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新型コロナウィルスの蔓延に伴い、ノーベル賞作家 Albert Camus(アルベール・カミュ:1913年~1960年)の小説 La Peste (ペスト:1947年出版)が書店で売れているという。<br /><br />つい最近4トラ仲間の「あの街から」さんが、カリオカの旅行記「オラン」はカミュの小説「ペスト」その舞台となった街なので、もう一度何か加えてアップして欲しいとリクエストしてきた。<br /><br />私がアルジェリア第2の都市オランを訪れたのは今から 45年も前なので、手持ちの写真も色あせてしまい、情報も更新されていないので躊躇していた。<br /><br />本棚の奥深くで眠っていたこの小説を取り出し、私が2年間アルジェリアの小さな町で暮らした後、日本に帰国してからもフランス語を学ぶためにお茶の水のアテネ・フランセに通っていたことを思い出した。フランス人講師から「君がアルジェリアに住んでいたのなら、この本を読んでごらん。」と言って渡してくれたのがアルベール・カミュの小説 La Peste (ペスト)だった。<br /><br />その本の表紙は真っ黒な鳥の嘴のような仮面を着け帽子を被った不気味な人間がデザインされていた。これは il medico della pesteと呼ばれる17世紀にペスト専門の医師が着けていた防護マスクであることが分かった。<br /><br />この小説で取り上げられているように、ペストの蔓延で市民が次々と死んでいく様子を、主人公の医師 Bernard Rieux(ベルナール・リウー)が友人の Jean Tarrou(ジャン・タル―)らと共に困難に立ち向かっていく姿が、現在の新型コロナウィルス蔓延で全世界の医療現場の最前線で闘う医療従事者の姿とが重なって見えるようだ。都市がロックダウン(封鎖)され、その共同社会の中で翻弄される人々の姿が描かれ物語が展開されていく。<br /><br />アルベール・カミュは、ナチスドイツに占領されたフランスで、自らがレジスタンス運動に参加し、同胞同志の裏切りや密告・愛する人たちとの離別を体験している。カミュは、この世の中は災害や病気などの避けがたい苦難に代表される人生の Absurdite(日本語では不条理と訳している。)としか言いようのない出来事に満ち溢れていると述べている。<br /><br />カミュは小説ペストで世界的な評価を受け、1957年ノーベル文学賞を受賞した。しかし、皮肉にもその2年後の 1960年1月4日、プロヴァンス地方の Lourmarin(ルールマラン)の家から友人の車の助手席に乗ってパリに向かう途中、Villeblevin(ヴィル・ブルヴァン)で道路脇の立木に車が激突し46歳の生涯を閉じた。彼自身が不条理の人生を実演したかのようだった。<br /><br />後記:<br />小説ペストは架空のものであり、オラン市でペストが蔓延した事実はない。カミュはオラン市で1849年のコレラ流行を基に、設定をペストに置き換えたものと思われる。

アルジェリア オラン(その2):カミュの小説「ペスト」-オラン市ではペスト蔓延の事実はない

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1975/02/26 - 1975/02/28

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カリオカケイタ

カリオカケイタさん

新型コロナウィルスの蔓延に伴い、ノーベル賞作家 Albert Camus(アルベール・カミュ:1913年~1960年)の小説 La Peste (ペスト:1947年出版)が書店で売れているという。

つい最近4トラ仲間の「あの街から」さんが、カリオカの旅行記「オラン」はカミュの小説「ペスト」その舞台となった街なので、もう一度何か加えてアップして欲しいとリクエストしてきた。

私がアルジェリア第2の都市オランを訪れたのは今から 45年も前なので、手持ちの写真も色あせてしまい、情報も更新されていないので躊躇していた。

本棚の奥深くで眠っていたこの小説を取り出し、私が2年間アルジェリアの小さな町で暮らした後、日本に帰国してからもフランス語を学ぶためにお茶の水のアテネ・フランセに通っていたことを思い出した。フランス人講師から「君がアルジェリアに住んでいたのなら、この本を読んでごらん。」と言って渡してくれたのがアルベール・カミュの小説 La Peste (ペスト)だった。

その本の表紙は真っ黒な鳥の嘴のような仮面を着け帽子を被った不気味な人間がデザインされていた。これは il medico della pesteと呼ばれる17世紀にペスト専門の医師が着けていた防護マスクであることが分かった。

この小説で取り上げられているように、ペストの蔓延で市民が次々と死んでいく様子を、主人公の医師 Bernard Rieux(ベルナール・リウー)が友人の Jean Tarrou(ジャン・タル―)らと共に困難に立ち向かっていく姿が、現在の新型コロナウィルス蔓延で全世界の医療現場の最前線で闘う医療従事者の姿とが重なって見えるようだ。都市がロックダウン(封鎖)され、その共同社会の中で翻弄される人々の姿が描かれ物語が展開されていく。

アルベール・カミュは、ナチスドイツに占領されたフランスで、自らがレジスタンス運動に参加し、同胞同志の裏切りや密告・愛する人たちとの離別を体験している。カミュは、この世の中は災害や病気などの避けがたい苦難に代表される人生の Absurdite(日本語では不条理と訳している。)としか言いようのない出来事に満ち溢れていると述べている。

カミュは小説ペストで世界的な評価を受け、1957年ノーベル文学賞を受賞した。しかし、皮肉にもその2年後の 1960年1月4日、プロヴァンス地方の Lourmarin(ルールマラン)の家から友人の車の助手席に乗ってパリに向かう途中、Villeblevin(ヴィル・ブルヴァン)で道路脇の立木に車が激突し46歳の生涯を閉じた。彼自身が不条理の人生を実演したかのようだった。

後記:
小説ペストは架空のものであり、オラン市でペストが蔓延した事実はない。カミュはオラン市で1849年のコレラ流行を基に、設定をペストに置き換えたものと思われる。

旅行の満足度
4.5
観光
4.0
ホテル
4.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
3万円 - 5万円
交通手段
タクシー 飛行機
旅行の手配内容
個別手配

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  • アルジェリア全図(出典:indoafrican.org)<br />Oran(オラン)は地中海に面した港町でアルジェリア第2の都市である。(人口 145万人:2008年の調査)カミュの小説「ペスト」の舞台となった頃は人口 35万人の都市だった。

    アルジェリア全図(出典:indoafrican.org)
    Oran(オラン)は地中海に面した港町でアルジェリア第2の都市である。(人口 145万人:2008年の調査)カミュの小説「ペスト」の舞台となった頃は人口 35万人の都市だった。

  • オランの市街図(出典:monde-du-voyage.com)<br />伝説によれば、903年イベリア半島のイスラム教徒がこの地にやって来た時(これが街の始まりとされている。)街の北東にある森にはまだライオンが生息していたという。現在その森は Foret des Lions(ライオンの森)と呼ばれている。

    オランの市街図(出典:monde-du-voyage.com)
    伝説によれば、903年イベリア半島のイスラム教徒がこの地にやって来た時(これが街の始まりとされている。)街の北東にある森にはまだライオンが生息していたという。現在その森は Foret des Lions(ライオンの森)と呼ばれている。

  • 首都アルジェの正装した女性(右)とオランの女性(左)の民族衣装の比較(アルジェリア政府発行の切手:Cariokakeita Museum蔵)

    首都アルジェの正装した女性(右)とオランの女性(左)の民族衣装の比較(アルジェリア政府発行の切手:Cariokakeita Museum蔵)

  • 新型コロナウィルスの蔓延にともない、ノーベル賞作家 Albert Camus(アルベール・カミュ:1913年~1960年)の小説  La Peste(ペスト:1947年出版)が書店で売れているという。(出典:紀伊國屋書店)

    新型コロナウィルスの蔓延にともない、ノーベル賞作家 Albert Camus(アルベール・カミュ:1913年~1960年)の小説 La Peste(ペスト:1947年出版)が書店で売れているという。(出典:紀伊國屋書店)

  • カミュの小説「ペスト」(新潮文庫)のカバー<br />小説の舞台はオランという街だが、どういうわけかカバーにはオランから 780kmも南のサハラ砂漠のオアシス Mzab(ムザブ)の街(世界遺産)の写真が使われている。

    カミュの小説「ペスト」(新潮文庫)のカバー
    小説の舞台はオランという街だが、どういうわけかカバーにはオランから 780kmも南のサハラ砂漠のオアシス Mzab(ムザブ)の街(世界遺産)の写真が使われている。

  • 東京お茶の水にあるアテネ・フランセ<br />旅行記投稿者が2年間アルジェリアの小さな町で暮らした後、日本に帰国してからもフランス語を学ぶためにお茶の水のアテネ・フランセに通っていたことを思い出した。<br />

    東京お茶の水にあるアテネ・フランセ
    旅行記投稿者が2年間アルジェリアの小さな町で暮らした後、日本に帰国してからもフランス語を学ぶためにお茶の水のアテネ・フランセに通っていたことを思い出した。

  • フランス政府が1967年に発行したアルベール・カミュをデザインした切手(Cariokakeita Museum蔵)<br />フランス人講師から「君がアルジェリアに住んでいたのなら、この本を読んでごらん。」と言って渡してくれたのがアルベール・カミュの小説 La Peste (ペスト)だった。

    フランス政府が1967年に発行したアルベール・カミュをデザインした切手(Cariokakeita Museum蔵)
    フランス人講師から「君がアルジェリアに住んでいたのなら、この本を読んでごらん。」と言って渡してくれたのがアルベール・カミュの小説 La Peste (ペスト)だった。

  • その本の表紙は真っ黒な鳥の嘴のような仮面を着け、帽子を被った不気味な人間がデザインされていた。これは il medico della pesteと呼ばれる17世紀にペスト専門の医師が着けていた防護マスクであることが分かった。

    その本の表紙は真っ黒な鳥の嘴のような仮面を着け、帽子を被った不気味な人間がデザインされていた。これは il medico della pesteと呼ばれる17世紀にペスト専門の医師が着けていた防護マスクであることが分かった。

  • オラン・サンタクルス要塞<br />スペインが 16世紀終わりに築いた Le Fort de Santa Cruz(サンタクルス要塞)に登るとオランの美しい町並みと港を一望のもとにすることができる。<br />要塞の下には La Basilique de Notre-Dame de Santa Cruz(サンタクルス・ノートルダム聖堂)が建ち、1849年のコレラ流行の犠牲者が追悼されている。

    オラン・サンタクルス要塞
    スペインが 16世紀終わりに築いた Le Fort de Santa Cruz(サンタクルス要塞)に登るとオランの美しい町並みと港を一望のもとにすることができる。
    要塞の下には La Basilique de Notre-Dame de Santa Cruz(サンタクルス・ノートルダム聖堂)が建ち、1849年のコレラ流行の犠牲者が追悼されている。

  • La Basilique de Notre-Dame de Santa Cruz(サンタクルス・ノートルダム聖堂)<br />1849年のコレラ流行の犠牲者が追悼されている。1874年聖母像が塔の上に設置され、Notre-Dame de Santa Cruz(サンタ・クルスの聖母)と呼ばれるようになり、巡礼が行われるようになった。

    La Basilique de Notre-Dame de Santa Cruz(サンタクルス・ノートルダム聖堂)
    1849年のコレラ流行の犠牲者が追悼されている。1874年聖母像が塔の上に設置され、Notre-Dame de Santa Cruz(サンタ・クルスの聖母)と呼ばれるようになり、巡礼が行われるようになった。

  • オランの港に面したホテルからの眺め<br />目の前には地中海が広がり、街並みはフランスよりスペインの影響が色濃く残っている。

    オランの港に面したホテルからの眺め
    目の前には地中海が広がり、街並みはフランスよりスペインの影響が色濃く残っている。

  • Marche Medina Jedida<br />メディナ・ジェディーダ市場。地元の人たちで活気を呈している。

    Marche Medina Jedida
    メディナ・ジェディーダ市場。地元の人たちで活気を呈している。

  • Mosquee Hassan Pacha<br />モスクは 1797年の完成。中庭が美しい。

    Mosquee Hassan Pacha
    モスクは 1797年の完成。中庭が美しい。

  • La Plage de Cap Falcon(ハヤブサ岬ビーチ)<br />オランには美しいビーチが多い。

    La Plage de Cap Falcon(ハヤブサ岬ビーチ)
    オランには美しいビーチが多い。

  • アルベール・カミュの肖像が表紙にデザインされた小説 La Peste (ペスト)<br />カミュは小説ペストで世界的な評価を受け、1957年ノーベル文学賞を受賞した。カミュは、この世の中は災害や病気などの避けがたい苦難に代表される人生の Absurdite(日本語では不条理と訳している。)としか言いようのない出来事に満ち溢れていると述べている。

    アルベール・カミュの肖像が表紙にデザインされた小説 La Peste (ペスト)
    カミュは小説ペストで世界的な評価を受け、1957年ノーベル文学賞を受賞した。カミュは、この世の中は災害や病気などの避けがたい苦難に代表される人生の Absurdite(日本語では不条理と訳している。)としか言いようのない出来事に満ち溢れていると述べている。

  • オラン市役所の正面入り口に二頭のライオンが並んで市民を見守っている。les deux Lions de l&#39;Atlas (アトラスの二頭のライオン)と呼ばれ、1889年 フランス人 Auguste Cain(オーギュスト・ケーン:1821年~1894年)の作である。

    オラン市役所の正面入り口に二頭のライオンが並んで市民を見守っている。les deux Lions de l'Atlas (アトラスの二頭のライオン)と呼ばれ、1889年 フランス人 Auguste Cain(オーギュスト・ケーン:1821年~1894年)の作である。

  • アルベール・カミュは、同じくアルジェリア・オラン出身のフランス人 Francine Faure(1914年~1979年)と2度目の結婚をした。彼女はピアニストであり、また数学者でもあった。

    アルベール・カミュは、同じくアルジェリア・オラン出身のフランス人 Francine Faure(1914年~1979年)と2度目の結婚をした。彼女はピアニストであり、また数学者でもあった。

  •  Francineとの間に Catherine(カトリーヌ:女の子)と Jean(ジャン:男の子)の双子が授かった。カミュは子煩悩だった。(出典:PPS通信社 1946年)

    Francineとの間に Catherine(カトリーヌ:女の子)と Jean(ジャン:男の子)の双子が授かった。カミュは子煩悩だった。(出典:PPS通信社 1946年)

  • 駐仏スウェーデン大使からノーベル賞を称えられるカミュと妻フランシーヌ(出典:PPS通信社 1957年)

    駐仏スウェーデン大使からノーベル賞を称えられるカミュと妻フランシーヌ(出典:PPS通信社 1957年)

  • プロヴァンス地方の Lourmarin(ルールマラン)村遠景<br />カミュはこの村が気に入り家族と一緒に住んでいた。ルールマランはリュベロン山地のふもとに位置し、リュベロンは「フランスで最も美しい村」の一つとして認定されている。(人口:1,119人/ 1999年)

    プロヴァンス地方の Lourmarin(ルールマラン)村遠景
    カミュはこの村が気に入り家族と一緒に住んでいた。ルールマランはリュベロン山地のふもとに位置し、リュベロンは「フランスで最も美しい村」の一つとして認定されている。(人口:1,119人/ 1999年)

  • Rue Albert Camus(アルベール・カミュ通り)<br />村には「アルベール・カミュ通り」がある。

    Rue Albert Camus(アルベール・カミュ通り)
    村には「アルベール・カミュ通り」がある。

  • 「アルベール・カミュ通り」の先にカミュが住んでいた家が残っている。

    「アルベール・カミュ通り」の先にカミュが住んでいた家が残っている。

  • カミュはルールマランの家が気に入り子供達と平和な生活を送っていた。

    カミュはルールマランの家が気に入り子供達と平和な生活を送っていた。

  • Combat紙が報じたアルベール・カミュの死。<br />(出典:Combat紙 1960年1月5日号)

    Combat紙が報じたアルベール・カミュの死。
    (出典:Combat紙 1960年1月5日号)

  • 事故現場の写真(出典:Combat紙)<br />ルールマランの家から友人の車の助手席に乗ってパリに向かう途中、Villeblevin(ヴィル・ブルヴァン)で道路脇の立木に車が激突しカミュは46歳の生涯を閉じた。彼自身が不条理の人生を実演したかのようだった。

    事故現場の写真(出典:Combat紙)
    ルールマランの家から友人の車の助手席に乗ってパリに向かう途中、Villeblevin(ヴィル・ブルヴァン)で道路脇の立木に車が激突しカミュは46歳の生涯を閉じた。彼自身が不条理の人生を実演したかのようだった。

  • ルールマランの墓地に眠るアルベール・カミュ(享年46歳)

    ルールマランの墓地に眠るアルベール・カミュ(享年46歳)

  • アルベール・カミュ最晩年の写真(1959年)(出典:Ministere de la Culture/フランス文化省)<br />ドゴール内閣の文化大臣 Andre Malraux(アンドレ・マルロー:1901年~1975年)から「フランスの良心大使になってくれ」と求められたが、カミュはこれを固辞した。

    アルベール・カミュ最晩年の写真(1959年)(出典:Ministere de la Culture/フランス文化省)
    ドゴール内閣の文化大臣 Andre Malraux(アンドレ・マルロー:1901年~1975年)から「フランスの良心大使になってくれ」と求められたが、カミュはこれを固辞した。

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この旅行記へのコメント (8)

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  • frau.himmelさん 2020/06/28 10:42:44
    さあ、中断していた続きを読み始めよう!
    カリオカケイタさん、はじめまして。

    4トラ旅行記の中に思いがけずカミュの「ペスト」という文字を見つけ拝見させていただきました。
    と言いますのも私も皆様と同じように、「このコロナ禍がカミュの「ペスト」の小説とあらゆる面で似通っている」という記事を目にして興味をもっておりました。

    そう言えば、家の本棚の隅に埃をかぶった本があったなーと思い出し、探し出して読み始めました。ところがあまりの字の小ささに途中でギブアップしておりました。

    家にあるものはカリカケイタさんの嘴が長い中世時代の防護服をつけた表紙ではなく、真っ黒そのものの中にカミュの金文字が小さく入っているもの。よく見たらカミュ全集の中の1冊でした。

    今回カリオカケイタさんのご旅行記で大変判り易く説明してくださり、これを頭に入れて、「さあ、続きを読み始めよう!」という気になりました。
    ありがとうございました。

    himmel
  • mistralさん 2020/06/14 21:30:48
    共通の点を発見して。
    カリオカケイタさん

    こんばんは。
    外出自粛の日々、いかがお過ごしでしたか。

    今回の「オラン2」の旅行記は、mistral も時々旅行記にお邪魔させて
    いただきますあの街からさんのリクエストによってアップされるに
    至ったことを知りました。
    コロナウィルスによる感染拡大に一喜一憂する毎日ですが
    それが「ペスト」と題する小説に良く似ていて、その折の舞台が
    オランという街を舞台としていた、、、とのご説明。
    そして再度オランの街を取り上げて欲しいとの
    あの街からさんの素晴らしいご記憶にも驚きましたが
    それにお応えになったカリオカケイタさんにも脱帽です。

    旅行記を拝読して、ペストを治療する当時の医師のイラスト、
    たまたま私が今回アップしました過去の旅のつぎはぎシリーズの中
    エジンバラでかつてペストが蔓延したとのコメントの際
    同様の医師のイラストを載せました。

    更に、遡ること40数年前、私もアテネフランセに数年間在籍を
    していたことも思い出し、懐かしくなりました。
    当時、趣味?でフランス語を学びに通っていましたが
    厳しいクラスで途中挫折しかかった事などもありました。

    埋もれかかった旅行記の発掘から(私のもです)、思いがけない
    つながりへと広がっていったように思いました。

    mistral


    カリオカケイタ

    カリオカケイタさん からの返信 2020/06/14 23:30:40
    我々は共通点がたくさんあるので驚きました。
    mistralさん:

    オラン(その2)に投票と書き込みをいただきありがとうございました。いつもカリオカケイタの旅行記を細部まで見ていただき嬉しく思います。

    Mistralさんが「あの街から」さんと旧知の仲だったとは知りませんでした。このような4トラの縁で旅の友達が増えていくのは楽しいですね。Mistralさんともこのような形で会話ができるのは嬉しい限りです。

    *******************************************************
    旅行記を拝読して、ペストを治療する当時の医師のイラスト、たまたま私が今回アップしました過去の旅のつぎはぎシリーズの中エジンバラでかつてペストが蔓延したとのコメントの際同様の医師のイラストを載せました。
    *******************************************************

    Mistralさんのこのエジンバラの旅行記を探しましたが残念ながら見つかりませんでした。Mistralさんが載せられた医師のイラストを見てみたいので旅行記名(エリア名)を教えていただければと思います。

    *******************************************************
    更に、遡ること40数年前、私もアテネフランセに数年間在籍をしていたことも思い出し、懐かしくなりました。当時、趣味?でフランス語を学びに通っていましたが厳しいクラスで途中挫折しかかった事などもありました。
    *******************************************************

    アテネフランセに通っていた時期が重なりますね。ひょっとしたら、地下のカフェやフランス語の本の売店等でお会いしていたかもしれませんね。Mistralさんとはアテネフランセの縁もあるのですね。

    私はフランス語をやっていたお陰で南米の仕事をする機会を得ました。フランス語からスペイン語、更にポルトガル語への切り替えは楽です。しかし、5年ぶりに南米から日本に戻ってきたら、カリオカ(リオ・デ・ジャネイロに住む人たち)の人生に関する価値観からの脱却ができず、晴れた日に会社に行くのが罪悪のように思え、会社を辞めました。以後毎日が日曜日の生活をしています。

    たまにアテネフランセのカフェに行くと、40年前の自分に会えるような気がします。最近は去年の10月に行ったシルクロードの魅力に捕りつかれています。

    カリオカケイタ

    mistral

    mistralさん からの返信 2020/06/15 08:50:53
    RE: 我々は共通点がたくさんあるので驚きました。
    カリオカケイタさん

    おはようございます。

    わざわざ私の旅行記を辿っていただき、
    大変なお手数をおかけしてしまいました。
    下記のURLが、最近アップしました過去の旅のつぎはぎ旅行記です。

    https://4travel.jp/travelogue/11626931/

    > *******************************************************
    > 旅行記を拝読して、ペストを治療する当時の医師のイラスト、たまたま私が今回アップしました過去の旅のつぎはぎシリーズの中エジンバラでかつてペストが蔓延したとのコメントの際同様の医師のイラストを載せました。
    > *******************************************************

    エジンバラでクローズという路地を見かけましたが
    そこにまつわる歴史にまでは思いが至らず
    今回、ネットで調べて初めて知りました。
    使用しました写真はネット上の写真で、おそらく地下の街の見学時に
    撮影されたもの?と思われます。
    ですのであまりはっきりしたものではなかったのですが。

    > アテネフランセに通っていた時期が重なりますね。ひょっとしたら、地下のカフェやフランス語の本の売店等でお会いしていたかもしれませんね。Mistralさんとはアテネフランセの縁もあるのですね。

    もしかしたらお会いしていたかもしれませんね。
    地下の教室?記憶は鮮明ではないのですが、にあったCREDIFというコース
    もとっていたりしましたので。
    それに建物は、お写真にあったような姿、色彩でしたか?
    もう昔の記憶で、あまりハッキリとしません。

    > 私はフランス語をやっていたお陰で南米の仕事をする機会を得ました。フランス語からスペイン語、更にポルトガル語への切り替えは楽です。しかし、5年ぶりに南米から日本に戻ってきたら、カリオカ(リオ・デ・ジャネイロに住む人たち)の人生に関する価値観からの脱却ができず、晴れた日に会社に行くのが罪悪のように思え、会社を辞めました。以後毎日が日曜日の生活をしています。

    カリオカさんがそんな意味があったこと、初めて知りました!
    自由な人生を、今では謳歌されておられるんですね。

    > たまにアテネフランセのカフェに行くと、40年前の自分に会えるような気がします。最近は去年の10月に行ったシルクロードの魅力に捕りつかれています。

    カリオカケイタさんのシルクロードの旅、
    魅了されます。

    mistral

    カリオカケイタ

    カリオカケイタさん からの返信 2020/06/19 05:47:05
    「城壁に囲まれた街」として纏めて比較してみるという手法はユニークで大変参考になりました。
    ミストラルさん:

    国別・エリア別の旅行記とは別に、mistralさんの「城壁に囲まれた街」として纏めて比較してみるという手法はユニークで大変参考になりました。ありがとうございました。mistralさんの新しい着想に感激しました。

    さっそくmistralさんの「城壁をそなえた街を巡った旅の記憶」の旅行記にアクセスし、17世紀にエジンバラでもペストが流行し、貧困層の住人でペストに感染した者は家屋や下水施設ごと埋め立てられてしまったことを知り心が痛みました。

    また、ペスト患者を専門とした医師は鳥の嘴の形をした防護服の中に薬草や香料を入れていたことを知り、悪魔のような正体を知ることができました。素晴らしい旅行記です。

    この「城壁に囲まれた街」シリーズの中に、ポルトガルのオビドスの旅行記の紹介があり、懐かしく拝見しました。載せられた写真の中に、Pelourinho(ペロウリーニョ:罪人のさらし柱))がありました。

    私はブラジル滞在中に、街の広場には必ずといって良いほど、このペロウリーニョの柱が残っていて、被疑者が鞭打たれ、叫び声が聞こえてきそうでした。特にオウロプレットのそれは、柱の頂部には左手に正と悪を計る天秤を持ち、右手には権力を表す剣を振りかざしているのが印象的でした。

    それではまた。
    カリオカケイタ

    mistral

    mistralさん からの返信 2020/06/19 15:34:42
    Re: 共通の点を発見して。
    カリオカケイタさん

    こちらの方に返信させていただきます。

    ブラジルは長くポルトガルの植民地だったということで
    そんな文化 (罪人のさらし柱) も伝わって行ったんですね。

    ポルトからサンティアゴ・デ・コンポステーラまで日帰りで
    行った折
    たまたまブラジルからの女性とご一緒しました。
    その折に、パウロ・コエーリョの小説、星の巡礼の事で
    ポルトガル人のガイドさん、ブラジルからの女性、私とで
    盛り上がりました。
    お二人はポルトガル語、私とガイドさんは英語と、
    そしてガイドさんがそれぞれの話の橋渡しをされて。

    懐かしい思い出です。

    mistral
  • あの街からさん 2020/06/12 19:10:12
    更にバージョンアップした『オラン2』
    カリオカさん 勝手なリクエストにお応えいただき
    ありがとうございます。

    一度はスルーした「ペスト」でしたが
    「100分で名著」全4回の再放送で見て
    これは読まなくちゃ。手にした本。

    カリオカさんの旅行記「オラン」に確か
    カミュの小説の舞台と書いてあったような
    そんなあやふやな記憶から始まって
    少し大胆かなぁと思ったのですが
    4Tの大海原の中でも「オラン」編は数が
    極端に少なく、このままカリオカさんの
    236編の旅行記の中に埋もれてしまうのは
    もったいない。
    この機会に!と リクエストしてみました。
    紀伊國屋に行って写真も撮ってきてくれたのですね。
    カリオカさんと『ペスト』の逸話など
    新しく加えていただき更に興味深い一編となりました。
    ありがとうございます。
    あの街から

    カリオカケイタ

    カリオカケイタさん からの返信 2020/06/13 06:55:01
    オラン(その2)に投票と書き込みをいただきありがとうございました。
    あの街からさん:
                                    
    オラン(その2)に投票と書き込みをいただきありがとうございました。
    旅行記を投稿し始めてから7~8年経ちますが、リクエストに答えて旅行記を書いたのは初めてです。

    4トラの旅行記投稿者は、成田を飛び立ってから現地を周遊していく過程を順番に描写するスタイルが多いのですが、私は土地で出会った人たちの生きざまや、今まで気が付かなかった・知らなかったことに感動を覚えたこと等に焦点を当て、そのスポットライトに当たったものについての自分の気持ちを書き綴るというスタイルを続けて来ました。(これは私の幼い子供たちへのエンディングノートを兼ねています。)

    この旅行記のスタイルは、今から旅行を計画している旅人にはあまり役には立たず、また旅行記といっていいのかどうかも分かりません。土地で出会って感動したことは、私の主観なので、どんな名所旧跡でも、私に感動する何かがないと旅行記を書くモチベーションにはなりません。

    今回のオラン(その2)は、その感動を「あの街から」さんの一言が与えてくれました。一冊の本、しかも40年も昔にフランス語の講師が与えてくれた本との再会でした。本棚の奥深くに眠っていた本の表紙(黒い鳥の嘴の仮面を着けた男)を見て、その感動が現実のものとなりました。

    オラン(その2)を書き始めると、手持ちの資料だけでは足りず、インターネットの検索でも不十分なため、フランス人の友人たちにメールし、カミュに関する資料を送ってもらったりと、これはまさに45年前の私の旅の再現となりました。

    あらためて、こういった感動を与えてくれた、そして私を温かく見守ってくれているあの街からさんに感謝です。その感動が高じて、ついついリアルな友達になりたいと、オラン(その1)のあの街からさんへの書き込み返信に私のリクエストを綴ったのですが、あの街からさんはあまり興味がないようです。ゴルゴ13は無理強いをしないので、私も強いリクエストはしないことにします。

    でも気が変わったらいつでもどうぞ。
    これからもカリオカケイタを見守って下さい。

    カリオカケイタ

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