第二次長州征伐の激戦地
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- 旅行時期:2013/04(約13年前)
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by bluejaysさん(男性)
小倉・北九州市中心部 クチコミ:1件
小倉城は、13世紀中頃に築かれたとされる。安土桃山時代か江戸時代に、毛利勝信が現在見られるような縄張で総石垣造の城郭を築き、細川忠興が南蛮造の天守を建てた。
1837年天守閣と御殿が焼失したため、天守台には「御三階」を建て、天守の代用とした。現在の天守は昭和30年代に、鉄筋コンクリートで復元されたものである。
第二次長州征伐では、小倉藩主で老中の小笠原長行が指揮する幕府軍と、高杉晋作が率いる長州藩が小倉口で戦った。幕府軍は優勢な海軍力を有しながら、渡海侵攻を躊躇している間に長州勢の田野浦上陸と大里上陸を許し、主導権を奪われた。やがて小笠原の消極的態度に業を煮やした諸藩は撤兵し、小倉藩単独での戦闘を余儀なくされると、小笠原も将軍家茂死去を理由に戦線を離脱した。小倉藩は小倉城に火を放ち、香春に撤退した。
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5.0
- 利用した際の同行者:
- 一人旅
- アクセス:
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- 人混みの少なさ:
- 2.0
- 見ごたえ:
- 5.0
クチコミ投稿日:2015/02/15
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