2025/03/14 - 2025/03/15
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むう2にゃんさん
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寒波の続く大阪から南の楽園・沖縄弾丸1泊2日旅行です。
沖縄訪問は今回が2回目、前回はもう 6~7年前になりますか、職場の慰安旅行・2泊3日ツアーでした。
その時の訪問地は 首里城、美ら海水族館、今帰仁城跡、万座毛、おきなわワールド等、あの時は鮮やかな朱色に彩られていた首里城ですが、今は残念ながら修復途上----完全復元は 2026年の予定だそうです。
前回の訪問は、なんとも昭和ド真ん中のような慰安旅行でした。
ひたすら飲み過ぎて元気にハッチャケた男性社員だの、生まれて初めてのフライトで超ハイテンションな同僚女性だの、宴会後ビール片手に「業務改善の打合せ」をやらかした管理職(そして部下全員の目が死んでた)だのに囲まれて、けっこうカオスな沖縄旅行に相成りました。
今回の沖縄訪問は、暗黒の脳内記憶をリフレッシュするための「脳内メモリー上書き旅行 in 那覇」です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス JALグループ
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
3月14日(金)1日目
この日の天候は雨、伊丹発の那覇行きフライト時刻は他路線よりも少し遅めで、JAL2081便 伊丹発 08:30→那覇着 10:45 です。
当初の予定では那覇空港から ゆいレールで11時過ぎに県庁駅着、駅チカの予約ホテルに荷物を預け 時間が余ればサクっと沖縄そばでも~と計画していたのですが、人生そんなに甘くない。 -
まず、伊丹空港が混雑のため離陸が15分以上遅れ、那覇空港でも混雑のため上空をグルグル旋回したため到着は11時過ぎ。
ゆいレールもタッチの差で乗り遅れて 10分待ち、蕎麦どころかホテルへの荷物預けすら微妙な時間になってきました。 -
この日の予定は、那覇バスターミナルから 12:11発の高速バスと地域バスを乗り継いで 中嬢(グスク)城址を見学予定、
12:11発の高速バスに乗らないと中城(グスク)へは 雨のなか徒歩 40~50分の道のりになってしまうのです。 -
そんな訳で 宿泊ホテルへの立ち寄りはパス、県庁駅1つ手前の旭橋駅で ゆいレールを下車してバスターミナルに直行、1か所だけ空いていたコインロッカーにボストンバッグを入れた後 コンビニでおにぎりを買ってトイレに行って10分ちょいのバス待ちタイム。
あ~危なかった~ホテルに立ち寄ってたらバスに間に合わなかったぜぃーと思っていたら、高速バスもこれまた雨の影響で10分の遅延、むむむー。 -
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沖縄最初の食事はバス車内の おにぎりランチ(悲しい・・・)、しかし不運は重なるもので、雨のなか那覇市内の道路渋滞&高速道路ゆったり走行により 高速バスは15分遅れで「喜舎場」バス停(高速道路内)に到着。
このバス停から下道に降りて徒歩5分の「北中城村役場」まで移動してそこから北中城村コミュニティーバス乗車なのですが、時刻表の予定では20分近く余裕があったのが実際は5分(しかも Google先生曰く 徒歩5分の距離)、
うわぁー間に合わん!村役場はどっちやねん!?とアワアワしながら走っていると、道路工事のおじさま達に遭遇、
「あのあの、村役場はどっちですか?」
「あっち~」
「はいっ!ありがとうございます!」で再ダッシュ。 -
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そうこうするうちに村役場が見えてきたと思ったら、「グスクめぐりん」ステッカーを貼ったマイクロバスが目の前を通り過ぎました!
でぇぇー!と焦りつつ 信号待ちで停車したバスの運転手さんに向かって両手をブンブン振り回し、こちらを見た運転手さんに向かってジェスチャーで「ワタシっ(自分を指差し)、乗る乗る!」と必死でアピール (^-^;
その甲斐あって、親切な運転手さんは村役場バス停で 30秒多めに停車して私をバスに乗せて下さいました。感謝です~! -
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グスクめぐりんバス・北中城村役場 13:00発→13;20頃 中城城址に到着、しとしと小雨が降ってます。
入場券売り場近くでは無料カートによる送迎があり、城址の入口まで急勾配の登り坂をカートで移動することができます。 -
中城(グスク)の築城は15世紀初頭、第一尚氏による琉球王国の建国初期にあたります。
第二代国王の麾下武将だった護佐丸 盛春によって築城された城になります。当時の舎殿は失われましたが、堅牢で美しい石積みの城壁は当時のまま残されています。 -
城郭と城郭を結ぶ石の門はアーチ状の石積みになっており、九州以北の城建築ではあまり見られない建築技法です。
4大文明の時代からアーチ構造は使われていましたが、このアーチ構造を多用したのがローマ帝国でして、古代ローマの遺跡ではアーチが山盛り(笑)、このアーチ構造建築が徐々に東方に伝播し おそらくは中国経由で沖縄に伝わっていったようです。
しっかし、傘を差した状態で ぬかるんだ状態の石段や坂道で転ばないよう必死で昇り降りするので足腰に負担が~。
へっぴり腰になりながら雨のなか 城壁を見て回りました。
小雨まじりのお天気で城壁からの眺望はイマイチでしたが、稜線に沿って積み上げられた石垣の蛇行曲線は まるで生きているかのようです。 -
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ようやく雨が止んで青空が広がってきた中城城址を1時間半近く見学した後、14:58発のコミュニティバスで北中城村役場に戻ります。
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村役場でトイレを借りて先程の高速道路内・喜舎場バス停に移動して高速バスを待ちます。
このバスの到着も10分遅れて那覇バスターミナル到着も15分以上遅れて17時過ぎ、今夜のお宿 アルモントホテル那覇県庁前への到着は 17時20分(いつものお約束で道に迷う・笑)。 -
当初の計画では ゆいレール小禄駅前のイオンにお土産を買いに行く予定でしたが、朝からドタバタ走り回ったのと雨の中をヨタヨタと歩いたため、かなり疲れが・・・。
イオン行きは翌日に回して、ホテルの目の前にある「りうぼう」デパ地下etcの品揃えを確認した後は、ホテルの大浴場でお風呂タイム 私はお風呂が大好きなのです~。
人心地ついた後 30分ほど部屋で休憩し、19時半で予約していたレストランに向かいます。 -
今夜の晩ご飯は沖縄の食材を使ったフレンチのお店「あーすん」さん、以前、台湾旅行でご一緒した旅友 Mさんに教えて頂いたお店です。
Mさん、美味しいお店を教えて頂いて ありがとうございます ♪ -
ゆいレール小禄駅から Google先生の力を借りてお店に到着、一軒家の2Fを改装したお店なので Google先生の「到着です」表示にも関わらずお店の入り口が分からず右往左往、3分以上迷って漸くレストランに入店します。
8皿のコース料理に合わせてワイン・ペアリングもお願いします。
最初のワインは クレマン・ド・ロワール、ブリュット。 -
宇那志豆腐 グルクン(沖縄の赤身魚)の魚醤漬
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ドイツ・ラインガウの辛口
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クブシミ(烏賊) もち麦のリゾット
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じゃがいもポタージュ 月桃の香り
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南仏のオレンジワイン
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県産旬野菜 沖縄の野菜は味が濃くて美味 ♪
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人参しりしり (#^^#)
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パッシティーヴォ・プリミティーヴォ
南イタリア・プーリア州産の自然ワイン -
小さな今帰仁アグー 蕪のピューレ
アグー豚のハンバーグ。大阪のデパ地下でもアグー豚を販売していて しゃぶしゃぶ鍋で食べたけど、アグー豚は焦げ目をつける調理法の方が香ばしさが際立ちますにゃ。 -
ニュージーランドで作るソーヴィニヨン・ブラン
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一本釣り赤マチ(浜鯛) 大根
絶妙な火入れの鯛のポワレです、美味しいじょ~。 -
AOCボルドー
テール シャトー・フルール・オー・ゴーサン -
今帰仁アグー オリオンビール
アグー豚のロースト、付け合わせのフムスと合わせると ますます美味!でした。 -
ちんぴん(クレープ) たんかんジェラート
あ~美味しかった~。 -
最後に名護産の紅茶を頂いて満腹満足、御馳走様でした!
お店を出たのが22時過ぎ、ゆいレールでホテルに戻りメイクを落として就寝したのは23時前、ふぅぅ疲れたー、おやすみなさい。 -
3月15日(土)2日目
朝6時前に起床、午前中の予定は路線バスで琉球王国の聖地・斎場御嶽(せーふぁうたき)----ですが、う~む かなり雨が降っている~。バスターミナル発バスの発車時刻は 07:25 なので 朝食はホテルではなくコンビニで購入、ホテル隣にあるコンビニに買い出しに行くと・・・・土砂降りの大雨です。雨の日の斎場御嶽は足元が不安定との情報もあり、残念ながら今回は斎場御嶽お参りを断念します。よし、そうと決まれば朝風呂じゃあー。 -
朝風呂の後は部屋でタコライスのコンビニ朝食、なんか侘しいけど仕方ない。荷物をまとめてチェックアウトし、ホテルのフロントにボストンバッグを預かってもらい(お昼から行く予定だった)識名園に路線バスで向かいます。
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識名園前バス停へは[2,3,4,5,14]番の路線バスでアクセス可 時刻表は「バスロケーション・システム」で確認できます。識名園に到着した朝9時過ぎには 雨も止んでくれました。
あらら ♪ 可愛い猫ちゃんがお出迎え~。 -
識名園は18世紀末 琉球王家の別邸として建設され、主に王族の保養所として使用されました。
当時の琉球王国は14世紀の明から清に王朝交代した後も朝貢貿易を行引き続いて行っていて、清の冊封使(清皇帝より「琉球王」の称号を授与するための外交使節)が琉球王国を訪問した際の接待用施設としても使用されました。 -
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入口から庭園の中心である回遊式庭園へは大きく迂回した道を歩き、そして庭園の周囲を巡る遊歩道もかなり曲がりくねったルートを歩きますが、これは清国から来た冊封使に庭園を広く感じさせるための工夫だそうな。
広々イメージのためのこの歩行ルート・・・、雨あがりの道は古い石段も下草が茂る通路も歩きにくさMAX! -
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こちらは冊封使をはじめとする海外使節をもてなしていた「御殿(うどぅん)」、南国らしい開放的な建築様式の建物です。
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最も格式の高い一番座から二番座、三番座、台所、茶室など、15の部屋で構成された いにしえの琉球王家の御殿を見て回ります。
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御殿のあとは またまたお庭散策、だ~か~ら~ ぬかるんだ道が歩きにくい&コケそうで怖いんだってば~!
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ズルズルっと滑り落ちそうな崩れた階段(ビニールシートで補強----補強になってない・汗)を前に思わず固まっていたら、中国語カップルの男性が私の手を持ってアシストしてくれて、難関の石段を降りるのを助けてくれました(もしかして要介護認定されたのかしら? う~む)。
カップルに「謝謝你的好意(←わずかに知ってる中国語)」とお礼を言って日中友好、善哉善哉。 -
識名園の出口では シーサーの代わりに にゃんズが門番をしております。可愛いな~。
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バスで市内中心地に戻ったのは11時過ぎ、国際通りのバス停で下車して繁華街のウィンドーショッピング。
バスを降りた途端にまた雨が降り出してきたので、よほど日頃の行いが悪いのかしら?と自問自答。 -
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本日のランチは琉球料理の「くにんだ」さんで頂きます。 -
ランチタイムはコース懐石ではなく、お手軽なワンプレート料理の「うとぅいむち御膳」、クレマン・ド・ロワール(スパークリングワイン)をグラスでお願いします。
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お料理は食前酒代わりの「琉球もろみ酢」から
「ジーマーミ豆腐、もずく酢、ビラガラマチ、田芋の唐揚げ、ラフテー、クーブイリチー、島野菜の甘酢漬け、マクブの刺身、ジューシー、イナムドゥチ」と、盛りだくさん御膳です。
お店の方が 本来の「ニガナの添え物」から「島牛蒡の肉巻き」に代えて下さいました(私はネギが苦手なのです)、感謝~。 -
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ラフテーがプルップルです (^^♪
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食後に「黒糖ぜんざい、さんぴん茶」を頂いて、ご馳走様でした~、美味しかったです~。
時間は12時半、さてこれからどうしましょう?
斎場御嶽行きをパスして時間が余ったものの、首里城は前回旅行の記憶にある美しい姿をそのまま残しておきたいし、大雨の中の やちむん通り散策もイマイチ、牧志公設市場も(お腹いっぱいなため)あまり食指が動かない。
そんじゃまぁ安全牌で、と、りうぼうデパート内にある「那覇市歴史博物館」で時間調整することにしました。
なにせ前日の早朝からドタバタだったので 体内電池がそろそろ切れてきたのです(笑)。 -
紺地左三ツ巴紋散文様藍型苧麻衣裳
説明書きによると・・・・
「本土では家紋はその家の氏(うじ)を表す重要なものですが、琉球ではその家の所有であることを示す道具紋(どうぐもん)としての意味合いが強く、風呂敷、文箱、衣裳箱などに使用されました。また、琉球では正式な衣裳に家紋を付けるという慣習はありませんでした。」 -
ふーむふむ、助さん格さんプレゼンツ「この紋所が目に入らぬか!」三つ葉葵の印籠のアレですね、現代では五つ紋の留め袖が一番格の高い着物になっていますが、琉球王国の時代の家紋は衣類等に使用する意匠の一つとして使われていたと。
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三線(サンシン)は本土に伝わって「三味線」へと変化しましたが、ニシキヘビの皮を張る意匠から「蛇皮線」とも呼ばれていたそうです。
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江戸時代の三味線は主に粋筋や趣味人が手にする楽器でしたが(武士の嗜みは能楽、武家女性は琴・・・かしら)、琉球では歌舞音曲の演奏を士族男子が担っていため、教養の一種として三線の習得が奨励されました
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三線の譜面は工工四(くんくんしー)と呼ばれており、漢字や記号で表示されています(全然わからないよー)。
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「玉冠は冊封(国王の即位儀礼)や正月儀式など国の重要な儀式の際に、中国皇帝から贈られた衣装とともに国王の正装として用いられた」そうです。
こちらの玉冠は当時の資料を元に作成された復元レプリカ、金糸の帯に珊瑚・水晶・琥珀・瑪瑙などの宝玉を配した美しい工芸品です。 -
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朝貢貿易で使用された進貢船の模型。
この進貢船も明国から無償で支給されており(このシステムは 160年間続いたそうです) そこでも 明の琉球王国への優遇策が見て取れます。 -
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明の時代から清王朝末期まで冊封体制の下 数百年にわたり琉球王国として自治権を保ち続けた沖縄でしたが、清国の衰退と共に徐々に明治政府の統治下に組み込まれ、明治政府の廃藩置県が進むなか 1879年(明治12年)琉球藩の廃止と沖縄県が新たに設立されました。
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琉球国王は「侯爵」の爵位を受け、その後は東京に住まいを移すことになります。この一連の出来事は「琉球処分」と呼ばれています。
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那覇市歴史博物館で14時まで時間潰し → 名物のアイスクリームを食べてリフレッシュ、ホテルで預け荷物を受け取った後は、昨日の夕方に行き損ねたイオンでお土産のお買い物。
イオンのある ゆいレール小禄駅は那覇空港への途中にあるので、ここで最後のお買い物と時間調整です。 -
イオン1F・スーパーマーケットにお土産品コーナーがあるので、ここで沖縄土産一式を購入・サービスカウンターで大阪への宅配を依頼して 今回の沖縄ミッションは無事終了です。
16時過ぎに那覇空港着、ボストンバッグを機内預けにして空港内ショップとレストランをぶらぶら歩き。当初の予定では「空港食堂」で 麩チャンプルーと沖縄そばを食べるつもりでしたが、全然お腹が空いてない~。 -
う~む、今回の沖縄ミッションの内「斎場御嶽に詣でて 麩チャンプルーを食べる」は残念ながらクリアならず、次回の宿題になりました。
次に来るときは首里城の再建も終わり、美しい姿を見ることができるでしょう。
最後に空港内ショップで 生もずくの新物と ジーマーミ豆腐をお買い上げ、これらは要冷蔵なので保冷剤で冷やして大阪までお持ち帰りです。
さて、と 電光掲示板を見ると、伊丹行きJAL便は機材到着遅れのため20分の遅延、やれやれ・・・。
あっそういえば、ご飯のお供はワインばかりで オリオンビールを未だ飲んでなかったわ~と、JALサクラ・ラウンジでオリオンビールをゴクゴク一気飲み ぷは~。 -
オリオンビールを飲みながら、前回の慰安旅行での騒動を思い起こして脳内メモリーを上書き、沖縄リベンジ&リフレッシュ旅行は終了です。
さて、晩ご飯をどうしよう?と思いつつ搭乗口に行く途中の売店で「大東寿司」を見つけたので即!お買い上げ。
大東島の名物・鰆を甘めのヅケ(醤油漬け)にした握り寿司です。 -
JAL2088便 那覇空港発 18:05(実際は 20分遅れ、+離陸の順番待ち)→ 伊丹空港着 19:55(こちらも 30分遅れで着陸)。
上記は手荷物で持ち帰りしたお土産、下記は宅配便のお土産一式になります。
皆様、1泊2日の弾丸・沖縄旅行を見て頂いて ありがとうございました。 -
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この旅行記へのコメント (2)
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- むう2にゃんさん 2025/03/24 12:20:19
- バスが有るってホントに有難いです~
- pandomeさん こんにちは。
私はたま~にバスに乗り遅れるので、あの時は必死のアピールでした。
ちなみに先日は京都市バスの時刻表も見間違えてしまいましたの、とほほ(丁度その日からバス・ダイヤ改正)。
pandomeさんのトルコ旅行プランニングは もうお済みですか?
もしも猫ちゃんがお好きであれば、トルコはまるで天国のような国です。
心ゆくまで楽しんでいらしてくださいませ~。
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- pandomeさん 2025/03/21 23:34:33
- バスに乗れてよかったです!
- 楽しく拝読させていただきました。
「ワタシっ(自分を指差し)、乗る乗る!」というジェスチャーが、目に浮かぶようでした。
旅行の内容も楽しいのですが、毎回むう2にゃんさんの表現力がすばらしく、思わずクスっと笑ってしまいます。これからも楽しみにしています。
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