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念願叶って20年以上憧れ続けたトルコへ行ってきました。<br />友人Mと添乗員さん付きツアーに参加しました。<br />ツアーはH.I.S.の『とことん!トルコ10日間』、11都市周遊で羽田空港発、成田空港着でした。<br /><br />備忘録のため費用も合わせて記録しておきます(*^^*)<br /><br />換金レート<br /> 1TL≒18.77円<br /><br /><br />旅行記[Day1~3]https://4travel.jp/travelogue/11507930<br />1~2日目…富山⇒羽田<br />2~3日目…羽田⇒ドバイ(EK313)、ドバイ⇒イスタンブール(EK119)<br /><br />旅行記[Day3~4]<br />3~4日目…ブルサ観光<br />[ジュマルクズク、イェシル・ジャーミィ、イェシル・トゥルベ、ウル・ジャーミィ]<br /><br />旅行記[Day4]<br />4日目…ベルガマ観光<br />[ペルガモン遺跡、トルコ石ファクトリー]<br /><br />旅行記[Day4~5]<br />4~5日目…クシャダス観光<br />[革製品工房]<br /><br />旅行記[Day5-1]<br />5日目…エフェス観光<br />[エフェソス遺跡、アルテミス神殿]<br /><br />旅行記[Day5-2]<br />5日目…アフロディシアス観光<br />[アフロディシアス遺跡]<br /><br />旅行記[Day5~6]<br />5~6日目…パムッカレ観光<br />[ヒエラポリス遺跡、石灰棚]<br /><br />旅行記[Day6]<br />6日目…コンヤ観光<br />[インジェミナーレ神学校、メヴラーナ博物館、キャラバンサライ]<br /><br />旅行記[Day6~8]<br />6~8日目…カッパドキア観光<br />[カイマクル地下都市、ウチヒサール、絨毯工房、ギョレメ野外博物館、パシャバー(キノコ岩)、陶器ファクトリー、デブレント渓谷(ラクダ岩)]<br /><br />旅行記[Day8]<br />8日目…ボアズカレ観光<br />[ヤズルカヤ遺跡、ハットゥシャシュ遺跡]<br /><br />旅行記[Day8~9]<br />8~9日目…アンカラ観光<br />[アタトゥルク廟]<br /><br />旅行記[Day9~10]<br />9~10日目…イスタンブール観光<br />[トプカプ宮殿、グランド・バザール、スルタン・アフメト・ジャーミィ、スルタン・アフメト広場、アヤソフィア博物館、ヒルエとロザリオ博物館、スレイマニエ・ジャーミィ、エジプシャン・バザール、スルタン・アフメト・トゥルベ]<br /><br />旅行記[Day10~12]<br />10~11日目…イスタンブール⇒ドバイ(EK122)、ドバイ⇒成田(EK318)<br />11~12日目…成田⇒富山<br /><br />*****<br /><br />2019/06/20~07/01<br />トルコ(イスタンブール、ブルサ、ベルガマ、クシャダス、エフェス、アフロディシアス、パムッカレ、コンヤ、カッパドキア、ボアズカレ、アンカラ)<br />11泊12日<br />ホテル7泊+機内泊2泊+夜行バス2泊<br />173,732円<br />

[Day3~4]オスマン帝国の古都ブルサとジュマルクズク…トルコ(イスタンブール他)11泊12日

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2019/06/20 - 2019/07/01

17位(同エリア63件中)

misa

misaさん

この旅行記スケジュールを元に

念願叶って20年以上憧れ続けたトルコへ行ってきました。
友人Mと添乗員さん付きツアーに参加しました。
ツアーはH.I.S.の『とことん!トルコ10日間』、11都市周遊で羽田空港発、成田空港着でした。

備忘録のため費用も合わせて記録しておきます(*^^*)

換金レート
 1TL≒18.77円


旅行記[Day1~3]https://4travel.jp/travelogue/11507930
1~2日目…富山⇒羽田
2~3日目…羽田⇒ドバイ(EK313)、ドバイ⇒イスタンブール(EK119)

旅行記[Day3~4]
3~4日目…ブルサ観光
[ジュマルクズク、イェシル・ジャーミィ、イェシル・トゥルベ、ウル・ジャーミィ]

旅行記[Day4]
4日目…ベルガマ観光
[ペルガモン遺跡、トルコ石ファクトリー]

旅行記[Day4~5]
4~5日目…クシャダス観光
[革製品工房]

旅行記[Day5-1]
5日目…エフェス観光
[エフェソス遺跡、アルテミス神殿]

旅行記[Day5-2]
5日目…アフロディシアス観光
[アフロディシアス遺跡]

旅行記[Day5~6]
5~6日目…パムッカレ観光
[ヒエラポリス遺跡、石灰棚]

旅行記[Day6]
6日目…コンヤ観光
[インジェミナーレ神学校、メヴラーナ博物館、キャラバンサライ]

旅行記[Day6~8]
6~8日目…カッパドキア観光
[カイマクル地下都市、ウチヒサール、絨毯工房、ギョレメ野外博物館、パシャバー(キノコ岩)、陶器ファクトリー、デブレント渓谷(ラクダ岩)]

旅行記[Day8]
8日目…ボアズカレ観光
[ヤズルカヤ遺跡、ハットゥシャシュ遺跡]

旅行記[Day8~9]
8~9日目…アンカラ観光
[アタトゥルク廟]

旅行記[Day9~10]
9~10日目…イスタンブール観光
[トプカプ宮殿、グランド・バザール、スルタン・アフメト・ジャーミィ、スルタン・アフメト広場、アヤソフィア博物館、ヒルエとロザリオ博物館、スレイマニエ・ジャーミィ、エジプシャン・バザール、スルタン・アフメト・トゥルベ]

旅行記[Day10~12]
10~11日目…イスタンブール⇒ドバイ(EK122)、ドバイ⇒成田(EK318)
11~12日目…成田⇒富山

*****

2019/06/20~07/01
トルコ(イスタンブール、ブルサ、ベルガマ、クシャダス、エフェス、アフロディシアス、パムッカレ、コンヤ、カッパドキア、ボアズカレ、アンカラ)
11泊12日
ホテル7泊+機内泊2泊+夜行バス2泊
173,732円

同行者
友人
一人あたり費用
15万円 - 20万円
航空会社
エミレーツ航空
旅行の手配内容
ツアー(添乗員同行あり)
利用旅行会社
エイチ・アイ・エス

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  • 2019/06/22~06/23<br />ツアーでいうと2日目の午後~3日目の午前。<br />ブルサと近郊のジュマルクズク観光についてです。<br />(日程表画像はH.I.S.のHPから)<br />

    2019/06/22~06/23
    ツアーでいうと2日目の午後~3日目の午前。
    ブルサと近郊のジュマルクズク観光についてです。
    (日程表画像はH.I.S.のHPから)

  • 2019/06/22<br />トルコに到着してすぐ、14:00過ぎにイスタンブールのサビハ・ギョクチェン国際空港を出てブルサへ向かいました。<br /><br />★イスタンブールからブルサへ(118km/約2時間)<br /><br />

    2019/06/22
    トルコに到着してすぐ、14:00過ぎにイスタンブールのサビハ・ギョクチェン国際空港を出てブルサへ向かいました。

    ★イスタンブールからブルサへ(118km/約2時間)

  • 途中窓の外に一面のオレンジ屋根が見えて、トルコはヨーロッパでもあるというのを実感しました。<br />あたしの中で地中海辺りのヨーロッパの街はこんなイメージ(*´∀`)<br />海はマルマラ海です。<br />

    途中窓の外に一面のオレンジ屋根が見えて、トルコはヨーロッパでもあるというのを実感しました。
    あたしの中で地中海辺りのヨーロッパの街はこんなイメージ(*´∀`)
    海はマルマラ海です。

  • 所々にモスクが見えてイスラム文化好きとしてはほんとに心躍りました。<br />今回の旅でもモスク見学は楽しみの1つでした!<br /><br />ちなみにトルコ語でモスクはジャーミ(cami)といい、ペルシア語で“会衆モスク”を意味するマスジデ・ジャーミに由来するそうです。<br />トルコ語では名詞を2つ繋げる時には限定語尾を付けるので、“何々モスク”という言い方の場合はジャーミシ(camisi)もしくはジャーミィ(camii)となります。<br />

    所々にモスクが見えてイスラム文化好きとしてはほんとに心躍りました。
    今回の旅でもモスク見学は楽しみの1つでした!

    ちなみにトルコ語でモスクはジャーミ(cami)といい、ペルシア語で“会衆モスク”を意味するマスジデ・ジャーミに由来するそうです。
    トルコ語では名詞を2つ繋げる時には限定語尾を付けるので、“何々モスク”という言い方の場合はジャーミシ(camisi)もしくはジャーミィ(camii)となります。

  • ブルサの街に入った辺り。<br /><br />ブルサ(Bursa)はトルコ北西に位置するトルコ第4の都市。<br />古くはシルクロードの西端で交通の要所として発展しました。<br />トルコ語でイェシル・ブルサ(Yeşil Bursa)、“緑のブルサ”と呼ばれる緑の多い地で、オスマン帝国が東ローマ帝国(ビザンツ帝国)から奪い最初に都を置いた古都でもあります。<br />第2代スルタン・オルハンの時代のことです。<br />その後エディルネへ遷都した後でもスルタンたちの霊廟が建てられたスルタンに愛された街でした。<br />

    ブルサの街に入った辺り。

    ブルサ(Bursa)はトルコ北西に位置するトルコ第4の都市。
    古くはシルクロードの西端で交通の要所として発展しました。
    トルコ語でイェシル・ブルサ(Yeşil Bursa)、“緑のブルサ”と呼ばれる緑の多い地で、オスマン帝国が東ローマ帝国(ビザンツ帝国)から奪い最初に都を置いた古都でもあります。
    第2代スルタン・オルハンの時代のことです。
    その後エディルネへ遷都した後でもスルタンたちの霊廟が建てられたスルタンに愛された街でした。

  • 今では大きな街ですが、元々のブルサはウル山という山の麓。<br />これはホテルのバルコニーからの景色ですが、奥に見える山がウル山です。<br /><br />ブルサでは厚めのピデに焼いたラム肉を載せヨーグルトを添えたイスケンデル・ケバブが名物。<br />イスケンデルはトルコ語で“アレキサンダー”という意味ですが、アレクサンドロス大王は全くの無関係なんだとか。<br />他には桃や栗、シルクが有名な街です。<br />

    今では大きな街ですが、元々のブルサはウル山という山の麓。
    これはホテルのバルコニーからの景色ですが、奥に見える山がウル山です。

    ブルサでは厚めのピデに焼いたラム肉を載せヨーグルトを添えたイスケンデル・ケバブが名物。
    イスケンデルはトルコ語で“アレキサンダー”という意味ですが、アレクサンドロス大王は全くの無関係なんだとか。
    他には桃や栗、シルクが有名な街です。

  • 15:45<br />予定ではイスタンブールから2時間となっていましたが、1時間半くらいでホテルに到着しました。<br /><br />ブルサで1泊したホテルは『アルミラ ホテル ターマル スパ &amp; コンベンション センター(Almira Hotel Thermal Spa &amp; Convention Center)』。<br />Googleによると5つ星ホテル(!)です。<br />

    15:45
    予定ではイスタンブールから2時間となっていましたが、1時間半くらいでホテルに到着しました。

    ブルサで1泊したホテルは『アルミラ ホテル ターマル スパ & コンベンション センター(Almira Hotel Thermal Spa & Convention Center)』。
    Googleによると5つ星ホテル(!)です。

    グランド アルミラ ホテル ホテル

  • なんと入口が回転扉の自動ドア!<br />安宿に慣れてるのでこんなランクの高いホテルに泊まるなんてちょっと落ち着かない気分になりました(笑)<br />

    なんと入口が回転扉の自動ドア!
    安宿に慣れてるのでこんなランクの高いホテルに泊まるなんてちょっと落ち着かない気分になりました(笑)

  • 予定より早く着いたので観光を前倒しにして翌日予定だったジュマルクズクとイェシル・ジャーミィへ行くことになりました。<br />とりあえずチェックインして各自荷物を部屋に置いて45分後にロビー集合。<br />

    予定より早く着いたので観光を前倒しにして翌日予定だったジュマルクズクとイェシル・ジャーミィへ行くことになりました。
    とりあえずチェックインして各自荷物を部屋に置いて45分後にロビー集合。

  • 部屋は綺麗で快適でした。<br />Wi-Fiも速くはないけどまあまあ大丈夫だったのでよかったです。<br /><br />我慢の限界だったので超高速で髪だけ洗って乾かしました(&gt;_&lt;)<br />

    部屋は綺麗で快適でした。
    Wi-Fiも速くはないけどまあまあ大丈夫だったのでよかったです。

    我慢の限界だったので超高速で髪だけ洗って乾かしました(>_<)

  • 16:45<br />バスに乗ってまずはジュマルクズクへ。<br />イヤホンガイドが配られて使い方の説明がありました。<br />

    16:45
    バスに乗ってまずはジュマルクズクへ。
    イヤホンガイドが配られて使い方の説明がありました。

  • 17:15<br />ブルサ市内のホテルから30分で到着。<br />駐車場から続く石畳の道を進んでいきます。<br />

    17:15
    ブルサ市内のホテルから30分で到着。
    駐車場から続く石畳の道を進んでいきます。

  • 右手側はお墓。<br />墓標が並んでいました。<br />

    右手側はお墓。
    墓標が並んでいました。

  • 駐車場から歩いて2~3分で入口です。<br />ユネスコの登録碑を発見。<br />ジュマルクズクはブルサの街と合わせて世界遺産に登録されています。<br />

    駐車場から歩いて2~3分で入口です。
    ユネスコの登録碑を発見。
    ジュマルクズクはブルサの街と合わせて世界遺産に登録されています。

  • ▼ジュマルクズク(Cumalikizik)<br />現地名:Cumalıkızık<br />ユネスコ世界遺産『オスマン帝国発祥の地ブルサとジュマルクズク(Bursa and Cumalıkızık : the Birth of the Ottoman Empire)』(文化遺産)。<br />オスマン帝国時代の伝統的な町並みが残る地区。<br />700年の歴史を誇る村。<br />

    ▼ジュマルクズク(Cumalikizik)
    現地名:Cumalıkızık
    ユネスコ世界遺産『オスマン帝国発祥の地ブルサとジュマルクズク(Bursa and Cumalıkızık : the Birth of the Ottoman Empire)』(文化遺産)。
    オスマン帝国時代の伝統的な町並みが残る地区。
    700年の歴史を誇る村。

    ジュマルクズク 旧市街・古い町並み

  • 石畳の路地に並ぶ家々。<br />ジュマルクズクの見所の1つはこの古い伝統家屋と町並みです。<br />

    石畳の路地に並ぶ家々。
    ジュマルクズクの見所の1つはこの古い伝統家屋と町並みです。

  • ガイドさんに一通り説明してもらいながら坂をのぼって中へ入って行きます。<br />石畳の道がお伽噺の世界みたいでした。<br /><br />正直ツアーの観光地でのスピードも速すぎて着いていけないのではとこの時点で既に思い始めるあたし…(´・_・`)(笑)<br />

    ガイドさんに一通り説明してもらいながら坂をのぼって中へ入って行きます。
    石畳の道がお伽噺の世界みたいでした。

    正直ツアーの観光地でのスピードも速すぎて着いていけないのではとこの時点で既に思い始めるあたし…(´・_・`)(笑)

  • オスマン帝国時代の集落はこんな感じだったんですね。<br />家は基本的に3階建てで木と石と日干し煉瓦で造られていました。<br />上の階が出窓状に張り出しているのが印象的でした。<br />オスマン帝国はイスラム教の国で女性の姿が家族以外に見られてはいけないため、外から家の中が見えないように建てられたそうです。<br />

    オスマン帝国時代の集落はこんな感じだったんですね。
    家は基本的に3階建てで木と石と日干し煉瓦で造られていました。
    上の階が出窓状に張り出しているのが印象的でした。
    オスマン帝国はイスラム教の国で女性の姿が家族以外に見られてはいけないため、外から家の中が見えないように建てられたそうです。

  • 村にある270戸の家の6割が今も使われているとか。<br />黄色や白色、紫色、青色等カラフルな家でした。<br />当時からこんな鮮やかな色だったのかな。<br />

    村にある270戸の家の6割が今も使われているとか。
    黄色や白色、紫色、青色等カラフルな家でした。
    当時からこんな鮮やかな色だったのかな。

  • オスマン帝国時代には慈善寄付財団によって運営されたモスクやメドレセ(神学校)(トルコ語:Medrese)、ハマム(公衆浴場)(トルコ語:Hamam)等の複合施設が造られました。<br />こういった複合施設のことをキュッリエ(トルコ語:Külliye)と言いますが、ジュマルクズクは当時のキュッリエの面影が残っているのも見所です。<br />画像奥のハマムや村の入口にあったお墓もキュッリエの一部です。<br />

    オスマン帝国時代には慈善寄付財団によって運営されたモスクやメドレセ(神学校)(トルコ語:Medrese)、ハマム(公衆浴場)(トルコ語:Hamam)等の複合施設が造られました。
    こういった複合施設のことをキュッリエ(トルコ語:Külliye)と言いますが、ジュマルクズクは当時のキュッリエの面影が残っているのも見所です。
    画像奥のハマムや村の入口にあったお墓もキュッリエの一部です。

  • ジュマルクズクの建物はそれぞれ土地の傾斜に合わせて造られていて1つひとつ造りが異なり統一されていないそうです。<br />また2人並んで歩けない程狭い通りがあったり行き止まりの通りがあることから、当時の村はしっかりした都市計画に基づいて造られていたわけではないと考えられています。<br />

    ジュマルクズクの建物はそれぞれ土地の傾斜に合わせて造られていて1つひとつ造りが異なり統一されていないそうです。
    また2人並んで歩けない程狭い通りがあったり行き止まりの通りがあることから、当時の村はしっかりした都市計画に基づいて造られていたわけではないと考えられています。

  • 路地は中央に向かって傾斜がつけられ真ん中が簡易的な水路になっていました。<br />これは村の上にある水源からの水の分配や雨水を取り除くための機能とのこと。<br />この辺りでは特に冬は雨が多く降るそうです。<br />家々が無計画に造られたと言うわりにはこういう所は結構しっかり考えられていたんだなあと思いました。<br /><br />帝国時代の伝統家屋はサフランボルも有名なのでいつかそっちも行けたらいいなと思います。<br />世界遺産ですしね。<br />

    路地は中央に向かって傾斜がつけられ真ん中が簡易的な水路になっていました。
    これは村の上にある水源からの水の分配や雨水を取り除くための機能とのこと。
    この辺りでは特に冬は雨が多く降るそうです。
    家々が無計画に造られたと言うわりにはこういう所は結構しっかり考えられていたんだなあと思いました。

    帝国時代の伝統家屋はサフランボルも有名なのでいつかそっちも行けたらいいなと思います。
    世界遺産ですしね。

  • カフェのテラス席で寛ぐ地元の方たち。<br />ツアーじゃなければここでのんびりお茶したかったなあ( ´△`)<br />ジュマルクズクはほんとにのどかな所であたしがイメージする“海外の村”そのものって感じでした。<br />

    カフェのテラス席で寛ぐ地元の方たち。
    ツアーじゃなければここでのんびりお茶したかったなあ( ´△`)
    ジュマルクズクはほんとにのどかな所であたしがイメージする“海外の村”そのものって感じでした。

  • ▼ジュマルクズク・ジャーミィ(Cumalikizik Mosque)<br />現地名:Cumalıkızık Camii<br />ジュマルクズク唯一のモスク。<br />イスラム建築。<br />セルジューク様式。<br />オスマン帝国時代建設。<br />ミナレット(尖塔)(Minaret)(トルコ語:ミナーレMinare)は1本。<br /><br /><br />ジュマルクズクの入口から坂を上った所にある現存する村唯一のモスクです。<br />オスマン帝国時代にはモスクとメドレセとして使用されていました。<br />建設の記録がないため詳細は不明だそうですが、300年の歴史を持つモスクと考えられています。<br />

    ▼ジュマルクズク・ジャーミィ(Cumalikizik Mosque)
    現地名:Cumalıkızık Camii
    ジュマルクズク唯一のモスク。
    イスラム建築。
    セルジューク様式。
    オスマン帝国時代建設。
    ミナレット(尖塔)(Minaret)(トルコ語:ミナーレMinare)は1本。


    ジュマルクズクの入口から坂を上った所にある現存する村唯一のモスクです。
    オスマン帝国時代にはモスクとメドレセとして使用されていました。
    建設の記録がないため詳細は不明だそうですが、300年の歴史を持つモスクと考えられています。

    クマリキジックモスク 寺院・教会

  • ドームはなく、前後に軒が長めに伸びたセルジューク様式の建物でした。<br />何度か大規模な修復や増改築が行われて現在の形になったとのこと。<br />栗の木が使われているそうなので、この辺りは昔から栗が名産だったのかな?<br />中も見てみたかったのですが時間がなくて断念…。<br />

    ドームはなく、前後に軒が長めに伸びたセルジューク様式の建物でした。
    何度か大規模な修復や増改築が行われて現在の形になったとのこと。
    栗の木が使われているそうなので、この辺りは昔から栗が名産だったのかな?
    中も見てみたかったのですが時間がなくて断念…。

  • ジュマルクズクでは20分間の自由時間があって各自散策できました。<br />

    ジュマルクズクでは20分間の自由時間があって各自散策できました。

  • 緑が多くてのどかな雰囲気。<br />この画像、ぼかし入れてますが真ん中のお兄さんたちがカメラに気づいてめっちゃきめ顔してくれてます、ありがとう(笑)<br />ジュマルクズクはトルコ国内でも人気の観光地らしく、この時もトルコ人っぽい観光客で賑わっていました。<br />

    緑が多くてのどかな雰囲気。
    この画像、ぼかし入れてますが真ん中のお兄さんたちがカメラに気づいてめっちゃきめ顔してくれてます、ありがとう(笑)
    ジュマルクズクはトルコ国内でも人気の観光地らしく、この時もトルコ人っぽい観光客で賑わっていました。

  • 咲いてた紫陽花。<br />

    咲いてた紫陽花。

  • お土産屋さんが沢山あって暖かみのあるハンドメイドの品が並んでいるのも素敵でした(*^^*)<br />

    お土産屋さんが沢山あって暖かみのあるハンドメイドの品が並んでいるのも素敵でした(*^^*)

  • 可愛いマグネット。<br />

    可愛いマグネット。

  • 自由時間が20分しかなかったのでゆっくりお店を見られなかったのがほんとに残念でした。<br />このお家のマグネット買えばよかったってかなり後悔してます(&gt;_&lt;)<br />

    自由時間が20分しかなかったのでゆっくりお店を見られなかったのがほんとに残念でした。
    このお家のマグネット買えばよかったってかなり後悔してます(>_<)

  • 木の壺マグネットも可愛かったなあ。<br />

    木の壺マグネットも可愛かったなあ。

  • トルコ風アイス・ドゥンドゥルマのお店を発見!<br />

    トルコ風アイス・ドゥンドゥルマのお店を発見!

  • 暑かったのでここでアイスタイム。<br />なかなか渡してもらえない例のパフォーマンスもちゃんとやってもらえました!<br />店員さんに遊ばれるM。<br />ほんとにしつこくてなかなか受け取れないものなんだなあと感心しました(笑)<br /><br />・ドゥンドゥルマ 5TL≒94円<br />

    暑かったのでここでアイスタイム。
    なかなか渡してもらえない例のパフォーマンスもちゃんとやってもらえました!
    店員さんに遊ばれるM。
    ほんとにしつこくてなかなか受け取れないものなんだなあと感心しました(笑)

    ・ドゥンドゥルマ 5TL≒94円

  • あとあと、すっごく激安のチェリーを見つけて即買いしました。<br />お値段なんと1kg5TL!100円以下!<br />さすがに1kgは多いのでお願いして半分で売ってもらいました。<br />果物好きなので大量に買えて嬉しかったです。<br />食べた感じいわゆるアメリカンチェリーかなと思いましたがどうなんでしょう??<br /><br />・チェリー500g 2.5TL≒47円<br />

    あとあと、すっごく激安のチェリーを見つけて即買いしました。
    お値段なんと1kg5TL!100円以下!
    さすがに1kgは多いのでお願いして半分で売ってもらいました。
    果物好きなので大量に買えて嬉しかったです。
    食べた感じいわゆるアメリカンチェリーかなと思いましたがどうなんでしょう??

    ・チェリー500g 2.5TL≒47円

  • これは友だちと買おうとしてたアクセサリーセット。<br />トルコらしくてめちゃめちゃ可愛い!<br />これも時間がなくて結局買えなかったんですけど…。<br />

    これは友だちと買おうとしてたアクセサリーセット。
    トルコらしくてめちゃめちゃ可愛い!
    これも時間がなくて結局買えなかったんですけど…。

  • かぎ針編みのスカーフ。<br />トルコの人は器用ですね。<br /><br />トルコではオヤという立体的に編まれた花モチーフ等が特徴のレース編みが有名です。<br />画像よりもっと細かくて小さいモチーフの物かな?<br />オヤとはトルコ語で“縁飾り”という意味で、スカーフ等の縁飾りのことを指すんだそう。<br />繊細なトルコオヤには世界中にファンがいるそうです。<br />

    かぎ針編みのスカーフ。
    トルコの人は器用ですね。

    トルコではオヤという立体的に編まれた花モチーフ等が特徴のレース編みが有名です。
    画像よりもっと細かくて小さいモチーフの物かな?
    オヤとはトルコ語で“縁飾り”という意味で、スカーフ等の縁飾りのことを指すんだそう。
    繊細なトルコオヤには世界中にファンがいるそうです。

  • トルコの代表的な陶器のキュタフヤ陶器も売っていました。<br />無類の食器好きなあたしですが、キュタフヤ陶器にはそこまで魅かれず…今回の旅では未購入です。<br />あたしの興味関心はトルコに関して言えばランプとタイルに全振りしていますσ(・ω・*)<br />

    トルコの代表的な陶器のキュタフヤ陶器も売っていました。
    無類の食器好きなあたしですが、キュタフヤ陶器にはそこまで魅かれず…今回の旅では未購入です。
    あたしの興味関心はトルコに関して言えばランプとタイルに全振りしていますσ(・ω・*)

  • ツアーだったのでぐるーっと一回りしてさらーっと雰囲気を感じただけの滞在でした。<br />短い自由時間で村の入口まで各自移動しなきゃいけなかったのもあって、細かい家の造形を観察するとかお土産屋さんをじっくり覗くとかそんな時間は残念ながらありませんでした。<br />滞在時間全部で1時間なかったですし…。<br />でもこの村の雰囲気が大好きになったのでいつかまた行きたいと思います。<br />

    ツアーだったのでぐるーっと一回りしてさらーっと雰囲気を感じただけの滞在でした。
    短い自由時間で村の入口まで各自移動しなきゃいけなかったのもあって、細かい家の造形を観察するとかお土産屋さんをじっくり覗くとかそんな時間は残念ながらありませんでした。
    滞在時間全部で1時間なかったですし…。
    でもこの村の雰囲気が大好きになったのでいつかまた行きたいと思います。

  • イスラム建築が好きなので、もし個人旅行にしていたら多分もっとモスクとか霊廟を中心に観光してジュマルクズクへは行ってなかったかもしれません。<br />でも今回ツアー日程にジュマルクズクが入っていてほんとによかったです。<br />ネットで「わざわざ行かなくてもよかった」という感想を見かけたりもしたので、こればっかりは個人の感じ方で難しいなって改めて思いますが( ´∀`)<br />個人的にはおすすめの場所です!<br />

    イスラム建築が好きなので、もし個人旅行にしていたら多分もっとモスクとか霊廟を中心に観光してジュマルクズクへは行ってなかったかもしれません。
    でも今回ツアー日程にジュマルクズクが入っていてほんとによかったです。
    ネットで「わざわざ行かなくてもよかった」という感想を見かけたりもしたので、こればっかりは個人の感じ方で難しいなって改めて思いますが( ´∀`)
    個人的にはおすすめの場所です!

  • 18:00<br />再びバスに乗って次はイェシル・ジャーミィへ出発です。<br />モスク!モスク!<br />

    18:00
    再びバスに乗って次はイェシル・ジャーミィへ出発です。
    モスク!モスク!

  • 窓の外は緑に溢れていてブルサは確かに“緑のブルサ”なんだなと思いました。<br />

    窓の外は緑に溢れていてブルサは確かに“緑のブルサ”なんだなと思いました。

  • 窓側に座らせてもらったのでバスからの景色が楽しくて。<br />これはどこかのウォールアート。<br />

    窓側に座らせてもらったのでバスからの景色が楽しくて。
    これはどこかのウォールアート。

  • お洒落な階段のお店。<br />なんのお店だったのかな?<br />

    お洒落な階段のお店。
    なんのお店だったのかな?

  • こんな素敵な路地もありました。<br />海外で見かけるこういう雰囲気の細路地好きです。<br />

    こんな素敵な路地もありました。
    海外で見かけるこういう雰囲気の細路地好きです。

  • 18:40<br />駐車場で下車。<br />モスク横にはちょっとした広場があってフォトスポットになっていました。<br />ユネスコの登録碑もここに。<br />

    18:40
    駐車場で下車。
    モスク横にはちょっとした広場があってフォトスポットになっていました。
    ユネスコの登録碑もここに。

  • 待ちに待ったイェシル・ジャーミィの見学。<br />女性は髪を隠すためにスカーフを巻く必要があります。<br />

    待ちに待ったイェシル・ジャーミィの見学。
    女性は髪を隠すためにスカーフを巻く必要があります。

  • ▼イェシル・ジャーミィ(Green Mosque)<br />現地名:Yeşil Camii<br />ユネスコ世界遺産『オスマン帝国発祥の地ブルサとジュマルクズク(Bursa and Cumalıkızık : the Birth of the Ottoman Empire)』(文化遺産)。<br />イスラム建築。<br />セルジューク様式。<br />オスマン帝国第5代スルタン・メフメト1世建設。<br />ハジュ・イワス設計。<br />1412-1424年。<br /><br /><br />メフメト1世のキュッリエの一部。<br />このキュッリエはイェシル・キュッリエとも呼ばれています。<br />

    ▼イェシル・ジャーミィ(Green Mosque)
    現地名:Yeşil Camii
    ユネスコ世界遺産『オスマン帝国発祥の地ブルサとジュマルクズク(Bursa and Cumalıkızık : the Birth of the Ottoman Empire)』(文化遺産)。
    イスラム建築。
    セルジューク様式。
    オスマン帝国第5代スルタン・メフメト1世建設。
    ハジュ・イワス設計。
    1412-1424年。


    メフメト1世のキュッリエの一部。
    このキュッリエはイェシル・キュッリエとも呼ばれています。

    イェシル ジャーミィ (ブルサ) 寺院・教会

  • 窓の縁取り装飾がとっても綺麗でした。<br />

    窓の縁取り装飾がとっても綺麗でした。

  • 入口は大理石。<br />

    入口は大理石。

  • 入口のムカルナスがとっても凄かったです!<br />ムカルナス(Muqarnas)(トルコ語:Mukarnas)とはイスラム建築に見られる小さな曲面を複雑に集合させた立体的な持ち送り構造のことで、10世紀初頭まで起源が遡れる歴史ある装飾です。<br />画像のぽこぽこの部分。<br /><br />ムカルナス下の小さい窓は2階にあるスルタンの礼拝室へ続いていました。<br />その下のカリグラフィー(イスラム書道)はモスクの設計者であるハジュ・イワスに捧げられた碑文だそうです。<br />

    入口のムカルナスがとっても凄かったです!
    ムカルナス(Muqarnas)(トルコ語:Mukarnas)とはイスラム建築に見られる小さな曲面を複雑に集合させた立体的な持ち送り構造のことで、10世紀初頭まで起源が遡れる歴史ある装飾です。
    画像のぽこぽこの部分。

    ムカルナス下の小さい窓は2階にあるスルタンの礼拝室へ続いていました。
    その下のカリグラフィー(イスラム書道)はモスクの設計者であるハジュ・イワスに捧げられた碑文だそうです。

  • 入口を囲うカリグラフィーとアラベスク(幾何学文様)は尋常じゃない細かさでした。<br />これは石の浮き彫り装飾を特徴とするセルジューク朝の建築の流れを汲んだ物です。<br />色を使わず凹凸だけでこれだけ存在感のある物を造れるなんて凄くないですか?(;・д・´)<br />後日このツアーでアナドル・セルジューク朝の古都のコンヤという街を訪れますが、コンヤにも素晴らしい浮き彫り装飾が沢山残っていました。<br /><br />このカリグラフィーはジャラール・ウッディーン・ムハンマド・ルーミー(Jalāl ad-Dīn Muhammad Rūmī)という詩人の碑文だそうです。<br /><br />

    入口を囲うカリグラフィーとアラベスク(幾何学文様)は尋常じゃない細かさでした。
    これは石の浮き彫り装飾を特徴とするセルジューク朝の建築の流れを汲んだ物です。
    色を使わず凹凸だけでこれだけ存在感のある物を造れるなんて凄くないですか?(;・д・´)
    後日このツアーでアナドル・セルジューク朝の古都のコンヤという街を訪れますが、コンヤにも素晴らしい浮き彫り装飾が沢山残っていました。

    このカリグラフィーはジャラール・ウッディーン・ムハンマド・ルーミー(Jalāl ad-Dīn Muhammad Rūmī)という詩人の碑文だそうです。

  • 入口を入って広間までは短い廊下になっていました。<br />画像は天井の装飾。<br />

    入口を入って広間までは短い廊下になっていました。
    画像は天井の装飾。

  • 廊下の壁の下部は一面緑色のタイル。<br />このタイルもセルジューク朝の影響を受けていますね。<br />

    廊下の壁の下部は一面緑色のタイル。
    このタイルもセルジューク朝の影響を受けていますね。

  • 円形のモチーフは様々な色で絵付けされたハフトランギー・タイル。<br />複雑な花のアラベスクが描かれていました。<br />(タイルについては後述します)<br />

    円形のモチーフは様々な色で絵付けされたハフトランギー・タイル。
    複雑な花のアラベスクが描かれていました。
    (タイルについては後述します)

  • イェシル・ジャーミィ、“緑のモスク”の名前通り、モスクの内部は青色がかった緑色のタイルで装飾されていました。<br />緑というよりは青に近い色ですが、トルコ語のイェシルは樹々の緑から明るい青までを含めた広範囲な色を指すそうです。<br />なるほどー。<br />

    イェシル・ジャーミィ、“緑のモスク”の名前通り、モスクの内部は青色がかった緑色のタイルで装飾されていました。
    緑というよりは青に近い色ですが、トルコ語のイェシルは樹々の緑から明るい青までを含めた広範囲な色を指すそうです。
    なるほどー。

  • 中央広間の中心にはシャディルヴァン(Shadirvan)(トルコ語:Şadırvan)と呼ばれる清めの泉がありました。<br />翌日訪れたウル・ジャーミィもそうですが、通常外にある泉が内部に造られているのはかなり珍しいことで、この時期の建築特有の物です。<br />

    中央広間の中心にはシャディルヴァン(Shadirvan)(トルコ語:Şadırvan)と呼ばれる清めの泉がありました。
    翌日訪れたウル・ジャーミィもそうですが、通常外にある泉が内部に造られているのはかなり珍しいことで、この時期の建築特有の物です。

  • 礼拝室のミフラーブ。<br />見てください、この素晴らしいタイル…!!<br />

    礼拝室のミフラーブ。
    見てください、この素晴らしいタイル…!!

  • ムスリム以外は礼拝室へ入れないので近くまで行けませんが、遠目で見てもタイル装飾の緻密さがよくわかりました。<br /><br />ミフラーブ(Mihrab)(トルコ語:Mihrap)とはモスク等にあるキブラ(メッカの方角)を示す壁の窪みのことです。<br />

    ムスリム以外は礼拝室へ入れないので近くまで行けませんが、遠目で見てもタイル装飾の緻密さがよくわかりました。

    ミフラーブ(Mihrab)(トルコ語:Mihrap)とはモスク等にあるキブラ(メッカの方角)を示す壁の窪みのことです。

  • 礼拝室の上に設けられたドームはセルジューク朝には見られなかった特徴。<br />ここからトルコ型モスクと言って連想される大ドームのオスマン様式へ発展していくんですね。<br /><br />四方の壁から円形ドームへの移行部にはトルコ襞と呼ばれる独特の方法が使われていました。<br />この装飾も細かかったです。<br />

    礼拝室の上に設けられたドームはセルジューク朝には見られなかった特徴。
    ここからトルコ型モスクと言って連想される大ドームのオスマン様式へ発展していくんですね。

    四方の壁から円形ドームへの移行部にはトルコ襞と呼ばれる独特の方法が使われていました。
    この装飾も細かかったです。

  • ミフラーブの向かって右隣にはミンバル(説教壇)。<br />ミンバル(Minbar)(トルコ語:Minber)はイマームが集団礼拝の際に説教を行う階段状の壇で、どこのモスクにもほぼある物です。<br /><br />礼拝室の壁の下部分は青色の六角形のタイルで覆われていました。<br />

    ミフラーブの向かって右隣にはミンバル(説教壇)。
    ミンバル(Minbar)(トルコ語:Minber)はイマームが集団礼拝の際に説教を行う階段状の壇で、どこのモスクにもほぼある物です。

    礼拝室の壁の下部分は青色の六角形のタイルで覆われていました。

  • モスク内のタイルには様々な技法が使われているそうです。<br />ハフトランギー・タイル、モザイク・タイル、モノクロの下絵タイル、絵付けされた素焼きタイル等々。<br />色も青色、緑色、紺色、ターコイズブルー、白色、黄色、紫色等様々でした。 <br />

    モスク内のタイルには様々な技法が使われているそうです。
    ハフトランギー・タイル、モザイク・タイル、モノクロの下絵タイル、絵付けされた素焼きタイル等々。
    色も青色、緑色、紺色、ターコイズブルー、白色、黄色、紫色等様々でした。

  • 素敵なタイル…!!<br />色の使い方とか模様がウズベキスタンと似てる気がするなあと思っていたんですが、モスク内のタイルの大部分を構成するハフトランギー・タイルはティムール朝の影響を受けているそうです。<br />やっぱり!<br />サマルカンドのアムール・ティムール廟でこれとそっくりなタイルを見ました。<br /><br />タイルをよく見ると描かれている模様の輪郭線が黒いのがわかります。<br />これはハフトランギー法(別名・ミーナーイー法)というペルシアの技法で作られた絵付けタイルです。<br />ハフトランギーとはペルシア語で“七色”を意味し、隣り合う色同士が混じり合わないよう最初に境目を溶剤で線描する技法で、境目の線が黒く残るのが特徴と言われています。<br />スペインのクエルダセカ法と同様の技法かと思いますが、ハフトランギー法の方が時代が古いです。<br /><br />ミフラーブ上の碑文にハフトランギー・タイルはタブリーズの巨匠の作品と記されているそうなので、オスマン帝国でもペルシアの職人が重用されていたんですね。<br />

    素敵なタイル…!!
    色の使い方とか模様がウズベキスタンと似てる気がするなあと思っていたんですが、モスク内のタイルの大部分を構成するハフトランギー・タイルはティムール朝の影響を受けているそうです。
    やっぱり!
    サマルカンドのアムール・ティムール廟でこれとそっくりなタイルを見ました。

    タイルをよく見ると描かれている模様の輪郭線が黒いのがわかります。
    これはハフトランギー法(別名・ミーナーイー法)というペルシアの技法で作られた絵付けタイルです。
    ハフトランギーとはペルシア語で“七色”を意味し、隣り合う色同士が混じり合わないよう最初に境目を溶剤で線描する技法で、境目の線が黒く残るのが特徴と言われています。
    スペインのクエルダセカ法と同様の技法かと思いますが、ハフトランギー法の方が時代が古いです。

    ミフラーブ上の碑文にハフトランギー・タイルはタブリーズの巨匠の作品と記されているそうなので、オスマン帝国でもペルシアの職人が重用されていたんですね。

  • ここはムアッズィン用のマフフィル(トルコ語:Mahfili)と呼ばれる小礼拝室。<br />あたしが行った時は入れない様になっていて何故か真っ暗でしたがタイルがほんっっとに凄くて!!!<br />床から天井まで綺麗なタイルでびっしり覆われていました。<br />これモザイク・タイルかと思ったら絵付けタイルだそうです。<br />クオリティ高すぎ…!!<br />もっと間近で見たかったしせめてライトだけでも点けておいてほしかった…(;_;)<br /><br />ムアッズィン(Muezzin)(トルコ語:Müezzin)というのはアザーン(サラート(礼拝)への呼びかけ)を唱える役職のことです。<br />イスラム教では1日5回サラートがあり、現在ムアッズィンのアザーンはスピーカーを通して流されることが多いですが昔はミナレットの上で唱えられていました。<br />またサラート開始の合図をするのもムアッズィンの役目だそうです。<br />

    ここはムアッズィン用のマフフィル(トルコ語:Mahfili)と呼ばれる小礼拝室。
    あたしが行った時は入れない様になっていて何故か真っ暗でしたがタイルがほんっっとに凄くて!!!
    床から天井まで綺麗なタイルでびっしり覆われていました。
    これモザイク・タイルかと思ったら絵付けタイルだそうです。
    クオリティ高すぎ…!!
    もっと間近で見たかったしせめてライトだけでも点けておいてほしかった…(;_;)

    ムアッズィン(Muezzin)(トルコ語:Müezzin)というのはアザーン(サラート(礼拝)への呼びかけ)を唱える役職のことです。
    イスラム教では1日5回サラートがあり、現在ムアッズィンのアザーンはスピーカーを通して流されることが多いですが昔はミナレットの上で唱えられていました。
    またサラート開始の合図をするのもムアッズィンの役目だそうです。

  • 絨毯も素敵!<br />

    絨毯も素敵!

  • 中央広間の横にはダルヴィーシュ用の小部屋が造られていました。<br />天井は複雑なアラベスク。<br /><br />ダルヴィーシュ(Dervish)(トルコ語:Derviş)とはイスラム教の修行僧のことです。<br />

    中央広間の横にはダルヴィーシュ用の小部屋が造られていました。
    天井は複雑なアラベスク。

    ダルヴィーシュ(Dervish)(トルコ語:Derviş)とはイスラム教の修行僧のことです。

  • 小部屋の下部は緑色の六角形のタイルで覆われていて、釉薬の上に金色の上絵装飾がありました。<br />これはセルジューク朝の影響です。<br />何て言うんだったかな…技法名が…思い出せないんですけど…。<br />思い出したら追記します。<br />

    小部屋の下部は緑色の六角形のタイルで覆われていて、釉薬の上に金色の上絵装飾がありました。
    これはセルジューク朝の影響です。
    何て言うんだったかな…技法名が…思い出せないんですけど…。
    思い出したら追記します。

  • これらのタイルの縁はタイルの帯で二重に囲われていました。<br />花柄のタイルの帯と、青色ベースに白字と金字のカリグラフィーのタイルの帯。<br />どちらもハフトランギー・タイルで細かかったです。<br />

    これらのタイルの縁はタイルの帯で二重に囲われていました。
    花柄のタイルの帯と、青色ベースに白字と金字のカリグラフィーのタイルの帯。
    どちらもハフトランギー・タイルで細かかったです。

  • 沢山の本。<br />ダルヴィーシュが居住していたので生活のために棚が多く設置されていたそうです。<br />

    沢山の本。
    ダルヴィーシュが居住していたので生活のために棚が多く設置されていたそうです。

  • もう1つの小部屋の天井は吸い込まれそうに綺麗なフレスコ画でした。<br />

    もう1つの小部屋の天井は吸い込まれそうに綺麗なフレスコ画でした。

  • 素敵な本棚。<br />出入口の扉以外にも木製の物が比較的多くあった印象です。<br /><br />この部屋の装飾タイルは六角形のターコイズブルーと三角形の濃い青色でした。<br />

    素敵な本棚。
    出入口の扉以外にも木製の物が比較的多くあった印象です。

    この部屋の装飾タイルは六角形のターコイズブルーと三角形の濃い青色でした。

  • モスク前でくつろぐ猫ちゃん。<br />猫好きのイスラム圏の国に漏れずトルコでも猫はとても大切にされているそうです。<br />

    モスク前でくつろぐ猫ちゃん。
    猫好きのイスラム圏の国に漏れずトルコでも猫はとても大切にされているそうです。

  • イェシル・ジャーミィ見学後はちょっとした自由時間。<br />真横にイェシル・テュルベという霊廟があってどうしても見たかったので時間を取ってもらえてほんとに嬉しかったです。<br />夜個人で来ようと思ってたくらいここが見たかったんです(&gt;_&lt;)<br /><br /><br />▼イェシル・テュルベ(Green tomb)<br />現地名:Yeşil Türbe<br />ユネスコ世界遺産『オスマン帝国発祥の地ブルサとジュマルクズク(Bursa and Cumalıkızık : the Birth of the Ottoman Empire)』(文化遺産)。<br />オスマン帝国第5代スルタン・メフメト1世とその家族の霊廟。<br />イスラム建築。<br />セルジューク様式。<br />メフメト1世建設。<br />ハジュ・イワス設計。<br />1424年。<br /><br /><br />トルコ語で“緑の霊廟”。<br />八角形の角柱にドームが被さった形をしています。<br />外観は目を引くターコイズブルー。<br />トルコ石の色ですね。<br />初期オスマン建築の霊廟の中で最高傑作と名高い霊廟です。<br />こちらもメフメト1世のキュッリエの一部。<br />

    イェシル・ジャーミィ見学後はちょっとした自由時間。
    真横にイェシル・テュルベという霊廟があってどうしても見たかったので時間を取ってもらえてほんとに嬉しかったです。
    夜個人で来ようと思ってたくらいここが見たかったんです(>_<)


    ▼イェシル・テュルベ(Green tomb)
    現地名:Yeşil Türbe
    ユネスコ世界遺産『オスマン帝国発祥の地ブルサとジュマルクズク(Bursa and Cumalıkızık : the Birth of the Ottoman Empire)』(文化遺産)。
    オスマン帝国第5代スルタン・メフメト1世とその家族の霊廟。
    イスラム建築。
    セルジューク様式。
    メフメト1世建設。
    ハジュ・イワス設計。
    1424年。


    トルコ語で“緑の霊廟”。
    八角形の角柱にドームが被さった形をしています。
    外観は目を引くターコイズブルー。
    トルコ石の色ですね。
    初期オスマン建築の霊廟の中で最高傑作と名高い霊廟です。
    こちらもメフメト1世のキュッリエの一部。

    イェシル テュルベ 寺院・教会

  • 入口のタイルが信じられないくらいの細かさで…!!<br />

    入口のタイルが信じられないくらいの細かさで…!!

  • これが見たかったんです。<br />ほんとに一目見られてよかった…。<br />

    これが見たかったんです。
    ほんとに一目見られてよかった…。

  • 内装も霊廟にしては些か煌びやかで派手な気がしますがとっても綺麗でした。<br />そういえばイスラム教の霊廟はトルコに限らずどれも派手派手な印象があります。<br />

    内装も霊廟にしては些か煌びやかで派手な気がしますがとっても綺麗でした。
    そういえばイスラム教の霊廟はトルコに限らずどれも派手派手な印象があります。

  • メフメト1世の棺は中央。<br />青色のタイルに金色のカリグラフィーを施した豪華な物でした。<br />

    メフメト1世の棺は中央。
    青色のタイルに金色のカリグラフィーを施した豪華な物でした。

  • メフメト1世は7年に満たない短い治世でオスマン帝国の国力回復に貢献したスルタンです。<br />スルタンたちにはそれぞれ別名があって、メフメト1世は“典雅王(チェレビー)”として知られています。<br /><br />先代スルタン・バヤジット1世(メフメト1世の父)がアンカラの戦いでティムール朝に敗れ領土を失った後、兄弟間で帝位争いが始まりオスマン帝国は一時弱体化してしまいます。<br />この帝位争いに勝利し帝国を再統一したのがメフメト1世です。<br />肖像画を見ると恰幅のいい普通のおじさんって感じに見えますが、約11年かけて兄弟間で帝位を争ってるんですねー。<br />オスマン帝国史には血生臭くない時期なんてほぼないのでまだまだ序の口ですけどブル(((;―д―)))ブル<br />

    メフメト1世は7年に満たない短い治世でオスマン帝国の国力回復に貢献したスルタンです。
    スルタンたちにはそれぞれ別名があって、メフメト1世は“典雅王(チェレビー)”として知られています。

    先代スルタン・バヤジット1世(メフメト1世の父)がアンカラの戦いでティムール朝に敗れ領土を失った後、兄弟間で帝位争いが始まりオスマン帝国は一時弱体化してしまいます。
    この帝位争いに勝利し帝国を再統一したのがメフメト1世です。
    肖像画を見ると恰幅のいい普通のおじさんって感じに見えますが、約11年かけて兄弟間で帝位を争ってるんですねー。
    オスマン帝国史には血生臭くない時期なんてほぼないのでまだまだ序の口ですけどブル(((;―д―)))ブル

  • 周囲の棺が家族の物です。<br />

    周囲の棺が家族の物です。

  • 天井のドームは落ち着いた雰囲気でした。<br />

    天井のドームは落ち着いた雰囲気でした。

  • 壁の鮮やかなタイルが綺麗でした。<br />これから先ターコイズブルーを見る度にきっとこのタイルを思い出すと思います。<br />

    壁の鮮やかなタイルが綺麗でした。
    これから先ターコイズブルーを見る度にきっとこのタイルを思い出すと思います。

  • ミフラーブのタイルももうすっごい細かくて!!<br />……画像ぶれてますよね?<br />これは一生の不覚(T_T)<br />

    ミフラーブのタイルももうすっごい細かくて!!
    ……画像ぶれてますよね?
    これは一生の不覚(T_T)

  • さすが最高傑作と言われるだけあるなあと思いました。<br />

    さすが最高傑作と言われるだけあるなあと思いました。

  • 出入口の扉の木彫り装飾も細かくて素敵でした。<br />

    出入口の扉の木彫り装飾も細かくて素敵でした。

  • 19:15<br />集合して駐車場へ戻ります。<br />途中通りがかったお土産屋さん!<br />この雰囲気…絶対楽しいしきっと何時間でも見てられたと思います(&gt;_&lt;)<br />ツアーは自由に見てまわれないのがほんとに残念で…。<br />この近くのトルコ・イスラム美術博物館に民族衣装や婚礼衣装が沢山飾られているので次は絶対そっちも行きます。<br />

    19:15
    集合して駐車場へ戻ります。
    途中通りがかったお土産屋さん!
    この雰囲気…絶対楽しいしきっと何時間でも見てられたと思います(>_<)
    ツアーは自由に見てまわれないのがほんとに残念で…。
    この近くのトルコ・イスラム美術博物館に民族衣装や婚礼衣装が沢山飾られているので次は絶対そっちも行きます。

  • こういうオリエンタルな吊り下げ物が好きです。<br />いつか部屋中に異国のランプを吊るすのが夢だったりします。<br />

    こういうオリエンタルな吊り下げ物が好きです。
    いつか部屋中に異国のランプを吊るすのが夢だったりします。

  • 20:00<br />ホテルに戻って夜ごはん。<br />ビュッフェ形式でした。<br />ツアー中の夜ごはんは基本みんなで一緒に食べるらしく、もうほぼ自由はないんだなって初日に悟りました(笑)<br />できることならホテルを抜け出していろいろ観光したかったのに…。<br />(多分こういうとこが完全ツアーに向いてない)<br />

    20:00
    ホテルに戻って夜ごはん。
    ビュッフェ形式でした。
    ツアー中の夜ごはんは基本みんなで一緒に食べるらしく、もうほぼ自由はないんだなって初日に悟りました(笑)
    できることならホテルを抜け出していろいろ観光したかったのに…。
    (多分こういうとこが完全ツアーに向いてない)

    グランド アルミラ ホテル ホテル

  • ごはんは普通に美味しくて、特にフルーツが何種類もあったのが嬉しかったです。<br />

    ごはんは普通に美味しくて、特にフルーツが何種類もあったのが嬉しかったです。

  • このホテルで結婚披露宴をされたカップルに遭遇して、お願いしたら写真を撮らせてもらえました。<br />花嫁さんがほんともうめちゃめちゃ美人さんで!<br />ドレスもすごい似合ってて「チョク ギュゼル~!(とても綺麗)」って知ってるトルコ語を駆使して褒め称えました。<br />お幸せに(*´ω`*)<br />

    このホテルで結婚披露宴をされたカップルに遭遇して、お願いしたら写真を撮らせてもらえました。
    花嫁さんがほんともうめちゃめちゃ美人さんで!
    ドレスもすごい似合ってて「チョク ギュゼル~!(とても綺麗)」って知ってるトルコ語を駆使して褒め称えました。
    お幸せに(*´ω`*)

  • 2019/06/23<br />翌朝。<br />ブルサ最終日です。<br /><br />ホテルの部屋から見える景色が緑いっぱいで気持ちよくて、バルコニーのある部屋で嬉しかったなあ。<br />

    2019/06/23
    翌朝。
    ブルサ最終日です。

    ホテルの部屋から見える景色が緑いっぱいで気持ちよくて、バルコニーのある部屋で嬉しかったなあ。

  • 7:20<br />まずはホテルで朝ごはん。<br />前日の夜ごはんと同じレストランです。<br />

    7:20
    まずはホテルで朝ごはん。
    前日の夜ごはんと同じレストランです。

  • 朝食もビュッフェでした。<br />巣蜜があってびっくり!<br />

    朝食もビュッフェでした。
    巣蜜があってびっくり!

  • 元々蜂蜜自体あんまり得意じゃないのですが、せっかくなので少しだけ挑戦してみました。<br />蜂の巣のままなんてもっとばりばりしてるのかと思いましたがそんなこともなく、多少口に残る感じはありましたが普通の蜂蜜でした。<br />栄養価が高くて沢山の効能があるということで人気ですが日本は高価ですよね。<br />

    元々蜂蜜自体あんまり得意じゃないのですが、せっかくなので少しだけ挑戦してみました。
    蜂の巣のままなんてもっとばりばりしてるのかと思いましたがそんなこともなく、多少口に残る感じはありましたが普通の蜂蜜でした。
    栄養価が高くて沢山の効能があるということで人気ですが日本は高価ですよね。

  • 朝ごはんで一番嬉しかったのはこのオムレツ!<br />

    朝ごはんで一番嬉しかったのはこのオムレツ!

  • コックさんがトッピングのリクエストを聞いて作ってくれたんです。<br />あたしはウインナーとチーズ。<br />このコックさんすごい優しくて終始にこにこしてくれて、トルコの人はみんなフレンドリーでトルコ大好き!ってなりました。<br />

    コックさんがトッピングのリクエストを聞いて作ってくれたんです。
    あたしはウインナーとチーズ。
    このコックさんすごい優しくて終始にこにこしてくれて、トルコの人はみんなフレンドリーでトルコ大好き!ってなりました。

  • 熱々のオムレツとパンケーキが美味しかったです。<br />

    熱々のオムレツとパンケーキが美味しかったです。

  • あとせっかくなのでトルコらしくチャイも。<br />チャイと言うとインドの物が有名ですが、トルコのチャイはミルクやスパイスは入れず茶葉を濃く煮出した紅茶です。<br />砂糖を沢山入れて甘~くして飲むのがトルコ流。<br />あたしはかなりの甘党なのでトルコの人とは気が合います!<br />砂糖の量を調節できるチャイはともかくデザートなんてほんとどれも激甘だったのでツアー中みんな大変そうでしたが、あたしは美味しい美味しいってぺろっと完食してましたし(笑)<br />

    あとせっかくなのでトルコらしくチャイも。
    チャイと言うとインドの物が有名ですが、トルコのチャイはミルクやスパイスは入れず茶葉を濃く煮出した紅茶です。
    砂糖を沢山入れて甘~くして飲むのがトルコ流。
    あたしはかなりの甘党なのでトルコの人とは気が合います!
    砂糖の量を調節できるチャイはともかくデザートなんてほんとどれも激甘だったのでツアー中みんな大変そうでしたが、あたしは美味しい美味しいってぺろっと完食してましたし(笑)

  • この日は朝一でウル・ジャーミィを見学した後ブルサからベルガマへ向かう日。<br />張り切っていきますー。<br />

    この日は朝一でウル・ジャーミィを見学した後ブルサからベルガマへ向かう日。
    張り切っていきますー。

  • 8:00<br />ホテルからバスで5分くらいでウル・ジャーミィに到着しました。<br />

    8:00
    ホテルからバスで5分くらいでウル・ジャーミィに到着しました。

  • ▼ウル・ジャーミィ/大モスク(Ulu Mosque/Grand Mosque)<br />現地名:Ulu Camii<br />ユネスコ世界遺産『オスマン帝国発祥の地ブルサとジュマルクズク(Bursa and Cumalıkızık : the Birth of the Ottoman Empire)』(文化遺産)。<br />イスラム建築。<br />アナドル・セルジューク様式(ルーム・セルジューク様式)。<br />第4代スルタン・バヤジット1世建設。<br />1396-1400年。<br />ミナレットは2本。<br /><br /><br />オスマン建築の最盛期には巨大な帝室モスクが沢山建設されていますが、1つ目となったのがこのウル・ジャーミィです。<br />バヤジット1世がニコポリスの戦いでの勝利を記念して建設しました。<br />20個のモスクを建てるという約束だったのを20個のドームを持つモスクを建てたという逸話があるそうです。<br /><br />バヤジット1世と言えば、兄弟殺しで有名なオスマン帝国で最初に弟を粛清しているスルタンですねー。<br />オスマン帝国は初期からやばいやばい。<br />

    ▼ウル・ジャーミィ/大モスク(Ulu Mosque/Grand Mosque)
    現地名:Ulu Camii
    ユネスコ世界遺産『オスマン帝国発祥の地ブルサとジュマルクズク(Bursa and Cumalıkızık : the Birth of the Ottoman Empire)』(文化遺産)。
    イスラム建築。
    アナドル・セルジューク様式(ルーム・セルジューク様式)。
    第4代スルタン・バヤジット1世建設。
    1396-1400年。
    ミナレットは2本。


    オスマン建築の最盛期には巨大な帝室モスクが沢山建設されていますが、1つ目となったのがこのウル・ジャーミィです。
    バヤジット1世がニコポリスの戦いでの勝利を記念して建設しました。
    20個のモスクを建てるという約束だったのを20個のドームを持つモスクを建てたという逸話があるそうです。

    バヤジット1世と言えば、兄弟殺しで有名なオスマン帝国で最初に弟を粛清しているスルタンですねー。
    オスマン帝国は初期からやばいやばい。

    ウル ジャーミィ (ブルサ) 寺院・教会

  • とにかく大きいモスクで画面におさまりませんでした。<br />個人旅行だったら毎回何がなんでも全貌を写すのですがツアーだったので断念…。<br />ドームの外観は淡い水色だそうですが、これも見られませんでした。<br />

    とにかく大きいモスクで画面におさまりませんでした。
    個人旅行だったら毎回何がなんでも全貌を写すのですがツアーだったので断念…。
    ドームの外観は淡い水色だそうですが、これも見られませんでした。

  • ミナレットは1855年の地震で倒壊し、煉瓦造りで再建された物だそうです。<br />

    ミナレットは1855年の地震で倒壊し、煉瓦造りで再建された物だそうです。

  • 出入口の扉は木製。<br />

    出入口の扉は木製。

  • このモスクの見所はいたる所に飾られたカリグラフィーです。<br />漆喰塗りの壁や柱にはコーランの一節をカリグラフィーで表した花紋様の装飾がありました。<br />

    このモスクの見所はいたる所に飾られたカリグラフィーです。
    漆喰塗りの壁や柱にはコーランの一節をカリグラフィーで表した花紋様の装飾がありました。

  • 何て書いてあったのかな。<br />

    何て書いてあったのかな。

  • 読めないけどどれも芸術的でした。<br />

    読めないけどどれも芸術的でした。

  • ウル・ジャーミィは20個のドームが並列するように天井を構成するセルジューク様式の多柱式モスクです。<br /><br />セルジューク朝とは1038~1157年に現在のイランやイラク周辺を支配した中央アジア起源のイスラム政権です。<br />この本家から分かれアナトリアを支配したのがアナドル・セルジューク朝(ルーム・セルジューク朝)で、1077年から大セルジューク朝が滅んだ後も1308年まで続きました。<br />

    ウル・ジャーミィは20個のドームが並列するように天井を構成するセルジューク様式の多柱式モスクです。

    セルジューク朝とは1038~1157年に現在のイランやイラク周辺を支配した中央アジア起源のイスラム政権です。
    この本家から分かれアナトリアを支配したのがアナドル・セルジューク朝(ルーム・セルジューク朝)で、1077年から大セルジューク朝が滅んだ後も1308年まで続きました。

  • 多数の太い柱で天井が支えられているため見通しはあまりよくありません。<br />この後オスマン建築はドームを重ねて空間を広く取る造りに移っていきます。<br />

    多数の太い柱で天井が支えられているため見通しはあまりよくありません。
    この後オスマン建築はドームを重ねて空間を広く取る造りに移っていきます。

  • このモスクもイェシル・ジャーミィ同様珍しいことにモスク内部に清めの泉がありました。<br />シャディルヴァンはオスマン建築の構成要素の1つで通常は庭や入口に造られた物です。<br />

    このモスクもイェシル・ジャーミィ同様珍しいことにモスク内部に清めの泉がありました。
    シャディルヴァンはオスマン建築の構成要素の1つで通常は庭や入口に造られた物です。

  • 白い大理石造りの綺麗な泉。<br />泉の上は唯一ドームを架けられず光が差し込んでいました。<br />現在はガラスで覆われています。<br />

    白い大理石造りの綺麗な泉。
    泉の上は唯一ドームを架けられず光が差し込んでいました。
    現在はガラスで覆われています。

  • 礼拝室。<br />ミフラーブは綺麗な金色で小さなステンドグラスもきらきらで素敵でした。<br /><br />セルジューク様式では建物の外観にはあまり重きを置かれず、外部は入口のみ内部はミフラーブ周辺の装飾に力が入れられたという特徴があります。<br />

    礼拝室。
    ミフラーブは綺麗な金色で小さなステンドグラスもきらきらで素敵でした。

    セルジューク様式では建物の外観にはあまり重きを置かれず、外部は入口のみ内部はミフラーブ周辺の装飾に力が入れられたという特徴があります。

  • ステンドグラスに挟まれた大きなカリグラフィーは上が“アッラー”で下が“ムハンマド”と書いてありました。<br />唯一(2つだけど)あたしが読めるアラビア語( ´∀`)<br />

    ステンドグラスに挟まれた大きなカリグラフィーは上が“アッラー”で下が“ムハンマド”と書いてありました。
    唯一(2つだけど)あたしが読めるアラビア語( ´∀`)

  • 胡桃製のミンバルはクンデカリと呼ばれる釘や接着剤を一切使わずに木片を組み合わせるアナドル・セルジュークの伝統的な技法で作られていました。<br />釘等を使わないので木の膨張や伸縮からの歪みによるヒビが入りにくく、湿気等に対する耐久性があるそうです。<br />元々アナトリア地方で生まれ、セルジューク朝時代からオスマン帝国時代にかけて洗練された技術と言われています。<br />日本にも木組みと呼ばれる似たような技法がありますが職人技はほんとに凄いですね!<br />ミンバルはどこも礼拝室にあるので間近で見られないのがほんとに残念です…。<br />

    胡桃製のミンバルはクンデカリと呼ばれる釘や接着剤を一切使わずに木片を組み合わせるアナドル・セルジュークの伝統的な技法で作られていました。
    釘等を使わないので木の膨張や伸縮からの歪みによるヒビが入りにくく、湿気等に対する耐久性があるそうです。
    元々アナトリア地方で生まれ、セルジューク朝時代からオスマン帝国時代にかけて洗練された技術と言われています。
    日本にも木組みと呼ばれる似たような技法がありますが職人技はほんとに凄いですね!
    ミンバルはどこも礼拝室にあるので間近で見られないのがほんとに残念です…。

  • アクリル板で保護されていてどうしても光が反射してしまってうまく撮れなかったのですが、この壁?の装飾はかなりの細かさでとっても綺麗でした。<br />

    アクリル板で保護されていてどうしても光が反射してしまってうまく撮れなかったのですが、この壁?の装飾はかなりの細かさでとっても綺麗でした。

  • 絨毯の模様。<br />モスクで赤い絨毯は珍しい気がしましたがトルコではよく見かけました。<br />

    絨毯の模様。
    モスクで赤い絨毯は珍しい気がしましたがトルコではよく見かけました。

  • 外にあったシャディルヴァン。<br />

    外にあったシャディルヴァン。

  • 何気ない水道もよく見るとはっとするほど綺麗な装飾が施されていてイスラム美術の凄さを感じました。<br />

    何気ない水道もよく見るとはっとするほど綺麗な装飾が施されていてイスラム美術の凄さを感じました。

  • ▼エミール・ハン(Emir Han)<br />現地名:Emir Hanı<br />ブルサのバザールの1つ。<br />第2代スルタン・オルハン建設。<br /><br /><br />ウル・ジャーミィの近くには屋根つきのバザールが広がっていました。<br />ハンと呼ばれる隊商宿が現在バザールになっていて、名産の刺繍の施されたタオルやシルク製品をはじめとする様々な品が並んでいるそうです。<br />行きたかったなあ…。<br />

    ▼エミール・ハン(Emir Han)
    現地名:Emir Hanı
    ブルサのバザールの1つ。
    第2代スルタン・オルハン建設。


    ウル・ジャーミィの近くには屋根つきのバザールが広がっていました。
    ハンと呼ばれる隊商宿が現在バザールになっていて、名産の刺繍の施されたタオルやシルク製品をはじめとする様々な品が並んでいるそうです。
    行きたかったなあ…。

  • ここでブルサとはお別れです。<br />オスマン帝国の首都はその後エディルネ、コスタンティニエ(イスタンブール)へ遷っていくことになりますが、最初に都が置かれたブルサは今後も“オスマン帝国発祥の地”として600年以上続いた帝国の歴史を後世に伝えてくれると思います。<br />ブルサはトルコで行きたかった街の1つで、ほんとは見たい所がもっともっと沢山あったのでいつかまた行きたいです(*^^*)<br />

    ここでブルサとはお別れです。
    オスマン帝国の首都はその後エディルネ、コスタンティニエ(イスタンブール)へ遷っていくことになりますが、最初に都が置かれたブルサは今後も“オスマン帝国発祥の地”として600年以上続いた帝国の歴史を後世に伝えてくれると思います。
    ブルサはトルコで行きたかった街の1つで、ほんとは見たい所がもっともっと沢山あったのでいつかまた行きたいです(*^^*)

  • ベルガマへ。<br /><br />★ブルサからベルガマへ(250km/約3時間)<br /><br />途中トイレ休憩で寄ったパーキング。<br />全然綺麗じゃないトイレが有料なのは海外あるある(*^^;)<br /><br />・トイレ 1.5TL≒29円<br />

    ベルガマへ。

    ★ブルサからベルガマへ(250km/約3時間)

    途中トイレ休憩で寄ったパーキング。
    全然綺麗じゃないトイレが有料なのは海外あるある(*^^;)

    ・トイレ 1.5TL≒29円

  • トルコではいろんな所で国旗を見かけました。<br />この三日月と星の組み合わせはイスラム教のシンボルでもありますが、アナトリアではイスラム教の普及以前から使われていたそうです。<br />

    トルコではいろんな所で国旗を見かけました。
    この三日月と星の組み合わせはイスラム教のシンボルでもありますが、アナトリアではイスラム教の普及以前から使われていたそうです。

  • トルコのガチャガチャ!<br />

    トルコのガチャガチャ!

  • ツアー中は所々でパーキング休憩がありましたが、どこもお土産屋さんがあって覗くのが楽しかったです。<br />

    ツアー中は所々でパーキング休憩がありましたが、どこもお土産屋さんがあって覗くのが楽しかったです。

  • カラフルで可愛いロクム。<br />トルコを代表するお菓子の1つですが、トルコのお菓子だと思って見るからか何だかどれもめちゃめちゃ甘そうでした(笑)<br /><br /><br />旅行記[Day4]へ続きます。<br />次はベルガマ篇です。<br />

    カラフルで可愛いロクム。
    トルコを代表するお菓子の1つですが、トルコのお菓子だと思って見るからか何だかどれもめちゃめちゃ甘そうでした(笑)


    旅行記[Day4]へ続きます。
    次はベルガマ篇です。

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