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ノーベル賞作家 Albert Camus(アルベール・カミュ:1913年?1960年)は、首都アルジェの西 69 kmの地中海に面した Tipasa(ティパサ)をこよなく愛した。アルジェ大学在学中に友人たちとよく出かけ、22歳の夏持病の肺病が悪化しティパサで静養している。<br /><br />1938年、カミュが 25歳の時、Noces『結婚』というエッセー集が出版された。4つのエッセーの最初の Noces &#224; Tipasa『ティパサでの結婚』の冒頭で地中海に面したティパサの古代ローマの遺跡が以下のように説明されている。<br /><br />Au printemps, Tipasa est habit&#233;e par les dieux et les dieux parlent dans le soleil et l&#39;odeur des absinthes, la mer cuirass&#233;e d&#39;argent, le ciel bleu &#233;cru, les ruines couvertes de fleurs et la lumi&#232;re &#224; gros bouillons dans les amas de pierres.  <br /><br />(日本語訳:高畠正明)春になると、ティパサには神々が住み、そして神々は、陽光やアプサントの匂いの中で語る。海は銀の鎧を着、空はどぎついほど青く、廃墟は花におおわれ、光は積み重なった石のなかで煮えたぎる。<br /><br />投稿者は、今から40年以上前、アルジェリアの首都アルジェに滞在していた。週末に Tipasa(ティパサ)によく出かけた。地中海に面したティパサには古代ローマの遺跡があり、ヨーロッパ人のためのリゾート施設があった。朝早くビーチに行くと、フランス人女性が波打ち際を馬で闊歩していた。<br /><br />Tipasa(ティパサ)の歴史は古く、紀元前 7世紀にはフェニキア人が定期航路を築き、地中海の物流を支配していた。Tipasa(ティパサ)の地名は、フェニキア人の定期航路の Icosium(現アルジェ)と Iol(現 Cherchell)の中間にあり、荒天の際 Iolの退避場所 (passage)としての港が築かれたことに由来している。<br /><br />紀元前 264年?紀元前 146年の 3度にわたるポエニ戦争(ローマ人はフェニキア人を Poeni / 英語 Phoeniciaと呼んでいた)により、ローマはカルタゴを滅ぼした。ローマ帝国第 4代皇帝 Tiberius  Claudias(クラウディアス帝:紀元前 10年?西暦 54年)がティパサを軍事拠点としたことから都市計画の一環で神殿・教会・円形闘技場・浴場等が築かれていった。<br /><br />カミュは 1957年ノーベル文学賞を受賞した。しかし、皮肉にもその 2年後の 1960年 1月 4日、プロヴァンス地方の Lourmarin(ルールマラン)の家からパリに向かう途中、道路脇の木に車が激突し 46歳の生涯を閉じた。彼自身が不条理の人生を実演したかのようだった。<br /><br />翌年、友人たちによってティパサの小高い丘の上に、カミュの記念碑が築かれた。アルジェリア生まれのフランスの造形作家 Louis  B&#233;nisti(ルイ・ベニスティ)により『ティパサでの結婚』の一節が刻まれた。<br /><br />Je comprends ici ce qu’on appelle: le droit d’aimer sans mesure. Il n’y a qu’un seul amour dans ce monde. (ぼくはここで、ひとが栄光と呼んでいるものを理解する、それは節度なく愛する権利のことだ。 高畠正明訳)<br /><br />碑には刻まれていないが、カミュの『ティパサでの結婚』は以下が続く。<br />Etreindre un corps de femme, c’est aussi retenir contre soi cette joie &#233;trange qui descend du ciel vers la mer.(この世にはたった一つの愛しかない。女の身体を抱きしめることだ。それはまた、空から海に降ってくるあの不思議な悦びをわが身にひきとめることだ。 高畠正明訳)<br /><br />カミュのティパサでの滞在は、その後の L’Etranger(異邦人:1942年刊行)の創作に繋がっていく。

アルジェリア:ティパサ- 神々が住み陽光やアプサントの匂いの中で語る古代ローマの遺跡

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1975/09/01 - 1977/04/07

9位(同エリア33件中)

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カリオカケイタ

カリオカケイタさん

ノーベル賞作家 Albert Camus(アルベール・カミュ:1913年?1960年)は、首都アルジェの西 69 kmの地中海に面した Tipasa(ティパサ)をこよなく愛した。アルジェ大学在学中に友人たちとよく出かけ、22歳の夏持病の肺病が悪化しティパサで静養している。

1938年、カミュが 25歳の時、Noces『結婚』というエッセー集が出版された。4つのエッセーの最初の Noces à Tipasa『ティパサでの結婚』の冒頭で地中海に面したティパサの古代ローマの遺跡が以下のように説明されている。

Au printemps, Tipasa est habitée par les dieux et les dieux parlent dans le soleil et l'odeur des absinthes, la mer cuirassée d'argent, le ciel bleu écru, les ruines couvertes de fleurs et la lumière à gros bouillons dans les amas de pierres.

(日本語訳:高畠正明)春になると、ティパサには神々が住み、そして神々は、陽光やアプサントの匂いの中で語る。海は銀の鎧を着、空はどぎついほど青く、廃墟は花におおわれ、光は積み重なった石のなかで煮えたぎる。

投稿者は、今から40年以上前、アルジェリアの首都アルジェに滞在していた。週末に Tipasa(ティパサ)によく出かけた。地中海に面したティパサには古代ローマの遺跡があり、ヨーロッパ人のためのリゾート施設があった。朝早くビーチに行くと、フランス人女性が波打ち際を馬で闊歩していた。

Tipasa(ティパサ)の歴史は古く、紀元前 7世紀にはフェニキア人が定期航路を築き、地中海の物流を支配していた。Tipasa(ティパサ)の地名は、フェニキア人の定期航路の Icosium(現アルジェ)と Iol(現 Cherchell)の中間にあり、荒天の際 Iolの退避場所 (passage)としての港が築かれたことに由来している。

紀元前 264年?紀元前 146年の 3度にわたるポエニ戦争(ローマ人はフェニキア人を Poeni / 英語 Phoeniciaと呼んでいた)により、ローマはカルタゴを滅ぼした。ローマ帝国第 4代皇帝 Tiberius Claudias(クラウディアス帝:紀元前 10年?西暦 54年)がティパサを軍事拠点としたことから都市計画の一環で神殿・教会・円形闘技場・浴場等が築かれていった。

カミュは 1957年ノーベル文学賞を受賞した。しかし、皮肉にもその 2年後の 1960年 1月 4日、プロヴァンス地方の Lourmarin(ルールマラン)の家からパリに向かう途中、道路脇の木に車が激突し 46歳の生涯を閉じた。彼自身が不条理の人生を実演したかのようだった。

翌年、友人たちによってティパサの小高い丘の上に、カミュの記念碑が築かれた。アルジェリア生まれのフランスの造形作家 Louis Bénisti(ルイ・ベニスティ)により『ティパサでの結婚』の一節が刻まれた。

Je comprends ici ce qu’on appelle: le droit d’aimer sans mesure. Il n’y a qu’un seul amour dans ce monde. (ぼくはここで、ひとが栄光と呼んでいるものを理解する、それは節度なく愛する権利のことだ。 高畠正明訳)

碑には刻まれていないが、カミュの『ティパサでの結婚』は以下が続く。
Etreindre un corps de femme, c’est aussi retenir contre soi cette joie étrange qui descend du ciel vers la mer.(この世にはたった一つの愛しかない。女の身体を抱きしめることだ。それはまた、空から海に降ってくるあの不思議な悦びをわが身にひきとめることだ。 高畠正明訳)

カミュのティパサでの滞在は、その後の L’Etranger(異邦人:1942年刊行)の創作に繋がっていく。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
3.0
グルメ
3.0
ショッピング
3.0
交通
3.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
1万円 - 3万円
交通手段
高速・路線バス 徒歩
旅行の手配内容
個別手配

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  • ティパサの古代ローマ遺跡

    ティパサの古代ローマ遺跡

  • アルジェリアには7つの世界遺産がある。(出典:UNESCO,dépêche APS)<br />地図上 ② が Tipasa(ティパサ)で 1982年に世界遺産登録された。(2002年~2006年は危機遺産に登録された。)

    アルジェリアには7つの世界遺産がある。(出典:UNESCO,dépêche APS)
    地図上 ② が Tipasa(ティパサ)で 1982年に世界遺産登録された。(2002年~2006年は危機遺産に登録された。)

  • 首都アルジェから Tipasa(ティパサ)までの道路地図(出典:viamichelin.fr)<br />ティパサまでは 69km、バスなら1時間30分で着く。

    首都アルジェから Tipasa(ティパサ)までの道路地図(出典:viamichelin.fr)
    ティパサまでは 69km、バスなら1時間30分で着く。

  • アルジェのバス発着所

    アルジェのバス発着所

  • ティパサへのバスに乗り込む人たち<br />

    ティパサへのバスに乗り込む人たち

  • 首都アルジェの女性達<br />アルジェの女性は白い Haïk(ハイク:頭からかぶる外套着)を身に纏っている。彼女達は貴金属に見入っているようである。

    首都アルジェの女性達
    アルジェの女性は白い Haïk(ハイク:頭からかぶる外套着)を身に纏っている。彼女達は貴金属に見入っているようである。

  • アルジェを出発しティパサに向かう途中 Zéiraldaの町を過ぎると、バスからオリーブ畑の向こうに地中海が見えてくる。

    アルジェを出発しティパサに向かう途中 Zéiraldaの町を過ぎると、バスからオリーブ畑の向こうに地中海が見えてくる。

  • ノーベル賞作家 Albert Camus(アルベール・カミュ:1913年~1960年)は、地中海に面した Tipasa(ティパサ)をこよなく愛し、アルジェ大学在学中に友人たちとよく出かけた。(写真の出典:Album Camus - La Pléiade 1982)<br />左から2人目が Albert Camus(アルベール・カミュ)、女性友達は左が Madeleine Jaussaud 、右が Yvonne Miallon  <br />

    ノーベル賞作家 Albert Camus(アルベール・カミュ:1913年~1960年)は、地中海に面した Tipasa(ティパサ)をこよなく愛し、アルジェ大学在学中に友人たちとよく出かけた。(写真の出典:Album Camus - La Pléiade 1982)
    左から2人目が Albert Camus(アルベール・カミュ)、女性友達は左が Madeleine Jaussaud 、右が Yvonne Miallon

  • Albert Camus(アルベール・カミュ)が在籍したアルジェ大学

    Albert Camus(アルベール・カミュ)が在籍したアルジェ大学

  • 1938年、カミュが25歳の時、Noces『結婚』というエッセー集が出版された。4つのエッセー( Noces à Tipasa『ティパサでの結婚』、Le vent à Djemila『ジェミラの風』、L&#39;été à Alger『アルジェの夏』、Le désert『砂漠』)から構成されている。<br />

    1938年、カミュが25歳の時、Noces『結婚』というエッセー集が出版された。4つのエッセー( Noces à Tipasa『ティパサでの結婚』、Le vent à Djemila『ジェミラの風』、L'été à Alger『アルジェの夏』、Le désert『砂漠』)から構成されている。

  • Tipasa(ティパサ)の古代ローマ遺跡をデザインしたフランス領アルジェリア時代の記念切手(Carioca Keita Museum所蔵)

    Tipasa(ティパサ)の古代ローマ遺跡をデザインしたフランス領アルジェリア時代の記念切手(Carioca Keita Museum所蔵)

  • カミュは Noces à Tipasa『ティパサでの結婚』の冒頭で地中海に面したティパサの古代ローマの遺跡について「春になると、ティパサには神々が住み、そして神々は、陽光やアプサントの匂いの中で語る。」と表現している。

    カミュは Noces à Tipasa『ティパサでの結婚』の冒頭で地中海に面したティパサの古代ローマの遺跡について「春になると、ティパサには神々が住み、そして神々は、陽光やアプサントの匂いの中で語る。」と表現している。

  • absinthes(アブサント:日本名はアプサン又はニガヨモギ)の花<br />ヨーロッパ各国ではアプサントから薬草系リキュールを作っている。

    absinthes(アブサント:日本名はアプサン又はニガヨモギ)の花
    ヨーロッパ各国ではアプサントから薬草系リキュールを作っている。

  • 遺跡の周りにも absinthes(アブサント)の花が咲き乱れている。カミュが「神々は、陽光やアプサントの匂いの中で語る。」と表現したのはこの光景か。

    遺跡の周りにも absinthes(アブサント)の花が咲き乱れている。カミュが「神々は、陽光やアプサントの匂いの中で語る。」と表現したのはこの光景か。

  • ヨーロッパ人のためのリゾート施設があった。建物の白と空の青、それに海の紺碧が美しい。

    ヨーロッパ人のためのリゾート施設があった。建物の白と空の青、それに海の紺碧が美しい。

  • 朝早くビーチに行くと、フランス人女性が波打ち際を馬で闊歩していた。

    朝早くビーチに行くと、フランス人女性が波打ち際を馬で闊歩していた。

  • 紀元前 7世紀にはフェニキア人が定期航路を築き、地中海の物流を支配していた。Tipasa(ティパサ)の地名は、フェニキア人の定期航路の Icosium(現アルジェ)と Iol(現 Cherchell)の中間にあり、荒天の際 Iolの退避場所(passage)としての港が築かれたことに由来している。(地図の出典:wordpress.com)

    紀元前 7世紀にはフェニキア人が定期航路を築き、地中海の物流を支配していた。Tipasa(ティパサ)の地名は、フェニキア人の定期航路の Icosium(現アルジェ)と Iol(現 Cherchell)の中間にあり、荒天の際 Iolの退避場所(passage)としての港が築かれたことに由来している。(地図の出典:wordpress.com)

  • フェニキア人の商船のイラスト(出典:odyssea.eu)<br />紀元前 7世紀にはフェニキア人が定期航路を築き、地中海の物流を支配していた。

    フェニキア人の商船のイラスト(出典:odyssea.eu)
    紀元前 7世紀にはフェニキア人が定期航路を築き、地中海の物流を支配していた。

  • レバノン共和国(国名はフランス語:Liban / 英語:Lebanon)で発行されたフェニキア人商船をデザインした記念切手(Kariocakeita Museum蔵)<br />フェニキア人の元々の居住地は現レバノン及びシリアの一角であった。

    レバノン共和国(国名はフランス語:Liban / 英語:Lebanon)で発行されたフェニキア人商船をデザインした記念切手(Kariocakeita Museum蔵)
    フェニキア人の元々の居住地は現レバノン及びシリアの一角であった。

  • Tipasa(ティパサ)の古代ローマ遺跡地図(出典:photosetbalades.fr)<br />1 : Amphithéâtre(円形闘技場)<br />10 : Villa des fresques(フレスコ画のあるヴィラ)<br />14 : Grande basilique chrétienne(キリスト教大聖堂)<br />24 : Grands thermes(大浴場)<br />26 : Basilique de Sainte Salsa(聖サルサ教会)

    Tipasa(ティパサ)の古代ローマ遺跡地図(出典:photosetbalades.fr)
    1 : Amphithéâtre(円形闘技場)
    10 : Villa des fresques(フレスコ画のあるヴィラ)
    14 : Grande basilique chrétienne(キリスト教大聖堂)
    24 : Grands thermes(大浴場)
    26 : Basilique de Sainte Salsa(聖サルサ教会)

  • Grande basilique chrétienne(キリスト教大聖堂)

    Grande basilique chrétienne(キリスト教大聖堂)

  • Grande basilique chrétienne(キリスト教大聖堂)のアーチ

    Grande basilique chrétienne(キリスト教大聖堂)のアーチ

  • Amphithéâtre(円形闘技場)

    Amphithéâtre(円形闘技場)

  • Villa des fresques(フレスコ画のあるヴィラ)

    Villa des fresques(フレスコ画のあるヴィラ)

  • Mosaiique(モザイク)<br />漁の模様・船が詳しく描かれている。

    Mosaiique(モザイク)
    漁の模様・船が詳しく描かれている。

  • Grands thermes(大浴場)

    Grands thermes(大浴場)

  • カミュのティパサでの滞在は、その後の L’Etranger(異邦人:1942年刊行)の創作に繋がっていく。

    カミュのティパサでの滞在は、その後の L’Etranger(異邦人:1942年刊行)の創作に繋がっていく。

  • Albert Camus(アルベール・カミュ)は、地中海に面した Tipasa(ティパサ)を生涯愛した。(写真の出典:Album Camus - La Pléiade 1982)

    Albert Camus(アルベール・カミュ)は、地中海に面した Tipasa(ティパサ)を生涯愛した。(写真の出典:Album Camus - La Pléiade 1982)

  • Albert Camus(アルベール・カミュ)1957年出版社にて(写真の出典:franceculture.fr)

    Albert Camus(アルベール・カミュ)1957年出版社にて(写真の出典:franceculture.fr)

  • Albert Camus(アルベール・カミュ)の記念碑<br />カミュが事故死した翌年、友人たちによってティパサの小高い丘の上に、カミュの記念碑が築かれた。

    Albert Camus(アルベール・カミュ)の記念碑
    カミュが事故死した翌年、友人たちによってティパサの小高い丘の上に、カミュの記念碑が築かれた。

  • Albert Camus(アルベール・カミュ)の記念碑(詳細)<br />アルジェリア生まれのフランスの造形作家 Louis  Bénisti(ルイ・ベニスティ)により『ティパサでの結婚』の一節が刻まれた。<br />Je comprends ici ce qu’on appelle: le droit d’aimer sans mesure. Il n’y a qu’un seul amour dans ce monde. (ぼくはここで、ひとが栄光と呼んでいるものを理解する、それは節度なく愛する権利のことだ。 高畠正明訳)

    Albert Camus(アルベール・カミュ)の記念碑(詳細)
    アルジェリア生まれのフランスの造形作家 Louis Bénisti(ルイ・ベニスティ)により『ティパサでの結婚』の一節が刻まれた。
    Je comprends ici ce qu’on appelle: le droit d’aimer sans mesure. Il n’y a qu’un seul amour dans ce monde. (ぼくはここで、ひとが栄光と呼んでいるものを理解する、それは節度なく愛する権利のことだ。 高畠正明訳)

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