2020/12/13 - 2020/12/13
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akitaineさん
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大阪を中心とした近畿地域は、仁徳天皇陵や今市古墳群など大和時代以前を含め古墳がたくさんあります。
こうしたメジャーな古墳がある地域以外にも、各地に古墳が点在しています。
今回は、茨木市と高槻市にまたがる丘陵地帯を歩き、阿武山古墳と今城塚古墳、2つの古墳を訪ねてまいりました。
話には聞いていましたが、実際立派な前方後円墳を目の当たりに見ると、大阪府の広範な地域に古墳が存在していることを実感。
最後に訪問した今城塚古墳は、宮内庁の管轄下にないお蔭で、古墳の上を自由に歩けます。
1500年前に人々が祭祀を行ったであろう場所に立っているとは不思議な気分でした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
-
最初の訪問地は、阿武山古墳です。
阪急・茨木市駅からバスに20分くらい乗って、安威という地名のバス停で下車。道の向かい側の階段を上り、阿武山山頂手前に古墳があります。 -
階段入り口。階段を登り切ってから右に曲がります。
写真が少しボケています。左側には「武士(モノノフ)自然歩道」と書かれています。 -
しばらくすると、阿武山稲荷の鳥居が出てきました。
-
その先150mくらいの場所に、お稲荷様の祠があります。
これだけの神社なのですが、かつてはもっと建物があったようです。
鳥居が不似合いなくらい立派ですし。 -
神社の前に山頂に向かう道がついています。
写真に撮り損ねましたが、下の階段には、「武士自然歩道」の標識がありました。これはブシとは呼ばず「モノノフ自然歩道」だそうです。
武士のことを古い呼び名で「モノノフ」と言いますが、大和朝廷前期に勢力を持っていた物部氏の物部を「モノノフ」と呼ぶことから、この道は武士の道ではなく、物部氏の道なのかもしれません。
物部氏は、朝廷の軍事・刑罰担当だから「武士」の字があてられたか。
意味の発想から読み方を変幻自在に変えるのは、言葉の常套ですね。
このあたりから古代が匂ってきませんか~。 -
しばらく登ると「京大地震観測所正門」等書かれた案内板が出てきます。
右側のフェンスにそって支道に入ります。 -
上記案内板の反対側には、古墳の案内があります。
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1934年京大地震観測施設建設作業中に偶然見つかったそうです。
被葬者は、漆で幾層も固めた布に覆われ、顔には金糸が散りばめられていたことなどから、かなり身分の高い人と思われ、藤原鎌足ではないか、と言われています。
京大は、被葬者のレントゲン写真もとり、腰椎骨折の跡を確認しています。
藤原鎌足が落馬して骨折したことは史実として知られているため、合致します。
しかし、いまだ詳細は明らかになっておらず、「貴人の墓」となっています。 -
本道に戻ったところにある説明板。
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古墳と言っても盛土の形ではなく平になっています。
このため、気づかれることなく盗掘を免れたといわれています。 -
墓地の敷地は四角い形で200坪くらいでしょうか。
中も木が繁っています。 -
山の中腹なので見晴らしが良いです。
お墓はだいたいこうした見晴らしの良い地に建てられますね。 -
すぐ先には、京大地震観測所があります。
特徴的な形の建物なので、下から見てもすぐわかります。
後日、電車の中からもはっきり見えました。 -
古墳を後に、阿武山山頂に向かいます。
途中、千里中央付近がよく見えました。 -
15分くらいで、阿武山山頂(281.1m)に到着!
ここも景色がよかったです。
しかし、この木彫りのお人形は??
役行者のような雰囲気もあるけど??
謎。 -
阿武山から少し山道を下り、関電変電所まで下りてきました。
ここからしばらく自動車道を歩きます。 -
萩谷総合公園を抜けて、、、。
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東海自然歩道に入ります。ここからしばらくは山道。
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と、いっても結構手が入っていて、空中木道がついていたりします。
歩きやすくて助かりますが。 -
熊も出るようです。
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摂津峡に向かいます。
ほぼ支流の川にそって歩きます。 -
秋の名残の紅葉がきれいです。
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白滝までやってきました。
夏なら涼を感じる場所でしょうね。
もうすぐ摂津峡です。 -
白滝からほどなく、摂津峡との出会いにやってまいりました。
地図でいうと、左上の道を歩いてきたことになります。
ここから大きな摂津峡を見ながら下ります。 -
摂津峡は、大きな石がゴロゴロ。
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かなり下り、平地歩きになりました。
振り返って見ると、手前に先ほどの摂津峡出会い近くにある三好山が見えます。
手前の川は芥川。
今年の大河ドラマ「麒麟がくる」にも出ていた戦国武将・三好長慶の居城があった山。確かに見晴らし良さそうです。 -
昼食をはさんで、最後の目的地・今城塚古墳にまいります。
ここは、平地で公民館など地元施設も多い場所です。 -
実際の前方後円墳は、二重の堀に囲まれた広大な敷地です。
宮内庁の管轄外ということで、高槻市の公園になっています。
実物を見る前に、手前に「今城塚古代歴史館」という博物館があるので、予習のため見学することにしました。
写真では建物の一部しか写さなかったのですが、とても立派な建物で、中の展示品も種類が多く、歴史説明もあり、たいへん充実していました。
高槻市、すごい! -
入口近くの展示品
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今城塚古代歴史館は、今城塚古墳以外にも周辺の三島古墳群の概要説明や、出土した品を展示しています。
写真は、岡本山古墳から出土したもの。 -
鳥の埴輪。何とも愛らしい。
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今城塚古墳を上空から撮影した写真。大王のお墓だったようです。
この歴史館では、古墳時代前史から古墳時代終焉までを展示物と一緒に解説・理解できるようになっています。
ビデオ、実物展示、築造過程のジオラマ、と変化に富んだ展示で飽きることなく理解が進むよう工夫がされています。 -
古墳の位置図と大きさ。わかりやすい。
高槻・茨木地域内だけでこんなに古墳があるのですね~。 -
古墳時代前期のもの。
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これも古墳時代前期のもの。
生活用品から祭祀用器具まで様々な品があります。 -
石棺。石は奈良や兵庫県、遠くは熊本県から運んでこられたそうです。
いかに大きな権力であったか。 -
展示の最後のほうに、午前に行った阿武山古墳から出土した品も展示されていました。
左手奥に「貴人の墓」とあります。 -
手前の緑色のものは、玉枕。ガラス玉を編んで作られた枕。
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たっぷり1時間、今城塚古代歴史館内を見学し、いよいよ古墳現場に行きます。
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古墳は、今城塚古代歴史館の隣にあります。
古墳に行く途中、北西方向に京大地震観測所の特徴的な建物が見えました。
午前中は、あそこにいました。 -
古墳周辺は公園になっています。
奥の紅葉が見える少しこんもりした場所が前方後円墳で、後円のあたりでしょうか。
手前の空堀一帯も自由に遊べます。 -
埴輪祭祀場。たくさんの埴輪が並べられ、かなりの迫力。
今城塚古墳は出土した埴輪の数が多いことでも知られています。 -
いろいろなポーズの人々。
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鳥を操る人でしょうか。優しいお顔で武人ではないでしょう。
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では、古墳の上にまいります。
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古墳の上は普通の道ができています。
かつては、古墳の上は美しい葺石で覆われていたそうです。 -
要所要所のポイントに、古墳の位置と意味の説明板があります。
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堀の一部は今も水を通しています。リアリティが増しますね。
水を抜いた場所は芝生広場として市民の遊び場になっています。 -
古墳の反対側に出てきました。こちらも大きな広場で、家族でボール遊びに興じていました。
時代は変わった。
かつての大王が独占していた土地を、多くの人が楽しみ、かつ古代を感じる場になりました。
幸せな光景です。
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