ(赤十字)
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アルベルゲでのんびりし、私はマメの治療をしに医者に行くことにして外へ出た。 するとそこへ自転車おじさんの二人組がやってきた。
おじさんに隣のレストランに行ってスタンプをもらうことを教えると、自転車に乗って行ってしまった。 私は少し興奮してミカさんとフランに報告に行った。
「すごい人たちが来たよ!自転車のおじさんの姿がおもしろいの!白い大きな布を頭からかぶり、そこにヘルメットを乗せているからアラビックみたいなの!!」
私は病院に行くのを後にして、二人が戻ってくるのを待ち構えていた。 カメラを用意して。 なかなか帰ってこない。ホテルのおじさんに情報を聞いているのだろうか。もしや一杯飲んでいるのだろうか。
やっと現れた時には、さっきのコスチュームを外していたが、 お願いするとすぐに衣装を付けてくれ、カメラに収まったのだった。 -
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病院に行く。すぐにフランス道と比較してしまう癖は止めようと思っているのだが、去年は良かった。
アルベルゲのホスピタレイロはほとんどが巡礼経験者で、その人たちはマメ治療の名人が多い。ずいぶんとそういう人たちのお世話になったものだ。 それにひきかえ医者はマメを潰したがらない。ばい菌が入るから、自然に治すのが一番だという考えだからだ。
しかし休むことのできない巡礼にとっては、マメを潰して水を抜き、さらにその中に消毒液を注入するのが一番いい方法なのである。
この町の病院も同じだった。マメをさっと消毒してプラスターをぽんぽんと貼るだけだった。 ついでに風邪薬ももらうことにした。
先日買った薬のお陰で鼻の方は少し良くなっていたが、咳が止まらない。おそらく夜中にも咳をして、回りに迷惑をかけているかもしれない。
医者は咽を見て、二日分の薬を出してくれた。
この薬を後でフランに見せると、
「これは何にでも効くいい薬よ。悪いものをだんだん小さくしていくの。イギリスにも同じ薬があるわ。この薬は害はないからだいじょうぶ。これをたくさん飲んでも自殺できなかったそうよ。」
確かに速攻性はなかったが、その後少しづつ快方に向かっていった。 -
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買い物をした後、教会へ向かう。 教会前の広場の噴水の中に、先ほどの自転車おじさんが入り、子供のようにはしゃぎながら写 真を撮っていた。
そして広場のバルでビールを飲みながら5人で話をする。
自転車の人たちは歩く人の2倍以上の距離を走る。100km走った日もあるという。 そんなわけで、二度と会うことはないから、普段はあまり交流はない。
しかしここ『銀の道』では、お互い方法は違っても、数少ない巡礼者同士だ、道で追い越す時には止まってくれ、必ずどこから来たの?とか話を交わす。
一人一人がとても重要で特別な存在なのだった。
おじさんの一人はもう10回くらい巡礼をしている。いろいろなコースを行っているが、『銀の道』が一番難しいと言う。
ミサが始まる時間になったので、みんなで行くのかと思ったら、おじさんたちはこれから食事に行くというので、 三人で教会に入る。
信者ではない私とミカさんは後部の座席に座った。かなりの人が参加している。 ここに巡礼者が三人しかいないのが残念だった。
ミサが終わり、急いで生ハム専門店に向かう。
もう今日は遅いからアルベルゲで試食だけにしようということになった。
数切れづつつまむ。
さすがにおいしい!
おじさんたちも帰ってきて、自家製のキャラメルを分けてくれた。
もう明日からはどんどん遠いところへ行ってしまうおじさんたち。一期一会の出会いである。
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