震災と戦災の犠牲者を弔う
- 4.0
- 旅行時期:2018/02(約8年前)
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by jmleedoさん(男性)
両国 クチコミ:8件
1930年震災記念堂の名で完成しましたが、51年太平洋戦争末期の東京大空襲の犠牲者も合わせて弔うこととなり、東京都慰霊堂と改称されました。建坪は約377坪(約1246㎡)です。
裏手は高さ約41メートルの三重塔で、基部が関東大震災死者約5万8000人分の骨壺を納める納骨堂となっています。5万8000人というのは東京市内で火葬された死者数だそうですが、横網町公園のあるこの地だけで4万人を超える人が亡くなったことを想うと、被害がいかに集中したかが分かります。
死者は露天で荼毘に付され、遺骨が山のように積み上がったそうです。堂内には、震災の悲惨な場面を描いた絵画が多く掲げられ、当時の様子に対する想像を助けてくれます。
また、反対側の壁には東京大空襲後の市内の写真が飾られており、震災・戦災とこれだけの悲惨な出来事が僅か20年の間に相次いだことに悲しみを感じます。一方で、震災は天災(そうとは言い切れない部分もありますが)、戦災は人災であり、歴史を学ぶ場合にいくらか区別して捉える必要があるとも感じました。
- 施設の満足度
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4.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
- 2.0
- 人混みの少なさ:
- 4.5
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 4.0
クチコミ投稿日:2018/02/23
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