2017/08/04 - 2017/08/04
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名古屋のmisakoさん
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猛暑の中の曇り空の8/4金曜日、名古屋市史跡散策路大森・喜多山ふるさとめぐりに出かけて来ました
名古屋市守山区は名古屋の東北に位置する緑多い古墳の多いところです
平成30年に東谷山フルーツパーク(名古屋市で一番標高が高い山198m)界隈に日本初の古墳のテーマパーク「歴史の里」がオープン予定、ドイツのガイドウェイバスゆとりーとラインも走る注目の場所です
今回は、名鉄瀬戸線喜多山駅から大森・金城学院前駅周辺を巡る名古屋市史跡散策路守山区大森・喜多山めぐりです
名鉄「喜多山」駅から長塚、茶臼山の古墳を見て、翠松園陶芸記念館、郷土芸能の伝承されている大森へと歴史や伝統を訪ねるコースです。陶芸記念館には陶芸家・加藤唐九郎の生涯にわたる作品が保存、展示されています。また、大森には尾張徳川ゆかりの大森寺や黄金伝説の法輪寺があります。
名鉄「喜多山」駅→(元発電所・変電所跡)→長塚古墳→茶臼山古墳→(養蜂研究所)→唐九郎記念館→八釼神社→大森会館→大森寺→交通安全地蔵→(雨池公園)→斎穂社・千手観音→法輪寺→(瀬戸街道旧道)→(弘法堂)→郷蔵→名鉄「大森・金城学院前」駅(約6.3km)
(名古屋市史跡散策路守山区大森・喜多山めぐりHPより)
長塚古墳
茶臼山古墳
㈱養蜂研究所 名古屋市守山区翠松園1-2011
養蜂博物館 Pあり 入館無料、見学体験有料、要予約 愛知県瀬戸市上品野町1665 みつばち平
唐九郎記念館
開館日:金・土・日・祝日
開館時間:午前10時から午後4時
入館料:300円 (小・中学生:150円 幼児:無料)
八剱神社(やつるぎじんじゃ)P有り
名古屋市守山区大森二丁目1721番地
大森寺 P有り 愛知県名古屋市守山区弁天が丘809番地
御朱印2017.8月よりいただけるようになりました
私2人目でした!
法輪寺 P有り 愛知県名古屋市守山区大森3-2101
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
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名鉄瀬戸線喜多山駅はリニューアル中でした
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長塚古墳
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茶臼山古墳
たぶん自衛隊の宿舎にあり、一般は立ち入り禁止、説明板を発見できず残念・・・ -
茶臼山古墳の説明板を探していたら、翠松園の氏神を見つけました
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二つ池
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入口入ってすぐに養蜂場所があり、ミツバチがたくさん飛んでします
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はちみつが製造直売されています。
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化粧品や飴などもあります
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名古屋のはちみつクロガネモチが販売中
東谷山フルーツパーク、名古屋市農業センター、井上養蜂㈱養蜂研究所ネットショップでも販売されています
クロガネモチの木は尾張徳川家などの武家が好んで庭に植えた木で赤い実が付きます
蜂蜜もとれるのは今回初めて知りましたが(名古屋生まれでも意外と知らないので失礼しました)、1957年創業だそうなので、60年の歴史があります
平成8年8月8日に養蜂博物館が瀬戸市にオープン、予約制です
開館日:5月27日(土)、6月4日(日)、6月10日(土)、6月18日(日)、6月24日(土)
7月2日(日)、7月8日(土)、7月16日(日)、7月22日(土)、7月30日(日)
8月5日(土)、8月19日(土)、8月27日(日)
要予約
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開館時間:午前10時~午後4時(12時から13時休憩、3時までの入館)
ミツバチ見学:10時30分頃と14時00分頃
蜜しぼり体験:11時00分頃と14時30分頃
※ミツバチ見学の際はミツバチに刺されないようにするため、長ズボン・長袖のシャツをご用意ください。(雨天中止・天候がすぐれず蜂が荒れている場合はミツバチ見学を中止する事もあります。蜜しぼりのできない時期はシートキャンドル作り)
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入館料:無料
見学・体験: 大人1000円(高校生以上、お土産付き)
子供 400円(3歳以上)
所在地:愛知県瀬戸市上品野町1665 みつばち平TEL&FAX:0561-41-3833
(井上養蜂㈱養蜂研究所HPより) -
養蜂場所にはたくさんのミツバチがいます
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㈱養蜂研究所からしばらくで唐九郎記念館が見えてきました
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桃山時代の織部、志野、黄瀬戸の復元に成功した加藤唐九郎氏の作品や研究資料を展示をしている。
(名古屋市史跡散策路守山区大森・喜多山めぐりHPより) -
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八剱神社(やつるぎじんじゃ)
御祭神
鎮座地
名古屋市守山区大森二丁目1721番地
御由緒
八劔神社は第50代桓武天皇の時代延暦12年(793)に、この地方を支配していた豪族山田の連によって「大森北八劔」の地に創建されたと伝えられています。その後宝暦10年(1760)第116代桃園天皇の時代に大森地区を流れる矢田川と天神川の合流地である元郷に近い「大森中ノ町田」の地に遷座されました。そしてこの時に本殿も新築されたといわれていますが、当時度重なる地震や風水害による神社地の孤立や盗難などによる被害もあって、昭和2年(1927)に現在地に本殿はそのままの姿で移築して再び遷座されました。
「八劔神社」の名称は熱田神宮の別宮「八剣宮」に由来すると思われますが、当社がいつごろからこのように呼ばれるようになったかは明らかではありません。
八劔神社には建速須佐之男命・日本武命・天之火明命の三柱が祀られています。 このうち前二柱は「八剣宮」の祭神と同じですが、天之火明命は尾張氏の祖と伝えられる神で当社の境内神社 尾関社の祭神でもあります。このことは古代当社は古代 尾張氏の一族である山田の連が祀った先祖の霊を、中世になって大森城主 尾関氏が受け継いできたと想像されます。いずれにしても、この神社は古代より大森に住んでいた人々の厚い信仰心によって1200年もの長い歴史をもつ由緒ある神社となっています。
(八剱神社HPより) -
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蕃塀
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八剱神社 拝殿・本殿
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大弁財功徳天社 御嶽社 多賀神社 天王社 秋葉社
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筆塚
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天神社
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名鉄瀬戸線大森・金城学院前駅近くのカフェポテトロッジでチーズハンバーグランチ780円アイスコーヒー150円付き
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向かいは大森寺
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大森会館には、天王祭の山車の資料が少しおいてありました
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カフェポテトロッジのお隣は2017.7.12オープンのアジアンバルダイニングパリワールナゴヤ守山店
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興舊山歓喜院大森寺(こうきゅうざんかんぎいんだいしんじ)
本尊は阿弥陀如来。二代藩主光友の生母歓喜院乾の方の菩提寺として乾の方の故郷大森に寛文元年(1661)創建。中門に掲げられた山号の額は光友の真筆である。明治8年の火災で、創建以来の建物は焼失したが、本尊は無事であった。乾の方の墓は本堂の真裏手にある。
(名古屋市史跡散策路守山区大森・喜多山めぐりHPより)
江戸時代より、良縁・出世・長寿の寺として、また大森寺二十世住職武田芳淳先生が東海中学校初代校長として奉職、旧校舎が大森寺明照殿殿として移築されており、学業の寺としても知られています。
(大森寺パンフレットより) -
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山門
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寛永14年1637年江戸小石川(東京都文京区)伝通院内に創建した浄土宗の寺院の歓喜院を寛文元年1661年に出身地大森に移した
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中門
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鐘楼
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大殿本堂
平成27年2014年11月8日開創350周年を迎え、明治8年の本堂焼失より約140年を経て、江戸時代創建の位置・配置による本堂再建・境内復興を果たし、尾張徳川家二十二代御当主徳川義崇公御臨席のもと、落慶法要を厳修。
(大森寺パンフレットより) -
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明照殿
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宝塔(大納骨堂)
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カブトムシが・・・
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尾張徳川家二代藩主光友公の御生母歓喜院(お尉の方、別名乾の方、郷士吉田甚兵衛の姉)の墓
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学問塔
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写経塔
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交通安全地蔵
名鉄瀬戸線脱線転覆事故(めいてつせとせんだっせんてんぷくじこ)は、1948年(昭和23年)1月5日10時15分頃に愛知県東春日井郡守山町字大森(現在の名古屋市守山区大森3丁目)の名古屋鉄道瀬戸線で発生した列車脱線転覆事故である。・・・・・・
1948年5月には法輪寺の住職江口耕雲が発起人となり事故現場に交通安全地蔵が建立され、1949年1月には事故の一周忌で当時の名古屋鉄道社長神野金之助の筆により「殉難の碑」が建立された。その後、事故現場付近などで曲線改良が実施された。
(名鉄瀬戸線脱線転覆事故ウィキペディアより) -
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雨池公園
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八剱神社
境外神社
斎穂社
大年神 (おおとしのかみ)
御年神 (みとしのかみ)
御食津神 (みけつのかみ)
事代主神 (ことしろぬしのかみ = 恵比寿)
大宮賣神 (おおみやのめのかみ = 大黒天)
(八剱神社HPより) -
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法輪寺
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仏日山法輪寺(曹洞宗) 名古屋市守山区大森3-2101
元々は860年(貞観2)大森城主尾関勘八郎の手により現在地より南へ1km余り、元郷地区に創建された天台宗の尼寺正宗庵に始まる。
その後室町時代、そして1584年(天正12)小牧長久手の戦いのおり焼失。江戸時代寛文年間、徳川家の家老酒井忠次(?)により現在地に再建され、一時普香(光)山正法寺と号していた。
山門をくぐると左手に源義経の忠臣、佐藤三郎継信、四郎忠信、そしてその母乙和御前の1メートルに満たない小さな宝篋印塔が三基ある。以前は木立に埋もれるようにあったが今は立派なコンクリート製祠に祀られている。鎌倉時代、佐藤兄弟は源義経が平家討伐のため奥州にて決起した時随行した猛臣と言われている。
兄は壇ノ浦の戦いで、弟もその後自害した。そんな兄弟の安否を気遣い母はやがて奥州を旅立ち京を目指したが、大森地区にさしかかった時病に倒れ正宗庵で静養していた。一方兄弟の従僕は状況を知らせるため京から奥州に向かう途中この母の話を聞き大森で再会、母は兄弟の最後を聞き嘆き悲しみ、奥州より仏像を取り寄せ墓を建立、同寺に祀ったと伝えられる。
法輪寺が騒動に巻き込まれたのは、その母が寺が荒廃した時再興のため、黄金千枚を埋蔵した旨の書き付けが仏像の下(一説には釈迦三尊像に書き付けられていたとか)から発見された事による。
その一文「以後為造立金子千枚 此御寺牛刀二日置之也 六月吉祥日」と書かれていた。
※この仏像の建立は長久手の合戦以後、正法寺と号していた江戸時代の物と思われると言われ、この埋蔵金伝説はやはり伝説の一つではないかと考えられている。
また、佐藤兄弟とその母のお話は『平家物語』『義経記』『源平盛衰記』などに書かれ、琵琶法師などによって全国に流布され、幸若舞曲「八嶋」や古浄瑠璃正本「やしま」などでも語られ、そのためかこれに類する伝説を持つ所は他にも少なく、同寺もその一つであろう。
(名古屋市守山区歴史散歩マイホームタウン中世のページ法輪寺の黄金伝説HPより) -
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郷蔵
江戸時代に字ごとに作られた年貢米や備荒貯穀のための共同穀倉。大森字中之島の郷蔵は、現在共有の祭礼の道具が収めてある。
(名古屋市史跡散策路守山区大森・喜多山めぐりHPより) -
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名鉄瀬戸線大森・金城学院前駅
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㈱養蜂研究所で買った名古屋のはちみつクロガネモチ300g1120円、花梨飴はちみつ入り442円
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