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ちょっといい話―― <br />東海村立東海中学校で、定年退職する校長にサプライズで生徒から“卒業証書”が渡されるセレモニーがあった。<br />野沢恵子校長(60)は3月いっぱいで38年間の教師生活を終える。同校には3年前に赴任した。3年生を送る会で、まずは教職員によるサプライズの合唱があった。野沢校長は秘密裏に3カ月間、特訓したピアノ伴奏を披露し、生徒を驚かせた。<br />クライマックスで3年生の代表者が「東海中を卒業するのは私たちだけではありません」と切り出すと、野沢校長の“卒業式”がスタート。野沢校長の経歴はじめ、修学旅行や体育祭など同校での思い出の写真がスクリーンに映し出された。最後に生徒一同から“卒業証書”と記念品が渡された。証書では「長年にわたり子どもたちのために力を尽くしました」と教師人生をたたえた。その上で「私たちに温かくご指導くださり、朝早くからあいさつをしてくださりありがとうございました」とし、「私たちはあなたの生徒になれて幸せです」と感謝の思いが込められた。<br /> 野沢校長は涙を浮かべ、「一生懸命な生徒や温かい先生や保護者、地域に恵まれた。(教師として)最後の一日まで頑張っていきたい」と話した。     茨城新聞社<br /><br /><br />―――神楽坂での食事を終えたのが9時をまわり、御茶ノ水駅に着いたのが9時20分。<br />御茶ノ水橋駅出口を出た交差点からどちらの方向へ行けばいいのかさっぱりわからない。本当に困ったもんである。プリントアウトした地図を眺めているのに目的地へ向かうべき道がわからないとは、方向音痴も度が過ぎる。<br />出口からなんとなく進路を左にとり、商店街がつづくのに訝しがり、地図にある信号がないのに気づき慌てて駅へ戻り、まっすぐの道へ。<br />信号3つめ辺りで今日中に辿り着けるのか不安になる頃合に明治大学の大きな建物にあたり、道が間違えていないことをようやく確信する。<br />するとすぐに大きく灯りを点す看板があった。<br />「山の手ホテル」――――今晩求めた宿だ。<br />これまで宿した高層ビル外資系ホテルと大きく趣を異にする。<br />駿河台の急坂を登ると鉄筋コンクリートのクラシカルな建物がモミの木の背後に聳え立つ。屋上に「Hilltop」。戦後GHQ接収時代にアメリカの女性兵士、軍属たちの間で建物の愛称になっていた名残りで、ホテル経営者は「丘の上」でなく敢えて「山の上」と意訳したことになる。<br /> ホテルは1954年(昭和29年)開業で、表通りから奥まった神田駿河台の高台に位置する。シンボルとも言える鉄筋コンクリート建築の旧館は、1936年(昭和11年)に明治大学OBで若松(現在の北九州市)の石炭商だった佐藤慶太郎の寄付を基にアメリカ出身の建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により「佐藤新興生活館」として完成した。当初は財団法人日本生活協会の管理下に置かれ、太平洋戦争(大東亜戦争)中には帝国海軍に徴用、日本の敗戦後には連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収されて陸軍婦人部隊の宿舎として用いられていた。<br />1970年、本館すぐ隣に別館が増築されたが、2013年4月屋上機械室から出火を機に2014年に閉鎖された。<br />現在、本館のわずか35室である。<br />かつて出版社が密集していた神田に近いところから、作家の滞在や缶詰(ここでは執筆促進目的の軟禁場所としてホテルに強制滞在させられる)に使われることが多く、そのため「文人の宿」とも謳われ、川端康成、三島由紀夫、池波正太郎、伊集院静ら名だたる作家の定宿として知られる。<br />三島由紀夫は1955年(昭和30年)当時、「東京の真中にかういふ静かな宿があるとは思はなかつた。設備も清潔を極め、サービスもまだ少し素人つぽい処が実にいい。ねがはくは、ここが有名になりすぎたり、はやりすぎたりしませんやうに」と使い心地の感想を語っている。<br />檀一雄は舞台女優入江杏子と愛人関係になり山の上ホテルで同棲し、入江との生活そして破局を描いたのが代表作『火宅の人』。柚木麻子は2012年、ホテルにおける作家の「カンヅメ」に憧れ、自腹で宿泊する駆け出しの女性作家が主人公の小説『私にふさわしいホテル』を発表した。林真理子も自腹缶詰め派だ。<br />有名な「天ぷらと和食山の上」など瀟洒なしつらえと行き届いたサービスによって知られるレストラン・バーなどの付属供食部門7つもあり、その充実ぶりも評価を受けている。<br />ロビー前に、こじんまりとした英国風のカウンターバーがある。<br />バー・ノンノン。出版社の多い神田や神保町に近いことからその手のひとびとの溜り場だ。<br /> 閉店間際、馬毛のスタンド椅子の感触を味わいながらひとりオリジナルカクテルを愉しむ。<br />今晩も(?)隣の3人組は大声を張り上げて作風談義に花咲かしている。会話を耳ダンボすると編集者や作家の類に違いない。<br />吉行淳之介氏のコラム「トワイライト・カフェ」(日本経済新聞)の舞台にもなったバーはいまでも変わることがない。<br />部屋は6室しかない和室風の客室にした。作家たちがとくに好んだ部屋だ。<br />35室ある部屋はすべて趣が異なり、なかでも畳敷きの407号室が人気と聞いたことがある。駿河台の高台に立つものの、現在本館回りは底地から聳え立つ明治大学関係のビルに取り囲まれるような形になっている。四方に面する部屋の配置なので障子を開けた風景が異なるためか。<br />私が泊まった部屋からは蔦が絡まった元別館の建物が迫っている。<br />狭く感じるが部屋のしつらえは畳敷きベッドなのでとても落ち着く。<br />籐椅子にすわって寛いでいると、東京にいることを忘れてしまいそうになる。どこか水脈で「京都俵屋」に繋がっている趣がある気がする。<br />この旅行記をこの部屋で書き上げたので私も作家の仲間入りである(笑)。<br /> 翌朝は、池波正太郎が指示したことで有名で小鉢がたくさんついた「天ぷら山の上」の和食ではなく、敢えて地下1階の「フレンチレストラン・ラヴィ」で摂った。<br />ハイジロールをはじめ3種の出来立てのパン、何の変哲もないマシュマロようなオムレツ、カリカリベーコンの具合、付け合せのグリルしたドライトマト、前菜のサラダ、パプリカソースどれをとっても手抜かりなく申し分ない朝食だった。<br />何よりもこのホテルの従業員は「他人に与えられる最高のものが誠意と真実」ということをよく心得ている。<br />チェックアウトのとき、「また来ます」ではなく「行ってきます」と私は微笑んだ。<br />フロントマンは「お気をつけて行って、お帰りなさいませ」と微笑み返してきた。<br />神田駿河台での『ちょっといい話』――――。<br /><br /><br />

山の上ホテル Hilltop Hotel 和室ダブルルーム宿泊記 Bar nonnon バー・ノンノン La Vie フレンチレストラン・ラヴィの朝食 神田駿河台 御茶ノ水散歩 神田明神 湯島聖堂 ニコライ堂

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2018/03/11 - 2018/03/12

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ちょっといい話―― 
東海村立東海中学校で、定年退職する校長にサプライズで生徒から“卒業証書”が渡されるセレモニーがあった。
野沢恵子校長(60)は3月いっぱいで38年間の教師生活を終える。同校には3年前に赴任した。3年生を送る会で、まずは教職員によるサプライズの合唱があった。野沢校長は秘密裏に3カ月間、特訓したピアノ伴奏を披露し、生徒を驚かせた。
クライマックスで3年生の代表者が「東海中を卒業するのは私たちだけではありません」と切り出すと、野沢校長の“卒業式”がスタート。野沢校長の経歴はじめ、修学旅行や体育祭など同校での思い出の写真がスクリーンに映し出された。最後に生徒一同から“卒業証書”と記念品が渡された。証書では「長年にわたり子どもたちのために力を尽くしました」と教師人生をたたえた。その上で「私たちに温かくご指導くださり、朝早くからあいさつをしてくださりありがとうございました」とし、「私たちはあなたの生徒になれて幸せです」と感謝の思いが込められた。
野沢校長は涙を浮かべ、「一生懸命な生徒や温かい先生や保護者、地域に恵まれた。(教師として)最後の一日まで頑張っていきたい」と話した。 茨城新聞社


―――神楽坂での食事を終えたのが9時をまわり、御茶ノ水駅に着いたのが9時20分。
御茶ノ水橋駅出口を出た交差点からどちらの方向へ行けばいいのかさっぱりわからない。本当に困ったもんである。プリントアウトした地図を眺めているのに目的地へ向かうべき道がわからないとは、方向音痴も度が過ぎる。
出口からなんとなく進路を左にとり、商店街がつづくのに訝しがり、地図にある信号がないのに気づき慌てて駅へ戻り、まっすぐの道へ。
信号3つめ辺りで今日中に辿り着けるのか不安になる頃合に明治大学の大きな建物にあたり、道が間違えていないことをようやく確信する。
するとすぐに大きく灯りを点す看板があった。
「山の手ホテル」――――今晩求めた宿だ。
これまで宿した高層ビル外資系ホテルと大きく趣を異にする。
駿河台の急坂を登ると鉄筋コンクリートのクラシカルな建物がモミの木の背後に聳え立つ。屋上に「Hilltop」。戦後GHQ接収時代にアメリカの女性兵士、軍属たちの間で建物の愛称になっていた名残りで、ホテル経営者は「丘の上」でなく敢えて「山の上」と意訳したことになる。
 ホテルは1954年(昭和29年)開業で、表通りから奥まった神田駿河台の高台に位置する。シンボルとも言える鉄筋コンクリート建築の旧館は、1936年(昭和11年)に明治大学OBで若松(現在の北九州市)の石炭商だった佐藤慶太郎の寄付を基にアメリカ出身の建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズの設計により「佐藤新興生活館」として完成した。当初は財団法人日本生活協会の管理下に置かれ、太平洋戦争(大東亜戦争)中には帝国海軍に徴用、日本の敗戦後には連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)に接収されて陸軍婦人部隊の宿舎として用いられていた。
1970年、本館すぐ隣に別館が増築されたが、2013年4月屋上機械室から出火を機に2014年に閉鎖された。
現在、本館のわずか35室である。
かつて出版社が密集していた神田に近いところから、作家の滞在や缶詰(ここでは執筆促進目的の軟禁場所としてホテルに強制滞在させられる)に使われることが多く、そのため「文人の宿」とも謳われ、川端康成、三島由紀夫、池波正太郎、伊集院静ら名だたる作家の定宿として知られる。
三島由紀夫は1955年(昭和30年)当時、「東京の真中にかういふ静かな宿があるとは思はなかつた。設備も清潔を極め、サービスもまだ少し素人つぽい処が実にいい。ねがはくは、ここが有名になりすぎたり、はやりすぎたりしませんやうに」と使い心地の感想を語っている。
檀一雄は舞台女優入江杏子と愛人関係になり山の上ホテルで同棲し、入江との生活そして破局を描いたのが代表作『火宅の人』。柚木麻子は2012年、ホテルにおける作家の「カンヅメ」に憧れ、自腹で宿泊する駆け出しの女性作家が主人公の小説『私にふさわしいホテル』を発表した。林真理子も自腹缶詰め派だ。
有名な「天ぷらと和食山の上」など瀟洒なしつらえと行き届いたサービスによって知られるレストラン・バーなどの付属供食部門7つもあり、その充実ぶりも評価を受けている。
ロビー前に、こじんまりとした英国風のカウンターバーがある。
バー・ノンノン。出版社の多い神田や神保町に近いことからその手のひとびとの溜り場だ。
 閉店間際、馬毛のスタンド椅子の感触を味わいながらひとりオリジナルカクテルを愉しむ。
今晩も(?)隣の3人組は大声を張り上げて作風談義に花咲かしている。会話を耳ダンボすると編集者や作家の類に違いない。
吉行淳之介氏のコラム「トワイライト・カフェ」(日本経済新聞)の舞台にもなったバーはいまでも変わることがない。
部屋は6室しかない和室風の客室にした。作家たちがとくに好んだ部屋だ。
35室ある部屋はすべて趣が異なり、なかでも畳敷きの407号室が人気と聞いたことがある。駿河台の高台に立つものの、現在本館回りは底地から聳え立つ明治大学関係のビルに取り囲まれるような形になっている。四方に面する部屋の配置なので障子を開けた風景が異なるためか。
私が泊まった部屋からは蔦が絡まった元別館の建物が迫っている。
狭く感じるが部屋のしつらえは畳敷きベッドなのでとても落ち着く。
籐椅子にすわって寛いでいると、東京にいることを忘れてしまいそうになる。どこか水脈で「京都俵屋」に繋がっている趣がある気がする。
この旅行記をこの部屋で書き上げたので私も作家の仲間入りである(笑)。
 翌朝は、池波正太郎が指示したことで有名で小鉢がたくさんついた「天ぷら山の上」の和食ではなく、敢えて地下1階の「フレンチレストラン・ラヴィ」で摂った。
ハイジロールをはじめ3種の出来立てのパン、何の変哲もないマシュマロようなオムレツ、カリカリベーコンの具合、付け合せのグリルしたドライトマト、前菜のサラダ、パプリカソースどれをとっても手抜かりなく申し分ない朝食だった。
何よりもこのホテルの従業員は「他人に与えられる最高のものが誠意と真実」ということをよく心得ている。
チェックアウトのとき、「また来ます」ではなく「行ってきます」と私は微笑んだ。
フロントマンは「お気をつけて行って、お帰りなさいませ」と微笑み返してきた。
神田駿河台での『ちょっといい話』――――。


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この旅行記へのコメント (2)

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  • mikimikiさん 2018/03/23 15:45:20
    良いお話ですね。
    まるくんさん、こんにちは。

    冒頭で書いていらした校長先生のお話。
    とても心が温まりますね。
    毎朝 校門の前で登校している生徒さんたちに挨拶をなさっていた光景が
    目に浮かびます。
    良い校長先生に恵まれて幸せだった生徒さんたち。
    そして、そんな生徒さんに囲まれてきっと校長先生大泣きだっただろうな…
    なんて思いました。

    良いお話と、すてきなホテルの写真をたくさん!ありがとうございます。
    畳のお部屋にベッドがあるんですね!
    朝食のオムレツが、とってもおいしそう!

    お礼が遅れてしまいましたが、
    いつも私の拙い旅行記に いいね! をありがとうございます。
    また、お邪魔します。

    良い週末をお過ごしください。

    mikimiki

    まるくん

    まるくんさん からの返信 2018/03/24 13:00:54
    良いお話ですね。
    mikimikiさん こんにちわ

    まさか校長先生もサプライズを仕掛けたつもりが
    よもやサプライズ返しがあろうとは思いも
    よらなかったでしょう。
    感動もひとしおでこちらまで、文面だけでもらい泣きです。
    でも、とても小さな学校の雰囲気が伝わるのにお互い
    よく隠したまま練習したものだと感心しました。

    ホテルはこれまでの多くのホテルと異なり
    建物全体が映画シーンにでてくるような軽妙でかつ重厚さ。
    とてもお安く泊まれたし、満足でした。

    そうそう、このオムレツ、神戸オリエンタルに次ぐ美味しさ
    上手さでした
    メレンゲのようなオムレツ。

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