2019/09/14 - 2019/09/18
27位(同エリア138件中)
尖椒土豆絲さん
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- クチコミ0件
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何気に春秋航空日本から届いたメールを開いてみると・・・
【セール情報】東京(成田)⇔寧波が¥3,999~!寧波路線のデイリー運航化を記念して、国際線セールを実施します !!と書かれているでは有~りませんか!!!
何と激安! 爆安!! 超安~!!!
途端に我家の暢游スイッチがONになり、手帳とカレンダーを開きます。
そ・し・て・・3連休と代休を絡めることが出来そうな暢游候補日をチョ~イス!(^^ ♪
実際に代休取得が可能なのか否かが不確定な段階でしたが・・・
え~~~い!!! 勢いでチケット予約しちゃいました~~!!
さてさて、浙江省の何処に行こうか・・・(=_=)
2年前の2017年9月に、遠方の寧波象山県石浦古城まで足を運んだことを思い出し、今回は近場の寧波市内とその近郊を中心に暢游日程を組み立てて中国旅行を決行、何とか無事に帰国しました。
江南地方の魅力たっぷりの史跡群、私たちと一緒に旅をしませんか?
それでは、北馬南舟の歴史を鑑みながら、いざ出発!!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
成田空港第3ターミナルに入ると我家の中国暢游モード炸裂です。
高揚する気持ちを楽しみながら、LCC春秋航空日本の受付カウンターに並びます (*^_^*) 。
今回は初めての寧波便です。
どんな旅になるのかな・・・♪♪♪ -
成田発寧波行きIJ101便ですが、フライト時間は僅か2時間40分です。
上海便や沖縄便と変わり有りませんね~(^ ^)!
搭乗率100%の春秋航空日本の寧波便、いよいよ離陸です。 -
国内旅行か?・・・という位、アッ!という間に寧波櫟社国際空港に到着です。
国際路線が少ないらしく、上海や北京と違って入国審査に時間を要しません。
“What did you come here to do for?”
“How long are you going to stay?”
簡単な質問がある位で快適です。
入国後、早速、出発ロビーの中国建設銀行ATMにて軍資金の調達です。
今日のSMBC信託レートは、1元=15.734円でした。 -
寧波櫟社国際空港には地下鉄が乗り入れています。
しかし、駅が建設された場所は、新たに建設中の巨大新ターミナル前の地下になります。
つまり、到着した現ターミナルからは離れていることになります。 -
軌道2号線終点の寧波櫟社国際機場站までは無料シャトルバスで移動する必要が有ります。
バスが到着するや否や、人民が一斉に乗車口に殺到!!
押し合いへし合いで疲れました。
たかが数分のバス移動、座らなくてもイイでしょ!!!<`ヘ´> -
乗車僅か5分、建設中の巨大ターミナルが見えてきました。
この新ターミナルが運用になると、地下鉄直結になる訳ですね。
計画では2本目の平行滑走路を増設、大きな空港に改造されるようです。
中国は何もかも巨大だよね~!! -
まだ、時計は11時半です。
今日の午後暢游にはたっぷりと時間が有ります。
さあ、地下鉄に乗り、暢游開始です。
早朝便であり近距離便である成田-寧波便、こりゃ利用価値が高い路線ですね。
これから何度も乗りそう・・・(^^♪ -
寧波櫟社国際機場站から櫟社站まで1区間、僅か2元です。
降車したのは私達夫婦だけでした。 -
今日は寧波市奉化区の蒋介石故居景区を暢游します。
軌道2号線櫟社站から歩いて、甬臨線沿いの櫟社バス停に移動です。 -
バス停の掲示では、蒋介石故居景区を通る988路バスの運行間隔は、20~30分毎となっています。
待つこと約15分、目的の988路バスがやって来ました。 -
乗車約40分で、溪口鎮の銀風広場站に到着、牌門南路を南進です。
やがて、立派な石牌坊に遭遇、ここが蒋介石故居景区のようです。 -
蒋介石故居景区に入り、地図と会話します。
現在地と景区内主要観光ポイントをチェックし、集票処に向かいます。 -
武嶺西路沿いにはレトロな街並みが連なります。
この“うだつ“を伴う古城的雰囲気、とてもシビれます。 -
武嶺西路を西へ西へと歩くと立派な石牌坊が立てられています。
この直ぐ傍に集票処があります。 -
蒋介石故居景区通票(120元)です。
この通票で、文昌閣・蒋氏宗祠・豊鎬房・玉泰塩鋪・蒋母陵園・杜鵑谷の6箇所のに入場・参観出来ます。
写真はその通票です。
入場時のパンチ穴や改札切口が有りません。
理由は直ぐに判明です。 -
景区全図です。
6箇所の観光ポイントの内、蒋母陵園・杜鵑谷は少し離れていますね。
武嶺路周辺の文昌閣・蒋氏宗祠・豊鎬房・玉泰塩鋪の4箇所のみに狙いを定めて“走巴”!!! -
さあ、蒋介石故居景区暢游開始です。
最初に玉泰塩鋪へ入ります。
入場口に向かっていくと・・・ -
改札機の前で顔写真を撮影されます。
この後に続く各観光ポイントは全て顔認証でゲートが開きました。
通票は不要ですし、服務員によるパンチ穴も切符切りも不要です。
進んでいるなぁ~中国!!! -
かつて、塩の販売は特権的な商人にのみ許されていました。
この玉泰塩鋪ですが、1871年、蒋介石の祖父の蒋玉表が開業しています。
店構えは塩取扱業者の貫禄に溢れ、間口の広い石造りの2階建てです。
1階部分が店舗、2階部分が住居になっています。 -
1887年10月31日、その2階部分の寝室で、蒋介石は生まれました。
この片田舎の塩屋で生まれた蒋介石ですが、やがて、歴史の舞台に躍り出るのですが、まだそれは先の話です。 -
続いて豊鎬房に入ります。
入口近くに蒋介石に似た男性が立っています。
観光客と一緒に写真を撮り、費用請求をしています。
色々な商売が有るものですね !(^^)! -
顔認証でゲートを抜けると、当時の財力を物語るかのような洋館豊鎬房に行き付きます。
それでは建屋に入ってみましょう。 -
此方は豊鎬房の厨房です。
1939年12月12日、日本軍の空爆が豊鎬房に着弾し、毛福梅は台所から外に逃げたところで被弾、倒れた建物の下敷きになり死去しています。
毛福梅とは蒋介石の最初の妻で、長男蒋経国の母に当たります。
ひどく悲しんだ蒋経国は、母が倒れた台所の外の通路に“以血洗血”という四文字を刻んだ石碑を建て、抗日の決意を新たにします。
現在、この石碑は文昌閣内の小洋房に有ります。
小洋房は後ほど行く観光ポイントですね。 -
蒋介石の母親:王采玉の旧居です。
店舗兼住居だった玉泰塩鋪が火災に見舞われて焼失、やむ無くここ豊鎬房で蒋一家は暮らしています。
再び玉泰塩鋪は再建されて復業しますが、結局一家は戻らなかったようです。 -
多くの人力三輪車が観光客を待ち受けます。
歩きが基本の我家には無縁ですが、一体、どんな料金体系だったのだろう?
ちょっと気になりますね。 -
蒋介石故居景区内では、特産名物の千層餅を焼いています。
写真のような壷の内側に貼り付けて、炭を中に入れ焼くのです。
おもしろいなぁ~~~(*^^*) -
あまりの暑さに携帯を眺めると、何と30℃超えです。
中秋節になれば少しは涼しくなるかと思いましたが、大きな誤算です。
とにかく暑い・・・!!! -
近くの海鮮食堂の露天テーブルに着座、思わず冷たいビールに手が伸びてしまいました。
つまみは無いまま、雪華ビールで乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!
少々、咽喉を潤し生き返りました~ ヽ(^o^)丿 -
小休止後、続いて蒋氏宗祠に入場です。
ここも顔認証となり、門票不要です。
僕の顔を機械が読み取り、承認されればゲートが自動的に開きます。
羽田空港や成田空港のパスポートの顔認証と同じ仕組みですね。 -
ここは蒋家一族の位牌を安置する霊廟です。
また、祭祀・結婚・葬式等といった宗族行事を行う場所でもあります。 -
蒋介石と宋美齢の写真が飾られていました。
一緒に長男の蒋経国も写っています。
宋美齢ですが言わずと知れた中国の名士宋嘉樹の三姉妹の末っ子です。
長女の宋靄齢は大財閥の当主孔祥熙と、次女の宋慶齢は中国革命の父孫文と、三女の宋美齢は後の中華民国総統蒋介石と結婚し、“長女は金と、次女は権力と、三女は国家と結婚した”と言われているのは有名な話ですね。 -
続いて文昌閣に入場です。
ここも顔認証でフリーパスでした。
最初に蒋介石と宋美齢の蒋宋起居室から始まります。
この起居室は文学・音楽・絵画に造詣が深い宋美齢婦人の為の居間という位置付けでしょうか?
展示物から気品が伝わって来ますね。 -
蒋介石と妻の宋美齢の寝室です。
今回の旅行で一番驚いたのは、毛沢東最大の敵である蒋介石の屋敷が、創建当時のまま残っていたことです。
共産党政権下の文革で破壊されたと勝手に思い込んでいました。 -
小洋房は蒋介石の長男の蒋経国がロシア人妻や子供達と生活していた建物です。
蒋介石には蒋経国・蒋緯国の2人の息子がいました。 -
この息子兄弟の名前ですが、経と緯という漢字を使っています。
“経”は布を織る場合の縦糸を指し、“緯”は横糸を指します。
世界地図には縦線の経度、横線の緯度がありますが、地球上の位置を表すのに使う緯度とは、この縦糸・横糸の関係に因んだものです。
兄弟がしっかりと組みあって欲しいという蒋介石の想いからの名付けだったのでしょうか?
長男の蒋経国とロシア人妻や子供達との写真が展示されています。 -
元々、豊鎬房の厨房脇の通路に建てられていた“以血洗血”(死をもってこの恨みを晴らすと言う意味)の石碑ですが、今は、こちら小洋房に建てられています。
-
近くには、日本軍の空爆を受け、被災した豊鎬房の厨房の写真が展示されています。
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この小洋館から見える川のある景色ですが、蒋介石と宋美齢夫妻がこよなく愛したそうですよ。
-
小洋館から武嶺学校大礼堂に行く途中の武嶺門は、渓口鎮に入る時に必ず通る場所に建造されました。
城門には“武嶺”という文字が刻まれています。
写真は武嶺門表側にあたり、蒋介石が書いた文字は裏側に刻まれています。 -
武嶺門の外側(東側)にある武山の南裾にある武山廟は、渓口鎮の任氏・宋氏・将氏・単氏・張氏など五つの宗族の先祖に祭祀を上げる祠です。
将氏家は、渓口鎮の名門大姓になってから祭祀行事を主宰する立場になっています。
また、将家の重要な行事の大半がここ武山廟で行われています。 -
最後に対岸に建つ明国大雑院を訪れました。
50元の入場料に、その価値観が合わずに退散です。 -
渡った対岸から蒋介石故居景区を眺めます。
蒋一族が眺めたであろう景色を目に収め、景区を離れます。 -
復路は往路同様に国道309号線沿いの銀風広場站で988路バスを待ちます。
-
往路同様櫟社バス停まで50分程で到着、地下鉄に乗り換えます。
-
軌道2号線の櫟社站から鼓楼站まで4元、乗車時間は30分です。
7分間隔で運行されていました。 -
鼓楼站降車後、中山東路沿いの寧波大酒店にチェックインです。
今夜から3連泊で1泊379元(双床・早点付)でした。 -
部屋は高層階の20階で姚江側に面していました。
大きな窓越しに甬江や煌びやかな外灘の夜景が目に飛び込んで来ます。
なんてNICE VIEWな部屋なのだろう・・・
感嘆・感動・感激です。 -
小休止後、夜の寧波の街に繰り出します。
東西に走る中山東路から西方の空を眺めると、大きな満月が浮いてるぞ!
そうなのです!!
ちょうど中国は昨日から中秋節休暇が始まっています。
異国で体験する夢幻的な月夜に酔いしれます。 -
さあ、暢游初日の鼓楼街夜景散策開始です。
寧波の街に時を知らせるべく、大きな時計台が建てられています。
この鼓楼(別名:海曙楼)ですが寧波府城では古城中心の鼓楼台基です。
しかし、歴史を遡った明州時代の子城では、南城門に当たります。
堅固な石積みに城壁フェチの我家の血が騒ぎます。 -
鼓楼洞門を潜り抜け、鼓楼街公園路を北進します。
街全体が鼓楼里巷老街として整備されています。 -
鼓楼里巷を暢游中、2階に上がれる場所がありました。
今、歩いて来た鼓楼街の彼方に、ライトアップされた鼓楼が見えます。
やっぱり古城は夜景がお似合いですね。
綺麗だ~!
美麗だ~!!
華麗だ~!!! -
残暑満々で熱気に包まれた寧波の街です。
海に面した寧波故に海鮮食堂を探しましたが、エアコン冷え冷えの店ばかりです。
そんな中、呼童街と府橋街の交差点の歩道に、テーブルと椅子を出した川菜料理の看板を揚げた露天食堂を発見し着座です。
早速、香辣焼魚と白飯を注文、哈爾濱ビールで乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!>゜))))彡
あ~やっぱり露天飲食は楽しいなぁ~! -
部屋に戻り、TVをつけると、杭州湾奥の銭塘江で激浪になって川を遡る海嘯(かいしょう)という現象のニュースが流れていました。
毎年、中秋節になると発生する逆流は、今や観光の目玉になっているようです。
自然現象って凄いですね~ヽ(^o^)丿
とても暑かった旅行初日の9月14日が終わろうとしています(晩安)。。 -
旅游2日目の9月15日が始まりました(早上好)。
中秋節休暇は人民大旅行・移動の時期でも有ります。
各地の高速道路で渋滞が発生、混雑しているようです。
連休中は一箇所に留まる暢游プランが最適ですね (*^^)v -
最初の暢游地点は銭業会館(免費)です。
銭業会館は寧波の各金融機関の集いの場所であり、取引の場所でもあります。
当時の寧波金融機関の最高決定機関でもありました。 -
館内に入ってみると、当時の繁栄ぶりが分かるように様々な展示物が並んでいます。
ここは全国唯一の銭庄業の建物です。 -
銭庄業ということは、館内には中国の歴代通貨が展示されている訳です。
このコーナーは明代の硬貨が飾られています。
中国は明代迄は穴の開いた硬貨が鋳造されていましたが、清代になってから、穴の開いた硬貨は無くなりました。
日本の5円玉や50円玉が人気なのは、この辺りが理由なのでしょうかネ? -
銭業会館は当時寧波銭庄業が栄えた象徴です。
“天下にあまねく歩いても、寧波江厦に及ぶところ無し”という言い方が有るほどで、当時の寧波経済の繁栄ぶりが分かり、寧波人の誇りが感じられます。 -
昨夜も訪れた鼓楼です。
洞門を潜りましょう!!! -
鼓楼台基に登ってみましょう。
免費開放されています。 -
台基上から永豊庫遺跡公園が見降ろせます。
宋・元・明代に使用された府役所の倉庫跡です。
発掘調査により、地元で生産されていた陶磁器類や、海のシルクロードを通じて取引された文物等が数多く出土しています。 -
鼓楼台基に登ってみました。
それでは始めます!!!!
城壁大好き我家の決めポーズです~イエーイ (^○^)
寧波府城の城壁は、全て撤去されており残っていません。
唯一、この鼓楼のみ清時代に再建され、その歴史を今に伝えています。 -
台基上から鼓楼街を見降ろします。
うだつが並ぶ美観地区として整備されています。 -
台基を降りて、昨夜同様、鼓楼街公園路を北進します。
-
鼓楼街の北側には中山広場が整備されています。
その広場内の張蒼水故居です。
展示物が充実していそうです。
早速、入館してみましょう (^_-)-☆ -
寧波府城の西城門(望京門)の写真が展示されていました。
既に城門は撤去されています。
城壁大好き我家としては非常に残念です。
残念・無念・仕方ないねん!! -
府橋街の督学行署を通り過ぎ・・・
-
中山西路沿いに建つ天寧寺塔です。
別名で咸通塔とも言われています。
浙江省で唯一現存する最古の煉瓦造りの塔です。
元々は国寧寺と言い、唐代の大中5年(851年)、東西に塔が建てられましたが、現存しているのは、この東塔つまり咸通塔だけです。 -
次の暢游地点の天一閣です。
天一閣は明代の1561年に範欽により建てられた中国現存の最も古い蔵書楼です。
今や、天一閣は東明草・百書楼・尊経閣・明州碑林・晋斎・東園・蓮の花島・秦氏祠・書画館・南園より成り立っています。 -
門票(30元)です。
月湖の地図が載っており、この後の暢游に役立ちそうです。 -
範欽像です。
天一閣は明代の高官である范欽が書物を集め、寧波に建てた書庫なのです。
現在は范家の家宅と共に博物館として一般に公開されています。 -
東明草堂の前の壁の解豸(カイチ)石像画です。
中国の伝説上の動物で、日本の狛犬の起源とも言われています。
古代中国では法律を執行する役人が被った帽子(法冠)に解豸が飾られ、解豸冠と称されていました。
清朝時代の役人の着物にも解豸が刺繍されている等、正義や公正を象徴する祥獣(瑞獣の一種)として使われてきています。 -
麻雀好きなら抑えておきたい麻将起源地陳列館が有ります。
ん・・・麻雀?麻将?何方ですかね。
何と麻雀は寧波で誕生しました。
そして麻雀用語は、寧波の言葉が多く取り入れられているようです。 -
庭には、西洋人・中国人・日本人(侍姿)が麻雀している等身大の像も有りました。
あらら・・・この像は笑えます。
日本人といえば丁髷(ちょんまげ)という定番イメージなのでしょうか? -
足元に目を移すと、麻雀牌を模した石敷です。
因みに、麻雀用語でロン(和)・ポン(朋)等、全て寧波語です。
学生時代に覚えた麻雀ですが、まさか寧波語を使っていたなんて知りもしませんでしたね。 -
寧波の神輿は万工神輿とも称され精巧な作りで有名です。
昔、金国の軍隊に追われて行き詰っていた南宋の趙構王が、寧波の娘に助けられました。
翌年、この娘を宮殿に迎え入れることになりましたが、村の女性達に事前に内密情報が漏れてしまいました。
そこで村の全ての若い女性達を冊封し、嫁入り時には、煌びやかな衣装と冠を着付け、豪華な神輿に乗るという詔書を出したそうです。
玉の輿と何か関係性が有るような話ですね。 -
天一閣の代表的な建物の一つの戯台です。
秦氏支祠の中庭に張り出しています。
日本の能舞台は、この戯台の影響を受けていると言われています。
ここ天一閣の戯台ですが、寧波で有名な劇が演じられる場所だったそうです。 -
天一閣暢游を終えて月湖公園湖畔を暢游します。
ここ月湖公園は市民の憩いの広場になってました。 -
宝奎巷史氏故里です。
月湖公園内には数多くの旧居・故居が建てられており、今もその建屋は健在です。 -
世界文化遺産の中国大運河寧波区間の水文観測所の石則碑です。
平水の原理を利用して、城外の諸水門を“平”の字型の横棒の出没によって開閉することにより、水門の開閉が適当であれば、日照りや過度降雨の心配が無いことが分かるようになっています。
先人の知恵ですね。 -
月湖公園の北端近くの高麗使館遺跡です。
そういえば以前、中国と韓国の間で、高句麗論争が有りましたね。
高麗王国は中国なの? 朝鮮なの?
日本の学校教育では朝鮮史として登場しましたかね。 -
月湖周辺に食事処が見当たらなく、鼓楼府橋街に戻り、海鮮食堂に入りました。
早速、炒飯・鉄板揚巻貝・黄魚醤汁を注文、大梁山ビールで乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!>゜))))彡 -
さあ、後半戦の暢游開始です。
居士林佛教文化苑いわゆる関帝廟です。
屋根瓦の装飾が見事ですネ。
折角ですから参拝しましょう!! -
う~~~ん
屋根瓦だけでなく、うだつも素晴らしいなぁ~ -
瀛洲接武です。
ここも参拝しましょう!! -
大雄賓殿が有ります。
線香は無料のようでしたが、我家は触れずにお祈りを済ませました。 -
賀秘監祠です。
どの建物も重厚で荘厳です。 -
月湖を西側の岸から湖心西橋を渡って東側の岸に移動します。
この石橋も重厚で盤石です。 -
月湖公園を出て、鎮明路を南下します。
すると、春秋航空日本の成田ー寧波路線就航記念で作成されたプロモーションビデオで、夜、綺麗に撮影されていた月湖盛園入口の霊応廟が現れました。
ここは陽が落ちてから訪れた方が良かったかな!!! -
月湖盛園を通り抜けます。
昔の備蓄倉庫が立ち並んでいた地域のようで、綺麗にリノベーションされています。
訪れた時間帯が夕方だった為、残念ながら陳魚門故居や李氏宗祠等は見学出来ませんでした~!! -
続いて天封塔です。
麓の城隍廟はかつては寧波郡廟とも呼ばれ、その側にある七重の塔が天封塔です。
1371年に明太祖朱元璋の詔により、国の安全を祈願して建立されました。
参観時間を過ぎてしまい、塔登出来ません ((+_+))
まあ、仕方が無いか~ -
城隍廟商業歩行街には多くの卸売業の店舗が入居しています。
正に雑貨通りといった状況で、我家にとっては The Asia 的空間です。 -
ここ城隍廟商業歩行街ですが、何だか上海豫園商城に似ていませんか?
-
あらあらあら・・・宋景福律寺遺址の城隍廟は工事中です。
諦めて先に進みましょう!! -
薬行街天主教堂です。
無原罪径母堂とも呼ばれています。
1702年に仏国(法国)からやってきたカトリック宣教師 Jean Alexis de Gollet(1664~1741年 中国名:郭中伝)が創建した教会です。 -
一度、寧波大酒店に戻り、部屋からの夜景を愉しみます。
中秋節の関係なのか?
ビル全体が、赤い中国国旗として光を放っていますね。 -
もともと、上海が開発される前の対外貿易港は寧波でした。
そんな長い歴史を持つ寧波です。
上海同様に外灘が存在するらしく、早速、出掛けてみましょう (^○^) -
清朝時代(1644~1911年 )末期に、外国勢の圧力に屈し、寧波は開港させられました。
そんな歴史的背景も有り、今日でも多くの異国風建築物が残っています。
その代表的象徴が老外灘です。 -
幻想的にライトアップされた江北天主堂です。
老外灘で一際目立ちます。
今日は日曜日だからか、一般人を交えて夜のミサが開かれていました。
中国語は聞き取れませんが、“アーメン”だけ理解出来ましたよ (^○^) -
老外灘街の彼方此方の店から音楽が流れて来ます。
Bar Street にライブハウスが軒を連ね、楽器を演奏する若い歌手達が競い合っています。
お洒落な店々ではカップルが酔いしれています。
あらあら、我家も青春時代を思い出しましたよ (^○^) -
何処までも歌声が響き渡ります。
咽喉を酷使する歌手の皆さん、是非、龍角散をお試し下さい。 -
人民路沿いで海鮮食堂を発見、厨房に入り、氷に包まれた魚介類を見させてもらいました。
あれれ?豆腐魚が見当たりません。
“我想吃豆腐魚”と紙に書くと、氷を掘り起こして、中から豆腐魚を出してくれました。
遂に豆腐魚を食する機会に遭いました~!! -
豆腐魚醤汁・特色炒米麺・毛蚶生吃を注文、雪花ビールで乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!>゜))))彡
我家にとって、何もかも新鮮な体験です。
豆腐魚の白身は口に含むと、正に豆腐のようなフワフワした食感でした。
日本では流通していないんじゃないかな?
毛蚶という2枚貝は、生食なのですが、牡蠣とは少し違ったミルキーな味わいでした。
いやはや楽しいなぁ~美味しいなぁ~ (^○^) -
就寝前にTVを見ていると、中秋の名月が映っていました。
日本では十五夜お月様と呼ばれ、うさぎの餅つき等、その月の模様を愉しんでいます。
この風習、中国から伝わったのかな?
それとも日本独自の風習なのかな?
府城を歩き回った旅行2日目の9月15日が終わろうとしています(晩安) -
旅游3日目の9月16日が始まりました(早上好)。
中秋節を過ぎたとはいえ、夏雲が見えています。
う~ん、今日も暑くなりそうな気配だなぁ~
窓から見える和義大厦ですが、寧波府城の北城門(和義門)が有った名残ですね。 -
既に撤去されていますが、かつて、中山東路が奉化江に面する場所に寧波府城東城門(東渡門)が有りました。
ここに道元禅師入宋記念碑が有ります。 -
江厦橋で奉化江を越えて進みます。
この江厦橋上から下流を見渡します。
左から(西から)流れて来る姚江と奉化江が合流し、甬江となって杭州湾に注がれて行きます。
この合流地点を三江口と言います。
道元禅師は、この甬江を遡って来た訳ですね~ -
奉化江を渡ったところに慶安会館が残されています。
寧波は古くから栄えた港町で、遣隋使・遣唐使船も東シナ海を渡って寧波港を目指しました。
室町時代には、勘合船が頻繁に入港していました。
そう言えば、日本史教育で、大内氏と細川氏が勘合貿易の主導権を巡って、 寧波で起こした武争事件:寧波の乱って習ったよね。 -
慶安会館門票(10元)です。
かつて英国は、中華侵略拠点として、近代的な港湾都市:上海を造成しました。
多くの人々が寧波から上海に移り住み、寧波はその繁栄を上海に奪われてしまいます。
説明によると、現在、我々が上海語と呼んでいる言葉は、元々は寧波語らしいですね。 -
ここ慶安会館は海運業組合の事務所である会館と、航海の安全の守り神 “媽祖(まそ)” を祀る廟です。
現在は当時の建物を保存し、寧波海事民族博物館としても開設されています。 -
寧波は海上のシルクロードの起点と言われています。
地名について考察してみましょう。
寧の字には“穏やかになり・安らかにする“という意味が有ります。
港湾都市として〝波穏やかな場所”との祈願が込められているのでしょう。
寧波・・・いい地名ですネ (o^^o) -
博物館内の展示物を見て廻ります。
これは最澄が天台山に行く時の書類です。
現代の身分証明書・パスポート・ビザ等に相当するものでしょうかネ!! -
慶安会館暢游を終え、軌道1号線の江厦橋東站に向かいます。
今から地下鉄を利用して阿育王寺まで移動です。 -
降車した宝幢站は郊外の為か、地上駅でした。
運賃は僅か5元でした~!! -
軌道1号線 宝幢站から歩くこと約20分、阿育王寺に到着です。
牌楼門前の正面入口は封鎖されており、少し戻って、駐車場の脇から入りました。 -
阿育王寺(アショーカ寺)はその名の通り、インドで仏教を広める役割をした阿育王が、中国にも仏舎利と共に使者を派遣したことに始まると言われています。
西晋282年創建で禅宗五山の第二に列します。
お釈迦様の真骨が祀られていることで有名ですネ!! -
寺内地図が有りました。
入口から、山門・王殿・大雄宝殿・舍利殿・法堂・上塔・下塔が並びます。 -
広大な敷地内には西塔と東塔が揃っています。
この写真は西塔です。 -
天王殿です。
日中文化交流史には長い歴史が有ります。
その中で重要なところと言えば、鑑真和上が日本へ渡海する際、ここ阿育王寺に逗留したということでしょうか。
3度目の渡海を目指した鑑真でしたが、嵐に遭い難破してしまいます。
止むを得ず寧波へ戻り、ここ阿育王寺に留まることとなりました。
そして4度目の渡海をする時、ここ阿育王寺から出発したということです。 -
鑑真様、いらっしゃいました。
度重なる渡海の失敗・苦労で失明してしまいます。
それでも遂に7度目の渡海に成功し、日本にやって来たのです。
日本での仏教の発展に尽くした唐の僧侶:鑑真和上については、中学校の日本史で習いました。
確か、奈良の唐招提寺を創建した帰化僧との教えでしたかね。 -
東塔です。
先程の西塔は黄色でしたが、こちら東塔は赤色です。
構造も随分と違うようですね。 -
塔麓の五百羅漢殿です。
中に入ってみましょう! -
様々な特徴のある動作の羅漢達が並びます。
豊かな表現が伝わるように、それぞれが丁寧に作られていますね。
さあ、阿育王寺暢游を終えますよ!!!! -
育王バス停です。
近くに1軒だけ食事処が有りました。
昼餐会を開催するには、まだ少し、時間が早いかな・・・
と思い、昼食を後回しにしたのが間違いの始まりでした。 -
162路(2元)がやって来ました。
運転手さんに“天童寺”と書いた紙を見せると、“対々”との反応です。
良かった~一安心!一安心!! -
乗車約45分で終点の公交天童站に到着です。
ここまで乗車してきたのは私達だけです。
周りには売店が1箇所有るだけで、他は何も有りません。
う~ん・・・参道入口で昼餐会をするという計画は変更せざるを得ませんネ~ (@_@)
参ったなぁ~~~~ -
う~ん・・・終点までバス利用をしてしまった為、車道を歩く羽目になってしまいました~ (≧◇≦)
寺院山門段を歩くには、手前の天童風景名勝区站で降車する必要があったようです。
弱ったなぁ~~~~ -
ひたすら車道を歩き、丁度、第3山門の辺りで、寺院山門段に合流です。
石畳の参道で風情が有ります。
ところが、お土産屋さんばかりで食事処が見当たりません。
困ったなぁ~~~~ -
更に奥へ奥へと歩いて行くと、途中の売店で簡単な食事が取れるようで、ここで手打ちです。
時計は14時を過ぎています。
早速、屋台で筆談です。
屋台のおばちゃんが“那里●▼◇■〇×”と聞いて来ました。
“我是日本人”と回答、すると笑顔で塩芋を数個、サービスで追加してくれました~ !(^^)! -
てな訳で、焼包麺・煮餅・塩芋を注文、雪花ビールで乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!
冷たいビールで生き返るぞ~ ヽ(^o^)丿 -
七佛塔を眺めながら更に奥へ奥へと進みます。
天童寺は日本の禅宗にとって正に総本山のような所です。
栄西・道元・円爾といった日本僧がここを訪れて禅を学び、また蘭渓道隆や無学祖元といった中国僧がここから禅を伝えるために日本へ旅立ちました。
ここは、そんな歴史が交差する場所なのです。 -
過去には鑑真和上もこの地を訪れています。
南宋時代(1223年)には日本僧の栄西と道元が修行に訪れ仏法を学び、帰国後、それぞれが臨済宗と曹洞宗を開きました。
結局、栄西が伝えた臨済宗と道元が伝えた曹洞宗が日本の禅の2大潮流を成した訳で、その源は共に天童寺なのですね。 -
天王殿にはお決まりの四天王、つまり四大金剛像が鎮座し、弥勒菩薩を守護しています。
-
そして、太鼓腹の布袋様の弥勒如来像(弥勒菩薩像)が安置されています。
最近、加齢と共に、新陳代謝能力が衰え、布袋様と同じようなお腹になって来ました~ (≧◇≦) -
その弥勒如来像の裏側は韋駄天菩薩像です。
韋陀、韋天将軍とも言われ、伽藍の守護神です。
中国の禅寺では四天王像、布袋尊像と共に、山門や本堂によく祀られていますね。
そう言えば、今年のNHK大河ドラマは、いだてん~東京オリムピック噺です。
あくまでも俗説ですが、よく走る神、盗難除けの神として知られ、それが転じて、足の速い人の例えにされ、韋駄天走りと言われています。 -
天王殿を裏側から見れば韋駄殿です。
えへへ・・・少しは足が速くなったかな・・・(^'^) -
天王殿(韋駄殿)を過ぎると大雄宝殿(仏殿)が現れます。
崇禎8年(1635年)の再建で、康熙40年(1701年)と咸豊3年(1853年)に修造されています。
この寺院で最大規模の建築物です。 -
荘厳な釈迦三像に拝礼!!!
釈迦牟尼仏を中心に左側は東方浄瑠璃世界の薬師仏、右側は西方極楽世界の阿弥陀仏を配しています。
殿の中央の梁には雍正帝自筆の慈雲密布の額が掛けられています。 -
おっと~~~
法堂内に道元の肖像画が祀られていました。
靴を脱いで、スリッパに履き替えなければなりません。
危うく見過ごすところでした~ -
日本道元禅師得法霊蹟碑も一緒です。
“無益の事を行じて徒(いたずら)に時を失うなかれ”
道元禅師の教えです。
今風に言えば、ただ年齢と月日だけを重ね、日々を無駄にしていないか?
日々、努力しているか?
と言った意味合いかな!!!
はい、我家は中国旅行の充分な予習・下調べを行い、限りある時間と体力を何度も中国暢游に費やします!!!!(*^。^*)!!!! -
千佛塔が見えて来ました。
行ってみましょう!!!
昔、千光栄西という日本人が、仏への恩返しの為に日本から僧侶と一緒に巨木を運び千佛塔を建立しました。 -
あらら・・・遊歩道は工事中で閉鎖されています。
残念・無念・・何でやねん・・・!!!!
塔登は諦めざるを得ません (/ω\) -
往路が車道を歩いて登ったことを反省し、帰路は寺院山門段の石畳を歩いて下ります。
-
往路、路線バスで終点まで行かずに、天童寺風景名勝区から入った場合、この第1山門を潜り、参道を登ることになります。
-
その山門脇に案内図が設置されていました。
往路を間違えた為、最後の最後に案内図に遭遇・・・意味ないじゃん!!!
まあ、こんな事も有るさ!!!! -
天童寺風景名勝区から路線バスに乗車しても良かったのですが、往路で気になっていたことが有りました。
それは写真のような天童鎮の黒瓦の景色です。
ここは暢游するっきゃ無いでしょう!!!(^○^) -
天童鎮老街です。
古い家々が軒を合わせて連なります。
いいじゃ~ん!!この風情味ある街並みって!!! -
この天童老街ですが、至る所に石垣が見受けられます。
それも黒瓦を多用しています。
整備され過ぎる前に訪れてみては如何ですか? -
天童菜場站で162路バスを待ちます。
最終バスは18:00と早めでした。
皆さん、帰路の路線バス利用時には注意が必要ですよ (*^^*) -
162路バスが無事に到着!
早速乗り込みます。 -
乗車約50分で、往路に乗車した育王站に到着、そこから徒歩で軌道1号線宝幢站に移動です。
宝幢站から東門口站まで5元、僅か31分です。
路線バスと違い、地下鉄は渋滞知らずで便利ですね !(^^)! -
一度、寧波大酒店に戻り、小休止です。
TVをつけると丁度、天気予報が流れていました。
明日も浙江省等の沿岸地区は晴れるようです。
さあ、今夜は城隍廟周辺の下町に繰り出しましょうか!! -
今夜も海鮮狙いです。
多くの客で繁盛している城隍廟周辺の海鮮食堂に入店します。
ガラス張りで店内の様子が伺え、とても活気の有る店のようです。
様々な海の幸が並んでいます。 -
何を食べようか・・・迷える子羊状態です。
色んな魚や貝等のセット皿が並んでいます。
これって、皿ごと渡して、蒸すとか煮るとか、調理方法を自分の好みで指定する仕組みなのでしょうか?
私達が日本人だと分かり、多くの服務員が“●〇▲▽◇■×〇”と話して来ますが、まさしく“听不僅(チンプドン)”です。 -
今度は生け簀に行って、何を食べようか思案です。
海老・蟹・魚などが泳いでいます。
ここはやはり蟹だぁ~と決心、指さしで注文しますが、1斤78元と書いてあります。
この野生白蟹(梭子蟹/ワタリガニ)、一体全体いくらなのだろう??? -
店内8名円卓で盛り上がっていた若者グループの食卓の料理を参考に、思い切って注文します。
海鮮炒米麺・蝦貝雑鮮・白蟹炒年羹と、サービスつまみをアテに、哈爾濱ビールで乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!>゜))))彡
う~ん!!白蟹君、美味しく頂いちゃいましたよ~
流石にお腹満腹です。
食べ過ぎには太田胃散がお勧めですよ (^○^) -
ホテルに戻り、TVを見ていると、中秋節だというのに黒竜江省では降雪が有ったとのニュースが流れています。
流石に国土が広い中国ならではですね。
仏教三昧だった旅行3日目の9月16日が終わろうとしています(晩安)。。 -
旅游4日目の9月17日が始まりました(早上好)。
ホテル近くの軌道1号線の東門口站から軌道3号線の僅州区政府站に向かいます。
料金は僅か4元です。
公共交通機関は安価で庶民の味方ですね。 -
軌道1号線から3号線に乗り換える際に利用した櫻花公園站です。
その呼称ですが、Sakura Park と表記されています。
何故、日本語の“さくら”なのか?
中国語で、櫻の発音は、“さくら”ですか~?
アハハ・・・そんな訳ないよね!!
何方か教えて下さいませませ!!! -
広大な僅州公園内に、僅州区人民政府と寧波博物館が有ります。
寧波博物館は何だかアートっぽい芸術的な建屋ですね。
本当は昨日、訪れたかったのですが、博物館が月曜休館なのは、万国共通です。
今日は休館日明けの火曜日平日です。
空いているかな・・・??? -
寧波府城地図です。
姚江と奉化江そして護城河で囲まれた堅固な城壁を伴った城だったようです。
城門は6箇所で、甕城を伴った西城門(望京門)だけは、舟のままで入城し、そのまま水路を使って月湖まで入ることが出来るような構造になっています。 -
元寇の資料が展示されていました。
私が学校教育で学んだ元寇ですが、東アジアと北アジアを支配していたモンゴル帝国(元朝)及びその属国:高麗国によって2度に渡り派兵された対日本侵攻戦の呼称です。
兵の大半は高麗兵という認識だったのですが、ここ寧波(明州)からも船団が出航していたことは知りませんでしたね。 -
寧波は日本との関係も深く、貿易港としての歴史的な繋がりも詳しく展示されています。
長崎は長らく日本の窓口となる交易港でした。
今でも長崎くんちのような中国大陸を色濃く連想させるお祭りが伝わり、受け継がれていますよね。 -
寧波(明州)を拠点に栄えた海のシルクロードです。
現在、中国政府が提唱しているアジア・欧州・ アフリカを結ぶ大経済圏構想 “一帯一路(One Belt One Road)” ですが、ある意味、大昔からブレない方針なのですかね。 -
道元による臨済宗と、栄西による曹洞宗の日本への渡海伝承にも触れています。
-
百味箪笥を備えた薬局ですね。
我家の就寝前の愛用薬“龍角散”の原料生薬:桔梗・杏仁・甘草・美遠志は扱っていたのでしょうかね?(^'^)? -
さてさて次ですが、寧波博物館站から186路または188路バスで走馬塘に向かいます。
-
188路バスは25分程で寧西線沿いの走馬塘站に到着です。
先程までの巨大ビル群は消え去り、ここ走馬塘は長閑な農村地帯の形相ですね。 -
中国の出世村と言われた寧波 走馬塘陳氏村に入ります。
今から約800年前の北宋時代、陳という苗字の人達が集まり始め、徐々に規模が大きくなり、やがて村落に発展しました。
科挙の試験に合格し、後に中央政府の高官になったこの村の出身者は800年の歴史の中で73名も居たといいます。
一に努力! 二に尽力!! 三にやはり努力ですね。 -
石碑坊を潜り文化広場に歩いて行くと、走馬塘の地図が設置されています。
水郷が縦横無尽・四方八方に細かく走っています。
ここ走馬塘には、明清時代の歴史的建造物が多く残っているそうです。 -
文化広場前の荷花池です。
池の向こう側に星房という石造りの建屋が連なります。 -
星房の2階からの景色です。
-
月房です。
立派なうだつが目に付きます。 -
老街の一角で、走馬塘の文字が書かれた赤い提灯が並んでいます。
古鎮によく有る景色ですネ。 -
新陳氏宗祠です。
ということは、ここは陳家一族の位牌を安置する霊廟かな?
また、祭祀・結婚・葬式等といった宗族行事を行う場所なのかな?
残念ながら閉門しています。 -
走馬塘の至る所に細い路地つまり弄が延びています。
観光用看板には厳家弄と紹介されています。
辺りは石垣の壁、石積みの水路など、石を多用していますね。 -
弄から個人宅を覗いてみます。
まるで、タイムスリップしたかのような、まさに時間が止まったかのような、そんな光景が目に飛び込んで来ました。 -
陳氏宗祠です。
ということは、ここも陳家一族の位牌を安置する霊廟かな?
また、祭祀・結婚・葬式等といった宗族行事を行う場所でもあるのかな?
先程の新陳氏宗祠と、何が違うのか? どういう意味なのか?
全く分かりません。
ここも残念ながら閉門しています。 -
お腹が空いて来ました。
時計を見ると針は13:30を指しています。
ところが街中を見渡しても食事処が無く、超市しか見当たりません。
そんな中、唯一ではないか?と思われる食事処に遭遇です。
店内のボールに麺が見えます。
炒麺は食べることが出来るでしょう!!! -
店内に御櫃(おひつ)が見えます。
蓋を開けてみると白飯が入っています。
炒飯は食べることが出来るでしょう!!! -
フライパンに玉子とキャベツを、続いて麺を投げ込み、“●〇▲◇■◆◎辣不辣?”と言っています。
多分、辛くするのかしないのかを問うているように感じました。
“好辣”と応えると“◎●▼▲◇■〇”と言いながら調理続行です。
そしていつもの質問です。
“那里〇●▼◇■×●”と聞いています。
“我是日本人”と伝えると超びっくりしています。
珍しかったのだろうなぁ~! -
この食事処を見つけ、九死に一生を得た気分です。
熱々で刺激的辛さの炒飯と炒麺を食しながら、哈爾濱ビールで乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!!
もう少し中国語を聞き取れたら、どんなに楽しいことでしょうかね。
毎週火曜日放送のNHK“テレビで中国語”が我家の講師でも有ります。
中国語習得、頑張ろっと!!!! -
さあ、続いて西塢鎮に向かいます。
186路または188路バス(2元)の何方でも行くことが出来ます。 -
西塢農貿市場站で降車、西塢鎮に到着です。
う~ん・・・西塢鎮はそれなりに拓けた街です。
市場が有ることで、その周りには多くの食事処が有りました。
走馬塘と違い、ここ西塢鎮なら何を食べるのか?選択が出来ましたね~。 -
西塢鎮も他の古鎮同様に水郷が張り巡らされています。
-
東街を北上すると、大きな運河に出くわします。
その運河に架かる石橋が見えて来ました。
いいじゃん!!三孔橋ですね!!(*^。^*) -
その石橋の名前は居敬橋です。
明嘉19年(1540年)に建設されました。
今も地元民や観光客が渡っています。 -
福寧庵です。
運河に面して建てられています。
残念ながら閉門されていて、暢游出来ません。 -
居敬橋西側の西塢北路沿いに白壁の街並みが連なります。
-
西塢鎮にも至る所に細い路地つまり弄が延びています。
何とも言えない懐古的・郷愁的な雰囲気に引き込まれ、ぶらり寄道の旅を満喫です。 -
西塢鎮入口近くに西塢農貿市場が有ります。
市場を見つけると迷わずに潜入するのは我家の習性で有り、法則でも有ります。
Let`s go 市場ヽ(^o^)丿 -
あら!・・・昨夜、寧波城隍廟近くの海鮮食堂で食べた白蟹ですね。
市場に来たが最期、蟹さん達は誰かに買われるのを待つ身ですね。
そして、やがて御臨終です。
南無阿弥陀仏・南無阿弥陀仏・・・ -
あらあら、こちらは蛙さん達ですね。
連れて帰ってくれる買主を待っています。
ここに来てしまったが最期、まもなく御臨終です。
南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経・・ -
あらあらあら、既に御臨終の魚さん達です。
氷の上で御陀仏状態です。
南無阿弥陀仏・何枚だ~何枚だ~
100元払えば何枚の魚が買えるのだ~(^○^) -
市場のトイレで、S-TOTOなる便器に遭遇!!
東洋陶器の子会社ですか・・・
何だかなぁ~ (≧◇≦) -
さあ、御手洗いも済ませたことだし、西塢鎮を後にしましょうか!!!
今度は南塘老街に向かいます。 -
とは言うものの、南塘老街迄の直通バスは無いようで、途中の環球城東站まで186路バスで移動します(3元)。
-
環球城東站で179路バス(2元)に乗り換え、僅邦路尹江路口站まで移動します。
この179路バスですが、夕方のラッシュと重なった為か、寧波火車站行きという重要路線の為か、超混み混み状態でした~~
あ~疲れたよ~(@_@) -
尹江路口站から南塘老街までは僅かな距離です。
舟埠巷から南塘老街に切り込みます。
ここ南塘老街ですが商業貿易の中心だった寧波府城南門(長春門)三市が集まっていて、寧波八大歴史街区に指定されています。 -
南塘老街に入ると、直ぐに財神廟です。
つまりは関帝廟です。
う~ん、関羽など三国志絡みの旅行を組みたくなって来ちゃいましたよ~ (*^^*) -
廟を覗いてみると、“春秋左氏伝”を手にした関羽像が祀られています。
-
日没後、ライトアップが始まりました。
古鎮ならではの赤い提灯と狭い路地が、クラシカルな趣を保っています。
いいなぁ~江南地方の水郷の街って!!! -
ここ南塘老街ですが、北街と南街の2つのエリアからなります。
道の両脇にはレトロな小路や小さな飲食店・お土産屋が立ち並んでいます。 -
リノベーションした古民家が、我家を100年前の世界に誘います。
暗くなる前にチェックインを済ませたいところです。
今日、宿泊するホテルを探さなきゃ!! -
南塘老街内の正房客桟(双床・朝食付 349元)に無事にチェックインです。
昔ながらの建屋を利用したクラシックなホテルに満足・満悦・満喫だね!!!!!
暫く小休止し、鋭気を養ってから夜景観賞再起動です。 -
闇夜に浮かぶ南塘老街です。
Tシャツ1枚で過ごせるこの時期、出来れば露天飲食店を探したいところですね。 -
そんな中、入口を全開放したままの石浦漁港の海鮮を謳う店に入りました。
店頭に並んだ食材を指差しながら注文です。
牡蠣石殻焼・黄魚海鮮鍋・蟹姿唐揚を注文、バドワイザービールでビールで乾杯 ( ^^)/▽▽(^^ ) 乾杯!!乾杯!! -
遅い時間帯、観光客は消え去り、静粛・静黙・静寂な老街になりました。
臭豆腐の店も閉まり、臭気も消え、寂寂たる街も、就寝時間が迫っているかのようですね。
楽しかった旅行4日目の9月17日が終わろうとしています(晩安)。。 -
旅游5日目、最終日の9月17日が始まりました(早上好)。
今朝も晴れています。
ヤッタね!!!
今回の中国暢游も、晴れ男・晴れ女の実力を大いに発揮出来たようです。 -
昨夜の雑踏のような人出は皆無で、静かな南唐老街です。
-
昔ならではの建物を改装・刷新した南塘老街、魅力的な佇まいですね~ (*^^*)
-
南塘河(南郊河)に架かる甬水橋です。
時代を超え、現在でも地元民の移動手段として使われ続けています。 -
南塘河(南郊河)沿いに並ぶ南塘老街と高層ビルのミスマッチもまた楽し愉しです。
さあ、尹江路から寧波火車站に向かいましょう!! -
南塘老街から徒歩約20分、寧波火車站南広場に到着です。
2年前、石浦古城から長距離バスで移動し、ここから上海に向かったことを思い出しました。
東京ー寧波便が無かった頃の話ですね。 -
軌道2号線で寧波櫟社国際空港に向かいます(4元)。
僅か24分で結びます。
時間が正確に測れて、地下鉄の開通は大変助かります(o^^o)!!
いやはや・・・寧波市内に近く、大変便利な空港ですよね。 -
寧波櫟社国際機場站到着後、往路同様に無料シャトルバスを利用します。
-
現行ターミナルビル迄、徒歩だと15分程です。
しかし、工事中の車道を歩くのは辛いものです。
遠慮せずに無料シャトルバスに乗りましょう。 -
拡張前の寧波櫟社国際空港ターミナルビルが見えて来ました。
この小さな建屋で国内線・国際線の乗客を捌きます。
そりゃあ、拡張が必要になる訳ですよね ●~* -
寧波櫟社国際空港ターミナルビルに到着しました。
我家の中国暢游が終わりを告げようとしています(≧∀≦)! -
寧波府城 江南古鎮 浙江省 史跡・旧跡巡りの旅・・如何でしたか?
過ぎてしまえば、あっという間の5日間の旅でした。
移動が少ないコンパクトな寧波!!とっても充実した旅になりました~!!
疲れが溜まり、機内では爆睡です。
さあ!!明日から仕事を頑張って、そして、何度も何度も中国に行くぞ~!!行くぞ~!!!!絶対行くぞ~!!!!!!
と言う訳で お・し・ま・い (-^〇^-)
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- クラウディアさん 2019/09/26 06:40:47
- 成田-寧波デイリーセール
- こんにちは、はじめまして。
私も春秋航空のデイリーセールでこの3連休で寧波にお伺いしたところです。短い滞在なのに台風だったので、ほぼ観光らしきところへは行けませんでした。
もっと早く尖椒土豆絲さんのページにたどりつけていたらよかったのに。本当に楽しそう。
また是非、参考にさせてください。
- 尖椒土豆絲さん からの返信 2019/10/07 23:47:36
- Re: 成田-寧波デイリーセール
- クラウディアさん、こんにちは!! 尖椒土豆絲です。
日頃から日本の原点を求めて中国暢游をしています。
現在、春秋航空のオータムスーパーセールで購入した成田⇔寧波格安チケットで、江南エリア夫婦暢游を画策中です。
さてさて、寧波の次は、何処に行こうかな・・・何を食べようかな・・・
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