2004/10/20 - 2004/12/15
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らお子さん
ラオスを訪れるのは3度目。
今回は、ビエンチャンから入って主に北部をまわりました。
ビエンチャンでボートレースを見て、ジャール平原で壺を見て、ムアンゴイではなんちゃってウルルン体験をして、バス移動中に荷物がなくなり、ルアンパバーンでだらだらして・・・。
のんびりラオス一人旅の記録です。
2か月の旅の記録と写真はここにはとても書ききれないので、よかったらこちらの旅行記や写真もぜひご覧ください。
・はれ ときどき あじあ(blogですが、旅行記も書いています)
http://laolaobeerlao.blog11.fc2.com/
・あじあん日記(旅行記と写真です)
http://www.travelog.jp/~beerlao/
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旅の始まりはいつものようにバンコクから。
バンコクには特に用はないが、ラオスのビザをとらなければならない。
ビザはカオサンの旅行会社に頼んでもよかったのだが、自分で大使館に行ってみたくなり、朝からボート・BTS・地下鉄・タクシーを乗り継いでラオス大使館へ向かった。
しかし、迷ったために遅くなり、着いたときにちょうど昼休みに入ってしまった。近くのデパートでご飯を食べ、ブラブラして再び大使館へ。
1時間の待ち時間の末、ビザをゲットし、再び地下鉄に乗ってファランポーン駅へ。
ファランポーン駅で聞いてみたら、その日の夜のノンカーイ行きの寝台が空いているとのこと。
一日でも早くラオスに行きたい私は、その場でチケットを買い、急いでカオサンに戻って荷物をつめ、駅に戻って、夜行列車でノンカーイへと向かった。 -
ビエンチャン
翌朝、ノンカーイに着いたらさっさとラオスへと向かった。
ビエンチャンに着くと、メコン川沿いの道がなにやら騒がしい。道路の両脇に屋台がセットされ始め、土手には観覧車やその他回転系の遊具があった。
約一週間後にボートレースがあるのは知っているが、まだ準備には早いだろう。
まあ、よくわからないがお祭りは楽しい。 -
ビエンチャン
ビエンチャンに来るのはトータルで3回目。もともと観光スポットも少ないし、いまさら見に行くものもない。
でも、同じ宿の日本人の女の子にくっついてブッダパークに行った。ここも4年前に来たことはあるのだが、相変わらずおかしな仏像がゴロゴロしていて癒される。
家族連れが遊びに来ていた。日陰でぼーっとしているだけでも気持ちよい。 -
バンビエン
ビエンチャンには、ボートレースを見るために来たのだが、まだ時間があるため、バンビエンにやってきた。バンビエンにも4年前に来たことはあったが、かなり旅行者が増えてうるさくなったと聞いていた。
どれだけ変わったかと思って来てみたが、予想していたほどではなかった。
たしかに欧米人がたむろってるカフェがあり、街を歩いている人は旅行者の方が多そうだし、川に行けば旅行者がたくさん流れてくるし、夜はレストランで映画やってるしちょっとカオサンっぽい。
でも、昼間川沿いの店でシェイクを飲んでぼんやりしてるだけなら結構落ち着ける。 -
ビエンチャン
バンビエンで3日ほどぼけーっとして、またビエンチャンに戻ってきた。ボートレースを見るためだ。
今回の旅の目的の一つが、ビエンチャンでボートレースを見ることだったのでテンションも上がる。
今までみたこともないほどの人がメコン川に集結していた。
メコン川沿いの道も朝から車は通行止め。なかなか前に進めないほどの人の多さだ。
ボートレースはなかなかの迫力。
キャーキャー騒ぐおばちゃんやら、賭けをしてそうなおじちゃんやら、川で遊ぶ子供やら、周りを見てるだけでも楽しいし、屋台で買い食いしながらフラフラするのも楽しい。
けど、一人でいたのはいけなかった。やっぱり祭りは誰か連れがいないと・・・。 -
ポーンサワン
前から気になっていた、ジャール平原へ行ってみた。
本当に、平原に石の壺がゴロゴロ転がっているのね。
でも、もっとたくさんゴロゴロしてるのかと思ったらそうでもないし、私にとっては5分で飽きてしまった。石壺より、周りの景色のほうがよかったと思う。川でも山でもないラオスは新鮮だった。 -
ルアンパバーン
ルアンパバーンでは、ビエンチャンで同じ宿に泊まった日本人の人たちと再会した。しかも偶然同じ宿。ラオスは狭い・・・。
ルアンパバーンは4年前に来たけど、どんなだったかあまりよく覚えていない。でも、前より旅行者が多くなったとは思う。しかも異様に欧米人のおじいちゃんおばあちゃんが多い!ツアーの人達も多いみたい。
日本人の男の子と一緒にツアーに参加してみた。
ボートでラオラオ造ってる村とか、仏像がいっぱいいる洞窟(写真)とか行って、午後は車で滝に行った。 -
ルアンパバーン
観光はするつもりがなかったが、暇だったので宿の日本人の子にくっついて街歩きをすることにした。
といっても王宮博物館とワット・シェントーンとプーシーに行ったくらいで・・・。 -
ルアンパバーン
プーシーの丘(山?)の上から見る景色はいい。
夕日の時間より早かったので日陰で待っていたら、いつの間にかこんなに観光客が来て場所がなくなってしまった。
夕日を見にきたのか、人を見にきたのか。
ちなみに、昼間はお金を取られるが、早朝と夜は係の人がいないからタダ。
夜行ってみたらルアンパバーンの控えめな夜景が見れました。 -
ルアンパバーン
この時期は結婚式がたくさん行われると聞いていたので、どこかで遭遇できないかなぁと思っていたら、見ることができた。
きれいに着飾った新郎新婦やかわいい子供たちがお客さんを迎えていたところだった。
誰か、中に入っていいよって誘ってくれないかなーと期待していたが、誰も声をかけてくれなかったので外から写真だけ撮りました。 -
ルアンパバーン
ルアンパバーンの朝の光景。早起きして托鉢を見にいった。実はこれが初めてだった。
たくさんの坊さんがぞろぞろと歩く光景は圧巻。まぁ、まわりにたくさん観光客がいて目の前で写真撮ってるし、いつものことで坊さんも慣れてるのかもしれないけどちょっと見世物っぽくはあった。
それと、坊さんたちがスタスタと歩き去ってしまうのでちょっとびっくりした。もうちょっとゆっくりしてるもんだと思ったから。
最初はメインストリートあたりに行ったが、どこの道でも托鉢は見られそうだった。
2日続けて見にいって、2日目は坊さんたちの後を追いかけて写真を撮りまくり、ストーカーみたいだった(笑)。 -
ルアンパバーン
ポストカードのまねをして撮った写真。
色がイマイチだけど、ちょっと気に入ってます。 -
ルアンパバーン
ルアンパバーンでの過ごし方。
朝:たまに頑張って早起きして托鉢を見る。その後メコン川の見える店でコーヒーを飲むか屋台でカオソーイを食べる。
早起きしない日はのんびり起きて朝ごはんを食べる。
昼まで宿でぼーっとしたり、昨日書きそびれた日記を書いたり、洗濯したり、宿の日本人と話したり。
昼:そろそろお昼か〜と思ったら昼ごはんを食べに行く。私はだいたいメコン川沿いの店で食べることが多い。
午後:ちょっと街を散歩したり、メールをチェックしたり。メコン川を見ながらシェイクを飲むのも幸せ。時間があまったら宿に戻って昼寝。
夕方:毎日夕日を見に行く。お気に入りの夕日スポットがあるのです。
夜:一人の場合はナイトマーケットで、日本人の仲間がいるときは焼肉を。ご飯のあとでナイトマーケットをうろつく。ビールを買って帰って宿で飲みなおすのもよし。 -
ルアンパバーン
メコン川の夕日。お気に入りの夕日スポットは観光客も少なく静かでよい。
毎日時間を持て余しているので、この時間になるとなんとなく夕日を見にいってしまう。 -
ルアンパバーン
夕日が沈んだ頃、ぼちぼちナイトマーケットが始まる。裸電球の下で見ると、全てが素敵に見えてしまう。まさにマジックライト。 -
ムアンゴイ
ルアンパバーンでだらだらと7泊もしてしまった。日本人が多く、食べるところも多く、のんびりできるルアンパバーンは私的には沈没の危険が大。同じ宿にはすでに2週間以上滞在している人がいたけど・・・。
このままではいけないと思い、ムアンゴイにやってきた。ルアンパバーンからバスとボートで6時間ほど。ウー川沿いの小さな村。山などの風景はバンビエンにちょっと似ている。
何もない小さな村なのに、観光客がたくさん訪れる。でも、昼間はなぜかあまり観光客を見かけず、静かで平和。 -
ムアンゴイ
私がムアンゴイに来た翌日、日本人の女の子が2人やってきた。そのためまた沈没の予感。。。
小さな村なので散歩もすぐに終わってしまう。その子たちと一緒に学校へ行ってみた。授業中だったので後ろからこっそり覗き見。
そのうち生徒たちも気づいて、休み時間になると一緒に写真を撮ったりしてくれた。 -
ムアンゴイ
最初に学校を覗き見したのは午後だったが、その翌日から毎朝学校へ行くことにした。やることないんだもん。
登校してくるこどもたちを観察し、教室を覗く。
何日目か、1時間目が体育の授業だったので一緒に体操をして、バレーボールをした。 -
ムアンゴイ
泊まったゲストハウスは家族経営のアットホームな宿。最初は少し英語の話せる女の子としかあまり話をしなかったけど、そのうちお姉ちゃんや弟たちも打ち解けてきて、英語が話せる人に教わったつたないラオ語の単語を並べて話してみたりするようになった。まるでホームステイをしている気分だった。
3日くらいの予定が結局5泊してしまった。
(写真は道端にいた子たちで、ゲストハウスの子ではありません) -
ルアンナムター→ムアンシン
ムアンゴイを一緒に出た日本人の女の子2人組とは別れ、私はその日のうちにルアンナムターまで行った。
ルアンナムターの周辺には少数民族の村があるようだが、よくわからず、街を歩いても何もなさそうだったので1泊だけしてムアンシンに行ってしまった。
ムアンシンの周辺にも少数民族の村がたくさんある。でもムアンシンの道を歩いていても少数民族に会えるわけではないみたいだ。 -
ムアンシン
ムアンゴイで会った子たちに教わったとおり、メインストリートから少し離れたところにある朝市に行ったら少数民族の姿が見られた。
また、同じ宿にいた日本人の男の子たちと一緒に自転車で周辺の村を訪ね、アカ族とヤオ族の村に行った。
情報ノートには結構「すれてる」ようなことが書いてあったが、そんなこともなく、ヤオのおばちゃんなんか家に入れてくれて、お茶まで出してくれた。 -
ウドムサイ→ポーンサワン
事件はその後起こった。ムアンシン〜ルアンナムターまでは順調だったのだが、ルアンナムターからウドムサイへ着いたら、私の荷物だけなくなっていた。車の屋根の上に荷物を乗せて走るのだが、落ちたんだろうか・・・?
バスターミナルのおっさんに荷物がないと訴えると、今運転手が探しに戻ったけど、調査に数日かかるとのこと。もし荷物が出てこなかったら弁償するから心配するなと言う。
ウドムサイで時間をつぶすのも嫌だったので、必要最低限のものを買って、ビニール袋を持って2泊3日でポンサーリーに行った。
ポンサーリーはラオスの北の外れ。おまけに山の中(上?)なのでものすごく寒い。
荷物もなく、一人で心細い状態で来ていいところではなかった・・・。 -
ウドムサイ→ルアンパバーン
ウドムサイに戻ってくると、なんと私のバックパックがあるではないか!!
喜んで中を開けるが、ファスナーが壊されていて荷物もなくなってるものがあった。デジカメ用のメモリーカード、乾電池、充電池用の充電器、サブカメラ用のフィルムなどがなくなっている。他にも細々したものがなくなっていたが、メモリーカードもフィルムも使っていなかったし、服とかもほとんど残っていて、お金は全部サブバックに入っていたので無事だし、旅を続けるのに支障があるほどではない。
次の日に足りないもののお金あげるから、みたいなことを言われたので翌日行ってみたが、ラオス人がそんなお金をくれるはずもなく、逆にカバンを見つけてくれた生徒たちにお金を払ってくれと言われて払ってしまった。最初に言われた値段より少なめにしたが、それでも多すぎた気がする。
保険でお金戻ってくるんだろうけど、何が必要なのかよくわからないし何もしていない。
それにしても一つだけ荷物がなくなるってやっぱり変?グルだったのかしら・・・? -
ルアンパバーン→フエイサイ
傷心の私は再びルアンパバーンへ。悪いことはさらに重なり、風邪をひいたようだった。移動中のバスの中から寒気がとまらず、ボロボロになって前に泊まってた宿にたどり着いた。
一晩寝たらかなりよくなり、もう一日静養したら完全に回復した。
沈没中の男の人はまだその宿にいた。
他の日本人の子たちとご飯を食べたりしながらまたダラダラと時間が流れ、結局6泊ほどしてしまった。
この後本当はビエンチャンに戻って祭を見る予定だったのだが、ASEANサミットでビエンチャンは封鎖されている(観光客は入れない)とのこと。行けばなんとかなるだろうと思っていたが、話を聞いているとそうでもなさそうな気になってきて、わざわざ危険をおかすのも時間の無駄だし、タイに行くことにした。
ルアンパバーンからフエイサイまでスローボートで1泊2日の旅。 -
チェンライ
チェンライにやってきたが、ラオスに比べるとあまりに都会で落ち着かない。
街歩きもすぐに終わってしまったし、次はメーサロンに行ってみようと思っていると、スローボートの中で会った日本人の女の子に再会した。彼女もメーサロンに行くつもりだという。私はメーサロンに泊まるつもりだったが、彼女は日帰りにするというので私も日帰りにした。 -
メーサロン
メーサロンはタイっぽくないところだった。ラオスのポンサーリーを彷彿させるような場所だった。そして、ここはお茶の産地らしく、周りに茶畑が広がっている。
メーサロンには中国(雲南)から来た人が多いようで、中国語が通じる、というかみんな中国語でしゃべってる?ようだ。私は大学生のとき第2外国語で中国語を習ったが不真面目だったので全く覚えていない。しかし、一緒にいた女の子がなんと中国に留学していた(しかも雲南に)という中国語ペラペラの子で、かなりコミュニケーションがとれていてすばらしかった。
おかげでお茶屋さんに車で茶畑に連れていってもらったりできた。 -
メーサイ・タチレク
中国語ペラペラの子と別れ、私はメーサイへやってきた。メーサイ自体には見るものもなさそうなので、早速一日ミャンマー入国に行くことにした。
たしかに初めて見るビルマ語が並んでいたりはするが、タイとほとんど変わらない。何をすればいいのかわからず、街をぶらぶらうろついて、市場をうろついて帰った。
このとき私はもうラオスが恋しくなっていて、ラオスに戻るかタイにいるか本気で迷っていた。
迷っていたといってもほとんどラオスに戻る気持ちではいたのだが、メーサイで泊まった宿のおばちゃんがラオス人だったのに半端じゃない運命を感じ、ラオスに戻ることにしたのだった。
(今思えばラオス人じゃなかったのかなぁ・・・?) -
タイ→ラオス
というわけで、3日程前に越えてきた国境を再び逆戻りしてラオスのフエイサイへ戻った。
特にこの後の予定を決めていたわけでもなかったが、とりあえずルアンパバーンに戻ることに。
スローボートで行くかスピードボートで行くか一日悩んで、スピードボートを選択。
ルアンパバーンに戻り、今度はわけあって別の宿に泊まった。そこも日本人が多く、3〜4日に一度ママが手作りディナーをご馳走してくれるというすばらしい宿。 -
ルアンパバーン
ルアンパバーンにいる知り合いに、出身村で行われるという結婚式に連れていってもらった。ルアンパバーンから40kmくらい離れたとある村。
結婚式自体は翌日ということで、その日は前夜祭ってことなのだろうか?夜、村の広場みたいなところでダンスが行われていた。一晩中続くこともあると思うが、この日は夜中の1時か2時くらいでとりあえず終了。
翌日、結婚式当日。式はほんのちょっと覗き見させてもらっただけど、写真で見たのと同じだった。
その後、また広場でダンス。踊って飲んで、飲んで踊って。貴重な体験ができてよかった。
午後にはルアンパバーンに帰ったのでその日何時まで祭が続いたのかはわからない。 -
ルアンパバーン
まだ一週間くらい時間があったので、その気になればもう一度ムアンゴイへ行くとか、ビエンチャン以南の街に行くとか、思い切ってデット島まで行くとかできたのに、またルアンパバーンの魔力によってずるずると滞在を延ばしてしまった。
私の帰国日は12/15。もう少しすればクリスマスがあり(ラオスでも一応何かやるみたい)、新年を迎える。ラオスで新年を迎えたい気持ちもあり、本気で年明けまでラオスにいようかと思ったが、そこまでお金に余裕があるわけでもなく(時間にはいくらでも余裕はあったのだが)、2週間くらいのために飛行機のチケット買いなおすのもバカらしい、また来ればいいじゃないかということであきらめて予定通りに帰ることにした。 -
帰国
少しでも長くラオスにいたかった私は、結局ルアンパバーンからバンコクまで飛行機を使うことにした。
バンコクでは6時間くらい時間があったので、空港で待ってるのもなんだしMBKに行って買い物をした。買い物は嫌いではないので、だんだん楽しくなってきてもっとバンコクで時間をとるべきだったなという気持ちになったりして・・・。
買い物を楽しんでいたら時間がなくなってしまい、あわてて空港に戻ったが、エア・インディアの出発は4時間遅れの朝の4時。空港で眠さに耐えつつ日本人の女の子と話をしながら出発を待った。
来るときも飛行機遅れたし、エア・インディアは最後までやってくれたのでした。
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