2014/04/02 - 2014/04/15
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Dawanさん
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九イ分から金瓜石行きのバスで約7〜8分ほどです。
九イ分から一山越えた町ですり鉢状になった起伏のある
町なので足に自信の無い人はタクシーが便利です。
ここは鉱山で栄えた金鉱山の町で戦前には日本人が
2万人近くも居た場所で日本統治時代に昭和天皇を
招待しようと宿舎として建設された「太子賓館」
(現在は黄金博物館の一部として保存されています)。
山の中腹には柱や鳥居だけがたたずむ神道の神社跡。
そしてどっしりとした石灯籠には今も火が灯っても
おかしくはないほどだ・・・・
まさにそこには日本そのものの魂が宿っています。
日本統治下には田中鑛山が金山の発掘にあたって
いた。その坑口が1坑から9坑迄まで山のあちら
こちらに見られます。
現在鉱山の歴史を残そうと黄金博物館が建設され
ました。
私の家内が幼少の頃は神社まで登る坂道が春先ともなると
濃い桃色の桜が霧の中に艶やかに浮かんでいたそうです。
私の家内は金瓜石出身で義理の父母は金瓜石に住み私に
昔の話をしてくれます。
バスの金瓜石停から山を少し登ると本山5坑口があり
そこに煉瓦で作られた機関庫の跡やそこから坑道に
延びた線路,その上を走らせたトロッコや機関車の
錆びた車体が置かれています。
煉瓦舎の横には鉱業所が使っていた120馬力の
ディーゼルエンジン2基が赤錆びて,荒涼たる風景に
ひと味もふた味も不思議な味を添えています。
またそこは空き地が広がり,そこに枕木が敷き詰め
られちょっとした古の公園が現在再現されています。
今では黄金博物館の一部になり綺麗に保存されています。
金瓜石の町は擂り鉢状の山の中に抱かれた町で
後ろには無耳茶壺山とそれに対峙して基隆山,
無耳茶壺山の背後には獅子山があります。
この獅子山,九イ分の峠から見ると獅子が空に
向かって吠えている様に見えるところからこの
名が付いたそうな。(義父の話から)
この茶壺山に登ると天気の良い日は基隆から
日本に最も近い卯澳公園あたりが見渡せる絶景な
海岸線を見ることが出来きます。
やはりここの山に登には夏が気候的には安定した
時期でしょう。しかし台風ともなると、雨風が強く
川を流れる水は猛濁流と言った感じになります。
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金瓜石のバス停から、山沿いの登り15分程上ると
渾然と日本の鳥居が目の前に出現する。
自分が居る所が日本の片田舎の神社では無いかと
錯覚するほどのもの。
戦前はここの登り道が桃色のサクラの樹に埋もれ、
提灯の明かりが桃色に染まった桜の樹を照らし出し、
日本人や台湾人が仲良く往来する姿が・・・私の目
には映った気がした。笛や太鼓の音がお囃子となって
聞こえてくるような場所です。まだ誰にも教えたく
無い場所かここに時を越えて存在しています。 -
神社の宮を支えていた柱が真っ直ぐ立ち並び
その柱には、日本語がはっきりと読んで取れる。
ここは日本の地でその魂が未だ残っているのだ
と思えるほどの場所。朽ちるのには惜しい、
残さなくてはいけない場所のように思えます。 -
九イ分は映画「悲情城市」で有名になった町、かつては金瓜石とともに、炭鉱の町。昭和のはじめの頃は日本人で一杯だったとか。この階段の両脇には酒場が沢山あり中国服を来た女性が往来する人々を呼び止めていたとか。
-
茶壷山から下って、町全体を見るとすり鉢上の景色が
眼下に広がり、まるでおもちゃ箱のような景色。
折角九イ分までいくのなら、朝早く台北を出て金瓜石まで足を伸ばし、帰りは基隆で一泊するのもよし。台北に帰るのも好。でもここまで来たら地元に一泊し朝靄の金瓜石はおとぎの国に来たような雰囲気です。
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