神風特別攻撃隊の記念碑をフィリピンの民間人が奔走して建ててくれていた
- 3.5
- 旅行時期:2012/02(約12年前)
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by こき麻呂さん(男性)
ルソン島 クチコミ:4件
参考資料:「フィリピン少年が見たカミカゼ」ダニエル・H. ディソン著 桜の花出版
「フィリピンで語り継がれる特攻精神」http://www.youtube.com/watch?v=HknYSn-sGtU
アンヘレスの歓楽街は、隣接する米軍のクラーク空軍基地のために栄えたという歴史がありますが、大東亜戦争(太平洋戦争というのはアメリカ側の呼び名です)開戦直後に日本軍はこの地に侵攻してきました。そして日本軍の飛行場として使われた訳ですが、戦況の悪化とともに、数少なくなったゼロ戦などに250kg爆弾を抱かせたまま体当たり攻撃を選択せざるを得ない背水の陣になっていたのでした。
アンヘレス市の隣町マバラカットに住んでいた画家のディソンさんは、子供の頃に日本兵に接していました。その彼が後に日本人が書いた特攻隊の本を読み、強く心打たれて記念碑の建立を計画しますが、最初は誰からも相手にされなかったそうです。
苦労の末に建てた最初の記念碑は、あのピナツボ火山の噴火で埋まってしまいました。
現在の記念碑はクラーク特別区の中にある「カミカゼ・ウエスト」と、マバラカットにある「カミカゼ・イースト」ですが、クラークの中は許可がないと入れない場所にありますので、まずは自由に参拝できるイーストを訪れてください。
- 施設の満足度
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3.5
- 利用した際の同行者:
- カップル・夫婦
- 観光の所要時間:
- 1-2時間
- アクセス:
- 3.0
- アンヘレス市バリバゴ地区から車かトライシクルで20分程度
- コストパフォーマンス:
- 3.5
- 交通費のみ、拝観料なし。
- 人混みの少なさ:
- 5.0
- ほとんど誰もいません。
- 展示内容:
- 3.0
- 係りのおじさんがいれば、展示品が見られます。
クチコミ投稿日:2012/02/29
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