2021/05/21 - 2021/05/24
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かるあみるくさん
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この旅行記のスケジュール
2021/05/23
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厚狭毛利邸跡
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山下記念図書館跡
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昭和の町展示館
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この旅行記スケジュールを元に
日本航空のどこかにマイルで行った山口・大分旅行の2日目前編です。
ホテル近隣の厚狭地区の無名だけど気になる見どころを見た後、少し遠回りの中国道経由で壇之浦PAを通り大分県へ。大分はまだ未訪問だった県の一つで、今回初到達になりました。これで残り未踏の県は徳島と沖縄の二県になりました。
当初は宇佐神宮から見ていこうと思ったんですが、効率的に回るルートなどを考えて豊後高田の昭和の町を訪れました。このパートは昭和の町編になります。
どこかにマイルで山口宇部空港へ!山口・大分の旅-準備編
https://4travel.jp/travelogue/11694461
どこかにマイルで山口宇部空港へ!山口・大分の旅-1日目前半
https://4travel.jp/travelogue/11695643
どこかにマイルで山口宇部空港へ!山口・大分の旅-1日目後半
https://4travel.jp/travelogue/11695656
どこかにマイルで山口宇部空港へ!山口・大分の旅-2日目前半
(←イマココ
どこかにマイルで山口宇部空港へ!山口・大分の旅-2日目後半
https://4travel.jp/travelogue/11696739
どこかにマイルで山口宇部空港へ!山口・大分の旅-3日目前半
https://4travel.jp/travelogue/11700039
どこかにマイルで山口宇部空港へ!山口・大分の旅-3日目後半
https://4travel.jp/travelogue/11700051
完結しました。いつも皆様ありがとうございます。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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2日目の朝。起きるともう晴天で窓の近くによると暑いほど・・・。
旅行計画時は初日は長府、2日目に下関と門司、3日目に山口と計画していましたが計画変更しこの日は大分へ向かう事に。
というのも昨日博物館系がだいたい閉まっていた為、長府だけでなく下関もある程度見れた事。明日は午前天気が崩れる予想で山口に行っても博物館が閉まっていると思っているように見学できない事、旅行計画時にコロナで予定通り見学できない事も考慮し大分の豊後高田・宇佐に行く計画も予備として建てていた事などを考えるとこれが一番得策だと思いました。博物館系が閉まっているのはある程度予想していたのですがお寺とかは見れますし、何よりそうなると見学のスピードが速い。これだと4時くらいまでしか使えない明日でも下関は十分に観光出来ると判断しました(天気の回復が遅く翌日少し思ったように動けませんでしたが・・・)。
そんなわけで大分へ向かいます。エクストールイン山陽小野田厚狭駅前 宿・ホテル
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ホテルを出発する前に目の前にある厚狭駅にやってきました。山陽新幹線、山陽本線、美祢線が通る駅ですが、基本的に駅前は閑散としています。
なんか向こうを向いている像がありますね。 -
この像は三年寝太郎という像。ずっと寝てばっかしで寝太郎と呼ばれていた庄屋の息子が突如起きて、親に草履をたくさん作ってくれと頼み、それを船に乗せどこかに行ってしまいます。しばらくしてボロボロの大量の草履とともに戻ってきた寝太郎は桶でその草履を洗うと泥の中から砂金が見つかり、たくさんの草履から砂金を集めた寝太郎はその金で灌漑・開墾をして畑を農民に分け与えた、寝太郎は佐渡に行き金鉱夫の草履を交換して砂金のついた草履を入手してきた、という伝説に基づく像だそうです。
1971年建立と書かれていたので今年で50年目の像です。 -
厚狭駅の駅舎です。厚狭駅近辺は旧山陽町の役場があった場所で一応の中心地区ですが閑散としている雰囲気もあり駅周辺も人があまりいません。現在の山陽小野田市は工業の町ですがそれも港側になってくるのでこのあたりの旅客需要はあまりないのかもしれません。翌日は月曜日だったこともあってか、厚狭高校へ投稿する生徒が良く利用していました。
駅舎の建築年は不明ですが、1960年代前後に建てられたような雰囲気です。厚狭駅 駅
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駅舎の中です。こちらは北側にある在来線口で南側の在来線口とは自由通路などがなく、行き来するにはかなりの遠回りが必要なので新幹線口には行っていないです。ICOCAの端末はありますが自動改札化はされていません。ちなみに新幹線の乗降でこちらも利用できるようです。
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厚狭駅前には献眼をたたえる碑が設置されていました。14歳の時に日本で初めて角膜移植を受けた人が献眼をしてくれた人と医師に感謝を示す石碑が建っていました。
読むと涙が出てくる内容の石碑でしたが、盛岡という地名があがっていておそらく岩手での出来事なのでなぜ厚狭駅前にこの石碑があったのかは不明です。厚狭駅 駅
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車でホテル近辺の厚狭地区を少し回る事にしました。まずは厚狭毛利邸跡。この木製の碑がなければわからない状態ですが、ここに毛利元就の八男である毛利元康を祖とする厚狭毛利家の屋敷があった場所だそうです。
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碑の反対側には小さな神社、社と呼ぶのが良いのかもしれませんが祠がありました。ゆかりの解説などはなく厚狭毛利家に由来するものなのかどうかは不明です。
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この建物は山下記念図書館跡。山下美代蔵という方が息子が海軍航空隊の訓練時の航空機事故で亡くなり御下賜金を地元の厚狭町に寄付して造られた図書館です。1933年竣工時には厚狭尋常小学校がこの地にあり、尋常小学校の図書館としても利用されました。1971年に山陽新幹線の工事の為に厚狭小学校が現在地に移転した後は物置としてこの地に残ったそうですが、既に廃墟化しています。
残念ながら解体が決まったそうですが、旧山陽町の中心からそう遠くない場所とは言えかなり道が入り組んでいる上に住宅街だったので、この手の建物によくありがちな郷土資料館などへの転用もできなかった様です。
とても残念ではありますが、解体前に一目見れて良かったなと思います。 -
D51300が展示されている殿町児童公園にやってきました。ここまでの三か所見学した場所は、この後の動きやすさのために車で回っていますが徒歩で回れる範囲です。
D51300は1939年に川崎車輛で製造され当初は東北で活躍していましたが、1958年から1972年まで美祢線の貨物輸送の為に厚狭機関区に配置されていた機関車です。
手前のキャラはなんだか不明ですがかわいらしいキャラでした。ネットで探してみると置かれたのは割と最近の様です。 -
普通に小野田インターから山陽道に乗ればよかったのですが、勘違いして中国道から向かおうとして、さらに美祢西インターへ向かおうとして道があまりにも狭く悩んで撮影した一枚です。黄色いガードレールがここは山口であると主張しています。
実はこの時期山陽道が夜間工事で通行止めになっていますが、日中は通常通り利用できました。しかも日曜から月曜にかけてのみ工事がなく、結果的にはこの日は通常利用できたんですよね。
しかもたとえ利用できなくても下道を走り小月インターから入った方が早かったと思う・・・。たぶん。 -
さらに進むと完全に山の中に向かう道に・・・。地図で見てもここで正しいうえにここは県道ですが、多少遠回りでも確実な道を走れる美祢インターへと向かう事にします。
空が綺麗でとてもいい天気です。日焼けやばそう・・・。 -
美祢市内で見えたのは宇部マテリアルズの工場。宇部興産の子会社です。宇部興産は宇部市と美祢市の間に私道を引き専用トラックで貨物輸送を行うほど美祢に巨大な工場を持っています。
遠回りになってしまったけどこの風景を見れただけでもこっちに来てよかったかな。 -
ここまでで結構時間かかっていたので中国道に入った後すぐにある伊佐パーキングエリアでちょっと休憩。自動販売機とトイレがあるだけの小さなパーキングエリアですがトイレは綺麗でした。
長居する場所ではないのですぐに出発しました。伊佐パーキングエリア 道の駅
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次にやってきたのは壇之浦パーキングエリア。本州で最後のパーキングエリアで機能も来ていますが関門橋で関門海峡を渡った先は九州です。
実は伊佐パーキングエリアでシートベルトを締めた時だと思うんですが、シートヒーターのスイッチを押してしまい運転中ずっと背中が暑い感じがしていました。シートヒーターは自分の車についているのでなんとなくそんな感じはしていたのですが、慣れない車でどこにスイッチがあるのかわからず、しかも日光で熱くなっている感じもあったので王司パーキングエリアで止まろうかと思う反面暑いせいじゃない?とか悩んでいたんですが、気になったので壇之浦パーキングエリアに入りました。
ちょっと時間を使いましたがいい景色が見れました。
ちなみやはりシートヒーター入っていて、シートベルト挿入口の横にスイッチがあったので押して解除しました(笑壇之浦パーキングエリア 道の駅
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昨日と違いちょっと高いところから見た関門海峡の様子です。関門海峡周囲は崖になっているところが多く、少ない平地に街並みがあることがわかります。海峡は本当に狭く知らなければ湾や河口に見えないこともない感じです。
壇之浦パーキングエリア 道の駅
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壇之浦パーキングエリアには旅籠屋というホテルがあります。高速道路のパーキングエリアなどでホテルがあるのは珍しいそうです。足柄SAで時之栖が運営しているホテルがあるのでそんな感じはしませんでしたが・・・。
このご時世なのでテレワークプランなどというものもありました。壇之浦パーキングエリア 道の駅
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関門橋を渡り福岡県に入り、北九州ジャンクションから東九州自動車道へ。そして今川パーキングエリアで休憩です。ここはトイレとセブンイレブンだけのエリアですが、セブンイレブンがあるだけでだいぶ利便性が高くなります。
2013年に北九州空港から山口に向かった際はまだこの区間は全通していませんでしたが、現在は宮崎県の清武まで繋がったようで九州東部の移動もだいぶ便利になりました。今川パーキングエリア 道の駅
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セブンイレブンは普通のセブンの商品とパーキングエリアらしいお土産、観光案内なども置いていました。これくらい品ぞろえがあるとこんな感じのエリアでも助かります。
今川パーキングエリア 道の駅
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大分県に入り最初宇佐神宮に行こうとしましたが、いろいろと考えて豊後高田の昭和の町に先に行くことに。目的地に近づいて最初に寄ったのはドラックストア。日差しが強すぎるので日焼け止め買いました。既に前日にかなり焼けていましたけどね。
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先ほどのドラックストアから数分で昭和の町に到着しました。駐車場は有料ですが上限が400円と良心的な値段で安心して停められました。
昭和の町は2001年から寂れてきてしまった豊後高田の商店街を再び活気付けるために始まった町おこしでは今では大分有数の観光地になったそうです。
ボンネットバスが止まっていますね。昭和の町 名所・史跡
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このボンネットバスはいすゞBX141。形式に合わせてナンバーも141となっていました。この時は展示されているだけだったのですが、観光客を乗せて走ることもあるようです。BX141自体は1956年に出た形式で、このバスも同じくらいの時期の製造だと思います。
昭和の町 名所・史跡
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昭和の町の駐車場の反対側は中央公園になっていました。奥には子供向けの遊具もあったりしてにぎわっていましたが、観光客向けというよりは地元の親子連れが遊ぶ公園のようだったので特に入る事はせずに昭和の町へ向かいます。
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先ほどボンネットバスが置かれていた裏が昭和ロマン蔵と言われている展示施設なんですが、まずは昭和の街並みをみてみたいので町の散策することにします。
しかしそれにしても暑い・・・。前日の下関も日差しは強かったんですがそれでも空気は春という感じだったんですが、この日は初夏というより夏の暑さでした。昭和の町 名所・史跡
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昭和の駄菓子屋の雰囲気を残したお店もありました。中でも懐かしのグッズを売っていましたし、右側に見切れていますが昔ながらの瓶コーラの自動販売機もありました。
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こんな感じの駄菓子屋もありました。キン肉マンが時代を表していますね。
結構お年寄りの方も楽しそうにいろんな店を楽しんでみていましたね。 -
昔ながらの商店が今も営業している中で、この様な重厚な建物もあります。この建物はこの地で力を持っていた野村財閥が1912年に設立した共同野村銀行の本社事務所として1933年に建築された建物です。その後合併などを経て西日本銀行となりましたが1993年に移転。それ以降廃墟になっていたそうですが、2004年に保存の為買収されています。
中では古い貨幣や軍票などを展示しているそうですが、訪れた時は中には入れませんでした。神仏習合発祥の地碑 名所・史跡
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古い建物に見えますがこの写真に写っている建物は新しいようです。2021年4月に竣工した建物群です。まだ空き物件が多いですが今後飲食店など入ってくると活気も出そうです。
トイレも綺麗でバリアフリー対応もしていますし、観光パンフレットがあるコーナーもあるなど今後昭和の町の観光拠点になりそうな感じでした。車も数台おけるスペースがありました。 -
昆虫の館という建物が・・・。外から見てみると昆虫の販売をしているみたいですね。
好きな人にはとてもいいお店だと思いますがパス(笑 -
昭和の町についての解説が書かれていました。写真に写っている通り昭和30年代はすごく繫栄していたみたいですね。それが平成に入りシャッター商店街になってしまったけど、最初は数件の取り組みで始まった「昭和の町」の取り組みが現在では年間数十万人が訪れる一大観光地になったそうです。
「昭和」ブームが起きていますがここはその先駆け。すごく工夫していますし食事も見学も楽しみな街です。これからもいつまでも続いていく事を願っています。 -
一言で昭和と言ってもとても長い時代ですが、昭和30~40年代の高度経済成長期の豊後高田の町をイメージして造られているのがこの豊後高田昭和の町です。商店街の街路灯や店構えは当時の雰囲気を醸し出していました。
当時と一番違うのはこの暑さですかね・・・(´・ω・`) -
さらに街並みを歩いていきます。
これは営業しているのかわかりませんが銭湯ですかね。ラジューム溶泉とか200円でサウナと書かれていますが・・・。私の両親の時代は銭湯は当たり前だったそうですが、私は銭湯にいったのは1回だけかな・・・。2012年に板橋で行ったのが最初で最後だと思います。現代のスーパー銭湯や健康ランドとは違いますよね。 -
こちらは昭和座という映画館ですね。出ている広告や気配を見るかぎりこちらも営業はしていなさそうですが・・・。昭和の時代はこういう映画館が人気がありました。私の幼少期(平成初期)も雰囲気は違いますが街にいくつか映画館はありましたね。
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雰囲気のあるロータリーに出くわしました。ここは昭和というより新しい雰囲気。宮町ロータリーと呼ばれているようです。
そういえば日本ってあまりロータリーないですよね。最近はラウンドアバウトとかも増えているみたいですけど・・・。 -
ロータリーの中には昭和の恰好の男の子と女の子の絵がありました。この絵は昭和の町のマスコット的なものらしく、昭和の町の中でいたるところで見る事が出来ました。
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宮町ロータリーの北側にはちょっとした空き地と煉瓦造りの建物がありました。レンガ造りの建物は宮町警察官立寄所と書かれていたので現役の施設かもしれません。
奥には小さな神社があるようでした。 -
2017年に公開された映画、「ナミヤ雑貨店の奇蹟」のロケがこの空き地で行われたそうで、アプリを使うとその時造られたセットが見れるそうです。上の写真でいうとちょうど緑色の三角コーンがある場所あたりにセットがあったんでしょうね。
映画は見ていないですが原作は読んでいた(すっかり忘れていましたが)のでちょっと見入ってしまいました。 -
商店街としてにぎわっている観光客がたくさん歩いている以外の路地も昭和の雰囲気が残っている街並みです。ゆっくり歩いてこんなところを見て歩くのも楽しいです。
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高田信用組合の碑というのが昭和の町の中にある月ぎめ駐車場?の一角に置かれていました。てっきり戦時合併などで無くなったのだと思ったら2002年に大分県信用組合と対等合併をしたそうです。初代から6代までの歴代理事長の名が刻まれていました。
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昭和の町を歩いていると電化製品店に昔の家電が展示されていました。三種の神器と言われたテレビ、冷蔵庫、洗濯機ですね。今では当たり前にあるものですが、当時は高価でなかなか入手も難しかったそうです。洗濯機に関しては戦前に既に実用化はされていますが、一般的に普及したのは高度経済成長期の様ですね。
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豊後高田市の中心部を流れる桂川。かなり広い河川ですが、実のところもう下流であと少しで河口です。国東半島西側を流れる川で源流は両子山(ふたごさん)という国東半島の最高峰の山だそうです。
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桂川のたもとにあったこの立派な煉瓦造りの建物はアルフォンソ昭和の町店というパン屋でした。パンだけでなく洋菓子やケーキなども置いていましたが、イートインがないようでこの暑さの中外で洋菓子は・・・という事でパンを購入しました。
アルフォンソ 昭和の町店 グルメ・レストラン
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バナーヌとクロワッサンを購入しました。外にあるテーブルと椅子で食べてよいという事だったので食べましたが、もろに直射日光が当たる状態で結構暑さはしんどかったです。椅子も熱くなっていました(´・ω・`)。
けどパンはとても美味しかったです。もう一個くらい買おうかと思いましたが、他にもいろいろ美味しそうなお店があるので回ってみます。アルフォンソ 昭和の町店 グルメ・レストラン
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桂川の先にも商店街がありこちらもレトロな感じがしていますが、昭和の町の中心部ではないので行くのをやめました。というかものすごい暑さで体力が奪われていて歩くという気力もなくなってきたり。
この先には陣屋跡があったようですが、遺構も少ないようなのでまあよかったかなと・・・。 -
この建物は現在「昭和の町展示館」として使われていますが、元々は1933年に大分合同銀行として建築された建物で近年昭和の町の歴史ある建物として資料館として利用される事になりました。ちなみに建物裏には昭和の路地裏を再現した「昭和の路地裏迷路」という迷路が造られています。
昭和の町展示館 美術館・博物館
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昭和の町展示館の中は昭和時代のものを展示する資料館になっています。展示内容は主に映画関係の物が多かったですね。
展示館は無料ですが、裏手にある迷路は有料だそうです。昭和の町展示館 美術館・博物館
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アルフォンソのパン2つも美味しかったんですが、まだ何か食べたかったので大福ののぼりに惹かれて菓子禅高田屋へと入店。季節の大福ということでかなりの種類があって悩みました。大福以外の駄菓子ももちろん売っています。
ちなみにここは昭和の町の最初に挙げた写真の右手に写っている建物で、短い距離ですが一周してきました。菓子禅高田屋 専門店
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少し悩みましたが季節の大福のうちみかん大福を購入しました。みかんが一房丸ごと入っていて大きくて少し食べにくかったですがジューシーでとても美味しかったです。暑いので冷えているみかんの入っている大福でとても美味しかったです。冷たいもの回復すると少し回復しますよね。
菓子禅高田屋 専門店
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次に寄ったのは肉のかなおか。もうこの昭和の町の商店街巡りで昼食にしちゃいます(笑
昔ながらの商店街の肉屋でサクサクの揚げ物を販売しています。店構えも歴史を感じる雰囲気です。肉のかなおか 専門店
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中は昔ながらの肉屋の様そう。観光客向けに揚げ物を販売する一方で地元の人たちに肉を販売する「商店街の肉屋さん」でもある様でした。
最近はこういう肉屋で肉を買う事もほとんどなくなりましたね。肉のかなおか 専門店
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昭和の町で昭和らしいもの、というのもあったんですが個人的に好みなささ身チーズを買いました。アツアツでサクサクでとても美味しかったです。
立ち食い用のテントも用意されていました。
三連続の買い食いでだいぶお腹いっぱいになってきました(笑肉のかなおか 専門店
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店先で昭和のグッズを展示しているお店がありました。下段にはそろばん、スライド映写機、タイプライター、はかりなどが、上段には昭和期の鉄道車両が展示されていました。鉄道の方は半分くらいは平成に入っても活躍していましたね。
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このお店は・・・。昭和の給食を食べられるお店ですね。既に立ち食いで結構食べちゃっているのでお腹いっぱいで入りませんでしたが・・・。
それと私私立小出身で実は給食って食べた事ないんですよね。幼稚園の時には週2回あったらしいですが・・・。まあそもそも年代的に違うんですが、そんなわけで給食の思い出ってないんです(´・ω・`)。
コッペパンはこち亀のネタで見たことあるのでわかりますが・・・。 -
表現が(笑。
そもそも給食がなかったのでよくわかりませんが、今でも牛乳は出るみたいですね。
脱脂粉乳ってそんなにまずかったんだ・・・(´・ω・`)。 -
昭和の町を歩いて一周、というより1週半ほどしてスタート地点だった昭和の町の中心にある昭和ロマン蔵に戻ってきました。街並み自体はそんなに広くないので見るのにゆっくりみても1時間半程度で散策できると思います。ただ今旅行記書いているときに現地でもらった地図を見て書いているのですが、結構見落としたなあと・・・。さりげなくあるお店や広場もあるので見落としもちょっとありました(´・ω・`)
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昭和ロマン蔵の事務所を見るとランドセルがポストになっていました。可愛いポストですね。
とは言えこの色は割と最近になってから登場したランドセルですよね。昭和の時代はそれこそ男は黒、女は赤、ってなっていたので。
余談ですが私立小だったので男女ともに紺のランドセルの学校でした。 -
昭和らしいクラシックカー、という表現でいいのか不明ですが、高度経済成長期に活躍した車が何台も展示されていました。
この車はスバルR-2superという車で後期型に分類され1972年製造だそうです。1976年の軽自動車の排気量規制緩和の直前に製造された車です。
1972年という割にはクラシカルなデザインな気もします。「昭和の町」レトロカー大集合 祭り・イベント
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軽が展示の中心でしたが、中には高級車も・・・。
プリンス自動車のグロリアが展示されていました。1967年登場の三代目の車輛、ただ前年にプリンス自動車は通商産業省主導で日産自動車に事実上の吸収合併され、このモデルから日産グロリアになっていました。
まったくの余談ですが物心ついたときの家の車は日産ローレルでした。ローレルはプリンス吸収後に初代が発表された純粋な日産車ですが、元プリンスの村山工場での生産されたプリンス自動車の流れを汲む車なので何かプリンス自動車の車は親近感があります。
グロリアは日産に吸収された後も長くブランドが残りましたが、2004年にフーガに後継をゆずり生産終了、プリンス自動車時代のブランドの車はスカイラインのみになってしまいました。「昭和の町」レトロカー大集合 祭り・イベント
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いわゆるオート三輪、ダイハツミゼットMP5Vが展示されています。小型の貨物自動車として安価で軽自動車規格で運用コストも安く1970年代までは各地で大活躍しました。その後は貨物自動車の普及などで博物館などでしか見る事がなくなってしまいました。
ヨーロッパでは近代まで三輪自動車が造られていたそうですが・・・。←その事実に驚きました。「昭和の町」レトロカー大集合 祭り・イベント
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これも同じようなオート三輪だと思います。ブルーシート被せてあるという事は整備が終わったらちゃんと展示する予定なのかそれとも壊れたのか・・・。気になります。
いくつかこういうのもあったので、これから展示が増えていく事を願っています。
奥で子供たちが遊んでいるのが写っていますが、昭和の遊びを体験できるコーナーがありました。「昭和の町」レトロカー大集合 祭り・イベント
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昭和ロマン蔵と呼ばれる昭和の町の中心施設は「昭和の夢町三丁目館」「駄菓子屋の夢博物館」、「チームラボギャラリー昭和の町」の三つの有料施設があります。
ここは夢町三丁目館の無料展示地区です。昨日下関にも展示されていましたが丸ポストがここにも展示されていました。そしてたばこの看板もあまり見なくなりましたね。私自身非喫煙者なのであまり気になりませんが、町のタバコ屋というのも見なくなりました。昭和ロマン蔵 名所・史跡
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昭和30年代から40年代にかけて使われた品々がたくさん展示されています。手前は子供向けの施設、実演施設である夢町小学校で利用されるものかもしれません。
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たくさん並ぶホーロー看板。この前の愛媛旅行でも見ましたし、昨日の長府でも見ましたがやはりホーロー看板=昭和の象徴、ということなんでしょうね。
昭和ロマン蔵 名所・史跡
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昭和の夢町三丁目館の中にもレトロ車のスバル360が展示されていました。1970年まで製造された車ですが、おそらく最後期のモデルだと思います。それでも最低でも50年前の車。よくここまで綺麗な状態で残っていてくれたと思います。
昭和ロマン蔵 名所・史跡
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ここから先は昭和の夢町三丁目館の有料のエリアです。昭和30年代でしょうか?そのころの街並みが再現されています。特定の場所に立つと登場人物が反応するセリフが聞こえるのが面白いです。昔はこうやって空き地に土管が積み上げられたりしていたそうです。私にとってはドラえもんの光景しか知りませんが・・・。
昭和ロマン蔵 名所・史跡
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昔ながらの自転車とママチャリとバイク。車も少なかった時代、そこら中でこの辺りを見る事が出来たそうです。まあ今でもよく見ますけどね。
でも今では電動アシスト自転車で楽に進める時代。変速もなかった当時は自転車をこぐのも大変だったのだと思います。昭和ロマン蔵 名所・史跡
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木の塀で囲まれた昭和の住宅の庭も再現されていました。こんな雑多な感じの庭が多かったんですね。
ちなみに上の二枚と照明の色が違っていますが、一定間隔で照明が変わり一日の様子を再現してくれます。ただ夜はほとんど真っ暗になってしまい、僕があまり視力良くないというのもあるんでしょうが、正直動くのが大変なくらいでした(笑昭和ロマン蔵 名所・史跡
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昔ながらの台所の再現もありました。この前愛媛の大洲でも見てきました。
ほんの50年ちょっと前までこんな感じの家がほとんどだったんですよね。昭和ロマン蔵 名所・史跡
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出口には昔ながらのパチンコなどのゲームが並んでいました。本当に昔、今から30年近く前に江の島のあたりにこんな感じのゲームができるお店があったのを今でも覚えています。
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次に向かったのは駄菓子屋の夢博物館。駄菓子屋を再現したものや昭和時代に使われていたおもちゃや遊具、1964年東京オリンピック関連グッズなどが展示されていました。
入り口は大衆食堂の暖簾がかかっていて、お店に入っていく雰囲気になっていました。駄菓子屋の夢博物館 美術館・博物館
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二階、というか回廊部分に階段で上がれるようになっていて上から見下ろすと圧巻です。それぞれの列にグッズが並べられていて昔の塩ビ人形からアイドル雑誌などまで置かれていました。40半ば以上の人だと当時を思い出して楽しめるのかなあという年代のものが多かったです。
駄菓子屋の夢博物館 美術館・博物館
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一階で見るとこんな感じです。所狭しと並んでいて楽しめる世代の人にはたまらないはずです。他のグループを見ていると家族ずれだと子供は楽しめず親が楽しんでいるなんてのも結構ありました。
駄菓子屋の夢博物館 美術館・博物館
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男性なので、というかこっち方面にとても疎いのでよくわかりませんが、いまもある同名の雑誌の古いものなのだと思います。
結構歴史があるのですね。駄菓子屋の夢博物館 美術館・博物館
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日本航空の初期のB747-146の模型もありました。旅行代理店とかに置かれていたものでしょうかね。JA8101と書かれていて日本航空のB747として納品された機体ですね。1992年まで日本で活躍した機体ですが導入された1970年頃に造られたものだと思います。
アッパーデッキの窓が少ないのが初期型らしいです。駄菓子屋の夢博物館 美術館・博物館
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1964年東京オリンピックの旗やポスターなども展示されていました。別の場所では1970年大阪万博の展示もありました。
戦後復興の中大変な熱狂だったんでしょうね。
2021年に延期された二回目の東京オリンピック、開催はされると思いますがまさかこんな事になるとは思いもしませんでした・・・(´・ω・`)。
「チームラボギャラリー昭和の町」は見学していませんが、内容を考えると行かなくてもいいかなと思ったので含まれている共通券を買っていないです。そんなわけでこれで豊後高田の「昭和の町」の見学を終えて車で宇佐神宮へと移動します。
毎週土曜日に更新していますが、実は現在羽田空港から飛行機で移動するところです。6/26・27で出かける関係で少し更新ペースが鈍るかもしれません。7月第二週には2日目後編を更新できると思います。駄菓子屋の夢博物館 美術館・博物館
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