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旅の行程<br />5月30日 根雨、富吉<br />5月31日 所子、御来屋、鹿野<br /><br />鳥取県日野郡日野町根雨(ねう)は、県西部を流れる日野川の中流域に位置し、米子から根雨を経て津山へ至る出雲街道と、根雨から新見へ出て、高梁~倉敷を経て岡山へ至る日野往来との、かつての街道の分岐点にある町です。<br /><br />このような交通の要衝に位置する根雨には、松江藩が参勤交代の際に利用する茶屋本陣(七里茶屋)が置かれ、宿場町として発展します。<br /><br />ちなみに松江藩は、参勤交代の際に印の入った羽織を着て一つ前の宿場まで藩主を迎えに行く「七里飛脚」の制度を設けていて、「七里飛脚」の業務は本陣が請負うのが通常だったことから、茶屋本陣を「七里茶屋」とも呼んでいました。<br /><br />現在、松江藩の茶屋本陣の建物は現存していませんが、茶屋本陣のあった元の場所から南へ50mくらいの所にかつての門が移設されています。<br /><br />千年以上の歴史を持つ「たたら製鉄」は、須佐之男命(スサノオノミコト)や八岐大蛇(ヤマタノオロチ)神話で有名な奥出雲地方に伝わる日本古来の製鉄法として知られていますが、良質な砂鉄が採れた日野川上流地帯でも、奥出雲と同様盛んに行われていました。<br /><br />江戸時代になって鉄の需要が高まると、その生産量は急速に拡大し多くの製鉄家を生み出しますが、その中に、安永8年(1779年)に製鉄業に参入した、後に日野最大の製鉄家となる近藤家があります。<br /><br />鳥取県下最大の製鉄家だった近藤家は、日野郡内に61ケ所の鉄山と、78ケ所の製鉄工場を経営しており、この地方の「たたら製鉄」の歴史を知るには近藤家なしには語れないと言われるほどで、「たたら製鉄」に関する資料は、近藤家に残る文書を除いて、ほとんどまとまったものは存在しないようです。<br /><br />しかし、鉱物資源の国有化と採掘権の国家による独占を定めた「日本坑法(明治6年発布)」の制定により、日野の製鉄事情は急激な衰退へと大きく様変わりし、さらに、大正時代の頃から安価な輸入鉄鋼にも圧迫されるようになり、昭和に入るとまもなく鉱山の火は途絶えてしまいました。<br /><br />現在の根雨には、「たたら製鉄」で栄えた近藤家のお屋敷を始め、昭和初期に建設された洋館の銀行などが出雲街道沿いに点在し、往時の繁栄ぶりを今に伝える町並みが続いています。

2017 鳥取の旅 1/5 根雨 (1日目)

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2017/05/30 - 2017/05/31

19位(同エリア39件中)

    70

    旅の行程
    5月30日 根雨、富吉
    5月31日 所子、御来屋、鹿野

    鳥取県日野郡日野町根雨(ねう)は、県西部を流れる日野川の中流域に位置し、米子から根雨を経て津山へ至る出雲街道と、根雨から新見へ出て、高梁~倉敷を経て岡山へ至る日野往来との、かつての街道の分岐点にある町です。

    このような交通の要衝に位置する根雨には、松江藩が参勤交代の際に利用する茶屋本陣(七里茶屋)が置かれ、宿場町として発展します。

    ちなみに松江藩は、参勤交代の際に印の入った羽織を着て一つ前の宿場まで藩主を迎えに行く「七里飛脚」の制度を設けていて、「七里飛脚」の業務は本陣が請負うのが通常だったことから、茶屋本陣を「七里茶屋」とも呼んでいました。

    現在、松江藩の茶屋本陣の建物は現存していませんが、茶屋本陣のあった元の場所から南へ50mくらいの所にかつての門が移設されています。

    千年以上の歴史を持つ「たたら製鉄」は、須佐之男命(スサノオノミコト)や八岐大蛇(ヤマタノオロチ)神話で有名な奥出雲地方に伝わる日本古来の製鉄法として知られていますが、良質な砂鉄が採れた日野川上流地帯でも、奥出雲と同様盛んに行われていました。

    江戸時代になって鉄の需要が高まると、その生産量は急速に拡大し多くの製鉄家を生み出しますが、その中に、安永8年(1779年)に製鉄業に参入した、後に日野最大の製鉄家となる近藤家があります。

    鳥取県下最大の製鉄家だった近藤家は、日野郡内に61ケ所の鉄山と、78ケ所の製鉄工場を経営しており、この地方の「たたら製鉄」の歴史を知るには近藤家なしには語れないと言われるほどで、「たたら製鉄」に関する資料は、近藤家に残る文書を除いて、ほとんどまとまったものは存在しないようです。

    しかし、鉱物資源の国有化と採掘権の国家による独占を定めた「日本坑法(明治6年発布)」の制定により、日野の製鉄事情は急激な衰退へと大きく様変わりし、さらに、大正時代の頃から安価な輸入鉄鋼にも圧迫されるようになり、昭和に入るとまもなく鉱山の火は途絶えてしまいました。

    現在の根雨には、「たたら製鉄」で栄えた近藤家のお屋敷を始め、昭和初期に建設された洋館の銀行などが出雲街道沿いに点在し、往時の繁栄ぶりを今に伝える町並みが続いています。

    同行者
    一人旅
    交通手段
    自家用車 徒歩
    利用旅行会社
    個別手配

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    • 根雨に着きました。<br /><br />JR伯備線根雨駅の真向かいにある日野町役場の駐車場に車を停めさせてもらって、町歩きを始めます。

      根雨に着きました。

      JR伯備線根雨駅の真向かいにある日野町役場の駐車場に車を停めさせてもらって、町歩きを始めます。

    • 町並みの一角に立っている「川舟の碑」。<br /><br />この碑は、日野川を利用した川舟による水運業を開いた近藤喜六氏の功績を称えて立てられたもので、日野川の元着舟場付近にあったものをこの地に移設したものだそうです。

      町並みの一角に立っている「川舟の碑」。

      この碑は、日野川を利用した川舟による水運業を開いた近藤喜六氏の功績を称えて立てられたもので、日野川の元着舟場付近にあったものをこの地に移設したものだそうです。

    • 根雨の町並みです。

      根雨の町並みです。

    • 白漆喰の壁に虫籠窓を開けた町家。

      白漆喰の壁に虫籠窓を開けた町家。

    • 幅の広い2連の出窓のある町家には・・・

      幅の広い2連の出窓のある町家には・・・

    • 「出雲街道根雨宿」の垂れ幕が掲げられています。

      「出雲街道根雨宿」の垂れ幕が掲げられています。

    • こちらの町家の軒先に、水琴窟が見えます。

      こちらの町家の軒先に、水琴窟が見えます。

    • 水琴窟は根雨の町おこしの一つのようで、町並みには水琴窟のあるお宅が点在しています。

      水琴窟は根雨の町おこしの一つのようで、町並みには水琴窟のあるお宅が点在しています。

    • 路地から見た町並みの様子です。

      路地から見た町並みの様子です。

    • 根雨の町並みを振り返ったところです。

      根雨の町並みを振り返ったところです。

    • 松江藩の茶屋本陣跡を示す標柱が立っています。

      松江藩の茶屋本陣跡を示す標柱が立っています。

    • 根雨の町並みです。

      根雨の町並みです。

    • こちらは日野最大の製鉄家、近藤家の分家にあたる酒近藤家です。<br /><br />酒近藤家は、造り酒屋を営んでおられた時期があるので、この屋号で呼ばれています。

      こちらは日野最大の製鉄家、近藤家の分家にあたる酒近藤家です。

      酒近藤家は、造り酒屋を営んでおられた時期があるので、この屋号で呼ばれています。

    • 酒近藤家のお隣には、こちらも近藤家の分家筋にあたる勝瀬家があります。

      酒近藤家のお隣には、こちらも近藤家の分家筋にあたる勝瀬家があります。

    • 勝瀬家の軒先にも水琴窟が設けられています。

      勝瀬家の軒先にも水琴窟が設けられています。

    • 右手が酒近藤家で、左手が勝瀬家です。

      右手が酒近藤家で、左手が勝瀬家です。

    • こちらは、玄関に破風屋根をそなえたお茶屋さんです。

      こちらは、玄関に破風屋根をそなえたお茶屋さんです。

    • こちらは昭和4年(1929年)に旧雲陽実業銀行根雨支店として建てられたもので・・・

      こちらは昭和4年(1929年)に旧雲陽実業銀行根雨支店として建てられたもので・・・

    • 現在は山陰合同銀行根雨支店として使われています。

      現在は山陰合同銀行根雨支店として使われています。

    • 白漆喰塗籠めの町家は酒屋さんです。

      白漆喰塗籠めの町家は酒屋さんです。

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      この旅行記へのコメント (2)

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      • by 旅猫 さん 2017/08/12 17:09:26
        懐かしい根雨
        naoさん、こんにちは。

        根雨、懐かしいです。
        14年前に歩いたことがあります。
        古い銀行や本陣跡の建物は、今でもはっきり覚えています。
        変わっていませんね、根雨の町並み。

        当時はあまり時間が無かったので、ゆっくり歩くことはできませんでした。
        しかも、フィルムカメラ時代なので、写真はほとんど残っていません。。。
        今でも、趣ある街並みが残っていて嬉しいです。
        またいつか訪れてみたいものです。

        旅猫

        nao

        by nao さん 2017/08/12 17:40:55
        是非、再訪を
        旅猫さん、こんにちは。

        根雨の旅行記に投票ありがとうございます。

        私は今回が初めてですが、旅猫さんは14年も前に行かれてたんですか・・・。
        たたら製鉄で栄えた町程度しか知識がなかったんですが、実際に歩いてみるととても良い町で、訪れた甲斐がありました。

        旅猫さんも、是非再訪なさってください。

        nao

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