2016/08/09 - 2016/08/16
37位(同エリア47件中)
嶋泉心足齋さん
- 嶋泉心足齋さんTOP
- 旅行記44冊
- クチコミ25件
- Q&A回答3件
- 43,479アクセス
- フォロワー4人
インドのカルナータカ州フンスールという町の近くにJビレッジと呼ばれる村があります。ここは人民解放軍によるチベット侵攻以降にインドに亡命してきたチベットの人たちの居留地です。その中にギュメ寺という寺院があります。寺院とはいえ、どちらかというとチベット文教学の大学という位置づけです。
-
8月9日、関西国際空港から出発です。ちょうどパスポートを更新したばかりでしたので、自動化ゲート利用登録をしておきました。夏休みで非常に混んでいますので、きわめて有効です。
シンガポール航空でチャンギ国際空港へ向かいます。およそ6時間かかります。到着はターミナル2で、次のバンガロール行きはターミナル3発で、3時間以上トランジットの時間があったので、ターミナル3に移動してバタフライガーデンを見学しました。 -
セントーサ島にあるものを小規模にしたような感じで、様々な蝶が舞っています。長時間の飛行での疲れを癒やしてくれます。
-
また、そのすぐ近くにフードコート「Singapore Food Street」があったので、ラクサをいただきました。
このフードコートは、キャッシャーでICカードに任意の金額をチャージしてもらい、それで各店舗の支払いをします。最後にキャッシャーにカードを返せば、残金が返ってくるというシステムです。ちなみにこのラクサは7.5SGD。 -
バンガロールへは3時間半ほどで、時差が2時間半あるので、到着時間が出発時間の1時間ほど後になります。
今回はeツーリスト・ビザを取って行ったので、イミグレーション・カウンターが通常のものとは違いました。手前に専用のカウンターがあり、ここでいくつかのやりとりと、顔写真、指紋のスキャンを終えると、入国になります。その後、手荷物の検査、預けた荷物の受け取りという流れで、入国が完了です。
空港からバスで約一時間、今晩の宿に到着。すでに日が変わる直前です。 -
翌朝は7時半から朝食をいただいて、9時にホテルを出発して、ギュメ寺に向かいます。
非常にいい天気で空が高いです。 -
途中、カフェで休憩。
-
12時半にマイソールのホテルで昼食をいただきました。ギュメ寺のロサン・ベルデン管長猊下が迎えに来てくださいました。
-
お寺に着いたのは15時過ぎです。
-
ギュメ寺の門の内側からゲストハウスの前まで、3〜4歳の小坊主さんから、少年僧、成年僧、中年僧、壮年僧、老年僧と数百人の僧侶が道に並び、手にした花々を手渡し、カターと呼ばれる幅一尺長さ六尺あまり白い布を頸にかけてくれました。
これは「僧列」という伝統的な歓迎の儀式だそうです。
数百人もいたら、カターが欠けられなくなってしまうのではと思われますが、雪だるま状態になる前に、別の僧侶が回収し、それを小坊主さんたちが手持ちがなくなった僧侶に再配布していきます。
全員がゲストハウスの前につくと、花びらが空中に撒かれました。 -
それから、ゲストハウスで高僧列席のお茶会が開かれ、「ドゥシ」という米料理――日本で言うと赤飯に相当する縁起物――が供されました。
2007年に完成したゲストハウスで15日までお世話になります。 -
小坊主さんたちも熱心に勉強しています。小さい子は3歳とか4歳だそうです。
-
この日は特に予定がないので、お寺の中を軽く見学しました。ちょうどお坊さん型が、問答の練習をしていらっしゃいました。
-
一通り回って、ゲストハウスに戻り、この日は18時半から夕食をいただきました。
夕飯は基本的に、日本でいうところのすいとんのようなものだそうです。 -
翌11日は5時半から勤行。合間に少年僧たちが、バター茶やナンを手早く配っていきます。私も他の参加者の方々と一緒に――ただ、我々はこの後別に朝食がありますので、申し訳ないですが半分だけ――いただきました。これは滞在中変わりません。
6時半に勤行が終わり、7時から朝食をいただきました。
その後、9時から法話を頂戴しました。講師は、チベット仏教の最高学位であるゲシャ・ラランパ(ハランパ)のセルナン=ロティ師。一年間のギュメ寺留学に他のお寺から来られたのですが、請われてとどまっていらっしゃるという方です。 -
終了後、昼食を摂って少し休憩、その間に少し散歩に出ました。雨期ですが天気もよく、いろんな草花も目にすることができました。
-
散歩から戻り、14時から管長猊下による灌頂を受けました。その性質上、詳細は記すことができません。これは後の日程も同じです。
(写真は灌頂の時の管長猊下の座。後ろ姿は施主さんです。)
この灌頂は管長猊下が得意とされるものだったようで、午前中いっぱいを瞑想に当て、通訳付きとはいえ5時間にも及ぶという熱の入ったものになりました。通訳を務めてくださった先生も、今まで受けた中でも屈指の灌頂だとおっしゃっていました。
灌頂が予定より長くなったので、夕食は19時からいただきました。 -
開けて8月12日、やはり5時過ぎから勤行があり、7時から朝食、そして8時半から管長猊下による2度目の灌頂を頂戴しました。この灌頂は、あるカテゴリーの灌頂を受けていないと資格がないので、管長猊下は、通訳の先生と、施主様の2名しか資格はないね、と確認されました。それに対して、通訳の先生が、前日の灌頂がそのカテゴリーのものであることを指摘されると、管長猊下が「あ、そうだった、忘れてた」をおっしゃるユーモラスな一場面もありました。「5時間もやって忘れたんかい!」と一瞬思いましたが、よくよく考えると、たぶんこれは、その灌頂が該当カテゴリーのものだということを忘れてた、ということだと思います。
灌頂のあと、少し施設を見学させていただきました。写真は旧本堂中で若い僧が砂曼陀羅の練習をしているところです。
昼食後、14時から歓迎のセレモニーを本堂で開いてくださいました。主立った僧侶の方々が勢揃いし、日本から訪問した一同と、管長猊下、ゲクーという儀式を管轄するナンバー3にあたる方が前に並びました。副管長猊下は、選任されたばかりで、別の寺院で行をされているとのことで不在でした。
今回の主賓である施主様、管長猊下に続いて、ゲクーの挨拶があったのですが、これが長いのなんの。実はゲクーというのは、副管長候補になる役職なのですが、任期は3ヶ月だそうで、巡ってきた晴れ舞台に張り切っているのだろうと、日本人一同は思いました。
終わってちょっと休憩して、管長猊下の部屋を訪問し、持参したお土産をお渡しし、参加者それぞれが素朴な疑問、あるいは専門的な質問をしました。私は質問というよりは感想で、管長猊下もセルナン・ロティ師も、仏教の根本は人の役に立つ、人の苦を除くことだとおっしゃっていたので、日本は石門心学とか近江商人の「三方良し」とか、そういう道徳的なことの中に、仏教的な思想の根幹を取り入れているんだなと感じたということをお話ししました。すると管長猊下は、インドネシアが元々仏教圏であり、その後最大のイスラム今日国家になったことをあげられ、いろんなイスラム教国を訪れたが、インドネシアは他と違うように感じるが、それはそうした経緯のせいかもしれないとおっしゃいました。 -
18時から問答大会の様子を少し見学させていただきました。チベット仏教は非常に論理学が発達しているのだそうで、問答を非常に重視するのだそうです。会場の梁のところにも「私の言葉だからという理由で、私の言葉を信じてはいけない」という趣旨の、お釈迦様の言葉が刻まれているそうです。
-
この日の問答は、前日の練習とは違って本気のものでした。
-
途中でセルナン・ロティ師が参入して、白熱していました。後で伺うと、レベルとしては知識の確認程度ということで、高度な議論ではなかったようですが、内容的には面白いもののようでした。
19時の夕飯をいただき、翌日に備えて早めにお休みしました。 -
8月13日、やはり5時過ぎから勤行で、7時朝食という規則正しい生活です。その後、8時半から管長猊下の灌頂を頂戴しました。実は管長猊下、このあとすぐベトナムに出張ということで、連続で灌頂をしてくださいました。しかも我々が訪問する直前にイタリアから帰国されたばかりということで、すごい体力・精神力だと感服しました。ら管長猊下の灌頂を頂戴しました。実は管長猊下、このあとすぐベトナムに出張ということで、連続で灌頂をしてくださいました。しかも我々が訪問する直前にイタリアから帰国されたばかりということで、すごい体力・精神力だと感服しました。
そして、この日は10時から、施主さんがお布施を渡されるという儀式(写真)がありました。この儀式は「ゲー」というそうで、お布施を僧侶の頭割りにして、それを一人ひとりに直接手渡しされていくというものです。
昼食後、14時から2回目の法話を頂戴しました。今回の内容は帰依と瞑想についてでした。 -
終わってから再び散歩に出ました。
かなり大きなトカゲに遭遇しました。 -
こちらは、村人の祈りの場のようです。マニ車が見えます。
-
8月14日、この日は行ってみればお休みで、朝の勤行と朝食の後、マイソール観光に行きました。
まずは、定番のマハラジャ・パレス。数年前に先代のマハラジャが亡くなり、男子がいなかったために、姉の孫に当たる男性が跡を継がれ、数ヶ月前に婚礼が行われたばかりだとか。 -
宮殿はヒンズー教やイスラム教など各種の建築様式を取り入れて、造られています。
残念ながら、宮殿内は撮影禁止でした。 -
次の写真は、宮殿内のShweta Varahaswamy?Temple?。
-
その後は、駆け足で。
まず、チャマンディ・ヒルにあるsri chamundeshwari temple。参拝時間の狭間で中には入れず。 -
チャームンディの丘へ向かう途中にある聖なる牛ナンディの像を見に行きました。
-
再びマイソールの町に戻りますが、あまり天気がよくありません。
このあと、バザールに入った時点で雨に降られてしまいました。雨季とはいえあまり雨が降らずに、チベット村の人々がお寺に雨乞いに来ていたくらいなので、これはこれでいいことだったと思います。
なお、バザールでは、コリアンダー、チリ、ターメリックのパウダー各100gを買いました。しめて90ルピー。 -
翌朝(8月15日)、この日がギュメ寺最終日、ちょっとあわただしく、7時から30ほどで朝食を終えて、8時から法話。今日は「菩薩戒二十偈」に基づいて、4つの大罪(根本罪)と四十六の軽罪(支分)についてお話いただきました。」に基づいて、4つの大罪(根本罪)と四十六の軽罪(支分)についてお話いただきました。
法話が終わって、寺院併設の学校を見学しました。
こちらは小中高に相当する校舎。 -
次は半年間の大学相当の特別コース用の校舎で、後者には海外からの留学生も在籍しています。
写真の右手が宿舎で、正面奥が教室です。 -
大学生の授業風景。
-
行事用のホール。
-
別の建物の部屋では、小坊主さんたちが授業を受けていました。先生の質問に活発に応える格好で、問答の練習にもなっている感じでした。ちなにみこの部屋は、先生役の僧侶の居室にもなっているそうです。
-
こちらは二十歳前後の僧侶たち。一生懸命経典を暗記しています。膨大な量の経典を暗記しなければならず、試験でもし失敗すれば、師匠も責任を問われるので、みんな必死です。ちなみに、経典を覚えていないと、本堂での勤行には参加できません。
-
本堂の屋上にもあがらせていただきました。
-
一通り見学し、11時に早めの昼食を摂り、11時半からお別れのセレモニー「僧列」でカターや花々を頂戴しました。
皆さん、内門のところまで見送ってくださいました。 -
途中、小一時間ほどの休憩を挟み、5時間近くかかって、バンガロールの空港近くのホテルへ。ここで夕食をいただきました。ここから空港までは30分ほどです。
余裕を持って、20時過ぎにチェックインし、イミグレを通って手荷物検査。手荷物検査は男女が別でした。ボディチェックなどの配慮のようです。ここで注意が必要だったのが、航空券と、チェックイン時にもらった手荷物用タグに検査終了のスタンプがきちんと押されたことを確認すること。このスタンプがないと搭乗時に、手荷物検査をやり直すことになります(実際、何人か引っかかっている人がいました)。
搭乗までは時間があるので、お土産物を買います。両替したルピーをここで使い切ってしまおうという算段です。
この日は8月15日、インドの独立記念日ということで、1947ルピー以上買い物をすると、390ルピーのマグカップのプレゼントがもらえました。
23時過ぎに離陸し、シンガポールのチャンギ国際空港着は翌日の6時過ぎ。時差が2時間半ありますから飛行時間は4時間半ほどです。
そしてシンガポールから日本への飛行機は13時過ぎ。トランジットの時間が7時間ほどありますので、一時入国しました。
ほとんど会社関係の人に会うだけでしたが、ちょうど今回の出発日8月9日はシンガポールの独立記念日だったので、あちこちにまだその名残を見ることができました。
写真はシンガポールの国旗がかけられている様子です。 -
12時前に空港に戻って、お土産物を買って、再びフードコートで腹ごしらえ。今度は「肉骨茶セット」です。11SGDくらいだったので、結構良心的な値段だと思います。
飛行機は1時間ほど遅れて出発、定刻をやや過ぎて関西国際空港に到着しました。この日、シンガポール航空は機体トラブルがあったようで、私より遅い時間はかなり大変な混乱振りだったようです。
家に帰り着いたのは24時ちょっと前。ほぼ1日半を移動に費やしたのは結構辛かったです。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
39