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登ろう会、鳥取県三徳山に挑む 2011月5月21日(金)

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2011/05/21 - 2011/05/21

4661位(同エリア5156件中)

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つう

つうさん

 「日本で最も危険な(所にある)国宝」がキャッチコピーだ。鳥取県にある三徳山(899m)、神と仏が宿るというこの山に天台宗の三佛寺がある。登ろう会、六月の定例登山は、危険な道程の末に現れる三徳山頂上付近の絶壁に建てられた奇跡の建築物である国宝の三佛寺投入堂を訪れて、1300年前のいにしえから今も続く荒々しい修行の一部を追体験するものである。

 今回の登山はS隊員による企画・提案である。加えてS隊員の友人達が参加する。参加人数は当日まで伏せられた。また会員増強強化月間でもあり、新隊員候補の技量審査も並行して行われる。会にとって貴重な組織強化の為の登山である。

 ここからカジュアル文ね。午前10時、彼女たちが先着していた。S隊員と友達3人、いつものおじさん3人という計7人の大パーティである。先ずは自己紹介。すぐに名前が覚えられないようでは失礼だし、何より活動記録も書けない。私はイニシャルに絡めて記憶することとした。S隊員に加えてもう一人Sさんがいる。表記の上では、彼女はナースSと呼び区別する。

 寺の門では入山料の支払いと寺による第一靴チェックが行われた。「うーん、御一人だけ、わらじを買ってもらわないといけない、かも…しれま…せん??まっ、上でもう一度見てもらって」とやや玉虫色の審査がなされた。山では数年前、滑落による死亡事故が起きており、登山に際して念入りな靴チェックが行われている。案の定、一人が第二審査場でも不合格となり、わらじに履き替える羽目となった。わらじは500円で販売されている。だが彼女は、意表をついてMYわらじを取り出し、おもむろに紐だけ寺のものをいただくという用意周到な行動に出た。おおっ、私は心の中で彼女ことを、わらじちゃんと命名した。

 準備体操、いっち、にっ、さん。本堂を抜けると道は少し下る。橋があり小さな川が流れて涼しい。不動滝から流れてくるものと思われるが、駐車場に流れていた三徳川に注ぐものか。道はすぐに本格的な山道となる。

 第一の難所、かずら坂。道は木の根っこが絡むワイルドなものだ。京都の鞍馬~貴船の山越えの「木の根道」のようだが、相当な傾斜があって歩くではなくよじ登る感じだ。地面は土だけでなく岩場も多く現れる。そこを根っこは様々に蔓延(はびこ)るのだ。ある時は不安定な宙に浮く根っこに軸足を置きながら、「よっこらしょ」と大股に進まなくてはならない。すぐ横は山の斜面だ。足を踏み外せば滑落の危険も。ただし、登りは下を見ないからあまり怖くない。わらじちゃんも、しっかりとついてくる。 わらじは足と一体感があり裸足に近いと。日頃から、わらじで生活しているのかもしれない。

 会長が先頭、N隊員が続き、女性陣、私は最後尾についた。登りと下りが交差する。土曜とあって登山者が多くごった返す。団体の登山者らを率いる熊さん、いやおじさんが「そこは登り、あっちが下り」と交通整理する。我がパーティも、「ああだ、こうだ」と注意される。

 かずら坂終盤の岩場だったろうか。突然、「まあ、○×ちゃん??」、「あれーっ、久しぶり!!」と歓喜の声。どうもナースSが岩場に張り付いた状態で、すれ違った別の女性と久々の再会の挨拶をしているようだ。二人のスパイダー・ウーマンはひとしきり、おしゃべりを完了して、各々の方向にロック・クライミングを続けた。ナースSは富士登山も経験した山ガールで、その高い技術を余裕で見せつけた瞬間だった。彼女らは他でも別の同級生と遭遇した。果たして人脈が幅広いのか、それとも鳥取県の人口が少ないのか。

 続く難所、くさり坂の手前で渋滞である。後で会長に聞いたのだが、女性が鎖で宙ぶらりとなり、頭を打つというアクシデントが起きたのだそうだ。一言申し添えれば、登ろう会では、鎖は宙ぶらりとせず要所で数ヶ所留めておく方が安全ではないかという見解である。改善を要望する。さて、その鎖は10m程度と短いのだが、角度はほぼ垂直である。思い浮かべるのは石鎚山の三段の鎖。三佛寺の言い伝えによれば、706年、修験道の祖が三枚の蓮の花びらを散らしたところ、吉野山、石鎚山、三徳山に落ちてこの地を修行場にしたとされる。以来、これらの山は厳しい修行の場になっているわけだ。私は下から六人の登る姿を手に汗握りながら激写した(写真3)。登った者は上から激写し、写したり写されたりした。最後に私が登り切った時、ギャラリーの姿はそこになかった。皆は横の文殊堂で次のスリルの為の準備をしていたのだ。一体なんなのさ。

 この寺にある多くの建築物の多くは国の重要文化財、略して重文だ。唯一、投入堂は国宝ブランドが加わる。この文殊堂も略さず重要文化財であり、険しい立地の建物の一つであり、犬走りのような床を四隅ぐるり回れば素晴らしい眺望がスリルと共に味わえる(写真4)。S隊員は少しばかり高い場所に弱そうだ。途中、へなへなとなりそうだったが、そこは私のエスコートで無事、通過出来た、えへん !!

 事故現場があった(写真5)。崖下は木々に隠れて見えないが、それだけに不気味である。恐怖心が薄れた場所に危険は潜むのかもしれない。Hさんが私と同様にどうカメラに収めるか、悩んでいた。第一印象でこの人のキャラは他の人とは少し違うものを感じた。何と言おうか、比較的シャキッとしたタイプなのだ。七人を親子どんぶりに例えるなら、彼女は歯 ごたえ的存在感のカシワ又は生ネギだろうか。他の三人はふんわり卵とよく煮た玉ねぎかもしれない(あくまで適当な第一印象ッす)。おじさん3名はライス、少し水加減を間違えて炊いた、ふにゃふにゃの、しかしながら、炊いて数日後たったカチカチの、「But しかし However」 、どこかにその品格を漂わせているお米の王様コシヒカリであろうか。


 親子どんぶり隊(親子ほど年齢差がある男女の混ぜこぜ隊の意味ではない)は更に上を目指す。最後の難所は、牛ノ背・馬ノ背である(写真6)。その名の通り、牛や馬の背のように不安定な稜線を歩く。ただし、ここは雨天ならば足場が悪くリスキーだろうが、平時ならば割りと軽いっちゃ。親子どんぶり隊はスイスイとこなし、いよいよ国宝様の投入堂とご対面である。

 次から次へクライマーが登ってくる。はい、並んで、並んで。はい、押さないで次の方。係員がいるわけではないが、そんな感じで写真撮影のベルトコンベアー状態だ。なにせ、国宝様が佇む絶壁ほどではないものの、こちら側もかなり狭い斜面からそれを拝むことになるのだから(写真7)。最終目的地の割りに、数枚の写真を撮る程度で満足して、そそくさと下山の途についてしまった。どうやって建てたか、頭をひねり悩み深く思考しないままに。

 少し下った、略して重文の地蔵堂で、感動の嵐が静かに渦巻いた。実はこの日は、わらじちゃんの二十数回目の誕生日なのである。「ポン」という乾いた響きが谷間にこだまして、コルクが宙に舞い上がる。会長が事前に用意したノンアルコール・シャンパンとお菓子で乾杯し祝った。険しい道程の途中の、大切な友人達そして今日初めて会った人達と共有する不思議な空気感のひと時。思いがけず「忘れられない誕生日になりました」とわらじちゃん。ささやかなイベントに対するピュアな感謝の意は、私の鳥肌を立たせた。S隊員、Hさん、ナースS、友人達の彼女への思いやりが、会長やN隊員にもしっかりと伝播(でんぱ)した。会長は「日本の力を信じてる」と感慨深く発した。その言葉は、わらじちゃんの琴線に優しく触れて一滴の光となった。本来、不特定多数に向けられそうなそのメッセージが、震災とか復興とかから離れて、わらじちゃんの中で自分自身の大切な絆とか繋がりとか出会いとか別れとかに向けられ、未来への希望とか夢とかと重なり合いながら押し寄せたようにみえた。

 Hさんが「(私達)アラサーなんですよ」と呟く。私は「そうだね」と頷き、「僕らは何と言うの?」と尋ねた。「アラカンですね」「アラカン?」「還暦です」。おおっ、シャキッと言ってくれるねえ。四捨五入すれば確かにそうだ。厳しい現実を突きつけられ「あら、そお?」とは切り返せなかった。最後にN隊員が犬走りっぽい床で勧進帳弁慶の飛び六法?のパフォーマンスを披露し場を盛り上げた(写真8)。また彼は文化財に対して恐れ多くも床面が傾斜していると指摘した。S隊員が「Nさんは建物の基準に詳しいから(彼は住宅融資の部署にいる)」と付け加えた。実際、床は傾斜しており、ネットによれば水切りの為らしい。

 災害は忘れたころにやってくる。更に下った場所で滑落事故が起きていた。登りも下りも渋滞である。何人かの人たちが救出の為、木々が生い茂る斜面を下っている。先頭で会長が様子を眺めていたが、ここは確実に親子どんぶり隊の安全を担保することとしたのだろう、下山を続けた。なお後日、山陰地方紙をネットで調べたが事故に係る記事はなく安心した。目線の高さが加わり、下りでの体感する傾斜はきつい。慌てれば、根っこに引っ掛かり転倒も危惧される。どんぶり隊は会長を先頭に、慎重かつ確実にしっかりとルートを選びつつ下りた。下山時刻は、1時前と早い(写真9)。総じて危険度は高いが体力消耗度は低い行程と言える。

 下山後の反省会は寺付近の茶屋でアルコール抜きの昼食とした。まあ、どちらも車で山の中に来て別々の方角に帰るのだから致し方ない。数日前、S隊員が寺の精進料理を予約したものの、人気のため満席、叶わなかった。幾つかある茶屋の一つで、山菜の天ぷらうどんや豆腐などを食べる。同級生との遭遇多発は人脈か過疎か、疑問をぶっつけてみる。Hさんがシャキッと「鳥取の人口は○×万人(数値を忘れた)」と即答。「おおーっ、少ない」とおじさん達。彼女はSNSをやっているとも。ネットに強そうな面が垣間見えたし、撮影もそれらしい感じがしていた。写真と言えば、私の場合は多数の新人女性会員候補を前にして、やや冷静さを欠き、撮るべきものを多く逃していた。大きな反省材料である。3人の入会意思と今後の参加希望地に対する意識調査も行われた。はっきりとした入会宣言は聞 かれなかったが、概ね、その意向であることが満足げな表情から窺えた、ほんまかいな。定例会は駐車場で参加賞の三原名物のだるま(写真10)を手渡して解散となった。次回はよりディープな反省会も目指したい、ねっ、会長。最後にS隊員に対して今回の楽しい好企画を感謝する。(おわり)

  • 三徳山全景マップ(観光案内H.P.より転載)<br />

    三徳山全景マップ(観光案内H.P.より転載)

  • 第一の難所、かずら坂(写真1)<br />

    第一の難所、かずら坂(写真1)

  • 第一の難所、かずら坂(写真2)<br />

    第一の難所、かずら坂(写真2)

  • 一人ずつ登っていく(写真3)

    一人ずつ登っていく(写真3)

  • 文殊堂(写真4)<br />

    文殊堂(写真4)

  • 事故現場(写真5)<br />

    事故現場(写真5)

  • 最後の難所は、牛ノ背・馬ノ背である(写真6)。

    最後の難所は、牛ノ背・馬ノ背である(写真6)。

  • 投入堂は写真撮影のベルトコンベアー状態(写真7)。

    投入堂は写真撮影のベルトコンベアー状態(写真7)。

  • 勧進帳弁慶の飛び六法(写真8)<br />

    勧進帳弁慶の飛び六法(写真8)

  • 慎重かつ確実にしっかりとルートを選びつつ下りた(写真9)<br />

    慎重かつ確実にしっかりとルートを選びつつ下りた(写真9)

  • 三原名物のだるま(写真10)

    三原名物のだるま(写真10)

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この旅行記へのコメント (1)

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  • ふうちゃんさん 2020/06/28 14:04:43
    やっぱり三徳山は危険だ!
    会員の皆さん元気かな?後ろ姿が懐かしいですね。一歩間違えばという危険な登山でしたね。そしてそれからあの時、あの次回の登山計画を一歩間違えなければ(中止に追い込まれた)、来月、どこに登ろうかと今でも継続していたかも?・・・・

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