2012/10/26 - 2012/10/27
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norfuzzyさん
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熊野詣をしました。
熊野詣(くまのもうで)とは、紀伊半島南部、熊野にある、本宮(ほんぐう)・新宮(しんぐう)・那智(なち)の熊野三山を参詣することです。
仏教が伝来して後、しばらくすると、神と仏は融和して、神の本地(本体)は仏であるという本地垂迹思想がうまれました。
日本の神は、仏が人々を救うために「権(かり)」に神となってこの世に現れた、というのです。
「権」に現れた神を「権現」と言われる様になったそうです。
*本地垂迹思想、権現:詳しくはこちらで確認してください。
このことより、熊野の3つの大社を熊野三山(山?寺)と呼びならわされるようになりました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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熊野本宮大社 全国3000社ある熊野神社の総本宮
主 神:家津美御子(けつみみこ)
本地仏:阿弥陀如来
向かって左から、結宮、本宮、若宮
明治22年まで、本宮大社は500mほど離れた川の中州に鎮座していました。
そこは大斎原(おおゆのはら)といい、12の社殿や神楽殿、能舞台などがたちならんでいました。
ところが、上流の無計画な山林伐採により大洪水が起こり、ほとんどの建物が流されたしまいました。
その時、辛うじて流出を免れたのが、現在の本宮に移設されました。
いずれも江戸時代の建築で、重要文化財。熊野本宮大社 寺・神社・教会
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大斎原(おおゆのはら) 旧熊野本宮社地
古来、熊野本宮は現在の場所にあったのではなく、眼下を流れる熊野川支流の中州に鎮座ましましていたそうだ。
明治22年、のちに十津川の大洪水・大水災、熊野川大水害、熊野川大洪水などとも呼ばれる自然災害により、多くの建物が流され、辛うじて残った社殿を現在の地に移築した。
中世以降、多くの貴賎男女が「蟻の熊野詣」と言われたほど参詣されたにも拘らず、案外こぢんまりとしていたのに、若干の不思議を覚えた理由がこれで納得できました。
現本宮より歩く事5分、日本一の大鳥居(高さ33.9m、横42m)が見えました。
丸内が参詣されてる方
なるほどでかい。
宮島の鳥居が16.8mなので、二倍の高さです。旧社地 (大斎原) 名所・史跡
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熊野速玉大社
主 神:熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)
本地仏:薬師如来
熊野速玉大社のある新宮市の名前の由来は、熊野三所権現が最初に降臨せられた元宮である神倉山から現在の鎮座地にお遷りになり、これより神倉神社の『旧宮』 に対して『新宮』と言われたのが由来だそうである。熊野速玉大社 寺・神社・教会
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熊野速玉大社から熊野那智大社へ向かうには、
那智勝浦から那智川に沿って、遡上する。
九十九折りを登って神域に近づくと、まず初めに見えてくるのが、那智の大滝(一の滝)である。
落差は133mであり、総合落差では日本12位だが、一段の滝としては落差日本1位の名瀑である。
那智山一帯は、滝に対する自然信仰の聖地であり、一の滝は飛瀧神社の神体である。那智の滝(那智大滝) 自然・景勝地
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熊野那智大社
主 神:熊野牟須美神(くまのむすみのかみ)
本地仏:千手観音熊野那智大社 寺・神社・教会
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熊野那智大社から望む、青渡岸寺三重の塔と那智の大滝
西国三十三所第一番札所 那智山青渡岸寺
本尊:如意輪観音菩薩
宗派:天台宗
中世から近世にかけて、隣接する熊野那智大社とともに神仏習合の修験道場であり、如意輪堂と称された。
明治時代に神仏習合が廃されたとき、熊野三山の他の2つ、熊野本宮大社、熊野速玉大社では仏堂は全て廃されたのですが、熊野那智大社では如意輪堂が破却を免れ、のちに信者の手で青岸渡寺として復興したそうだ。
西国三十三所も巡拝したいけれども、いつの事になりますやら。那智山青岸渡寺 寺・神社・教会
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