2018/02/02 - 2018/02/03
4540位(同エリア5392件中)
たぼつさん
薬師寺・唐招提寺~松尾大社の節分祭~東大寺節分豆まき、春日大社節分万燈籠、興福寺鬼追式
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 交通手段
- 高速・路線バス タクシー 新幹線 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
PR
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9時30分発の新幹線で京都へ向かいます。
昨夜から降り続いていた雪も、流れる景色を眺めているうちにいつの間にか降りやみ、米原では青く澄んだ空の下に伊吹山が見えました。
京都駅で近鉄に乗り換え、西ノ京には13時前に到着。
乗降客もまばらな静かな駅で、薬師寺へ向かう間も道を行く人はほとんどなく、鳥の囀りと東塔解体修理の乾いた音が聞こえるだけの静かな道を歩いていきます。 -
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東塔[国宝]
解体修理中 平成32年6月頃に修理完了予定
薬師寺で唯一創建当時より現存している建物 -
広い境内は人影もまばらで閑散としています。
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西塔 昭和56年復興
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金堂 昭和51年復興
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薬師如来像[国宝] 白鳳時代
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大講堂 平成15年復興
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仏足跡歌碑[国宝] 770年頃
五七五七七七という形式の仏足跡歌21首からなる奈良時代の歌碑。仏足石を礼拝する情景や心情などが表現され、仏足石の周囲を回りながら謡われた歌と推定されています。文字は一字一音式の万葉仮名で表現されており、当時の字体・用字をそのまま今日に伝える貴重な存在。
己乃美阿止 夜与呂豆比賀利乎 波奈知伊太志 毛呂毛呂須久比 和多志多麻波奈 須久比多麻波奈
(この御跡 八万光を 放ち出し 衆生済ひ 度し給はな 済ひ給はな)
歌碑に刻まれた文字を見つめていると、奈良時代に生きた人々の祈りの想いが、今も静かに息づいているように感じられました。 -
歌碑を支える台座に彫られた小さな狛犬
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東院堂 1285年(鎌倉後期)再建
心行くまで見ている内に、思いの外時間が経ってしまったようです。
薬師寺を後にし、移動途中に立ち寄る予定にしていたお団子やそば切りも諦めて、真直ぐに唐招提寺へと向かいました。 -
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金堂[国宝] 奈良時代(8世紀後半)
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堂内には、中央に本尊・盧舎那仏坐像、向って右に薬師如来立像、向って左に千手観音立像(いずれも国宝)が安置されています。
盧舎那仏の光背の化仏は本来は1000体であったといわれており、千手観音も大脇手42本、小脇手911本と合わせて953本の腕があり、本来は1000本あったと考えられているそうです。 -
講堂[国宝] 奈良時代(8世紀後半)
平城宮東朝集殿を移築したもので、平城宮唯一の宮殿建築の遺構。 -
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宝蔵
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宝蔵・経蔵[ともに国宝] 奈良時代(8世紀)
高床式の校倉で、南にある小さいほう(画像手前)が経蔵。
唐招提寺創建以前の新田部親王邸の米倉を改造したものといわれ、唐招提寺で最も古い建造物であり、日本最古の校倉。 -
鼓楼[国宝] 鎌倉時代
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まだまだゆっくりと見たかったのですが、電車の時間があるので後ろ髪を引かれる思いで唐招提寺を後にします。
今度は新緑の輝く頃に訪れてみたいと思いました。
その時は「邪鬼」を探すのも楽しみにして。 -
15時38分発の特急で京都へ戻ります。
新幹線でサンドイッチを二切れ食べただけなので、空腹が堪えました。
16時16分、京都に到着。
ホテルの部屋に荷物を置き、南禅寺の順正へ湯豆腐を食べに出掛けました。 -
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ねじりまんぽ
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翌日は、節分祭の石見神楽奉納を見に、8時40分発の市営バスで松尾大社へ向かいます。
40分ほどで松尾大社に着きました。
石見神楽の舞台となる拝殿の周囲にまだ観客は少なく、正面の前から3列目付近に立つことができました。 -
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八幡(はちまん)
九州宇佐八幡宮に祀られている八幡麻呂という神様が、異国から飛来した第六天の悪魔王を退治します。正義対悪という石見神楽の代表的な展開の神楽。 -
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塵輪(じんりん)
神2人鬼2人が対決する、鬼舞の代表的な神楽。
第14代天皇・帯中津日子(たらしなかつひこ)が、異国より日本に攻め来る軍勢の中に、翼があり黒雲で飛びまわる塵輪という悪鬼がいると聞き、自ら高麻呂を従え討伐に向かい、激戦の末に退治します。
登場した悪鬼の衣裳と動きに、なんとなく沖縄の成人式が思い出されました。 -
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金糸・銀糸をふんだんに使用し一針ずつ丹念に作られる石見神楽の衣裳の中でも、絢爛豪華な鬼着は花形だそうです。
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大蛇(おろち)
天照大御神の怒りをかい、高天原を追われた須佐之男命が出雲国斐の川にさしかかると老夫婦と美しい娘が嘆き哀しんでいる。「八岐大蛇が毎年出現し、七年に七人の娘がさらわれてしまった。残ったこの娘も大蛇に喰われてしまう」という。須佐之男命は一計を案じ、酒で酔わせてこの大蛇を退治する。その時尾から1本の剣が出た。のちに剣は草薙剣と呼ばれ、三種の神器のひとつとして熱田神宮に祀られている。 -
酒に酔った大蛇は次々と大技を繰り出します。
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鬼にしろ大蛇にしろ、悪役の表情豊かに生き生きと暴れまわる姿に魅了され、しまいには応援したくなるほどでした。
あっという間の二時間弱。
冬の屋外で立ったまま最後まで見続けられるだろうかという不安も杞憂に過ぎず、できればもっと見ていたかったくらい。
興奮冷めやらぬ気持ちのまま、次は東大寺へ向かいます。 -
乗り換えを重ねて辿り着いた東大寺二月堂は、予想通り人の群れに埋め尽くされ、法華堂前広場に設置された特設舞台前の柵内に入場することはできませんでした。
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14時頃、二月堂の舞台の上から豆まきが行われ、その後二月堂下に設置された特設舞台から参拝者のために豆や鈴がまかれます。
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豆まきの開始直前に、場内警備の警官から「柵外には撒かないよう決められてある」と伝えられたのですが、確かに一つもこちらへは落ちてきません。
本当に飛んでこないことが分かってしまってからは、心穏やかに舞台前の群衆を眺めやることができます。
豆や鈴だけではなくパンまでが乱れ飛ぶその下で、衆生が一斉に手を挙げ「おーいこっちー!」と口々に叫んでいました。
なんとなく、クマ牧場を思い出しました。
この後は春日大社の節分万燈籠まで時間があるので、菊水楼でお昼にします。 -
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明治24年創業の菊水楼。
歴史を感じさせる重厚な佇まいに目を引かれ、昨年のお水取り以来、ひそかに訪れる機会を窺っていました。
この時間はうなぎしか営業していなかったようで、「うな菊」へ案内されます。 -
荒池を眺めながら静かに食事を楽しめました。
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万燈籠まではまだ時間が十分にあるので、店を出た後駅周辺の喫煙が許される店を探し回り、「森のカフェひがしむきガーデンズ」へ入りました。
清潔感のない店という記憶がありましたが、背に腹は代えられません。
コーヒーを注文し、日が暮れるのを待って春日大社へ向かいました。 -
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宵闇の表参道に無数の灯籠の明りが浮かび上がりどこまでも続いています。
なんとも優美な趣で良いのですが、かなりの混みようです。 -
しばらく進むと、細い参道を埋め尽くすような長蛇の列に行き当たりました。
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そこから先は人混みに埋もれ、どこに押し流されているのかもわからないまま、傍若無人なカメラ老人と、自撮り以外念頭になさそうなアジア人を避けることに気を取られながら一歩ずつぞろぞろと進みます。
配給に並ぶ難民さながらの有様に、興ざめた気持ちになり、一刻も早くこの流れから逃れ出たくて出口へ急ぎました。
この後は興福寺の鬼追式へ小走りに移動。 -
興福寺の五重塔
天を衝くかの如く夜空に浮かび上がる様に圧倒されます。 -
舞台の周囲は大勢の人に埋め尽くされ、柵外から鬼の登場を待つことにしましたが、法要が長引いているのか鬼追式が始まる様子はありません。
しばらく待ってみたものの電車の時間までに余裕がないので、仕方なく興福寺を後にしました。 -
堂内では除災招福の悔過の法要が行われており、読経の声が朗々と響き渡っていました。
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駅前で買った平宗の炙り鯖ずしを帰りの新幹線で食べました。
今回は松尾大社の節分祭が思いがけず楽しい収穫でした。
普段は京都に比べ観光客の少ない奈良も、節分祭当日はそうはいかないという事がわかったので、次の機会があれば、今度は松尾大社で最後までゆっくりと過ごしてみようと思います。
慌ただしかったけれど、その分充実したとても楽しい旅の二日間でした。
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