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 ライフワークにしている世界遺産訪問が、2021年7月に621件になりました(日本の世界遺産25件を含む)。<br /> 世界遺産が1154件(2021年7月)ですので、その約半分を訪ねたことになります。<br /> その621件の軌跡をここで辿りたいと思います。<br /><br />★今回の「その5」は2015年に旅した欧州10ヵ国です。<br /> 欧州10ヵ国とはフランス、スペイン、アンドラ、ルクセンブルク、チェコ、ポーランド、スロバキア、ハンガリー、オランダ、ベルギーで77日間世界遺産95件を訪問しました。(累計301件)<br /> ◎欧州77日間の旅総集編 https://4travel.jp/travelogue/11047384<br /><br />★その1 は初めての世界遺産訪問(1972年)から早期退職をし世界一周の船旅をする2010年までの56件を紹介しました。<br />★ 2011年は海外に出かけていません。海外の世界遺産を訪問する前にきちんと日本のを押さえておきたかったのが理由です。<br />★その2 は2012年に旅した、スペイン、イギリス、アイルランドです。<br /> スペイン88日間32件+モロッコ1件+イギリス25日間16件+アイルランド19日間2件の51件を訪問しました。(累計107件)<br /> ◎スペインの旅総集編 https://4travel.jp/travelogue/10957645<br /> ◎英・愛欄の旅総集編 https://4travel.jp/travelogue/10957646 <br />★その3 は2013年に旅した、イタリアとマルタです。<br /> 33日かけて南イタリア、シチリア島、マルタの世界遺産21件を訪ねました。(累計128件)<br /> ◎南伊とマルタの旅総集編https://4travel.jp/travelogue/10951229<br />★その4 は2014年に旅した北アフリカ等5ヵ国、バルカン半島11ヵ国です。<br /> 北アフリカ等とはチュニジア、エジプト、カナリア諸島(スペイン)、モロッコ、カタールで63日間世界遺産24件を訪問しました。<br /> ◎北アフリカの旅総集編 https://4travel.jp/travelogue/10951225<br /> バルカン半島とはギリシャ、キプロス、ルーマニア、ブルガニア、セルビア、ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロ、クロアチア、コソヴォ、マケドニア、アルバニアで94日間世界遺産54件を訪問しました。 (累計206件)<br />  ◎バルカン半島の旅総集編https://4travel.jp/travelogue/10948898<br /><br />※訪問した世界遺産をただ羅列しただけです。<br />※旅行期間は、資料的な意味もあるので毎年1月1日に更新することにします。<br /><br />参考<br /> UNESCOホームページ(世界遺産の解説を引用しています)<br /> 世界遺産アカデミー<br /> 地球の歩き方 

世界遺産621件の軌跡 5 2015年(95件:207件目~301件目*欧州10ヵ国)

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2022/01/01 - 2022/01/01

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旅行記グループ 世界遺産 訪問の軌跡

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fernando

fernandoさん

 ライフワークにしている世界遺産訪問が、2021年7月に621件になりました(日本の世界遺産25件を含む)。
 世界遺産が1154件(2021年7月)ですので、その約半分を訪ねたことになります。
 その621件の軌跡をここで辿りたいと思います。

★今回の「その5」は2015年に旅した欧州10ヵ国です。
 欧州10ヵ国とはフランス、スペイン、アンドラ、ルクセンブルク、チェコ、ポーランド、スロバキア、ハンガリー、オランダ、ベルギーで77日間世界遺産95件を訪問しました。(累計301件)
 ◎欧州77日間の旅総集編 https://4travel.jp/travelogue/11047384

★その1 は初めての世界遺産訪問(1972年)から早期退職をし世界一周の船旅をする2010年までの56件を紹介しました。
★ 2011年は海外に出かけていません。海外の世界遺産を訪問する前にきちんと日本のを押さえておきたかったのが理由です。
★その2 は2012年に旅した、スペイン、イギリス、アイルランドです。
 スペイン88日間32件+モロッコ1件+イギリス25日間16件+アイルランド19日間2件の51件を訪問しました。(累計107件)
 ◎スペインの旅総集編 https://4travel.jp/travelogue/10957645
 ◎英・愛欄の旅総集編 https://4travel.jp/travelogue/10957646 
★その3 は2013年に旅した、イタリアとマルタです。
 33日かけて南イタリア、シチリア島、マルタの世界遺産21件を訪ねました。(累計128件)
 ◎南伊とマルタの旅総集編https://4travel.jp/travelogue/10951229
★その4 は2014年に旅した北アフリカ等5ヵ国、バルカン半島11ヵ国です。
 北アフリカ等とはチュニジア、エジプト、カナリア諸島(スペイン)、モロッコ、カタールで63日間世界遺産24件を訪問しました。
 ◎北アフリカの旅総集編 https://4travel.jp/travelogue/10951225
 バルカン半島とはギリシャ、キプロス、ルーマニア、ブルガニア、セルビア、ボスニアヘルツェゴビナ、モンテネグロ、クロアチア、コソヴォ、マケドニア、アルバニアで94日間世界遺産54件を訪問しました。 (累計206件)
  ◎バルカン半島の旅総集編https://4travel.jp/travelogue/10948898

※訪問した世界遺産をただ羅列しただけです。
※旅行期間は、資料的な意味もあるので毎年1月1日に更新することにします。

参考
 UNESCOホームページ(世界遺産の解説を引用しています)
 世界遺産アカデミー
 地球の歩き方 

同行者
一人旅
旅行の手配内容
個別手配

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  • 2015年5月19日日本を出発し、フランスに到着します。<br />ヨーロッパ10ヵ国の旅の始まりです。最初に来たのはヴェルサイユ。5月20日。<br /><br />世界遺産207件目「ベルサイユ宮殿と庭園」<br />「パリの南西約18kmにある、宮廷文化の全盛時代を象徴する宮殿と庭園。ルイ14世時代に始まり、ルイ15世、ルイ16世と王妃マリー・アントワネット、ナポレオンなどにより新築、改修が繰り返された。「鏡の間」は、室内装飾家シャルル・ル・ブランによる装飾芸術の最高傑作で、ルイ14世の栄光を讃えた天井の装飾画、ブロンズ製の柱頭などが特に知られている。578枚の鏡が光に反射して、装飾の豪華さをさらにひきたてている。」(ユネスコのホームページより)

    2015年5月19日日本を出発し、フランスに到着します。
    ヨーロッパ10ヵ国の旅の始まりです。最初に来たのはヴェルサイユ。5月20日。

    世界遺産207件目「ベルサイユ宮殿と庭園」
    「パリの南西約18kmにある、宮廷文化の全盛時代を象徴する宮殿と庭園。ルイ14世時代に始まり、ルイ15世、ルイ16世と王妃マリー・アントワネット、ナポレオンなどにより新築、改修が繰り返された。「鏡の間」は、室内装飾家シャルル・ル・ブランによる装飾芸術の最高傑作で、ルイ14世の栄光を讃えた天井の装飾画、ブロンズ製の柱頭などが特に知られている。578枚の鏡が光に反射して、装飾の豪華さをさらにひきたてている。」(ユネスコのホームページより)

  • 本日はシャルトルの修道院を改装したホテルに泊まります。<br /><br />世界遺産208件目「シャルトルの大聖堂」<br />「パリのノートル・ダム寺院、アミアン大聖堂、ランス大聖堂と並ぶフランス・ゴシック様式の大聖堂。11世紀に創建されたが火災に遭い、13世紀半ばに現在の姿に再建された。両大戦の戦火を免れて、内部は中世の聖堂空間の峻厳な雰囲気を今日までよく伝えており、その美しいステンドグラスは有名である。」(ユネスコのホームページより)

    本日はシャルトルの修道院を改装したホテルに泊まります。

    世界遺産208件目「シャルトルの大聖堂」
    「パリのノートル・ダム寺院、アミアン大聖堂、ランス大聖堂と並ぶフランス・ゴシック様式の大聖堂。11世紀に創建されたが火災に遭い、13世紀半ばに現在の姿に再建された。両大戦の戦火を免れて、内部は中世の聖堂空間の峻厳な雰囲気を今日までよく伝えており、その美しいステンドグラスは有名である。」(ユネスコのホームページより)

  • イギリス海峡に面するル・アーヴルに来ました。5月21日。<br /><br />世界遺産209件目「ル・アーヴル:オーギュスト・ペレにより再建された街」<br />「ノルマンディ地方のル・アーヴルは、第2次世界大戦で猛爆を受けた。現代建築の旗手で、復興にあたった当時71歳のオーギュスト・ペレは、新市街を以前の町筋に合わせて設計。新たな建築素材・技術を開発し、1945年から64年にかけて、その統一性と完全性において比類のない復興都市を作り上げた。破壊前の年の原型を保ちつつ、現存する歴史建造物群を保存した技術は見事で、戦後、各地で行われた都市計画や建築の中でも、優れた成功例となった。登録地はル・アーヴルの行政・商業・文化の中心地を形成している。」(ユネスコのホームページより)

    イギリス海峡に面するル・アーヴルに来ました。5月21日。

    世界遺産209件目「ル・アーヴル:オーギュスト・ペレにより再建された街」
    「ノルマンディ地方のル・アーヴルは、第2次世界大戦で猛爆を受けた。現代建築の旗手で、復興にあたった当時71歳のオーギュスト・ペレは、新市街を以前の町筋に合わせて設計。新たな建築素材・技術を開発し、1945年から64年にかけて、その統一性と完全性において比類のない復興都市を作り上げた。破壊前の年の原型を保ちつつ、現存する歴史建造物群を保存した技術は見事で、戦後、各地で行われた都市計画や建築の中でも、優れた成功例となった。登録地はル・アーヴルの行政・商業・文化の中心地を形成している。」(ユネスコのホームページより)

  • モンサンミシェル島内のホテルに宿泊します。5月22日。<br /><br />世界遺産210件目「モン・サン・ミシェルとその湾」<br />「ノルマンディー地方コタンタン半島にある小島の、海面から高さ約150mの修道院。干潮時には陸地につながる小島の岩山に8世紀に最初の教会が建てられ、のちベネディクト派の修道院となった。11世紀から拡大工事が行われ、ロマネスク、ゴシック、ルネサンス様式の建物が次々に加えられた。14世紀の百年戦争では要塞となり、、フランス革命後は一時牢獄となったこともある。満潮時には陸の孤島となる。」(ユネスコのホームページより)

    モンサンミシェル島内のホテルに宿泊します。5月22日。

    世界遺産210件目「モン・サン・ミシェルとその湾」
    「ノルマンディー地方コタンタン半島にある小島の、海面から高さ約150mの修道院。干潮時には陸地につながる小島の岩山に8世紀に最初の教会が建てられ、のちベネディクト派の修道院となった。11世紀から拡大工事が行われ、ロマネスク、ゴシック、ルネサンス様式の建物が次々に加えられた。14世紀の百年戦争では要塞となり、、フランス革命後は一時牢獄となったこともある。満潮時には陸の孤島となる。」(ユネスコのホームページより)

  • ロワールの古城巡りを楽しみます。5月23日。<br /><br />世界遺産211件目「ロワール渓谷:シュリー・シュル・ロワールからシャロンヌまで」<br />「ロワール渓谷、とりわけシュリー・シュル・ロワールとシャロンヌの間の地域は、その華麗な美しさで他に抜きんでた文化的景観を誇る。古い歴史の町や村、建築史上の偉大な記念碑であるシャトー、数世紀にわたって人間と自然、ロワール川とが共生しつつ作り上げてきた農地などが、その美しい景観の中に溶けこんでいる。この世界遺産地域には、すでに1981年に登録された「シャンボールの城と領地」が含まれる。」(ユネスコのホームページより)

    ロワールの古城巡りを楽しみます。5月23日。

    世界遺産211件目「ロワール渓谷:シュリー・シュル・ロワールからシャロンヌまで」
    「ロワール渓谷、とりわけシュリー・シュル・ロワールとシャロンヌの間の地域は、その華麗な美しさで他に抜きんでた文化的景観を誇る。古い歴史の町や村、建築史上の偉大な記念碑であるシャトー、数世紀にわたって人間と自然、ロワール川とが共生しつつ作り上げてきた農地などが、その美しい景観の中に溶けこんでいる。この世界遺産地域には、すでに1981年に登録された「シャンボールの城と領地」が含まれる。」(ユネスコのホームページより)

  • ブールジュに入ります。5月24日。<br /><br />世界遺産212件目「ブールジュの大聖堂」<br />「中世のさまざまな建築様式が見られる大聖堂。3世紀頃に建てられた聖堂をもとに、11世紀にロマネスク様式、12世紀にゴシック様式に改築され、その後も修復が繰り返された。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    ブールジュに入ります。5月24日。

    世界遺産212件目「ブールジュの大聖堂」
    「中世のさまざまな建築様式が見られる大聖堂。3世紀頃に建てられた聖堂をもとに、11世紀にロマネスク様式、12世紀にゴシック様式に改築され、その後も修復が繰り返された。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • 5月25日。<br /><br />世界遺産213件目「サン・サヴァン・シュール・ガルタンプの修道院教会」<br />「11世紀にロマネスク様式で再建されたこの聖堂の前身は、9世紀に建てられたベネディクト会修道院とされる。有名なのは12世紀初頭のフレスコ画です。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    5月25日。

    世界遺産213件目「サン・サヴァン・シュール・ガルタンプの修道院教会」
    「11世紀にロマネスク様式で再建されたこの聖堂の前身は、9世紀に建てられたベネディクト会修道院とされる。有名なのは12世紀初頭のフレスコ画です。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • 壁画が有名なラスコーに来ました。<br />複製の洞窟に案内されますが、そこも撮影禁止です。<br />2016.11.9東京上野で「ラスコー展」が開催されていました。https://4travel.jp/travelogue/11201205<br /><br />世界遺産214件目「ヴェゼール渓谷の装飾洞窟と先史遺跡」<br />「ヴェゼール渓谷には、147の先史遺跡と25の装飾洞窟がある。その中でもラスコーの壁画はあまりにも有名です。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    壁画が有名なラスコーに来ました。
    複製の洞窟に案内されますが、そこも撮影禁止です。
    2016.11.9東京上野で「ラスコー展」が開催されていました。https://4travel.jp/travelogue/11201205

    世界遺産214件目「ヴェゼール渓谷の装飾洞窟と先史遺跡」
    「ヴェゼール渓谷には、147の先史遺跡と25の装飾洞窟がある。その中でもラスコーの壁画はあまりにも有名です。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • サンテミリオンのブドウ畑の真ん中の宿で過ごします。5月26日。<br /><br />世界遺産215件目「サン・テミリオン地域」<br />「サン・テミリオンといえば、かつてアキテーヌ公やイギリス国王たちがこよなく愛したボルドー産の“ロイヤル・ワイン”。このワインを産するサン・テミリオン地域は、往時の姿そのままに今なおワイン醸造が営まれており、ブドウ園の景観も変わっていない。石灰岩の台地の上には円形劇場の遺跡があり、また9世紀から12世紀にかけて地下の石灰岩層を掘り崩してつくったモノリス(1枚岩)の教会が知られる。7,846haの登録地は12世紀にジョン欠地王が設定した管轄区で、8地方自治体が含まれる。」(ユネスコのホームページより)

    サンテミリオンのブドウ畑の真ん中の宿で過ごします。5月26日。

    世界遺産215件目「サン・テミリオン地域」
    「サン・テミリオンといえば、かつてアキテーヌ公やイギリス国王たちがこよなく愛したボルドー産の“ロイヤル・ワイン”。このワインを産するサン・テミリオン地域は、往時の姿そのままに今なおワイン醸造が営まれており、ブドウ園の景観も変わっていない。石灰岩の台地の上には円形劇場の遺跡があり、また9世紀から12世紀にかけて地下の石灰岩層を掘り崩してつくったモノリス(1枚岩)の教会が知られる。7,846haの登録地は12世紀にジョン欠地王が設定した管轄区で、8地方自治体が含まれる。」(ユネスコのホームページより)

  • 三日月型に蛇行するガロンヌ川に発展したボルドー。5月27日。<br /><br />世界遺産216件目「ボルドー(月の港)」<br />「ボルドーはフランス南西部の中心都市である港町。フランス語で「月」を意味する「リューヌ」港の名は、湾曲するガロンヌ河岸に発達した町の形状に由来する。この町はローマ帝国の植民地となった紀元前56年以降に発展をはじめ、12世紀後半には世界有数のワイン生産地として、イングランドやスコットランドなどと貿易を行う一大商業都市となった。現在もボルドーには、起源が3世紀までさかのぼる建造物が残り、なかでも重要なのは、18世紀の啓蒙主義時代の都市計画による町並みだ。1730年代に建設が始まった王国広場や宮殿、1780年建造の大劇場など、建造物の多くは古典様式や新古典様式である。」(ユネスコのホームページより)

    三日月型に蛇行するガロンヌ川に発展したボルドー。5月27日。

    世界遺産216件目「ボルドー(月の港)」
    「ボルドーはフランス南西部の中心都市である港町。フランス語で「月」を意味する「リューヌ」港の名は、湾曲するガロンヌ河岸に発達した町の形状に由来する。この町はローマ帝国の植民地となった紀元前56年以降に発展をはじめ、12世紀後半には世界有数のワイン生産地として、イングランドやスコットランドなどと貿易を行う一大商業都市となった。現在もボルドーには、起源が3世紀までさかのぼる建造物が残り、なかでも重要なのは、18世紀の啓蒙主義時代の都市計画による町並みだ。1730年代に建設が始まった王国広場や宮殿、1780年建造の大劇場など、建造物の多くは古典様式や新古典様式である。」(ユネスコのホームページより)

  • スペインとの国境の町、ピレネー山脈の山裾にあるサン・ジャン・ピエ・ド・ポールに来ました。5月28日。<br /><br />世界遺産217件目「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」<br />「スペイン北西部の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラは、中世を通じてヨーロッパ各地から集まってくる無数の敬虔な巡礼者にとって、最終の目的地であった。ピレネー山脈を越えてスペインの巡礼路に到達するには、彼らはフランスを通過せねばならなかった。世界遺産リストに記載されている一群の重要な歴史記念物は、彼らがたどったフランスの主要な4つのルート(起点はパリ、ヴェズレイ、ル・ピュイ、アルル)を際だった存在としている。」(ユネスコのホームページより)

    スペインとの国境の町、ピレネー山脈の山裾にあるサン・ジャン・ピエ・ド・ポールに来ました。5月28日。

    世界遺産217件目「フランスのサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路」
    「スペイン北西部の聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラは、中世を通じてヨーロッパ各地から集まってくる無数の敬虔な巡礼者にとって、最終の目的地であった。ピレネー山脈を越えてスペインの巡礼路に到達するには、彼らはフランスを通過せねばならなかった。世界遺産リストに記載されている一群の重要な歴史記念物は、彼らがたどったフランスの主要な4つのルート(起点はパリ、ヴェズレイ、ル・ピュイ、アルル)を際だった存在としている。」(ユネスコのホームページより)

  • 国境(ピレネー山脈)を越えてスペインに入りました。5月29日、30日。<br /><br />世界遺産218件目「ピレネー山脈のペルデュ山」(スペイン:複合遺産)<br />「フランス・スペインの国境を画すピレネー山脈の最も美しい景観は、標高3352mのペルデュ山周辺に集中している。石灰砂岩からなるペルデュ山地域30639haのスペイン側にはヨーロッパ最大かつ最深の2つの渓谷があり、フランス側には3つの巨大な圏谷がある。この一帯はまたかつてのヨーロッパの農業生活様式を反映した農村、牧場、畑地、牧草地、山道などの農業景観を今も変わらずに残している。」(ユネスコのホームページより)

    国境(ピレネー山脈)を越えてスペインに入りました。5月29日、30日。

    世界遺産218件目「ピレネー山脈のペルデュ山」(スペイン:複合遺産)
    「フランス・スペインの国境を画すピレネー山脈の最も美しい景観は、標高3352mのペルデュ山周辺に集中している。石灰砂岩からなるペルデュ山地域30639haのスペイン側にはヨーロッパ最大かつ最深の2つの渓谷があり、フランス側には3つの巨大な圏谷がある。この一帯はまたかつてのヨーロッパの農業生活様式を反映した農村、牧場、畑地、牧草地、山道などの農業景観を今も変わらずに残している。」(ユネスコのホームページより)

  • 写真はタウル村のサン・クリメン教会です。5月31日。<br /><br />世界遺産219件目「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」(スペイン)<br />「スペイン北東部、カタールニャ地方、ピレネー高地に位置する。山々に囲まれた急勾配の峻険な地に流れるボイ渓谷には、村ごとに11~12世紀建立のロマネスク様式の教会が数多く残されており、建築的にも高度な技術を誇る。これはボイ渓谷の教区管轄権を裏付けるもので、当地の司祭が教会建設を推進したためとされる。タフル村にはこの地域で最も重要なサンタ・マリア教会やサント・クリメント教会が1123年いに相次いで建設されている。」(ユネスコのホームページより)

    写真はタウル村のサン・クリメン教会です。5月31日。

    世界遺産219件目「ボイ渓谷のカタルーニャ風ロマネスク様式教会群」(スペイン)
    「スペイン北東部、カタールニャ地方、ピレネー高地に位置する。山々に囲まれた急勾配の峻険な地に流れるボイ渓谷には、村ごとに11~12世紀建立のロマネスク様式の教会が数多く残されており、建築的にも高度な技術を誇る。これはボイ渓谷の教区管轄権を裏付けるもので、当地の司祭が教会建設を推進したためとされる。タフル村にはこの地域で最も重要なサンタ・マリア教会やサント・クリメント教会が1123年いに相次いで建設されている。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産220件目「ポブレの修道院」(スペイン)<br />「ここは、スペイン最大規模のシトー会修道院である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    世界遺産220件目「ポブレの修道院」(スペイン)
    「ここは、スペイン最大規模のシトー会修道院である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • バルセロナの郊外に宿をとり、市街を電車と地下鉄で巡ります。6月1日。<br /><br />世界遺産221件目「バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院」(スペイン)<br />写真は「カタルーニャ音楽堂」<br />「両者ともアール・ヌーヴォーの建築家ドメネク・イ・モンタネルの名作。鉄筋建築の音楽堂のファサードはモザイクでふんだんに飾られ、ステンドグラス製の逆向き穹窿で知られるコンサートホールの内部も過剰な装飾に溢れる。病院の設計や装飾も同様な印象を与えるが、病人のニーズには十分応えている。」(ユネスコのホームページより)

    バルセロナの郊外に宿をとり、市街を電車と地下鉄で巡ります。6月1日。

    世界遺産221件目「バルセロナのカタルーニャ音楽堂とサン・パウ病院」(スペイン)
    写真は「カタルーニャ音楽堂」
    「両者ともアール・ヌーヴォーの建築家ドメネク・イ・モンタネルの名作。鉄筋建築の音楽堂のファサードはモザイクでふんだんに飾られ、ステンドグラス製の逆向き穹窿で知られるコンサートホールの内部も過剰な装飾に溢れる。病院の設計や装飾も同様な印象を与えるが、病人のニーズには十分応えている。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」(スペイン)。<br />1972年に訪問済みなのでカウントしません。

    世界遺産「アントニ・ガウディの作品群」(スペイン)。
    1972年に訪問済みなのでカウントしません。

  • スペインとフランスに挟まれた小国アンドラ。<br />ピレネー山脈の中にありますが、首都アンドラ・ラ・ベリャは近代的な町です。6月3日。<br /><br />世界遺産222件目「マドリウ・パラフィタ・クラロー渓谷」(アンドラ)<br />「アンドラは、フランスとスペインとの国境をなすピレネー山脈東部の谷間にある小独立国。このピレネーの高山帯のマデリウ-ペラフィタ-クラーロル渓谷には、ごつごつとした岩肌の絶壁や、雄大な氷河といった厳しい自然の景観が残る。その自然には、現在も受け継がれている厳しい牧畜生活や山岳文化と同様に、過去の気候や経済状況、社会体制の変動にも影響を与えてきた。アンドラの国土の9%にあたる4247haにおよぶこの地域には、住居、特に夏季の定住集落や段々畑、牧草地、石造りの道や鉄を精錬した跡などが残っている。」(ユネスコのホームページより)

    スペインとフランスに挟まれた小国アンドラ。
    ピレネー山脈の中にありますが、首都アンドラ・ラ・ベリャは近代的な町です。6月3日。

    世界遺産222件目「マドリウ・パラフィタ・クラロー渓谷」(アンドラ)
    「アンドラは、フランスとスペインとの国境をなすピレネー山脈東部の谷間にある小独立国。このピレネーの高山帯のマデリウ-ペラフィタ-クラーロル渓谷には、ごつごつとした岩肌の絶壁や、雄大な氷河といった厳しい自然の景観が残る。その自然には、現在も受け継がれている厳しい牧畜生活や山岳文化と同様に、過去の気候や経済状況、社会体制の変動にも影響を与えてきた。アンドラの国土の9%にあたる4247haにおよぶこの地域には、住居、特に夏季の定住集落や段々畑、牧草地、石造りの道や鉄を精錬した跡などが残っている。」(ユネスコのホームページより)

  • フランスの旅の再開です。6月4日。<br /><br />世界遺産223件目「カルカッソンヌの歴史的城塞都市」(フランス)<br />「丘の上の町を二重に包む城壁は、西ゴート・ロマネスク時代の部分を取り込みながら13~14世紀に完成した。城塞は12世紀。円筒や角塔を要所に備え、内部には家屋や道路が整い、ゴシック様式の大聖堂が残る。17世紀以後荒廃したが、1844年ヴィオレ=ル=デュックに始まる修復・再建運動によりほぼ復元された都市として重要である。」(ユネスコのホームページより)

    フランスの旅の再開です。6月4日。

    世界遺産223件目「カルカッソンヌの歴史的城塞都市」(フランス)
    「丘の上の町を二重に包む城壁は、西ゴート・ロマネスク時代の部分を取り込みながら13~14世紀に完成した。城塞は12世紀。円筒や角塔を要所に備え、内部には家屋や道路が整い、ゴシック様式の大聖堂が残る。17世紀以後荒廃したが、1844年ヴィオレ=ル=デュックに始まる修復・再建運動によりほぼ復元された都市として重要である。」(ユネスコのホームページより)

  • アルビに向かう途中、偶然に閘門を上下する船と出会いました。6月5日。<br /><br />世界遺産224件目「ミディ運河」(フランス)<br />「地中海と大西洋を結ぶ航行可能な360kmにおよぶ水路網。328もの水門や橋、隧道(ずいどう)などがある。1667~1694年にかけて造られたこの運河は、見事な非軍事的偉業であり、単なる技術的事績を芸術作品にまで高めたといえる。」(ユネスコのホームページより)

    アルビに向かう途中、偶然に閘門を上下する船と出会いました。6月5日。

    世界遺産224件目「ミディ運河」(フランス)
    「地中海と大西洋を結ぶ航行可能な360kmにおよぶ水路網。328もの水門や橋、隧道(ずいどう)などがある。1667~1694年にかけて造られたこの運河は、見事な非軍事的偉業であり、単なる技術的事績を芸術作品にまで高めたといえる。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産225件目「司教座都市アルビ」(フランス)<br />「フランス南西部の古都アルビは、全盛期の中世建築の都市集合体である。古い橋や聖サルヴィ地区と教会は、10世紀から11世紀にかけて、この町が発展しはじめたことを表している。13世紀に、異端のカタリ派に対抗したアルビ十字軍によって強大な司教都市となった。要塞のような大聖堂は13世紀後半に、地元の赤やオレンジ色のレンガを使い、南仏ゴシック様式で建てられ、ローマ・カトリック教の聖職者が取り戻した権力を誇示するように町を威圧している。同じ様式でつくられ、よく旧態をとどめている記念建造物群や広場が残され、整った景観を形成している。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産225件目「司教座都市アルビ」(フランス)
    「フランス南西部の古都アルビは、全盛期の中世建築の都市集合体である。古い橋や聖サルヴィ地区と教会は、10世紀から11世紀にかけて、この町が発展しはじめたことを表している。13世紀に、異端のカタリ派に対抗したアルビ十字軍によって強大な司教都市となった。要塞のような大聖堂は13世紀後半に、地元の赤やオレンジ色のレンガを使い、南仏ゴシック様式で建てられ、ローマ・カトリック教の聖職者が取り戻した権力を誇示するように町を威圧している。同じ様式でつくられ、よく旧態をとどめている記念建造物群や広場が残され、整った景観を形成している。」(ユネスコのホームページより)

  • 南仏にある山岳地帯に来ました。6月6日。<br /><br />世界遺産226件目「コースとセヴェンヌ:地中海性農業牧草地の文化的景観」(フランス)<br />「中央フランスの南方に、302,319haの広さを有するこの遺産は、深い渓谷が点在する変化に富む山岳景観で、農業・牧畜システムと生物物理学的環境との関連性を示している。 コース地方の村々や、深い段丘の上にある頑丈な石造りの農家からは、11世紀の大きな修道院組織の影響がうかがえる。構成資産のひとつであるモン・ロゼーレは、今でも夏季に伝統的な方法による移動放牧が行われている最後に残る場所のひとつである。」(ユネスコのホームページより)

    南仏にある山岳地帯に来ました。6月6日。

    世界遺産226件目「コースとセヴェンヌ:地中海性農業牧草地の文化的景観」(フランス)
    「中央フランスの南方に、302,319haの広さを有するこの遺産は、深い渓谷が点在する変化に富む山岳景観で、農業・牧畜システムと生物物理学的環境との関連性を示している。 コース地方の村々や、深い段丘の上にある頑丈な石造りの農家からは、11世紀の大きな修道院組織の影響がうかがえる。構成資産のひとつであるモン・ロゼーレは、今でも夏季に伝統的な方法による移動放牧が行われている最後に残る場所のひとつである。」(ユネスコのホームページより)

  • 古代ローマの水道橋です。6月7日。<br /><br />世界遺産227件目「ポン・デュ・ガール(ローマの水道)」(フランス)<br />「南フランスのガルドン川をまたぐ水道橋。古代ローマ人にとって、水を豊富に供給することは、町づくりのうえで大変に重要なことであった。水源から50km離れたローマ都市ニームに給水するために、紀元前19年に築かれた。三層のアーチを重ね、高さ50m、全長275mにも及ぶ現存する巨大な橋は、ローマ帝国時代の土木技術の水準の高さをよく伝えている。」(ユネスコのホームページより)

    古代ローマの水道橋です。6月7日。

    世界遺産227件目「ポン・デュ・ガール(ローマの水道)」(フランス)
    「南フランスのガルドン川をまたぐ水道橋。古代ローマ人にとって、水を豊富に供給することは、町づくりのうえで大変に重要なことであった。水源から50km離れたローマ都市ニームに給水するために、紀元前19年に築かれた。三層のアーチを重ね、高さ50m、全長275mにも及ぶ現存する巨大な橋は、ローマ帝国時代の土木技術の水準の高さをよく伝えている。」(ユネスコのホームページより)

  • アルルに入りますが、ゴッホゆかりの地でもあります。<br /><br />世界遺産228件目「アルルのローマ遺跡とロマネスク建築」(フランス)<br />「フランス南部、プロヴァンス地方、ロレーヌ川沿いの戦略的要衝として建設された町。紀元前1世紀のローマ支配期の中心都市。町の至る所に、円形闘技場、古代劇場、大浴場、地下回廊などの当時の遺跡や4世紀の頃の大建造物が残っている。最盛期は中世初期で、7世紀建立のサン・トロフィーム教会は、12世紀にロマネスク様式に改築された。」(ユネスコのホームページより)

    アルルに入りますが、ゴッホゆかりの地でもあります。

    世界遺産228件目「アルルのローマ遺跡とロマネスク建築」(フランス)
    「フランス南部、プロヴァンス地方、ロレーヌ川沿いの戦略的要衝として建設された町。紀元前1世紀のローマ支配期の中心都市。町の至る所に、円形闘技場、古代劇場、大浴場、地下回廊などの当時の遺跡や4世紀の頃の大建造物が残っている。最盛期は中世初期で、7世紀建立のサン・トロフィーム教会は、12世紀にロマネスク様式に改築された。」(ユネスコのホームページより)

  • 6月8日。<br /><br />世界遺産229件目「アヴィニョンの歴史地区」(フランス)<br />「フランス南東部にある都市。14世紀には教皇庁がこの地におかれ(アヴィニョン捕囚)、ゴシック様式の教皇宮殿が築かれ、マルティーニやジョヴァネッティが装飾を行った。ロマネスク様式のノートルダム教会、民謡で有名なサン・ベネゼ橋などがる。」(ユネスコのホームページより)

    6月8日。

    世界遺産229件目「アヴィニョンの歴史地区」(フランス)
    「フランス南東部にある都市。14世紀には教皇庁がこの地におかれ(アヴィニョン捕囚)、ゴシック様式の教皇宮殿が築かれ、マルティーニやジョヴァネッティが装飾を行った。ロマネスク様式のノートルダム教会、民謡で有名なサン・ベネゼ橋などがる。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産230件目「ショーヴェ・ポン・ダルク洞窟」(フランス)<br />「フランス南東部アルデッシュ県の石灰岩台地に位置する約8500㎡のショーヴェ洞窟では、3万年前以上から描かれた世界最古級の壁画が1000点以上も見られる。この洞窟は約2万年前の落石によって閉ざされていたため、1994年に発見された際にもきわめて良好な保存状態を保っていた。マンモスやクマ、ヤマネコ、サイ、バイソンなどが描かれた壁画は解剖学的にも精度が高く、有史以前の人類と動物の関わりや環境を知る手がかりとなると同時に、人類最古の天才的な絵画表現ならびに、その証拠として高い価値を持つ。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産230件目「ショーヴェ・ポン・ダルク洞窟」(フランス)
    「フランス南東部アルデッシュ県の石灰岩台地に位置する約8500㎡のショーヴェ洞窟では、3万年前以上から描かれた世界最古級の壁画が1000点以上も見られる。この洞窟は約2万年前の落石によって閉ざされていたため、1994年に発見された際にもきわめて良好な保存状態を保っていた。マンモスやクマ、ヤマネコ、サイ、バイソンなどが描かれた壁画は解剖学的にも精度が高く、有史以前の人類と動物の関わりや環境を知る手がかりとなると同時に、人類最古の天才的な絵画表現ならびに、その証拠として高い価値を持つ。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産231件目「オランジュの凱旋門、ローマ劇場とその周辺」(フランス)<br />「紀元前1世紀、ローマのカエサルがフランス南部のローヌ川左岸にあるオランジュを支配下におさめて建設した植民都市。貴重なローマ遺跡群のなかでも、ローマ劇場は保存状態がよく、音響効果も優れているため、現在も毎年夏には国際的なオペラ公演が行われている。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産231件目「オランジュの凱旋門、ローマ劇場とその周辺」(フランス)
    「紀元前1世紀、ローマのカエサルがフランス南部のローヌ川左岸にあるオランジュを支配下におさめて建設した植民都市。貴重なローマ遺跡群のなかでも、ローマ劇場は保存状態がよく、音響効果も優れているため、現在も毎年夏には国際的なオペラ公演が行われている。」(ユネスコのホームページより)

  • 6月9日。<br /><br />世界遺産232件目「リヨンの歴史地区」(フランス)<br />「フランス南東部、ローヌとソーヌ両河の合流点にある交通の要衝で、紀元前1世紀ローマ人によってガリア3州の首都として建設された。以後ヨーロッパの政治的・文化的・経済的発展に重要な役割を果たしてきたリヨンの長い歴史は、都市の構造やあらゆる時代を通じて多くの見事な建造物に生き生きと反映している。サン・ジャン大聖堂、サン・マルタン・デネー聖堂のほか、大聖堂の南北一帯にはゴシック時代から17世紀に至る邸宅が多い。」(ユネスコのホームページより)

    6月9日。

    世界遺産232件目「リヨンの歴史地区」(フランス)
    「フランス南東部、ローヌとソーヌ両河の合流点にある交通の要衝で、紀元前1世紀ローマ人によってガリア3州の首都として建設された。以後ヨーロッパの政治的・文化的・経済的発展に重要な役割を果たしてきたリヨンの長い歴史は、都市の構造やあらゆる時代を通じて多くの見事な建造物に生き生きと反映している。サン・ジャン大聖堂、サン・マルタン・デネー聖堂のほか、大聖堂の南北一帯にはゴシック時代から17世紀に至る邸宅が多い。」(ユネスコのホームページより)

  • 6月11日。<br /><br />世界遺産233件目「サラン・レ・バン大製塩所からアルケ・スナン王立製塩所までの天日塩製産」(フランス)<br />「クロード-ニコラ・ルドゥによって1775年に建設が始まったアルケ-スナン王立製塩所は、「啓蒙の世紀」への理想を反映する産業建築最初の偉業だった。遅くとも中世には採塩が始まっていたサラン-レ-バン大製塩所もそれと関連があり、拡大登録された。」(ユネスコのホームページより)

    6月11日。

    世界遺産233件目「サラン・レ・バン大製塩所からアルケ・スナン王立製塩所までの天日塩製産」(フランス)
    「クロード-ニコラ・ルドゥによって1775年に建設が始まったアルケ-スナン王立製塩所は、「啓蒙の世紀」への理想を反映する産業建築最初の偉業だった。遅くとも中世には採塩が始まっていたサラン-レ-バン大製塩所もそれと関連があり、拡大登録された。」(ユネスコのホームページより)

  • ブザンソンに来ました。<br />ヴォーバンが手掛けた要塞の中で12の建造物群が世界遺産になっているが、この城砦はその一つです。<br /><br />世界遺産234件目「ヴォーバンによる要塞建築群」(フランス)<br />「セバスチャン・ル・プレストル・ドゥ・ヴォーバンは、ルイ14世に仕えた高名な軍事技術者。フランス西部、北部、東部の国境沿い12カ所にある要塞建築物は、ヴォーバンが1667~1707年に手がけたものの中で、最も優れるといわれる作品群。稜堡式要塞をはじめ、彼自身が一から築いた町や平野の城、官舎、山間部の砲台や通信施設などがふくまれ、建築にはさまざまな石やレンガ、土など土地の素材が使用されている。ヴォーバンが設計したこれらの要塞は西洋式軍事建築の典型で、その技術はヨーロッパだけでなく、遠くアメリカ、ロシア、東アジアにまで及び、各国の要塞建築史に多大な影響をもたらした。」(ユネスコのホームページより)

    ブザンソンに来ました。
    ヴォーバンが手掛けた要塞の中で12の建造物群が世界遺産になっているが、この城砦はその一つです。

    世界遺産234件目「ヴォーバンによる要塞建築群」(フランス)
    「セバスチャン・ル・プレストル・ドゥ・ヴォーバンは、ルイ14世に仕えた高名な軍事技術者。フランス西部、北部、東部の国境沿い12カ所にある要塞建築物は、ヴォーバンが1667~1707年に手がけたものの中で、最も優れるといわれる作品群。稜堡式要塞をはじめ、彼自身が一から築いた町や平野の城、官舎、山間部の砲台や通信施設などがふくまれ、建築にはさまざまな石やレンガ、土など土地の素材が使用されている。ヴォーバンが設計したこれらの要塞は西洋式軍事建築の典型で、その技術はヨーロッパだけでなく、遠くアメリカ、ロシア、東アジアにまで及び、各国の要塞建築史に多大な影響をもたらした。」(ユネスコのホームページより)

  • ストラスブールはフランス北西の地でドイツ国境のそばです。6月12日。<br /><br />世界遺産235件目「ストラスブール:グラン・ディルからヌースタットのヨーロッパの都市景観」(フランス)<br />「ストラスブールとは、ドイツ語で『街道の町』を意味するが、その名の通り、この街はローマ時代以来、人や物の行きかう交易都市として発展した。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    ストラスブールはフランス北西の地でドイツ国境のそばです。6月12日。

    世界遺産235件目「ストラスブール:グラン・ディルからヌースタットのヨーロッパの都市景観」(フランス)
    「ストラスブールとは、ドイツ語で『街道の町』を意味するが、その名の通り、この街はローマ時代以来、人や物の行きかう交易都市として発展した。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • 6月13日。<br /><br />世界遺産236件目「ルクセンブルグ市の旧市街と要塞」(ルクセンブルグ)<br />「首都ルクセンブルク市に残る歴史的な城壁。ヨーロッパの中央に位置するため、要衝の地として強固な要塞が築かれた。16世紀から中立国になった1867年まで、ブルゴーニュ公国、ハプスブルク家、スペイン、フランスなど、列強による支配がおよび、そのたびに城壁に手が加えられ、軍事的な史跡の縮図となった。」(ユネスコのホームページより)

    6月13日。

    世界遺産236件目「ルクセンブルグ市の旧市街と要塞」(ルクセンブルグ)
    「首都ルクセンブルク市に残る歴史的な城壁。ヨーロッパの中央に位置するため、要衝の地として強固な要塞が築かれた。16世紀から中立国になった1867年まで、ブルゴーニュ公国、ハプスブルク家、スペイン、フランスなど、列強による支配がおよび、そのたびに城壁に手が加えられ、軍事的な史跡の縮図となった。」(ユネスコのホームページより)

  • 6月14日。<br /><br />世界遺産237件目「ナンシーの広場」(フランス)<br />「ナンシーのスタニスラス広場、カリエール広場、アリアンス広場は、18世紀半ばに整備されたナンシーの新市街と旧市街を結ぶ3つの広場。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    6月14日。

    世界遺産237件目「ナンシーの広場」(フランス)
    「ナンシーのスタニスラス広場、カリエール広場、アリアンス広場は、18世紀半ばに整備されたナンシーの新市街と旧市街を結ぶ3つの広場。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • 世界遺産に今年登録されそうだとの情報でボーヌに来ました。6月15日。<br /><br />世界遺産238件目「ブルゴーニュ地方の気候と大地」(フランス)<br />「クリマとは葡萄畑の区画を指し、ブルゴーニュ地方では南ディジョンからマランジュまでの50kmにわたって延びるコート・ド・ニュイとボーヌの斜面に、1247のクリマが広がっている。この景観は、ワイン生産に関連する葡萄畑やコート沿いの村々、および行政的にクリマの仕組みや流通などを調整するディジョンの街からなる。クリマは、一世紀にわたる人々の労働から生まれた技術的なノウハウの宝庫であり、ブルゴーニュのクリマのシステムは、今なお活気ある葡萄栽培の顕著な事例である。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産に今年登録されそうだとの情報でボーヌに来ました。6月15日。

    世界遺産238件目「ブルゴーニュ地方の気候と大地」(フランス)
    「クリマとは葡萄畑の区画を指し、ブルゴーニュ地方では南ディジョンからマランジュまでの50kmにわたって延びるコート・ド・ニュイとボーヌの斜面に、1247のクリマが広がっている。この景観は、ワイン生産に関連する葡萄畑やコート沿いの村々、および行政的にクリマの仕組みや流通などを調整するディジョンの街からなる。クリマは、一世紀にわたる人々の労働から生まれた技術的なノウハウの宝庫であり、ブルゴーニュのクリマのシステムは、今なお活気ある葡萄栽培の顕著な事例である。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産239件目「フォントネーのシトー会修道院」(フランス)<br />「シトー会最古の修道院。シトー会は中世を通して最大の修道会の一つであったが、初期の修道院の多くがフランス革命の際に取り壊され、破壊を免れたものは珍しい。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    世界遺産239件目「フォントネーのシトー会修道院」(フランス)
    「シトー会最古の修道院。シトー会は中世を通して最大の修道会の一つであったが、初期の修道院の多くがフランス革命の際に取り壊され、破壊を免れたものは珍しい。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • 世界遺産240件目「ヴェズレーの教会と丘」(フランス)<br />「ヴルゴ-ニュ地方にあるヴェズレーの丘には、12世紀初頭に建てられたサント・マドレーヌ教会がある。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    世界遺産240件目「ヴェズレーの教会と丘」(フランス)
    「ヴルゴ-ニュ地方にあるヴェズレーの丘には、12世紀初頭に建てられたサント・マドレーヌ教会がある。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • パリまでもうすぐというフォンテーヌブローに来ました。6月16日。<br /><br />世界遺産241件目「フォンテーヌブロー宮殿と庭園」(フランス)<br />「フランソワ1世によって、16世紀に建造されたルネサンス様式の宮殿。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    パリまでもうすぐというフォンテーヌブローに来ました。6月16日。

    世界遺産241件目「フォンテーヌブロー宮殿と庭園」(フランス)
    「フランソワ1世によって、16世紀に建造されたルネサンス様式の宮殿。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • 世界遺産242件目「中世市場都市プロヴァン」(フランス)<br />「強大な勢力を誇ったシャンパーニュ伯のかつての領地内にある要塞都市。11世紀頃からプロヴァンスは、地理的な条件から北欧と地中海世界を結ぶ年一度の交易が始まった。そのためプロヴァンスは、国際的な交易や羊毛産業が組織化され始めた初期の発展の様相を残している。また、都市構造としても、交易や羊毛産業に関連する特別な建築物が多く建てられ、中世の交易都市の特色を今に伝えている。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産242件目「中世市場都市プロヴァン」(フランス)
    「強大な勢力を誇ったシャンパーニュ伯のかつての領地内にある要塞都市。11世紀頃からプロヴァンスは、地理的な条件から北欧と地中海世界を結ぶ年一度の交易が始まった。そのためプロヴァンスは、国際的な交易や羊毛産業が組織化され始めた初期の発展の様相を残している。また、都市構造としても、交易や羊毛産業に関連する特別な建築物が多く建てられ、中世の交易都市の特色を今に伝えている。」(ユネスコのホームページより)

  • エペルネー、ここも今年世界遺産に登録されそうだとの情報で来ました。6月17日。<br /><br />世界遺産243件目「シャンパーニュの丘陵と家屋、ワイン貯蔵庫」(フランス)<br />「フランス北東部のシャンパーニュ地方は、ボトルの中で二次発酵させるスパークリングワインの生産方法が開発・確立された土地。ここでは葡萄畑、地下貯蔵庫や家屋などワインの生産や流通機能を持った村や市街地が、独特な農工業景観を形成している。景観のみならず、地域経済と日常生活を形成してきた農工業システムも重要で、これらは数世代にわたって完成された技術や職人組織、原産地証明の保護など、技術的・社会的革新の発展によってもたらされた成果である。」(ユネスコのホームページより)

    エペルネー、ここも今年世界遺産に登録されそうだとの情報で来ました。6月17日。

    世界遺産243件目「シャンパーニュの丘陵と家屋、ワイン貯蔵庫」(フランス)
    「フランス北東部のシャンパーニュ地方は、ボトルの中で二次発酵させるスパークリングワインの生産方法が開発・確立された土地。ここでは葡萄畑、地下貯蔵庫や家屋などワインの生産や流通機能を持った村や市街地が、独特な農工業景観を形成している。景観のみならず、地域経済と日常生活を形成してきた農工業システムも重要で、これらは数世代にわたって完成された技術や職人組織、原産地証明の保護など、技術的・社会的革新の発展によってもたらされた成果である。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産244件目「ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮」(フランス)<br />「フランス北東部、パリの北東約125km。ゲルマン国王クローヴィスは500年頃キリスト教の洗礼を受け、ここにゲルマン人の改宗が始まった。ノートル‐ダム大聖堂は1211年以来1世紀に及ぶ建設を重ねた盛期ゴシック建築の華で、998~1825年の間歴代フランス国王の戴冠式場。サン‐レミ旧大寺院は第一次世界大戦で甚大な被害を被ったが、11~12世紀創建のロマネスク様式の本堂を残す。ト宮殿は大司教の館であったが、現在は博物館。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産244件目「ランスのノートル・ダム大聖堂、サン・レミ旧修道院、トー宮」(フランス)
    「フランス北東部、パリの北東約125km。ゲルマン国王クローヴィスは500年頃キリスト教の洗礼を受け、ここにゲルマン人の改宗が始まった。ノートル‐ダム大聖堂は1211年以来1世紀に及ぶ建設を重ねた盛期ゴシック建築の華で、998~1825年の間歴代フランス国王の戴冠式場。サン‐レミ旧大寺院は第一次世界大戦で甚大な被害を被ったが、11~12世紀創建のロマネスク様式の本堂を残す。ト宮殿は大司教の館であったが、現在は博物館。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産の鐘楼はフランス側に23棟あります。リール(写真)を見学します。6月18日。<br /><br />世界遺産245件目「ベルギーとフランスの鐘楼群」(フランス)<br />「登録の対象は、中世に起源をもつフランダース地方とワロン地方の24の鐘楼(アールスト、アントワープ、ブリュージュ、デンデルモンデ、ガン、ルーベン、イーペル、コルトレイクなど)である。現存する鐘楼の形態は多様であるが、その多くはタウン・ホールに、一部は協会に付属するもので、時を経てさらに都市の景観のなかに溶け込み続けてきた。後に、フランス北西部の23の鐘楼群とベルギーの鐘楼が追加され拡大登録。フランス、ベルギーオランダでは、市民憲章で自立・自由を象徴している鐘楼の建設を重視。鐘楼は市議会議員の権力を象徴している。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産の鐘楼はフランス側に23棟あります。リール(写真)を見学します。6月18日。

    世界遺産245件目「ベルギーとフランスの鐘楼群」(フランス)
    「登録の対象は、中世に起源をもつフランダース地方とワロン地方の24の鐘楼(アールスト、アントワープ、ブリュージュ、デンデルモンデ、ガン、ルーベン、イーペル、コルトレイクなど)である。現存する鐘楼の形態は多様であるが、その多くはタウン・ホールに、一部は協会に付属するもので、時を経てさらに都市の景観のなかに溶け込み続けてきた。後に、フランス北西部の23の鐘楼群とベルギーの鐘楼が追加され拡大登録。フランス、ベルギーオランダでは、市民憲章で自立・自由を象徴している鐘楼の建設を重視。鐘楼は市議会議員の権力を象徴している。」(ユネスコのホームページより)

  • 6月19日。<br />世界遺産246件目「ノール=パ・ドゥ・カレの鉱山地帯」(フランス)<br />「ノールとパ・デュ・カレーの2つの行政区にまたがる炭田地帯は、北西ヨーロッパ石炭層のフランス側の草原に約120kmにわたって広がり、その連続性と同質性において注目すべき文化的景観である。坑口など炭鉱の産業遺構、運河や線路などの運輸施設跡、従業員の住居や宗教施設、学校などコミュニティ生活を示す記念的・建築的な物件など、109の構成遺産から成っている。いずれも、18世紀末から20世紀にかけての集中的生産によって形成され、よく保存された炭鉱とその都市計画の好例である。」(ユネスコのホームページより)

    6月19日。
    世界遺産246件目「ノール=パ・ドゥ・カレの鉱山地帯」(フランス)
    「ノールとパ・デュ・カレーの2つの行政区にまたがる炭田地帯は、北西ヨーロッパ石炭層のフランス側の草原に約120kmにわたって広がり、その連続性と同質性において注目すべき文化的景観である。坑口など炭鉱の産業遺構、運河や線路などの運輸施設跡、従業員の住居や宗教施設、学校などコミュニティ生活を示す記念的・建築的な物件など、109の構成遺産から成っている。いずれも、18世紀末から20世紀にかけての集中的生産によって形成され、よく保存された炭鉱とその都市計画の好例である。」(ユネスコのホームページより)

  • シャルルドゴール空港に向かう途中でアミアンに寄ります。<br />これでフランスは終了です。<br /><br />世界遺産247件目「アミアンの大聖堂」(フランス)<br />「フランス北部、ピカルディ地方の旧都。中世以来織物業などで繁栄。ゴシック建築の遺構として最も完全なものとされるノートル-ダム大聖堂は、1220年に着工し、1288年に主要部が完成。身廊の穹窿は高さ42.3m、内部の長さ145mという壮大な建造物である。同時代のステンドグラスはほとんど残っていないが、西正面の三つの入り口を飾る彫刻群は、南口のものとともに、ゴシック盛期の代表作とされる。」(ユネスコのホームページより)

    シャルルドゴール空港に向かう途中でアミアンに寄ります。
    これでフランスは終了です。

    世界遺産247件目「アミアンの大聖堂」(フランス)
    「フランス北部、ピカルディ地方の旧都。中世以来織物業などで繁栄。ゴシック建築の遺構として最も完全なものとされるノートル-ダム大聖堂は、1220年に着工し、1288年に主要部が完成。身廊の穹窿は高さ42.3m、内部の長さ145mという壮大な建造物である。同時代のステンドグラスはほとんど残っていないが、西正面の三つの入り口を飾る彫刻群は、南口のものとともに、ゴシック盛期の代表作とされる。」(ユネスコのホームページより)

  • 緑の印が世界遺産です。

    緑の印が世界遺産です。

  • 6月20日、21日。<br />新しい旅の始まりです。<br />チェコ、ポーランド、スロバキア、ハンガリーを約1ヶ月旅します。<br />プラハは世界的な観光地だけあって、人でいっぱいです。<br /><br />世界遺産248件目「プラハの歴史地区」(チェコ)<br />「「百塔の都」と呼ばれるチェコ共和国の首都・プラハにはロマネスク、ゴシック、ロココなど各時代の建築物が競い建っている。市の中央に流れるブルダバ川にかかるカレル橋は、14世紀に最高の技術でつくられた石橋である。14世紀半ばの神聖ローマ皇帝カール4世の時代には、プラハは栄華をきわめていた。」(ユネスコのホームページより)

    6月20日、21日。
    新しい旅の始まりです。
    チェコ、ポーランド、スロバキア、ハンガリーを約1ヶ月旅します。
    プラハは世界的な観光地だけあって、人でいっぱいです。

    世界遺産248件目「プラハの歴史地区」(チェコ)
    「「百塔の都」と呼ばれるチェコ共和国の首都・プラハにはロマネスク、ゴシック、ロココなど各時代の建築物が競い建っている。市の中央に流れるブルダバ川にかかるカレル橋は、14世紀に最高の技術でつくられた石橋である。14世紀半ばの神聖ローマ皇帝カール4世の時代には、プラハは栄華をきわめていた。」(ユネスコのホームページより)

  • プラハでレンタカーを借りてポーランドに入りました。6月22日。<br /><br />世界遺産249件目「ムジャクフ公園」(ポーランド)<br />「ポーランドとドイツの国境を流れるナイセ川の両岸に、559.9haにわたって広がる公園は、ヘルマン・フォン・ピュックラー=ムスカウ王子によって、1815~44年に造られた。新たな景観設計の手法により、周辺の農地景観と見事に一体化した公園は、ヨーロッパやアメリカでの景観計画にも影響を与えた。「草木で描く」ように設計されたこの公園は、伝統的な景観や楽園、失われた理想郷などを再現するのではなく、土地に根付く植物を重んじて、既存の景観のもつ質を向上させたのである。この調和のとれた景観はムスカウの町まで続き、その緑の筋は都会の公園の発展に寄与している。」(ユネスコのホームページより)

    プラハでレンタカーを借りてポーランドに入りました。6月22日。

    世界遺産249件目「ムジャクフ公園」(ポーランド)
    「ポーランドとドイツの国境を流れるナイセ川の両岸に、559.9haにわたって広がる公園は、ヘルマン・フォン・ピュックラー=ムスカウ王子によって、1815~44年に造られた。新たな景観設計の手法により、周辺の農地景観と見事に一体化した公園は、ヨーロッパやアメリカでの景観計画にも影響を与えた。「草木で描く」ように設計されたこの公園は、伝統的な景観や楽園、失われた理想郷などを再現するのではなく、土地に根付く植物を重んじて、既存の景観のもつ質を向上させたのである。この調和のとれた景観はムスカウの町まで続き、その緑の筋は都会の公園の発展に寄与している。」(ユネスコのホームページより)

  • 内部は豪華絢爛の教会です。6月23日。<br /><br />世界遺産250件目「ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会」(ポーランド)<br />「ヤヴォルとシフィドニツァはポーランド南西部のバゥブジフ州北部にあり、共に13世紀初期の建設でポーランド最古の都市に属する。この2つの都市の平和教会はヨーロッパ最大の木造宗教建築物で、17世紀中期頃の宗教紛争の時期に、シュレジエンで最大の塔をもつゴシック様式の寺院として建設された。宗教的・政治的な制約の中で宗教的自由を探求した平和教会は、カトリック教会様式にルター的イデオロギーを表現した稀有な例証である。」(ユネスコのホームページより)

    内部は豪華絢爛の教会です。6月23日。

    世界遺産250件目「ヤヴォルとシフィドニツァの平和教会」(ポーランド)
    「ヤヴォルとシフィドニツァはポーランド南西部のバゥブジフ州北部にあり、共に13世紀初期の建設でポーランド最古の都市に属する。この2つの都市の平和教会はヨーロッパ最大の木造宗教建築物で、17世紀中期頃の宗教紛争の時期に、シュレジエンで最大の塔をもつゴシック様式の寺院として建設された。宗教的・政治的な制約の中で宗教的自由を探求した平和教会は、カトリック教会様式にルター的イデオロギーを表現した稀有な例証である。」(ユネスコのホームページより)

  • ヴロツワフは旧市街も趣があります。<br /><br />世界遺産251件目「ヴロツワフの百年記念会館」(ポーランド)<br />「ポーランド南西部にある百年記念ホールは、1911~1913年にヴロツワフの建築家マックス・ベルクがたてた多目的ホール。直径65m、高さ42mの巨大な円形ドームの周囲には、出入り口のある半円形の空間が4方向に突き出し、真上から見ると、左右対称を成す四つ葉飾り型の求心的な構造になっている。6000人を収容できるこのホールは、現代技術と現代建築の先駆的作品であり、後の鉄筋コンクリート建築の記念碑的なものとなった。周囲には、1937年までに4つの展示館、人工池を囲む「パーゴラ」と呼ばれる日陰棚、オフィスビル、柱廊様式の通路などが建設され、これらを含めて世界遺産に登録されている。」(ユネスコのホームページより)

    ヴロツワフは旧市街も趣があります。

    世界遺産251件目「ヴロツワフの百年記念会館」(ポーランド)
    「ポーランド南西部にある百年記念ホールは、1911~1913年にヴロツワフの建築家マックス・ベルクがたてた多目的ホール。直径65m、高さ42mの巨大な円形ドームの周囲には、出入り口のある半円形の空間が4方向に突き出し、真上から見ると、左右対称を成す四つ葉飾り型の求心的な構造になっている。6000人を収容できるこのホールは、現代技術と現代建築の先駆的作品であり、後の鉄筋コンクリート建築の記念碑的なものとなった。周囲には、1937年までに4つの展示館、人工池を囲む「パーゴラ」と呼ばれる日陰棚、オフィスビル、柱廊様式の通路などが建設され、これらを含めて世界遺産に登録されている。」(ユネスコのホームページより)

  • 1978年世界遺産が初めて登録された12件の一つです。6月24日。<br /><br />世界遺産252件目「ヴィエリチカとボフニャの王立岩塩坑」(ポーランド)<br />「クラクフ南東の岩塩鉱山で、11世紀には岩塩の採掘が始まっていた。坑道の最深部は地下375m、坑内には岩塩層をくりぬいた礼拝堂があり、聖者像や祭壇など無数の岩塩彫刻で飾られており、地下礼拝堂には、岩のシャンデリアもある。」(ユネスコのホームページより)<br /><br />

    1978年世界遺産が初めて登録された12件の一つです。6月24日。

    世界遺産252件目「ヴィエリチカとボフニャの王立岩塩坑」(ポーランド)
    「クラクフ南東の岩塩鉱山で、11世紀には岩塩の採掘が始まっていた。坑道の最深部は地下375m、坑内には岩塩層をくりぬいた礼拝堂があり、聖者像や祭壇など無数の岩塩彫刻で飾られており、地下礼拝堂には、岩のシャンデリアもある。」(ユネスコのホームページより)

  • 6月25日。<br /><br />世界遺産253件目「アウシュヴィッツ・ビルケナウ:ナチス・ドイツの強制絶滅収容所(1940-1945)-」(ポーランド)<br />「第二次世界大戦中ポーランドを占領したドイツ軍は、アウシュヴィッツなどに強制収容所を建設し、そこに一般のユダヤ人やポーランド人などを連行し、強制労働や虐殺を行なった。ここで虐殺されたユダヤ人は400万人以上にのぼるともいわれる。現在は博物館となっており、人類の過ちを二度と犯さないように、平和を祈って、ガス室や犠牲者の衣服などを展示している。」(ユネスコのホームページより)

    6月25日。

    世界遺産253件目「アウシュヴィッツ・ビルケナウ:ナチス・ドイツの強制絶滅収容所(1940-1945)-」(ポーランド)
    「第二次世界大戦中ポーランドを占領したドイツ軍は、アウシュヴィッツなどに強制収容所を建設し、そこに一般のユダヤ人やポーランド人などを連行し、強制労働や虐殺を行なった。ここで虐殺されたユダヤ人は400万人以上にのぼるともいわれる。現在は博物館となっており、人類の過ちを二度と犯さないように、平和を祈って、ガス室や犠牲者の衣服などを展示している。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産254件目「カルヴァリア・ゼブジドフスカ」(ポーランド)<br />「ポーランド南部、ビエルスコ・ビャウ州。カルバリア・ゼブジトフスカの建築と景観は、反宗教改革の時代、中央ヨーロッパの自然景観のなかに、キリスト受難時代のエルサレムの都市景観の諸要素を象徴的に再現した、希有な例証である。その文化的景観は人工の建造物と自然の見事な調和、美しさと精神的な気品に満ちている。17世紀初めに建てられたキリストや聖母マリアの礼拝所は、建立当時の面影をとどめ、巡礼地として親しまれている。」(ユネスコのホームページより)<br /><br />

    世界遺産254件目「カルヴァリア・ゼブジドフスカ」(ポーランド)
    「ポーランド南部、ビエルスコ・ビャウ州。カルバリア・ゼブジトフスカの建築と景観は、反宗教改革の時代、中央ヨーロッパの自然景観のなかに、キリスト受難時代のエルサレムの都市景観の諸要素を象徴的に再現した、希有な例証である。その文化的景観は人工の建造物と自然の見事な調和、美しさと精神的な気品に満ちている。17世紀初めに建てられたキリストや聖母マリアの礼拝所は、建立当時の面影をとどめ、巡礼地として親しまれている。」(ユネスコのホームページより)

  • 1978年世界遺産が初めて登録された12件の一つです。6月26日。<br /><br />世界遺産255件目「クラクフの歴史地区」(ポーランド)<br />「ポーランド南部の古都。1320年に首都となり、ヤゲロ朝(1386~1572)時代に最盛期を迎え、プラハ、ウィーンと並ぶ中欧の文化、芸術、経済の中心地となった。第二次世界大戦の戦火を奇跡的に免れ、幾多の歴史的・文化的建造物が残されている。中でも14世紀の織物会館、塔のみ残る旧市庁舎、ポーランド最古の大学ヤゲロ大学、ゴシック様式の聖マリア教会、歴代ポーランド王の居城ヴァヴェル城などが知られている。」(ユネスコのホームページより)<br />

    1978年世界遺産が初めて登録された12件の一つです。6月26日。

    世界遺産255件目「クラクフの歴史地区」(ポーランド)
    「ポーランド南部の古都。1320年に首都となり、ヤゲロ朝(1386~1572)時代に最盛期を迎え、プラハ、ウィーンと並ぶ中欧の文化、芸術、経済の中心地となった。第二次世界大戦の戦火を奇跡的に免れ、幾多の歴史的・文化的建造物が残されている。中でも14世紀の織物会館、塔のみ残る旧市庁舎、ポーランド最古の大学ヤゲロ大学、ゴシック様式の聖マリア教会、歴代ポーランド王の居城ヴァヴェル城などが知られている。」(ユネスコのホームページより)

  • ワルシャワで連泊しました。6月28日。<br /><br />世界遺産256件目「ワルシャワの歴史地区」(ポーランド)<br />「ポーランド中部、ヴィスワ川に面したワルシャワは、破壊と再建の歴史を歩んできた都市である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    ワルシャワで連泊しました。6月28日。

    世界遺産256件目「ワルシャワの歴史地区」(ポーランド)
    「ポーランド中部、ヴィスワ川に面したワルシャワは、破壊と再建の歴史を歩んできた都市である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • 中世の街並みとコペルニクスの生家がある町です。6月29日。<br /><br />世界遺産257件目「トルンの中世都市」(ポーランド)<br />「トルニはドイツ騎士団に始まり、13世紀中頃にプロイセン地方への征服と伝道のために城が築かれた。トルニはハンザ同盟における商業都市として急速に発展したが、今なお新旧市街に残る14~15世紀の壮大な建造物は、往時の隆盛の面影をとどめている。」(ユネスコのホームページより)<br />

    中世の街並みとコペルニクスの生家がある町です。6月29日。

    世界遺産257件目「トルンの中世都市」(ポーランド)
    「トルニはドイツ騎士団に始まり、13世紀中頃にプロイセン地方への征服と伝道のために城が築かれた。トルニはハンザ同盟における商業都市として急速に発展したが、今なお新旧市街に残る14~15世紀の壮大な建造物は、往時の隆盛の面影をとどめている。」(ユネスコのホームページより)

  • 6月30日。<br /><br />世界遺産258件目「マルボルクのドイツ騎士修道会の城」(ポーランド)<br />「ドイツ騎士団が当時のマリエンブルクへ遷ったとき、初期の城郭は拡大されより華麗なものとなった。それは中世の煉瓦積城郭の見事な例証である。のちに崩壊したが、19~20世紀初期に正確に修復された。この地においては多くの保存技術が開発され、第2次世界大戦による全壊後の修復も、以前の修復者による詳細な記録に基づく成果であった。」(ユネスコのホームページより)

    6月30日。

    世界遺産258件目「マルボルクのドイツ騎士修道会の城」(ポーランド)
    「ドイツ騎士団が当時のマリエンブルクへ遷ったとき、初期の城郭は拡大されより華麗なものとなった。それは中世の煉瓦積城郭の見事な例証である。のちに崩壊したが、19~20世紀初期に正確に修復された。この地においては多くの保存技術が開発され、第2次世界大戦による全壊後の修復も、以前の修復者による詳細な記録に基づく成果であった。」(ユネスコのホームページより)

  • ポーランドの東端まで一気に走ります。7月2日。<br /><br />世界遺産259件目「ビャウォヴィエジャ森林保護区」(ポーランド)<br />「ヨーロッパバイソンを象徴とした古くから残る森林景観として、1979年にポーランド、1992年にベラルーシで登録されたが、今回、ポーランド側で大規模な拡張が行われ、評価基準が景観の美しさから生物の価値へと変更された。この森林の特徴は、中央ヨーロッパを代表する低地林および周囲の湿地帯等が混在した生態系が人為の影響を受けずに広範囲に残っていること、そこに多くの野生生物が生息・生育していることにある。野生のヨーロッパバイソンの30%以上が生息するほか、動植物ともに野生生物の多様性に富み、特にキノコ類においては顕著である。」(ユネスコのホームページより)

    ポーランドの東端まで一気に走ります。7月2日。

    世界遺産259件目「ビャウォヴィエジャ森林保護区」(ポーランド)
    「ヨーロッパバイソンを象徴とした古くから残る森林景観として、1979年にポーランド、1992年にベラルーシで登録されたが、今回、ポーランド側で大規模な拡張が行われ、評価基準が景観の美しさから生物の価値へと変更された。この森林の特徴は、中央ヨーロッパを代表する低地林および周囲の湿地帯等が混在した生態系が人為の影響を受けずに広範囲に残っていること、そこに多くの野生生物が生息・生育していることにある。野生のヨーロッパバイソンの30%以上が生息するほか、動植物ともに野生生物の多様性に富み、特にキノコ類においては顕著である。」(ユネスコのホームページより)

  • 7月3日。<br /><br />世界遺産260件目「ザモシチの旧市街」(ポーランド)<br />「16世紀後半、貴族で政治家のヤン・ザモイスキが、イタリアの建築家ベルナンド・モランドを招いてつくった後期ルネサンス様式の小都市である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)<br />イタリア・ルネッサンスの街並みが戦争に破壊されず良く残りました。

    7月3日。

    世界遺産260件目「ザモシチの旧市街」(ポーランド)
    「16世紀後半、貴族で政治家のヤン・ザモイスキが、イタリアの建築家ベルナンド・モランドを招いてつくった後期ルネサンス様式の小都市である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)
    イタリア・ルネッサンスの街並みが戦争に破壊されず良く残りました。

  • 7月5日。<br /><br />世界遺産261件目「カルパティア地方のポーランドとウクライナ領にある木造教会群」(ポーランド)<br />「伝統的な木造工法で建てられた教会群。ポーランドとウクライナにまたがるカルパチア山脈周辺に点在する、16棟の木造教会。16~19世紀に東方正教会とギリシャ・カトリックのコミュニティによって建設された。木材を水平に組み上げたログ構法で、外壁と屋根は木製シングル葺きである。内部は3室の単廊式平面で、天井は四角形や八角形のドームからなっており、木製の内陣仕切りや壁画が特徴的である。東方正教会の教会建築に地域の文化を織り交ぜた、伝統的な木造建築の傑出した事例である。」(ユネスコのホームページより)

    7月5日。

    世界遺産261件目「カルパティア地方のポーランドとウクライナ領にある木造教会群」(ポーランド)
    「伝統的な木造工法で建てられた教会群。ポーランドとウクライナにまたがるカルパチア山脈周辺に点在する、16棟の木造教会。16~19世紀に東方正教会とギリシャ・カトリックのコミュニティによって建設された。木材を水平に組み上げたログ構法で、外壁と屋根は木製シングル葺きである。内部は3室の単廊式平面で、天井は四角形や八角形のドームからなっており、木製の内陣仕切りや壁画が特徴的である。東方正教会の教会建築に地域の文化を織り交ぜた、伝統的な木造建築の傑出した事例である。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産262件目「マウォポルスカ南部の木造教会群」(ポーランド)<br />「登録された小ポーランドの9つの木造教会群は、ポーランド南部にあり、ローマ・カトリック文化における中世教会建築の様相をよく示している。中世から東・北ヨーロッパでよく見られる独自の建築技法が使われている。貴族の出資によって建設されたこともあって、名声のシンボルともされた。都市中心部で見られる教会のレンガ造りを、木で代替したものとして、高く評価されている。これらのうち7教会は15世紀後半~16世紀に、残る2教会は18世紀に建設された。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産262件目「マウォポルスカ南部の木造教会群」(ポーランド)
    「登録された小ポーランドの9つの木造教会群は、ポーランド南部にあり、ローマ・カトリック文化における中世教会建築の様相をよく示している。中世から東・北ヨーロッパでよく見られる独自の建築技法が使われている。貴族の出資によって建設されたこともあって、名声のシンボルともされた。都市中心部で見られる教会のレンガ造りを、木で代替したものとして、高く評価されている。これらのうち7教会は15世紀後半~16世紀に、残る2教会は18世紀に建設された。」(ユネスコのホームページより)

  • ポーランドからスロバキアに入ります。7月6日。<br /><br />世界遺産263件目「カルパティア山脈のスロバキア側の木造聖堂群」(スロバキア)<br />「カルパチア山脈のスロバキア側にはおよそ50棟の木造建造物が建ち、その中の8棟が世界遺産に登録された。いずれも16~18世紀に建てられたもので、2棟はカトリック教会、3棟はプロテスタント教会、3棟はギリシャ正教の教会である。宗派によって間取りや内装、外装は異なるが、いずれの建築にもビザンチンとラテンの両文化の融合が見られる。これらの教会は中世後期から18世紀末にかけての中央ヨーロッパの限られた地域において、宗教建築が建築的、芸術的流行をどのように取り入れ、どのような過程で発展していったかを示す好例である。また、内部の壁や天井に描かれた絵画も、各教会の世界遺産としての価値を高めている。」(ユネスコのホームページより)

    ポーランドからスロバキアに入ります。7月6日。

    世界遺産263件目「カルパティア山脈のスロバキア側の木造聖堂群」(スロバキア)
    「カルパチア山脈のスロバキア側にはおよそ50棟の木造建造物が建ち、その中の8棟が世界遺産に登録された。いずれも16~18世紀に建てられたもので、2棟はカトリック教会、3棟はプロテスタント教会、3棟はギリシャ正教の教会である。宗派によって間取りや内装、外装は異なるが、いずれの建築にもビザンチンとラテンの両文化の融合が見られる。これらの教会は中世後期から18世紀末にかけての中央ヨーロッパの限られた地域において、宗教建築が建築的、芸術的流行をどのように取り入れ、どのような過程で発展していったかを示す好例である。また、内部の壁や天井に描かれた絵画も、各教会の世界遺産としての価値を高めている。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産264件目「バルジェヨウ街並保存地区」(スロバキア)<br />「スロバキア北東部、カルパティア山脈の南麓に位置する中世の要塞都市。ポーランドとの交易路に位置したこの都市は、14世紀に自由都市としての特権を獲得し、14~16世紀の中欧東部における都市化の典型的な例証になっている。15~16世紀に文化的な最盛期を迎え、スロバキア初の公設図書館やラテン語学校、印刷所が設立された。小規模ながら例外的なほど完全で良好に保存された都市で、小さなユダヤ人地区が残されていることも特筆される。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産264件目「バルジェヨウ街並保存地区」(スロバキア)
    「スロバキア北東部、カルパティア山脈の南麓に位置する中世の要塞都市。ポーランドとの交易路に位置したこの都市は、14世紀に自由都市としての特権を獲得し、14~16世紀の中欧東部における都市化の典型的な例証になっている。15~16世紀に文化的な最盛期を迎え、スロバキア初の公設図書館やラテン語学校、印刷所が設立された。小規模ながら例外的なほど完全で良好に保存された都市で、小さなユダヤ人地区が残されていることも特筆される。」(ユネスコのホームページより)

  • 7月7日。<br /><br />世界遺産265件目「カルパティア山脈と他のヨーロッパ地域のブナ原生林」(スロバキア)<br />「ブナ林は、氷河期後期における陸上生態系の生物学的、生態学的な進化や北半球の多彩な環境におけるブナの分化の過程がわかる貴重な遺産である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    7月7日。

    世界遺産265件目「カルパティア山脈と他のヨーロッパ地域のブナ原生林」(スロバキア)
    「ブナ林は、氷河期後期における陸上生態系の生物学的、生態学的な進化や北半球の多彩な環境におけるブナの分化の過程がわかる貴重な遺産である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • 写真はスピシュ城です。7月8日。<br /><br />世界遺産266件目「レヴォチャ、スピシュ城と関連する文化的建造物群」(スロバキア)。<br />「13~14世紀東欧の、軍事、政治、宗教を象徴するスピシュスキー城は、ロマネスクおよびゴシック建築が特徴的。城塞の中に造られたレヴォチャの歴史地区が拡大登録された。この遺産には、10の祭壇があるセント・ジェームズ教会などが含まれる。」(ユネスコのホームページより)

    写真はスピシュ城です。7月8日。

    世界遺産266件目「レヴォチャ、スピシュ城と関連する文化的建造物群」(スロバキア)。
    「13~14世紀東欧の、軍事、政治、宗教を象徴するスピシュスキー城は、ロマネスクおよびゴシック建築が特徴的。城塞の中に造られたレヴォチャの歴史地区が拡大登録された。この遺産には、10の祭壇があるセント・ジェームズ教会などが含まれる。」(ユネスコのホームページより)

  • 写真はスロバキア・カルストです。7月9日。<br /><br />世界遺産267件目「アグテレク・カルスト(ハンガリー)とスロバキア・カルストの洞窟群」<br />「ハンガリーのアグテレク国立公園とスロバキアのスロヴェンスキー・クラス景観保護地区からなり、数多くの洞窟が集中し、典型的なカルスト地形を形成している。数百万年の地質の歴史を知ることができる。」(ユネスコのホームページより)

    写真はスロバキア・カルストです。7月9日。

    世界遺産267件目「アグテレク・カルスト(ハンガリー)とスロバキア・カルストの洞窟群」
    「ハンガリーのアグテレク国立公園とスロバキアのスロヴェンスキー・クラス景観保護地区からなり、数多くの洞窟が集中し、典型的なカルスト地形を形成している。数百万年の地質の歴史を知ることができる。」(ユネスコのホームページより)

  • 以前にハンガリーは旅していますが、この地域は初めてです。7月10日。<br /><br />世界遺産268件目「トカイ地方のワイン産地の歴史的文化的景観」(ハンガリー)<br />「ハンガリー東北部,ティサ川のほとりにワインセラーがたたずむ町トカイ。この地を中心とするトカイ地方の文化的景観は,低い丘と渓谷からなるこの地方のワイン生産の長い伝統を今に伝えている。ブドウ畑,農園,村落,小都市,これらが一体となって織りなす貴重な貴腐ワインのネットワークは,歴史的にも社会構造的にも深く入り組んだ様相を呈している。それらは,3世紀近くもの間トカイワインの品質と管理を厳しく規制するうえで重要な要因となってきた。」(ユネスコのホームページより)

    以前にハンガリーは旅していますが、この地域は初めてです。7月10日。

    世界遺産268件目「トカイ地方のワイン産地の歴史的文化的景観」(ハンガリー)
    「ハンガリー東北部,ティサ川のほとりにワインセラーがたたずむ町トカイ。この地を中心とするトカイ地方の文化的景観は,低い丘と渓谷からなるこの地方のワイン生産の長い伝統を今に伝えている。ブドウ畑,農園,村落,小都市,これらが一体となって織りなす貴重な貴腐ワインのネットワークは,歴史的にも社会構造的にも深く入り組んだ様相を呈している。それらは,3世紀近くもの間トカイワインの品質と管理を厳しく規制するうえで重要な要因となってきた。」(ユネスコのホームページより)

  • 7月11日、12日。<br /><br />世界遺産269件目「ホルトバージ国立公園:プスタ(大平原)」(ハンガリー)<br />「ハンガリー東部、ドナウ川と支流ティサ川流域に広がる大平原プスタ。ホルトバージの町を含むその一部はホルトバージ国立公園として自然保護区に指定されている。森林のない湿地帯で池や川が多く、ヨーロッパ有数の野鳥の生息地でもある。ホルトバージは中世には52の小村から成るコミュニティであった。2000年以上にわたる牧畜生活の伝統と人類と自然との調和をその見事な文化的景観のなかに、今なお生き生きと映し出している。」(ユネスコのホームページより)

    7月11日、12日。

    世界遺産269件目「ホルトバージ国立公園:プスタ(大平原)」(ハンガリー)
    「ハンガリー東部、ドナウ川と支流ティサ川流域に広がる大平原プスタ。ホルトバージの町を含むその一部はホルトバージ国立公園として自然保護区に指定されている。森林のない湿地帯で池や川が多く、ヨーロッパ有数の野鳥の生息地でもある。ホルトバージは中世には52の小村から成るコミュニティであった。2000年以上にわたる牧畜生活の伝統と人類と自然との調和をその見事な文化的景観のなかに、今なお生き生きと映し出している。」(ユネスコのホームページより)

  • ここはスロバキアに戻る途中にあります。15年前に訪問しています。7月13日。<br /><br />世界遺産「ホローケーの伝統的集落」(ハンガリー)<br /><br />

    ここはスロバキアに戻る途中にあります。15年前に訪問しています。7月13日。

    世界遺産「ホローケーの伝統的集落」(ハンガリー)

  • スロバキアに戻りました。<br /><br />世界遺産270件目「バンスカー・シチアウニツァの鉱山都市と近隣の技術遺産」(スロバキア)<br />「17~18世紀に最盛期を迎えた金、銀鉱山を中心とした鉱山都市である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    スロバキアに戻りました。

    世界遺産270件目「バンスカー・シチアウニツァの鉱山都市と近隣の技術遺産」(スロバキア)
    「17~18世紀に最盛期を迎えた金、銀鉱山を中心とした鉱山都市である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • これでハンガリー・スロバキアの旅も終わりますが、人情豊かな素敵な旅を望むならお勧めです。7月14日。<br /><br />世界遺産271件目「ヴルコリニェツの伝統的集落」(スロバキア)<br />「中世以来の伝統的工法による木造家屋の保存地区である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    これでハンガリー・スロバキアの旅も終わりますが、人情豊かな素敵な旅を望むならお勧めです。7月14日。

    世界遺産271件目「ヴルコリニェツの伝統的集落」(スロバキア)
    「中世以来の伝統的工法による木造家屋の保存地区である。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • チェコに入りました。7月15日。<br /><br />世界遺産272件目「クロムニェジーシュの庭園と宮殿」(チェコ)<br />「クロミェーシーッジは、モラヴィア中央部を走るフジビ山脈の麓を流れるモラヴァ川を渡る浅瀬に位置する。ここの庭園(「宮殿の庭園」と「快楽の庭園」)と宮殿は、ヨーロッパのバロック様式の風格ある邸宅と庭園が一体となった景観をなし、良好な状態で保存されてきたきわめて完全な例証である。特に宮殿はその原型のままで保全されており、その装飾は高度に原型をとどめている。また「快楽の庭園」はバロック庭園としての評価が高い。」(ユネスコのホームページより)

    チェコに入りました。7月15日。

    世界遺産272件目「クロムニェジーシュの庭園と宮殿」(チェコ)
    「クロミェーシーッジは、モラヴィア中央部を走るフジビ山脈の麓を流れるモラヴァ川を渡る浅瀬に位置する。ここの庭園(「宮殿の庭園」と「快楽の庭園」)と宮殿は、ヨーロッパのバロック様式の風格ある邸宅と庭園が一体となった景観をなし、良好な状態で保存されてきたきわめて完全な例証である。特に宮殿はその原型のままで保全されており、その装飾は高度に原型をとどめている。また「快楽の庭園」はバロック庭園としての評価が高い。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産273件目「オロモウツの聖三位一体記念柱」(チェコ)<br />「18世紀初頭に立てられたこの記念塔は、中央ヨーロッパにおける典型的な記念碑の顕著な例証である。オロモウツバロックとして知られる独得な地域様式と35mにおよぶ高さが特徴で、有名なモロビア人芸術家オンドジェイ・ツァーネルの作品による多くのすぐれた宗教彫刻で飾られている。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産273件目「オロモウツの聖三位一体記念柱」(チェコ)
    「18世紀初頭に立てられたこの記念塔は、中央ヨーロッパにおける典型的な記念碑の顕著な例証である。オロモウツバロックとして知られる独得な地域様式と35mにおよぶ高さが特徴で、有名なモロビア人芸術家オンドジェイ・ツァーネルの作品による多くのすぐれた宗教彫刻で飾られている。」(ユネスコのホームページより)

  • 7月16日。<br /><br />世界遺産274件目「リトミシュル城」(チェコ)<br />「リトミシュルは、チェコ東北部、ボヘミア地方の都市。リトミシュル城は、16世紀にボヘミアやモラヴィアをはじめ中央ヨーロッパに広まったルネサンス様式建築のなかでも、他に比類のない威容を誇る柱廊付きの城郭である。その設計と装飾はきわめて高度なものであり、後に18世紀のバロック様式の特徴も付け加えられた。またこの種の貴族の館に付随する一連の建築物も原形のまま残されている。」(ユネスコのホームページより)

    7月16日。

    世界遺産274件目「リトミシュル城」(チェコ)
    「リトミシュルは、チェコ東北部、ボヘミア地方の都市。リトミシュル城は、16世紀にボヘミアやモラヴィアをはじめ中央ヨーロッパに広まったルネサンス様式建築のなかでも、他に比類のない威容を誇る柱廊付きの城郭である。その設計と装飾はきわめて高度なものであり、後に18世紀のバロック様式の特徴も付け加えられた。またこの種の貴族の館に付随する一連の建築物も原形のまま残されている。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産275件目「ゼレナー・ホラにあるネポムークの聖ヨハネ巡礼教会」(チェコ)<br />「ゼレナー・ホラはプラハ南東のボヘミアモラビア高地に位置する。1393年に殉教したプラハ大司教代理の聖ヤン・ネポムクゆかりのベネディクト会カトリック教会で、建築家サンティニにより、18世紀初めに建設された。聖ヤンが没した年齢53歳にちなんで、教会の中央の礼拝堂は五角形の星形ドームに三角形の窓をもつ。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産275件目「ゼレナー・ホラにあるネポムークの聖ヨハネ巡礼教会」(チェコ)
    「ゼレナー・ホラはプラハ南東のボヘミアモラビア高地に位置する。1393年に殉教したプラハ大司教代理の聖ヤン・ネポムクゆかりのベネディクト会カトリック教会で、建築家サンティニにより、18世紀初めに建設された。聖ヤンが没した年齢53歳にちなんで、教会の中央の礼拝堂は五角形の星形ドームに三角形の窓をもつ。」(ユネスコのホームページより)

  • 予約しないと内部の見学はできません。7月17日。<br /><br />世界遺産276件目「ブルノのトゥーゲントハート邸」(チェコ)<br />「ブルノはチェコ中部、南モラビア州の州都。ツゲンドハット邸は、ドイツの建築家ミース・ファン・デル・ローエによるデザインで、1920年代、ヨーロッパで発展した建築近代化運動を顕著にした国際様式の建築物。特に空間や美的概念の革新性には価値がある。また、近代的な産業製品がもたらす可能性を巧みに利用して、生活における新たなニーズに応えることを目的とした個人住宅でもある。」(ユネスコのホームページより)

    予約しないと内部の見学はできません。7月17日。

    世界遺産276件目「ブルノのトゥーゲントハート邸」(チェコ)
    「ブルノはチェコ中部、南モラビア州の州都。ツゲンドハット邸は、ドイツの建築家ミース・ファン・デル・ローエによるデザインで、1920年代、ヨーロッパで発展した建築近代化運動を顕著にした国際様式の建築物。特に空間や美的概念の革新性には価値がある。また、近代的な産業製品がもたらす可能性を巧みに利用して、生活における新たなニーズに応えることを目的とした個人住宅でもある。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産277件目「レドニツェ ‐ ヴァルチツェの文化的景観」(チェコ)<br />「このヨーロッパ最大の人工景観は、17~20世紀の間にリヒテンシュタイン諸公により形成された。バロック様式の諸建造物やネオ-ゴシック様式のレドニツェ城・ヴァルチツェ城が、イギリス式庭園と美しく調和している。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産277件目「レドニツェ ‐ ヴァルチツェの文化的景観」(チェコ)
    「このヨーロッパ最大の人工景観は、17~20世紀の間にリヒテンシュタイン諸公により形成された。バロック様式の諸建造物やネオ-ゴシック様式のレドニツェ城・ヴァルチツェ城が、イギリス式庭園と美しく調和している。」(ユネスコのホームページより)

  • 7月18日。<br /><br />世界遺産278件目「トジェビーチのユダヤ人街とプロコピウス聖堂」(チェコ)<br />「トジェビーチはチェコ西端部、スロバキアとオーストリア国境に近い小都市。この地にあるユダヤ人街、古いユダヤ墓地、そしてプロコピウス聖堂の3つが遺産の主要部分を構成する。いずれも中世から20世紀にかけてのユダヤ教文化とキリスト教文化の共存を象徴している。特にユダヤ人街は地域共同体のさまざまな様相や機能を明瞭に示し、13世紀初期にベネディクト修道会の一部として建立されたプロコピウス聖堂は、西欧建築の影響が明らかである。」(ユネスコのホームページより)

    7月18日。

    世界遺産278件目「トジェビーチのユダヤ人街とプロコピウス聖堂」(チェコ)
    「トジェビーチはチェコ西端部、スロバキアとオーストリア国境に近い小都市。この地にあるユダヤ人街、古いユダヤ墓地、そしてプロコピウス聖堂の3つが遺産の主要部分を構成する。いずれも中世から20世紀にかけてのユダヤ教文化とキリスト教文化の共存を象徴している。特にユダヤ人街は地域共同体のさまざまな様相や機能を明瞭に示し、13世紀初期にベネディクト修道会の一部として建立されたプロコピウス聖堂は、西欧建築の影響が明らかである。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産279件目「テルチの歴史地区」(チェコ)<br />「16世紀の特徴的な家並みを現在まで残す街。1530年に大火災が発生し、当時の市長により、火に強い街として復興した。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    世界遺産279件目「テルチの歴史地区」(チェコ)
    「16世紀の特徴的な家並みを現在まで残す街。1530年に大火災が発生し、当時の市長により、火に強い街として復興した。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • 7月19日。<br />世界遺産280件目「ホラショヴィツェの歴史的集落」(チェコ)<br />「南ボヘミアの中心部に位置するホラショヴィツェは、中央ヨーロッパの伝統的な村落をきわめて完全に、かつ良好な状態で保存してきた良い例証である。そこには南ボヘミアのフォーク・バロックとして知られる、18~19世紀の固有の建築様式を持つ建造物が数多く保存されており、その原型は中世にまで遡ることができる。現時では120棟の民家や23の農場の付属建造物が、当時の特徴をよく示している。」(ユネスコのホームページより)

    7月19日。
    世界遺産280件目「ホラショヴィツェの歴史的集落」(チェコ)
    「南ボヘミアの中心部に位置するホラショヴィツェは、中央ヨーロッパの伝統的な村落をきわめて完全に、かつ良好な状態で保存してきた良い例証である。そこには南ボヘミアのフォーク・バロックとして知られる、18~19世紀の固有の建築様式を持つ建造物が数多く保存されており、その原型は中世にまで遡ることができる。現時では120棟の民家や23の農場の付属建造物が、当時の特徴をよく示している。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産281件目「チェスキー・クルムロフの歴史地区」(チェコ)<br />「オーストリアとの国境に位置する、中世以来の街並みを今に伝えるボヘミアの小都市。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

    世界遺産281件目「チェスキー・クルムロフの歴史地区」(チェコ)
    「オーストリアとの国境に位置する、中世以来の街並みを今に伝えるボヘミアの小都市。」(世界遺産アカデミーから一部抜粋しました)

  • これでチェコは終了です。7月21日。<br /><br />世界遺産282件目「クトナー・ホラ歴史地区の聖バルボラ教会とセドレツ地区の聖母マリア大聖堂」(チェコ)<br />「プラハの東約60kmにある、かつてのボヘミア王国第2の中世都市。銀の採掘で発展し、講堂や貨幣鋳造所が残っている。14世紀には記念碑的建造物が多く造られ、後期ゴシック様式の聖バルバラ協会は4世紀末から160年の年月をかけて完成し、見事な飛梁で知られる。郊外のセレドレッツには、18世紀初期のバロック様式に修復された聖母マリア大聖堂が残っている。」(ユネスコのホームページより)<br />

    これでチェコは終了です。7月21日。

    世界遺産282件目「クトナー・ホラ歴史地区の聖バルボラ教会とセドレツ地区の聖母マリア大聖堂」(チェコ)
    「プラハの東約60kmにある、かつてのボヘミア王国第2の中世都市。銀の採掘で発展し、講堂や貨幣鋳造所が残っている。14世紀には記念碑的建造物が多く造られ、後期ゴシック様式の聖バルバラ協会は4世紀末から160年の年月をかけて完成し、見事な飛梁で知られる。郊外のセレドレッツには、18世紀初期のバロック様式に修復された聖母マリア大聖堂が残っている。」(ユネスコのホームページより)

  • チェコ、ポーランド、スロバキア、ハンガリーの位置関係です。<br />緑の印は世界遺産です。

    チェコ、ポーランド、スロバキア、ハンガリーの位置関係です。
    緑の印は世界遺産です。

  • チェコから朝一の飛行機でアムステルダムに入ります。7月22日。<br /><br />世界遺産283件目「アムステルダム中心部:ジンフェルグラハト内部の17世紀の環状運河地区」(オランダ)<br />「アムステルダムの運河地区にある歴史的町並みは、16世紀末から17世紀初めにかけて新しい「港湾都市」計画の一環として建設された。この遺産は旧市街の西部と南部へ延びる運河網と、旧市街を取り囲む中世の港で構成され、街の防備を固める境界である同運河の内陸部の再配置も伴った。同心円状の運河システムを利用し、湿地から水を排出し、間を埋め立てて都市を拡張していく長期的事業だった。埋め立て地には、切妻造りの家々や数多く記念建造物が建てられ、非常に均質な町並が形成された。19世紀に至るまで大規模都市計画のモデルとなった。」(ユネスコのホームページより)

    チェコから朝一の飛行機でアムステルダムに入ります。7月22日。

    世界遺産283件目「アムステルダム中心部:ジンフェルグラハト内部の17世紀の環状運河地区」(オランダ)
    「アムステルダムの運河地区にある歴史的町並みは、16世紀末から17世紀初めにかけて新しい「港湾都市」計画の一環として建設された。この遺産は旧市街の西部と南部へ延びる運河網と、旧市街を取り囲む中世の港で構成され、街の防備を固める境界である同運河の内陸部の再配置も伴った。同心円状の運河システムを利用し、湿地から水を排出し、間を埋め立てて都市を拡張していく長期的事業だった。埋め立て地には、切妻造りの家々や数多く記念建造物が建てられ、非常に均質な町並が形成された。19世紀に至るまで大規模都市計画のモデルとなった。」(ユネスコのホームページより)

  • 7月23日。<br />世界遺産284件目「ベームスター干拓地」(オランダ)<br />「オランダ西部、ノールト・ホラント州。17世紀初期に始まるベームスター干拓地は、オランダ最古の干拓地である。古典様式やルネサンス様式に従ってレイアウトされた農場や道路、運河、堤防、居住地などが原形のまま残されている。その斬新で想像力をかきたてる景観は、ヨーロッパ内外の干拓事業に大きな影響を与えてきた。またこの事業は人類と水との調和をはかるうえで、貴重な示唆を与えるものでもある。」(ユネスコのホームページより)

    7月23日。
    世界遺産284件目「ベームスター干拓地」(オランダ)
    「オランダ西部、ノールト・ホラント州。17世紀初期に始まるベームスター干拓地は、オランダ最古の干拓地である。古典様式やルネサンス様式に従ってレイアウトされた農場や道路、運河、堤防、居住地などが原形のまま残されている。その斬新で想像力をかきたてる景観は、ヨーロッパ内外の干拓事業に大きな影響を与えてきた。またこの事業は人類と水との調和をはかるうえで、貴重な示唆を与えるものでもある。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産285件目「アムステルダムの防衛線の要塞」(オランダ)<br />「都市周囲に135kmに及び、1883~1920年に建設された、水の管理を目的とする唯一の防御構造物。16世紀以来オランダ人は水力制御の特殊な工学技術の知識を用い、星形の要塞や壕を連ねて干拓地を洪水から守ってきた。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産285件目「アムステルダムの防衛線の要塞」(オランダ)
    「都市周囲に135kmに及び、1883~1920年に建設された、水の管理を目的とする唯一の防御構造物。16世紀以来オランダ人は水力制御の特殊な工学技術の知識を用い、星形の要塞や壕を連ねて干拓地を洪水から守ってきた。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産286件目「ワッデン海」(オランダ)<br />「ワッデン海はオランダからドイツ、デンマークにかけて広がる、砂と泥からなる世界最大の干潟である。2009年、オランダとドイツの国境をまたぐ世界遺産として登録された。ワッデン海の特徴は、人為改変の少ない大規模な沿岸地形、自然な潮間帯の生態系、そこを生息地とする多数の生物に加えて、年間数千万羽もの渡り鳥の中継地・換羽地・越冬地となっていることにある。今回はワッデン海のデンマーク川の部分が拡張登録され、面積が約1600?拡大されるとともに、各評価基準の特徴が強化された。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産286件目「ワッデン海」(オランダ)
    「ワッデン海はオランダからドイツ、デンマークにかけて広がる、砂と泥からなる世界最大の干潟である。2009年、オランダとドイツの国境をまたぐ世界遺産として登録された。ワッデン海の特徴は、人為改変の少ない大規模な沿岸地形、自然な潮間帯の生態系、そこを生息地とする多数の生物に加えて、年間数千万羽もの渡り鳥の中継地・換羽地・越冬地となっていることにある。今回はワッデン海のデンマーク川の部分が拡張登録され、面積が約1600?拡大されるとともに、各評価基準の特徴が強化された。」(ユネスコのホームページより)

  • 7月24日。<br />世界遺産287件目「Ir.D.F.ヴァウダヘマール:D.F.ヴァウダ技師による蒸気水揚げポンプ場」(オランダ)<br />「オランダ北部、フリースラント州のワォーダ蒸気水揚げポンプ場は1920年に開設された。これはオランダの水力工学の頂点を極めた巨大な蒸気水揚げポンプ場であり、世界最大かつ技術的にも最も進んだ蒸気水揚げポンプである。現在もなお稼動しつづけており、全世界の基準となっている。ワォーダ蒸気水揚げポンプ場は、水という自然の力から人々と国土を守ろうとしたオランダの技術者と建築家の貢献を見事に例証している。」(ユネスコのホームページより)

    7月24日。
    世界遺産287件目「Ir.D.F.ヴァウダヘマール:D.F.ヴァウダ技師による蒸気水揚げポンプ場」(オランダ)
    「オランダ北部、フリースラント州のワォーダ蒸気水揚げポンプ場は1920年に開設された。これはオランダの水力工学の頂点を極めた巨大な蒸気水揚げポンプ場であり、世界最大かつ技術的にも最も進んだ蒸気水揚げポンプである。現在もなお稼動しつづけており、全世界の基準となっている。ワォーダ蒸気水揚げポンプ場は、水という自然の力から人々と国土を守ろうとしたオランダの技術者と建築家の貢献を見事に例証している。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産288件目「スホクラントと周辺の干拓地」(オランダ)<br />「半島だったスホクランドは海からの浸食を受け、15世紀までに島となり、1859年には人が住めなくなった。1940年代以来、ザイデル海の干拓によって再び農地として利用されている。有史前にさかのぼる住居跡も残り、周辺の環境に影響されて進化してきた文化的景観の例となっている。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産288件目「スホクラントと周辺の干拓地」(オランダ)
    「半島だったスホクランドは海からの浸食を受け、15世紀までに島となり、1859年には人が住めなくなった。1940年代以来、ザイデル海の干拓によって再び農地として利用されている。有史前にさかのぼる住居跡も残り、周辺の環境に影響されて進化してきた文化的景観の例となっている。」(ユネスコのホームページより)

  • 7月25日。<br />世界遺産289件目「リートフェルト設計のシュレーダー邸」(オランダ)<br />「オランダ中心部、ユトレヒトにあるシュレーダー邸は、建築家ヘリット・トマス・リートフェルトの設計で1924年の建築。この小さな住宅はオランダの建築家グループ、デ・スティルが室内装飾を受け持ち、独自のインテリア、自在にアレンジできる間仕切り、室の高い外観などによって、新造形主義という彼らの理想を世に示した。伝統的建築の内面と外面を、垂直に組み合わせた三次元構造で表現した、建築近代運動の代表作の一つである。」(ユネスコのホームページより)

    7月25日。
    世界遺産289件目「リートフェルト設計のシュレーダー邸」(オランダ)
    「オランダ中心部、ユトレヒトにあるシュレーダー邸は、建築家ヘリット・トマス・リートフェルトの設計で1924年の建築。この小さな住宅はオランダの建築家グループ、デ・スティルが室内装飾を受け持ち、独自のインテリア、自在にアレンジできる間仕切り、室の高い外観などによって、新造形主義という彼らの理想を世に示した。伝統的建築の内面と外面を、垂直に組み合わせた三次元構造で表現した、建築近代運動の代表作の一つである。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産290件目「キンデルダイク=エルスハウトの風車群」(オランダ)<br />「「低地地方」の人々が水を制御する技術への貢献には、はかりしれないものがある。キンデルダイクーエルスハウト地方の風車群は、このことをよく物語っている。農耕地や居住地から排水する水力装置は中世に始まり、今にいたるまで間断なく利用されている。<br />」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産290件目「キンデルダイク=エルスハウトの風車群」(オランダ)
    「「低地地方」の人々が水を制御する技術への貢献には、はかりしれないものがある。キンデルダイクーエルスハウト地方の風車群は、このことをよく物語っている。農耕地や居住地から排水する水力装置は中世に始まり、今にいたるまで間断なく利用されている。
    」(ユネスコのホームページより)

  • ロッテルダムにある、1931年に建てられた工場です。7月26日。<br /><br />世界遺産291件目「ファン・ネレ工場」(オランダ)<br />「ロッテルダム北西の工場地帯に1920年代に建設された、複数の工場からなる建築物。鉄とガラスを多用し、柱で荷重を支えるカーテン・ウォール構造の原則を貫いている。屋内は用途に応じて自由に使用でき、採光性が高く、日光が快適な労働環境を作り出す“理想的な工場”と考えられてきた。新しい形の工場として、20世紀前半における近代主義・機能主義の象徴とされた。また、コーヒー、紅茶など熱帯地域の国々からの食品輸入や加工を通じ、ヨーロッパ市場でのオランダの商業および産業の発展の歴史を証明している。」(ユネスコのホームページより)<br />

    ロッテルダムにある、1931年に建てられた工場です。7月26日。

    世界遺産291件目「ファン・ネレ工場」(オランダ)
    「ロッテルダム北西の工場地帯に1920年代に建設された、複数の工場からなる建築物。鉄とガラスを多用し、柱で荷重を支えるカーテン・ウォール構造の原則を貫いている。屋内は用途に応じて自由に使用でき、採光性が高く、日光が快適な労働環境を作り出す“理想的な工場”と考えられてきた。新しい形の工場として、20世紀前半における近代主義・機能主義の象徴とされた。また、コーヒー、紅茶など熱帯地域の国々からの食品輸入や加工を通じ、ヨーロッパ市場でのオランダの商業および産業の発展の歴史を証明している。」(ユネスコのホームページより)

  • ロッテルダム(オランダ)からアントワープ(ベルギー)に電車で移動します。<br /><br />世界遺産292件目「プランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館複合体」(ベルギー)<br />「16世紀の大印刷業者クリストフ・プランタンの名にちなむプランタン-モレトゥス博物館は、元はルネサンスとバロック時代に遡る印刷工場・出版所。パリやヴェネツィアと並び、ヨーロッパの初期印刷術を先導したアントワープにあり、活版印刷の発明と普及に大きく寄与した。建物自体に重要な建築学的価値があるだけでなく、16世紀ヨーロッパで最も多産な印刷所だった頃の活気や業績が、今も十分に読み取れる。印刷所は1867年まで機能していたが、現在では旧式の印刷機や大図書館、貴重な文書や芸術作品が保存されている。」(ユネスコのホームページより)

    ロッテルダム(オランダ)からアントワープ(ベルギー)に電車で移動します。

    世界遺産292件目「プランタン=モレトゥスの家屋・工房・博物館複合体」(ベルギー)
    「16世紀の大印刷業者クリストフ・プランタンの名にちなむプランタン-モレトゥス博物館は、元はルネサンスとバロック時代に遡る印刷工場・出版所。パリやヴェネツィアと並び、ヨーロッパの初期印刷術を先導したアントワープにあり、活版印刷の発明と普及に大きく寄与した。建物自体に重要な建築学的価値があるだけでなく、16世紀ヨーロッパで最も多産な印刷所だった頃の活気や業績が、今も十分に読み取れる。印刷所は1867年まで機能していたが、現在では旧式の印刷機や大図書館、貴重な文書や芸術作品が保存されている。」(ユネスコのホームページより)

  • ブリュッセルからレンタカーでルーヴェンに来ました。7月27日。<br /><br />世界遺産293件目「フランドル地方のベギン会の建物」(ベルギー)<br />「ぺギン会とは,12世紀にリエージュで始まった半俗の女子修道会で,以後西北ヨーロッパに普及した。13世紀に建てられたフランドル各地のペギン会の建造物は、その最も典型的な特色を残してる。フランドル地方の様式を示す都市型・郊外型・複合型の住居や教会,付属建造物,緑地帯などの一群の建築構成は、現世にとどまりつつ生涯を神に捧げる修道女の宗教的生活空間とその長い伝統を,今もなお慎ましく物語っている。」(ユネスコのホームページより)

    ブリュッセルからレンタカーでルーヴェンに来ました。7月27日。

    世界遺産293件目「フランドル地方のベギン会の建物」(ベルギー)
    「ぺギン会とは,12世紀にリエージュで始まった半俗の女子修道会で,以後西北ヨーロッパに普及した。13世紀に建てられたフランドル各地のペギン会の建造物は、その最も典型的な特色を残してる。フランドル地方の様式を示す都市型・郊外型・複合型の住居や教会,付属建造物,緑地帯などの一群の建築構成は、現世にとどまりつつ生涯を神に捧げる修道女の宗教的生活空間とその長い伝統を,今もなお慎ましく物語っている。」(ユネスコのホームページより)

  • ブリュッセルから南の地、フランスとの国境に近い場所です。7月28日。<br /><br />世界遺産294件目「ワロン地方の主要な鉱山遺跡」(ベルギー)<br />「グラン・オルニュ、ボワ・デュ・ルックとブレニー・ミーヌは、19世紀前半から20世紀の後半にかけて稼動した炭鉱群。同時代のベルギーの炭鉱では最もよく保存された場所である。ヨーロッパ大陸での産業革命を象徴する最古の例のひとつでもある。地上と地下の両方の炭鉱産業に関する多くの技術的な遺構を含み、炭鉱関連の産業建築、労働者寮など、炭鉱の町における都市計画の様相を伝える。特に、1956年にボワ・デュ・カジェで起こった鉱山火災の記憶を留める点でも重要である。」(ユネスコのホームページより)

    ブリュッセルから南の地、フランスとの国境に近い場所です。7月28日。

    世界遺産294件目「ワロン地方の主要な鉱山遺跡」(ベルギー)
    「グラン・オルニュ、ボワ・デュ・ルックとブレニー・ミーヌは、19世紀前半から20世紀の後半にかけて稼動した炭鉱群。同時代のベルギーの炭鉱では最もよく保存された場所である。ヨーロッパ大陸での産業革命を象徴する最古の例のひとつでもある。地上と地下の両方の炭鉱産業に関する多くの技術的な遺構を含み、炭鉱関連の産業建築、労働者寮など、炭鉱の町における都市計画の様相を伝える。特に、1956年にボワ・デュ・カジェで起こった鉱山火災の記憶を留める点でも重要である。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産295件目「スピエンヌにある新石器時代の火打ち石の鉱山発掘地(モンス)」(ベルギー)<br />「モンス市はベルギー南西部、エイノー州の州都。100ha余りの面積に広がるこの鉱山発掘地は、まとまった古代採石場としてはヨーロッパ最大かつ最古の遺跡である。6000年以上前から最初の住民が、スピエンヌ近郊の台地で火打石の露天掘りを行っていた。その後、新石器時代の農耕民が竪穴の坑道を掘り始め、紀元前8世紀頃まで続いた。この遺跡の発見によって明らかになったのは、技術の多彩さばかりでなく、採石場が現代の集落と直結した点である。」(ユネスコのホームページより)

    世界遺産295件目「スピエンヌにある新石器時代の火打ち石の鉱山発掘地(モンス)」(ベルギー)
    「モンス市はベルギー南西部、エイノー州の州都。100ha余りの面積に広がるこの鉱山発掘地は、まとまった古代採石場としてはヨーロッパ最大かつ最古の遺跡である。6000年以上前から最初の住民が、スピエンヌ近郊の台地で火打石の露天掘りを行っていた。その後、新石器時代の農耕民が竪穴の坑道を掘り始め、紀元前8世紀頃まで続いた。この遺跡の発見によって明らかになったのは、技術の多彩さばかりでなく、採石場が現代の集落と直結した点である。」(ユネスコのホームページより)

  • 世界遺産296件目「ラ・ルヴィエールとル・ルー(エノー)の中央運河の4つの閘門とその周辺環境」(ベルギー)<br />「歴史的な中央運河にある四つの船舶用水力式リフトは、高度の能力を誇る工学上の記念碑である。運河自体と運河に関連する構造物と並んで、これらのリフトは良好に保存されてきた19世紀末の産業景観の完全な例証である。それは経済と産業が急速に膨張しつつある19世紀ヨーロッパにおける、科学技術としての水力工学の著しい発展の成果であるとともに、運河建設に対する工学技術の応用の頂点を示すものでもあった。」(ユネスコのホームページより)<br />

    世界遺産296件目「ラ・ルヴィエールとル・ルー(エノー)の中央運河の4つの閘門とその周辺環境」(ベルギー)
    「歴史的な中央運河にある四つの船舶用水力式リフトは、高度の能力を誇る工学上の記念碑である。運河自体と運河に関連する構造物と並んで、これらのリフトは良好に保存されてきた19世紀末の産業景観の完全な例証である。それは経済と産業が急速に膨張しつつある19世紀ヨーロッパにおける、科学技術としての水力工学の著しい発展の成果であるとともに、運河建設に対する工学技術の応用の頂点を示すものでもあった。」(ユネスコのホームページより)

  • トゥルネーの町に来ました。7月29日。<br /><br />世界遺産297件目「トゥルネーのノートル・ダム大聖堂」(ベルギー)<br />「ベルギー東部にある大聖堂。1140年に建設が始まり1325年まで手を加え続けた大聖堂で、全長134mという並々ならぬ規模のロマネスク様式の教会建築である。身廊や柱頭は溢れんばかりの彫刻で飾られている。また、ゴシック様式の原型となり、現在の街のシンボルでもある袖廊の5つの塔などが特に知られている。1243年から1325年にかけて増築された堂々たる聖歌隊席は、当時の建築の最先端であったフランスの盛期ゴシック様式である。」(ユネスコのホームページより)

    トゥルネーの町に来ました。7月29日。

    世界遺産297件目「トゥルネーのノートル・ダム大聖堂」(ベルギー)
    「ベルギー東部にある大聖堂。1140年に建設が始まり1325年まで手を加え続けた大聖堂で、全長134mという並々ならぬ規模のロマネスク様式の教会建築である。身廊や柱頭は溢れんばかりの彫刻で飾られている。また、ゴシック様式の原型となり、現在の街のシンボルでもある袖廊の5つの塔などが特に知られている。1243年から1325年にかけて増築された堂々たる聖歌隊席は、当時の建築の最先端であったフランスの盛期ゴシック様式である。」(ユネスコのホームページより)

  • 7月30日。<br />世界遺産298件目「ブリュージュの歴史地区」(ベルギー)<br />「ベルギー北部の古都。1180年までフランドルの首都。ブルッヘともいう。毛織物工業と織物取引の中心地で、その巨大な利益から13~14世紀には西欧有数の商業都市として君臨した。救世主大聖堂、聖母聖堂など多くの聖堂建築、市場と高さ80mの鐘塔、市庁舎など、ゴシック様式の建築がほぼ完全に残されている。15世紀にブルゴーニュ公の宮廷が置かれて最盛期を迎え、この擁護のもとに多くの画家が活躍する舞台ともなった。」(ユネスコのホームページより)

    7月30日。
    世界遺産298件目「ブリュージュの歴史地区」(ベルギー)
    「ベルギー北部の古都。1180年までフランドルの首都。ブルッヘともいう。毛織物工業と織物取引の中心地で、その巨大な利益から13~14世紀には西欧有数の商業都市として君臨した。救世主大聖堂、聖母聖堂など多くの聖堂建築、市場と高さ80mの鐘塔、市庁舎など、ゴシック様式の建築がほぼ完全に残されている。15世紀にブルゴーニュ公の宮廷が置かれて最盛期を迎え、この擁護のもとに多くの画家が活躍する舞台ともなった。」(ユネスコのホームページより)

  • ゲントの町です。<br />写真は、世界遺産「ベルギーとフランスの鐘楼群」の一つです。<br />鐘楼はベルギーに32棟あります。

    ゲントの町です。
    写真は、世界遺産「ベルギーとフランスの鐘楼群」の一つです。
    鐘楼はベルギーに32棟あります。

  • ブリュッセルでレンタカーを返し、旅もそろそろ終わりです。7月31日。<br /><br />世界遺産299件目「ブリュッセルのグラン・プラス」(ベルギー)<br />「ベルギーの首都ブリュッセルは、ブリュッゲとケルンを結ぶ中継地のして発展し始め、毛織物業などで特に15~16世紀に繁栄した。大広場(グラン-プラス)を取り囲む市庁舎(15世紀前半)やギルド・ハウス(17世紀末)、邸宅などは公共建築と市民建築が一体となった代表的な遺構である。大広場周辺には17世紀後半以後の建築物が多いが、それらは政治・経済の中心地として栄えたこの街の、高度な社会的・文化的水準を物語っている。」(ユネスコのホームページより)

    ブリュッセルでレンタカーを返し、旅もそろそろ終わりです。7月31日。

    世界遺産299件目「ブリュッセルのグラン・プラス」(ベルギー)
    「ベルギーの首都ブリュッセルは、ブリュッゲとケルンを結ぶ中継地のして発展し始め、毛織物業などで特に15~16世紀に繁栄した。大広場(グラン-プラス)を取り囲む市庁舎(15世紀前半)やギルド・ハウス(17世紀末)、邸宅などは公共建築と市民建築が一体となった代表的な遺構である。大広場周辺には17世紀後半以後の建築物が多いが、それらは政治・経済の中心地として栄えたこの街の、高度な社会的・文化的水準を物語っている。」(ユネスコのホームページより)

  • ブリュッセルにEUの本部があり、その先の高級住宅地に遺産があります。8月1日。<br /><br />世界遺産300件目「ストックレ邸」(ベルギー)<br />「銀行家で美術品収集家でもあるアドルフ・ストックレーは、1905年、邸宅の建築をウィーン分離派運動の先駆的建築家ジョセフ・ホフマンに依頼した。芸術的にも金銭的にも制約を受けることなく、邸宅と庭園は1911年に完成した。単純化された幾何学的な設計はアールヌーボーの転換点として注目され、アールデコや建築におけるモダニズム運動の端緒となった。邸宅はウィーン分離派の最も完全で均整のとれた建築のひとつで、“総合芸術”の確立を目指したコロマン・モーゼルやグスタフ・クリムトの作風が取り込まれている。ほとんどの設備や家具什器が当時のまま残されており、外観・内装ともに全体が良好に維持されている。」(ユネスコのホームページより)

    ブリュッセルにEUの本部があり、その先の高級住宅地に遺産があります。8月1日。

    世界遺産300件目「ストックレ邸」(ベルギー)
    「銀行家で美術品収集家でもあるアドルフ・ストックレーは、1905年、邸宅の建築をウィーン分離派運動の先駆的建築家ジョセフ・ホフマンに依頼した。芸術的にも金銭的にも制約を受けることなく、邸宅と庭園は1911年に完成した。単純化された幾何学的な設計はアールヌーボーの転換点として注目され、アールデコや建築におけるモダニズム運動の端緒となった。邸宅はウィーン分離派の最も完全で均整のとれた建築のひとつで、“総合芸術”の確立を目指したコロマン・モーゼルやグスタフ・クリムトの作風が取り込まれている。ほとんどの設備や家具什器が当時のまま残されており、外観・内装ともに全体が良好に維持されている。」(ユネスコのホームページより)

  • 今回の旅最後の世界遺産となりました。<br />世界遺産301件目「建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅」(ベルギー)<br />「ベルギー中部、ブリュッセルには、アール・ヌーヴォー様式の先駆者の一人であるヴィクトル・オルタの設計による著名な邸宅建築、タッセル邸、ソルヴェイ邸、ファン・エートヴェルド邸、ヴィクトル・オルタの住宅とアトリエが残る。オルタの手によるこれらの4棟の都市住宅は、総合芸術としての建築というコンセプトが内装にも表れ、19世紀末の建築として注目すべき革命的様式である初期アール・ヌーヴォーの特徴が見事に表現されている。」(ユネスコのホームページより)<br /><br />8月2日、パリから日本に帰ります。<br />77日間、世界遺産95件を訪問しました。<br />ヨーロッパ77日間の旅 総集編(2015.5.19~8.3)はこちらです。<br />https://4travel.jp/travelogue/11047384

    今回の旅最後の世界遺産となりました。
    世界遺産301件目「建築家ヴィクトール・オルタによる主な邸宅」(ベルギー)
    「ベルギー中部、ブリュッセルには、アール・ヌーヴォー様式の先駆者の一人であるヴィクトル・オルタの設計による著名な邸宅建築、タッセル邸、ソルヴェイ邸、ファン・エートヴェルド邸、ヴィクトル・オルタの住宅とアトリエが残る。オルタの手によるこれらの4棟の都市住宅は、総合芸術としての建築というコンセプトが内装にも表れ、19世紀末の建築として注目すべき革命的様式である初期アール・ヌーヴォーの特徴が見事に表現されている。」(ユネスコのホームページより)

    8月2日、パリから日本に帰ります。
    77日間、世界遺産95件を訪問しました。
    ヨーロッパ77日間の旅 総集編(2015.5.19~8.3)はこちらです。
    https://4travel.jp/travelogue/11047384

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