隅田川大橋完成前にあった隅田川の渡し
- 3.5
- 旅行時期:2014/03(約12年前)
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by さすらいおじさんさん(男性)
日本橋 クチコミ:1件
隅田川大橋(すみだがわおおはし)は、隅田川にかかる橋で、東京都道475号永代葛西橋線(葛西橋通り/水天宮通り)を通っているが元は隅田川に渡し船・渡船場―隅田川の渡し(すみだがわのわたし)があった。
戦国時代以降に徳川家康が江戸へと移封された際防備上の関係で橋の架橋が制限され市街地を南北に分断する隅田川を渡河するために多くの渡しが誕生した。江戸時代を通じて渡しは増え最盛期の明治時代初頭には20以上の渡しがあったが自動車や市電の通行も可能な橋も増え1966年に廃止された「汐入の渡し」を最後に隅田川の渡しは姿を消した。竹屋の渡しは「竹家の渡し」、「向島の渡し」とも称され待乳山聖天のふもとにあったことから「待乳(まつち)の渡し」とも称され「竹屋」の名は付近にあった茶屋の名に由来するととのこと。現在の言問橋のやや上流にあり山谷堀から 向島三囲(みめぐり)神社を結んでいたが1933年の言問橋架橋前後に廃され台東区スポーツセンター広場に竹屋の渡し跡の碑がある。
- 施設の満足度
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3.5
- アクセス:
- 3.5
- 人混みの少なさ:
- 4.0
- バリアフリー:
- 3.5
- 見ごたえ:
- 3.5
クチコミ投稿日:2014/08/07
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