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オッサンネコです。<br /><br />カンボジアには二つの世界遺産があります。<br />ひとつは世界的にも有名なアンコール寺院群、そしてもう一つがプレアヴィヒア寺院。<br />プレアヴィヒア寺院はタイとカンボジアの国境線付近にある遺跡で、<br />長らくその領土をめぐって二国間は激しい衝突を繰り返してきました。<br />これまでは安全面やアクセスの都合から訪れるのが難しい遺跡だとされてきましたが、現在はその紛争も小康状態に。<br />アクセスが容易になった昨今、何気なく見たVERTRAのプロモーションで、<br />プレアヴィヒア寺院とコーケー遺跡がセットになって99$というじゃありませんか。<br />うーん、3分悩んで即決。<br />LCCのチケットからツアー申し込みまでポチポチが繰り返され<br />あっという間に10年ぶりのシェムリアップ行きが決まったのでした。<br /><br />その時の記録です。

カンボジア スカイハイ☆プレアヴィヒア 空に近いその場所へ オッサンネコの一人旅

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2017/03/03 - 2017/03/05

1位(同エリア287件中)

    40

    オッサンネコです。

    カンボジアには二つの世界遺産があります。
    ひとつは世界的にも有名なアンコール寺院群、そしてもう一つがプレアヴィヒア寺院。
    プレアヴィヒア寺院はタイとカンボジアの国境線付近にある遺跡で、
    長らくその領土をめぐって二国間は激しい衝突を繰り返してきました。
    これまでは安全面やアクセスの都合から訪れるのが難しい遺跡だとされてきましたが、現在はその紛争も小康状態に。
    アクセスが容易になった昨今、何気なく見たVERTRAのプロモーションで、
    プレアヴィヒア寺院とコーケー遺跡がセットになって99$というじゃありませんか。
    うーん、3分悩んで即決。
    LCCのチケットからツアー申し込みまでポチポチが繰り返され
    あっという間に10年ぶりのシェムリアップ行きが決まったのでした。

    その時の記録です。

    同行者
    一人旅
    一人あたり費用
    5万円 - 10万円
    交通手段
    レンタカー 飛行機
    旅行の満足度
    4.0
    観光
    4.0
    交通
    4.0

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    • どうもどうもオッサンネコこと、モリネコです。<br /><br />独り行動が好きなオッサンですが、今回は珍しくツアーに参加してます。<br />朝6:45にホテルまで送迎付き、時間に遅れなく来てくれたので非常に好印象です。<br />ツアー御一行様と共にプレアヴィヒアの山麓に辿り着いたのが10時過ぎ。<br />道中はひたすらカンボジア北部の原っぱだか畑だか分かんない荒野を突き進み、<br />最初こそ広大な景色に浮足立っていましたが、すぐに飽きてバスの中で爆睡するシマツ。<br />いやーツアーってホント楽チンだわ ヾ(´∀`*)ゝ<br /><br />プレアヴィヒア寺院のある山頂まではこの乗合トラックに乗り換えて行きます。<br />入場料10$をお支払いしていざ出陣でござる。

      どうもどうもオッサンネコこと、モリネコです。

      独り行動が好きなオッサンですが、今回は珍しくツアーに参加してます。
      朝6:45にホテルまで送迎付き、時間に遅れなく来てくれたので非常に好印象です。
      ツアー御一行様と共にプレアヴィヒアの山麓に辿り着いたのが10時過ぎ。
      道中はひたすらカンボジア北部の原っぱだか畑だか分かんない荒野を突き進み、
      最初こそ広大な景色に浮足立っていましたが、すぐに飽きてバスの中で爆睡するシマツ。
      いやーツアーってホント楽チンだわ ヾ(´∀`*)ゝ

      プレアヴィヒア寺院のある山頂まではこの乗合トラックに乗り換えて行きます。
      入場料10$をお支払いしていざ出陣でござる。

    • ドナドナドーナードーナ。

      ドナドナドーナードーナ。

    • 途中で検問があります。山の頂上までは20分ほど。<br />

      途中で検問があります。山の頂上までは20分ほど。

    • 山頂までは全線舗装のアスファルト道ですが、舗装の状態はあまり良くないです。<br />油断すると体が浮きあがって振り落とされそうになります (゚Д゚ )ムハァ<br />ちょっと前までは完全未舗装の悪路だと聞いてたので、まぁゼイタクは言えませんなぁ。

      山頂までは全線舗装のアスファルト道ですが、舗装の状態はあまり良くないです。
      油断すると体が浮きあがって振り落とされそうになります (゚Д゚ )ムハァ
      ちょっと前までは完全未舗装の悪路だと聞いてたので、まぁゼイタクは言えませんなぁ。

    • 駐車場に着きました。<br />小さなお土産屋さんがちょっとあるくらいの閑静な景観です。<br />ここからは徒歩で参道の横からちょうど入るような経路になります。

      駐車場に着きました。
      小さなお土産屋さんがちょっとあるくらいの閑静な景観です。
      ここからは徒歩で参道の横からちょうど入るような経路になります。

    • こんな山の上でも集落はあります。<br />ここから集落のすぐ向こう側はもうタイ領になります。

      こんな山の上でも集落はあります。
      ここから集落のすぐ向こう側はもうタイ領になります。

    • プレアヴィヒア第一塔門。<br />通常のクメール寺院の参道が東西線上にあるのに対して、<br />このプレアヴィヒア寺院の参道はピタリ南北の線上に一致します。<br /><br />ここから山頂の神殿までは5つの塔門を潜ってく事になるのですが、<br />参道から上がってくると、各門を通らない限り次の神殿は見えない構造になっており、<br />そこにクメール建築の意図された空間構成の巧があるのです (*´∀`*)

      プレアヴィヒア第一塔門。
      通常のクメール寺院の参道が東西線上にあるのに対して、
      このプレアヴィヒア寺院の参道はピタリ南北の線上に一致します。

      ここから山頂の神殿までは5つの塔門を潜ってく事になるのですが、
      参道から上がってくると、各門を通らない限り次の神殿は見えない構造になっており、
      そこにクメール建築の意図された空間構成の巧があるのです (*´∀`*)

    • さてこのプレアヴィヒアが紛争の火種になった原因ですが、<br />そこにはタイとカンボジア、長年にわたる一進一退の領土陣取り合戦があるのです。<br /><br />元々クメール王朝はインドシナ一帯に領土を広げる巨大国家だったんですが、<br />衰退のちにタイ国の前身であるアユタヤ王朝に陥落させられます。<br />この頃からプレアヴィヒア一帯はタイの領土という認識が出来上がるのですが、<br />1904年の仏・タイ戦争の結果、タイはカンボジアとラオスの領土を泣く泣くフランスに分譲する事になるのです。<br />ここで改めてフランス・タイの間で国境線について協議がなされるんですが、<br />この時に合意した線引きがダンレク山地の分水嶺による分け方。<br />それによると地図上ではプレアヴィヒアは分水嶺の南側に辺り、仏領インドシナに組み込まれる事になるのです。<br /><br />でも後々タイが土地の計測をしてみると、あれっ…フランスの分水嶺間違ってね…!? <br />プレアヴィヒア… 俺らの領土に含まれるんじゃねってな具合。<br />しかしタイはそれを主張せずなぜか黙ってたんですよね。<br />一部にはジャイアン的存在のフランスをあまり刺激したくなかった様です。<br /><br />しかし第二次世界大戦で日本軍が東南アジアにも躍進、<br />あれっ…これってチャンスじゃね…!? <br />タイがこのどさくさに紛れて仏領インドシナを攻撃し、プレアヴィヒアを再び奪還。<br />圧力を掛けた日本の仲介(東京履行)もあり、領有権は再びタイへ移るのです。<br /><br />しかし大戦は終わり日本は敗戦国に。<br />フランスは敗戦国が仕掛けた履行など無効だと主張し、領土はフランスに戻るんですが、<br />タイは軍隊をプレアヴィヒア周辺から引かず武力で周辺を制圧するのです。<br /><br />これにはフランスもカンボジアも困った。<br />結局フランスから独立したカンボジアが国際司法裁判所に訴えるにまで発展し、<br />タイの領土訴えは棄却される結果になるのですが、<br />それでもタイ軍はどかず・動かず・聞く耳持たず。<br />判決に不服を示し、あくまでも自分たちの領土を主張してきたわけですが、<br />2008年にプレアヴィヒアが世界遺産に登録されちゃったもんだからそりゃあもう大変。<br />タイ人怒る 当然カンボジアンもやり返す。<br />国境線を挟んで両国の軍隊が睨み合うまで発展し、紛争がスタート。<br /><br />そんな両者が衝突し泥沼状態に陥った国境問題ですが、<br />今ではタイ側がある程度懐柔し、領土問題はようやく解決に進んでいるのです。

      さてこのプレアヴィヒアが紛争の火種になった原因ですが、
      そこにはタイとカンボジア、長年にわたる一進一退の領土陣取り合戦があるのです。

      元々クメール王朝はインドシナ一帯に領土を広げる巨大国家だったんですが、
      衰退のちにタイ国の前身であるアユタヤ王朝に陥落させられます。
      この頃からプレアヴィヒア一帯はタイの領土という認識が出来上がるのですが、
      1904年の仏・タイ戦争の結果、タイはカンボジアとラオスの領土を泣く泣くフランスに分譲する事になるのです。
      ここで改めてフランス・タイの間で国境線について協議がなされるんですが、
      この時に合意した線引きがダンレク山地の分水嶺による分け方。
      それによると地図上ではプレアヴィヒアは分水嶺の南側に辺り、仏領インドシナに組み込まれる事になるのです。

      でも後々タイが土地の計測をしてみると、あれっ…フランスの分水嶺間違ってね…!? 
      プレアヴィヒア… 俺らの領土に含まれるんじゃねってな具合。
      しかしタイはそれを主張せずなぜか黙ってたんですよね。
      一部にはジャイアン的存在のフランスをあまり刺激したくなかった様です。

      しかし第二次世界大戦で日本軍が東南アジアにも躍進、
      あれっ…これってチャンスじゃね…!? 
      タイがこのどさくさに紛れて仏領インドシナを攻撃し、プレアヴィヒアを再び奪還。
      圧力を掛けた日本の仲介(東京履行)もあり、領有権は再びタイへ移るのです。

      しかし大戦は終わり日本は敗戦国に。
      フランスは敗戦国が仕掛けた履行など無効だと主張し、領土はフランスに戻るんですが、
      タイは軍隊をプレアヴィヒア周辺から引かず武力で周辺を制圧するのです。

      これにはフランスもカンボジアも困った。
      結局フランスから独立したカンボジアが国際司法裁判所に訴えるにまで発展し、
      タイの領土訴えは棄却される結果になるのですが、
      それでもタイ軍はどかず・動かず・聞く耳持たず。
      判決に不服を示し、あくまでも自分たちの領土を主張してきたわけですが、
      2008年にプレアヴィヒアが世界遺産に登録されちゃったもんだからそりゃあもう大変。
      タイ人怒る 当然カンボジアンもやり返す。
      国境線を挟んで両国の軍隊が睨み合うまで発展し、紛争がスタート。

      そんな両者が衝突し泥沼状態に陥った国境問題ですが、
      今ではタイ側がある程度懐柔し、領土問題はようやく解決に進んでいるのです。

    • これがタイ側に伸びる参道。<br />確かにプレアヴィヒアにはタイ側から入る構造になっています。<br />現在もタイ人はプレアヴィヒアに入る事は許可されていません。

      これがタイ側に伸びる参道。
      確かにプレアヴィヒアにはタイ側から入る構造になっています。
      現在もタイ人はプレアヴィヒアに入る事は許可されていません。

    • ちょっと前まで紛争地帯だったとは思えない、のどかな光景にほっこり。

      ちょっと前まで紛争地帯だったとは思えない、のどかな光景にほっこり。

    • リンガの参道を真っ直ぐ南へ上がっていきます。

      リンガの参道を真っ直ぐ南へ上がっていきます。

    • プレアヴィヒアの建造はクメール王朝で名君の一人とされるヤショヴァルマン1世。<br />ヤショヴァルマン1世の在位期は20年程度(889-910年)と短いのですが、<br />現在のアンコールの礎を築いた王で、熱心なシヴァ教信者だと言われています。<br /><br />プレアヴィヒアは当時の都から遥かに離れた場所に位置しますが、<br />建造されてからも長い期間に渡り修繕・拡張が繰り返されてきた経緯から、<br />それだけクメール王朝にとって神聖な場所であった事が伺えます (*゚∀゚)ノ

      プレアヴィヒアの建造はクメール王朝で名君の一人とされるヤショヴァルマン1世。
      ヤショヴァルマン1世の在位期は20年程度(889-910年)と短いのですが、
      現在のアンコールの礎を築いた王で、熱心なシヴァ教信者だと言われています。

      プレアヴィヒアは当時の都から遥かに離れた場所に位置しますが、
      建造されてからも長い期間に渡り修繕・拡張が繰り返されてきた経緯から、
      それだけクメール王朝にとって神聖な場所であった事が伺えます (*゚∀゚)ノ

    • こちら第二塔門。親切に階段も新調されています。

      こちら第二塔門。親切に階段も新調されています。

    • 第二塔門の神殿の入り口。<br />まぐさ石をよく見ると…

      第二塔門の神殿の入り口。
      まぐさ石をよく見ると…

    • おおっ。乳海攪拌のレリーフ発見 w(゚∀゚)wオオッ!

      イチオシ

      おおっ。乳海攪拌のレリーフ発見 w(゚∀゚)wオオッ!

    • 続いて第三塔門。<br />プレアヴィヒア寺院の様式は山の斜面に神殿を設ける山岳テラス式と呼ばれるもので、<br />現存するクメール建築において、この様式はラオスのワットプーと<br />このプレアビヒア寺院の二つしかないと言われています。<br /><br />元々クメール建築は寺院を山に見立てて神聖な場所を演出しているわけですが、<br />プレアヴィヒアは山自体が神の住む聖域として位置付けられているのです。

      続いて第三塔門。
      プレアヴィヒア寺院の様式は山の斜面に神殿を設ける山岳テラス式と呼ばれるもので、
      現存するクメール建築において、この様式はラオスのワットプーと
      このプレアビヒア寺院の二つしかないと言われています。

      元々クメール建築は寺院を山に見立てて神聖な場所を演出しているわけですが、
      プレアヴィヒアは山自体が神の住む聖域として位置付けられているのです。

    • 第三塔門。うーんすごいぞ ((((゚Д゚ ;))))

      イチオシ

      第三塔門。うーんすごいぞ ((((゚Д゚ ;))))

    • 遺跡のほとんどは荒れ果てたまま放置されてます。<br />個人的には修繕せずとも、この荒廃具合に遺跡としての美しさを感じる方です。

      遺跡のほとんどは荒れ果てたまま放置されてます。
      個人的には修繕せずとも、この荒廃具合に遺跡としての美しさを感じる方です。

    • そして参道にはリンガが多数あります。<br />リンガは男性器を具現化したもので、<br />生命を生み出し続けるシヴァ神の象徴として信仰の対象にしたものです。

      そして参道にはリンガが多数あります。
      リンガは男性器を具現化したもので、
      生命を生み出し続けるシヴァ神の象徴として信仰の対象にしたものです。

    • 第四塔門。このテラスからの眺めは抜群。

      第四塔門。このテラスからの眺めは抜群。

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      この旅行記へのコメント (6)

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      • by kiyo さん 2017/05/11 23:42:42
        プレアヴィヒア
        morisukeさん、こんばんわ。
        プレアヴィヒアと聞いて、ピクッと反応してしまいました。
        紛争地帯で行けなかった場所ですよね。
        morisukeさん、見に行かれたとは羨ましいです。

        カンボジアは私もツアーで15年以上前に行ったことがあります。
        ぼこぼこの悪路で、マイクロバスが跳ね上がり、
        バスの天井に何度も頭をぶつけたことを思い出しながら
        morisukeさんの旅行記を拝見しました。

        遺跡は、どこも荒廃していますね。
        崩れ落ちてきたり、足元が抜け落ちそうな気がして、
        写真を見ているだけで、手に汗をかいてしまいました(^^;。
        kiyo

        morisuke

        by morisuke さん 2017/05/12 02:57:37
        RE: プレアヴィヒア
        kiyo さん

        こんばんは。いつもありがとうございます(*´∀`*)
        今回10数年振りにシェムリアップを訪れたわけですが、その変わり様には驚きました。もう完全な一大観光地に変貌しています。アンコールワットの入場料も今や一日37ドルしますしね…。マイクロバスに頭をぶつけるのは昔の話(私も経験ありです)、今は全面舗装の快適な道に変貌しています。プレアヴィヒアと聞いてピクッと来るのは昔のシェムリアップを知っているからかもしれないですね(゚Д゚)≡゚д゚)
        それではまた。

        Mori Neko
      • by asamiy さん 2017/05/08 04:25:58
        1日で3か所ですか
        プレアヴィヒア、コーケー、ベンメリアと1日で3か所見学ですか。なかなかハードなツアーですね。コーケー以外は2回以上いったことがあるのですが、私の旅行記は写真をアップした程度で、文章はわずかしか書いていないです。(笑)

        2月にもカンボジアに行ったばかりなのに10日後にはシェムリアップを経由してプノンペンに行き、鉄道にの乗るつもりです。

        旅行記また読ませてください。楽しみにしています。

        morisuke

        by morisuke さん 2017/05/11 04:06:13
        RE: 1日で3か所ですか
        asamiy さん

        こんばんは。コメントありがとうございます!(^^)!
        3遺跡を一日で回る強行軍ですが、道中は車の中でひたすら快眠してましたので体力的には全然楽でした。でも私だけかも…(‐ω‐。*) それぞれ2回以上行った事があるってのはすごいですね、確かに乾季と雨季では全然雰囲気が違うと聞きましたので、もう一度訪れてみたいと思います。
        プノンペンからの鉄道はシアヌークビルに行くやつですよね。2015年春にプノンペンを訪れた時はまだ列車の開通はされてなかったのですが、駅前は貧民窟みたいでとにかくガラが悪かったのをよく覚えています。鉄道開通に伴い改善されていると思うのですが、念のため安全面は十分お気を付けくださいませ。

        Mori Neko
      • by trat bald さん 2017/05/07 08:58:01
        hidezouさんがポチッ!するだけ有って格が違う!
        さすがの一言しか出てこない、プレアヴィヒアはツアーの方が合理的な旅が出来そうですね、何より正確な歴史認識が旅行記の中身を数倍濃くしてくれてる!
        Ps.トラート県東部の海岸線カオ・ラン村も'80年前後のクメール・ル−ジュ掃討のどさくさでヤヤこしい場所が有ります、現在は陸軍が駐留してビーチを経営、敷地内には赤十字センター(歴史博物館)も有ります(^o^)

        morisuke

        by morisuke さん 2017/05/11 03:53:53
        RE: hidezouさんがポチッ!するだけ有って格が違う!
        trat bald さん

        こんばんは。書き込みありがとうございます(*^-^*)
        10年以上前にシェムリアップに行った時はプレアヴィヒアなんて日帰りじゃまず辿り着けない場所でした。他の郊外の遺跡も地雷のリスクがあるので単身ではまずムリ… そう考えると今は日帰りでツアーが簡単に組めちゃうので、つくづく時代は変わったモンだと感じてしまいます(笑) 歴史についてはそんな偉そうに語れるほど大した知識は持ち合わせておりませんが、少しでも共感頂けるならば幸いでございます。人生死ぬまで勉強、でしょうか。このスタンスはずっと続けて行きたいと思います(≧▽≦)

        カオランは初めて知りました。トラートに当たるのでしょうか。東の最奥なので中々行く機会がありませんが、一度は訪れてみたい場所です。でも内戦時代にタイはクメールルージュの資金調達を黙認してましたからね… 国境線上にはきな臭い場所があっても何ら不思議はない様な気がします。
        今後ともよろしくお願い致します。

        Mori Neko

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