2008/11/21 - 2008/11/30
6位(同エリア11件中)
タケさん
JICA(国際協力機構)のSV(シニア海外ボランティア)としてマラウイに滞在中(ダイヤモンド 探査他に従事)の2008年11月下旬に、任国外旅行で「ダイヤモンド王国」ボツワ ナを訪ねた。
- 旅行の満足度
- 4.0
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[ボツワナの地図と国旗]
南半球に位置するボツワナは、日本の約1.5倍の面積の国土に人口はわずか186万人という超低人口密度で、政治・経済が安定しているため治安はきわめて良好。1966年にイギリスより独立(マラウイは1964年)、翌年ダイヤモンド鉱床が発見され、その後も続々と発見・開発が進み、さらにそれらの品質が良いため現在取引額は世界最大と言われている。教育・福祉・インフラ整備に投資された結果、ボツワナ国はアフリカ随一の発展を遂げている。
輸出の75~90%、国の歳入の50%強がダイヤモンド関連が占めていて、国民の医療費と教育費は無料 とのこと。 -
[プロペラ機でボツワナへ]
いつもの例で、Air Malawiは45分遅れでマラウイの空港を離陸。 2時間後に着いたヨハネスブルグ空港では雨天の影響かまるまる1時間遅れで出発(ボツワナの首都Gaborone-ハボロネ-までの飛行時間は50人乗りほどのプロペラ機でわずか1時間なのに)。おかげで予めホテルに頼んでおいた迎えのタクシー料金は、1時間待ったということで2.5倍の料金(2,000円相当)を請求される始末。運転手と一緒にホテルのレセプシヨンへ行ったところ、居合わせた男性の係員もそれだけ払うべきだと言う。当方の責任では無いと言い張ったが「払うべきだ」の一点張りで、仕方なく支払わざるを得なかった。 夕刻のGaboroneは曇り空で、着ていた半袖では涼し過ぎるぐらいだった。 -
[サファリ車で一路カラハリ砂漠へ-1]
メールでやり取りしていたボツワナのツアー旅行社のメールが途切れていたので 心配だったが、翌朝約束の時間の10分前にホテルまで迎えに来てくれたのでホッとする。行き先は、あのブッシュマン(San people)が狩猟生活をしていたカラハリ砂漠への一泊旅行。Land-Roverを改造した10人乗りのサファリ車には他に参加者は誰も居なくて、当方一人だった。どうやらオフ・シーズンのよう。目的地はGaboroneから210kmあまり北西方にあるカラハリ砂漠の南端部Khutse Game Reserve(クーツエ野生動物保護区:面積≒2,500km2)で、9:00にホテルを出発。 朝方は小雨模様で寒いぐらいだったが、Gaboroneから離れるに従って徐々に暖かくなってくる。道路舗装は完璧で、マラウイみたいに穴凹も無く、常時80~100km/時のスピードで飛ばして行く。半分ほど走った所で砂道になり、いよいよカラハリ砂漠が始まる。
砂漠と言っても一ヶ月ほど前から既に雨季に入っているので、周りの広大な地面にはブッシュや背丈の低い木々が生えている。道中、若い男性のガイドによる通り過ぎる街の話やら、ブッシュマンの物語やら、カラハリ砂漠に屯する動植物の話やらを聞きながら、また途中で馬に乗って牛やヤギを追っている青年たちを眺めながら、3時間ほどで保護区の手前にあるロッジに到着。気がつくと、空は真っ青で日差しがきつくなってきた。事前に申し込んでいたのは、保護区の中にあるテントサイトで一泊するということだったが、参加者が一人ということでロッジに変更になったよう。ロッジの方がゆったりで湯も使え、食事も豪華だったが、追加費用は払わなくても良いとのこと。 -
[サファリ車で一路カラハリ砂漠へ-2]
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[サファリ車で一路カラハリ砂漠へ-3]
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[サファリ車で一路カラハリ砂漠へ-4]
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[サファリ車で一路カラハリ砂漠へ-5]
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[サファリ車で一路カラハリ砂漠へ-6]
途中の道路を歩いていた「りく亀」。 -
[カラハリ砂漠の中にあるロッジ-1]
ボツワナ伝統の造りを模した独特の形をした数棟の戸別ロッジの周りには、地平線 までサバンナ状の広大なカラハリ砂漠が広がっており、静かながら圧倒される感じ 。中庭には小さいながらもプールがあり、聴いてみると、比較的浅い所に地下水があるのでそれを利用している、とのことだった。ブッシュマン特有の背丈の低い小さな草葺きの住居も残されている。 -
[カラハリ砂漠の中にあるロッジ-2]
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[カラハリ砂漠の中にあるロッジ-3]
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[ブッシュマンの家跡-1]
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[ブッシュマンの家跡-2]
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[クーツエ保護区でGame drive-1]
豪華な昼食で満腹になり、ロッジでしばらく休憩してからサファリ車でクーツエ保 護区にGame driveに出掛ける。メインのお目当てはカラハリ以外では見られないという黒いたてがみを持つ Kalahari black maned lion (たてがみのあるライオン)を見つけることだった。簡単な棒を渡しただけの門を入って、カラハリ・クリスマスツリーと言われる色とりどりの花が両側に繁茂した凸凹道をゆっくりと進む。Panと呼ばれるだだっ広い平原に動物がよく集まるというので何ヶ所か行ってみた。一部は簡単な飛行場になっている。ペアで仲良く歩き回るダチョウやジャッカル・野うさぎ・インパラ・スプリングボック(鹿の仲間)・バッファロー等が見られた。3時間ほど広大な砂漠を走り回ったが、ライオンはついに見当たらなかった。ガイドも「ライオンよ、何処に居るんだ、出て来?い。」とつぶやきながら、遠くまで良く見える目で探してくれたが……。その日は諦めて、砂漠の彼方に沈んでいく真っ赤な夕陽を見ながらロッジに帰って来た。
ガイドお薦めのAmarulaという果実酒(その実は象の好物とのこと)を嗜みながら 夕食を摂っていると、玄関の方で騒ぎ声がする。行ってみると薄暗い玄関の外側に蛇がとぐろをまいて鎌首をもたげている。聴けばケープコブラの子供で猛毒を持っており、噛まれると数分で死に至ると言う。フラッシュをたいて写真を撮っても姿勢は変わらない。しばらくは誰も玄関に近寄れなかったが、そのうち居なくなってしまいひと安心。また聴くところによると、Game Reserveの周りには柵が無いので、飼っている牛がライオンに襲われるということもたまにはあるらしい。ロッジで働く職員も命がけというわけ。部屋で熱いシャワーを浴びて表に出ると(蛇に注意しながら)、あたりは真っ暗なので見上げると、満天の星空で天の川もはっきりと見える。360°地平線の彼方までこんなにも星が有ったのかと思うほどの眺めで、部屋に入るのがためらわれるほどだった。 -
[クーツエ保護区でGame drive-2]
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[クーツエエ保護区でGame drive-3]
色とりどりの花を持つ カラハリ・クリスマスツリー。 -
[クーツエ保護区でGame drive-4]
保護区の中にあるテントサイト(元々はここに泊る予定だった)。 -
[クーツエ保護区でGame drive-5]
広大なカラハリ砂漠。 -
[クーツエ保護区でGame drive-6]
カラハリ砂漠を歩くダチョウ。 -
[ダチョウのペアが歩く広大なカラハリ砂漠]
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[クーツエ保護区で見る夕陽-1]
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[クーツエ保護区で見る夕陽-2]
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[ロッジ内のレストランにて-1]
スタッフは ブッシュマンの夫婦。 -
[ロッジ内のレストランにて-2]
Amarulaという甘い果実酒(その実は象の好物とか)。 -
[ビン入りのAmarula]
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[ロッジ内のレストランにて-3]
玄関の外側でとぐろをまいて鎌首をもたげる ケープ・コブラの子供。 -
[水分豊富な野生のスイカ]
翌日は5:30に起床。砂漠の地平線から昇る朝陽を見ながら身支度をして、紅茶に ビスケットを食べて再びGame driveに出発。道中にはブッシュマンが水を得る貴 重な野生のスイカがたくさん見られた。日本の生物学者が調査に来たこともあるとのこと。手まりほどの大きさで中は白くて甘みは全くないが、水気は充分。この日も3時間ほどゆっくりと時間をかけて廻ったが、ダチョウやスプリングボックそれに地面にあいた小さな穴から出入りする数匹のミーアキャットたちに出会えただけだった。ハイエナの足跡や骨は見られたが…。あとで当国に駐在している日本人に聴いてみても、ライオンはたまに見られても臆病なのか、遠くからそれも後姿だけだったとのこと。
帰りには、近くにあるブッシュマンの集落(政府の意向で砂漠から移住させたもので 、2,000人ほど住んでいるとのこと)に立ち寄って、砂漠で火を起こす技や水を大量に含む特殊な芋を掘り出す術(スベ)等の生活の知恵を見せてくれるというSan-walkを頼んでもらったところ、当事者が急病とのことで残念ながら体験は出来なかった。
ひそかに期待していたライオンには出会えず、ブッシュマンとも直接接触出来なかったのは残念だったが、360°地平線の見える広大で静寂なカラハリ砂漠の光景は、大きく印象に残った。 -
[クーツエ保護区でGame drive-7]
カラハリ砂漠に生えるサボテン。 -
[クーツエ保護区でGame drive-8]
しぐさが可愛いミーアキャット。 -
[黒いたてがみを持つKalahari black maned lionの剥製(博物館にて)]
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[Gaboroneの街中の光景-1]
翌日から3日間は、Gaborone watchingに充てることにした。計画的に作られた人口20万人の街の中心部に各種省庁が集中しており、銀行や郵便局も近在している。そのすぐそばにMain-mallと呼ばれる長さ200mほどの歩行者天国があって、独特のデザインの施された籐製のバスケットやタペストリーを置いた売店とか食べ物を売る屋台等があって、旅行者や地元の人たちで賑わっている。東端にはこぢんまりとした博物館(入場無料)があって、ボツワナの歴史や風俗・動植物・鉱物等が展示・説明されている。中庭には簡単なレストランがあり、豆入りライスや牛肉・鶏肉・ポテト・煮豆・生野菜等を好きなだけとって勘定してもらうという仕組みになっている。ちなみに畜産は当国の主要産業のひとつで、牛肉は重要な輸出品となっている。ステーキやレバー・煮込んだもの等どれも安くて柔らかくおいしい。街中の屋台でもスパゲティやマカロニと共に昼食でよく食べた。250円も出せばお腹いっぱいになる。
外国人の集まるステーキハウスだと、200gのサーロインやヒレ肉が野菜もついて600円ほどで味わえる。なお、野菜類はすべて南アからの輸入に頼っているとのこと。木陰のベンチに座って行き来する人たちを眺めていて感じたのは、マラウイのように頭にものを載せて歩いている人はまず居ないこと、ほとんどの女性が小奇麗なズボンやジーンズを履いていること等、マラウイとの生活レベルの違いや豊かさを実感させられた(マラウイではどんなに小さい女の子でも、大抵薄汚れて半分破けたスカートを履いている)。
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[Gaboroneの街中の光景-2]
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[Gaboroneの街中の光景-3]
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[安くて柔らかくおいしいステーキ]
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[Gaboroneの街中の光景-4]
ボツワナの英雄像。 -
[地質調査所を訪ねる-1]
6日目には、70kmほど南にあるLobatse-ロバツエ-の街に向かった。道中完全舗装された 道路脇を歩く人は皆無で、周辺にも人気は無く、人口密度の差異を実感する。40分あまりで着いたLobatseは静かな田舎町といった感じだったが、道路に立派な中央分離帯があるのには驚かされた。さっそく地質調査所を訪ねて、ボツワナの地質図とその説明書・ダイヤモンド関連他の鉱物資料を入手。翌朝には調査所所長と物理探査担当者に面会し、磁気探査や重力探査の具体例等ダイヤモンド探査に関するヒヤリングをしたりして、参考になる有力な情報を得ることが出来た。その後、Remote Sensing Centreのセミナー施設他を見学して、夕刻Gaboroneに帰着。
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[地質調査所を訪ねる-2]
Remote Sensing Centreのセミナー施設を見学。 -
[Makolodi動植物の保護区へ-1]
ここは12,000エーカー(≒50km2)ほどの広さの丘陵地で、各種動植物の保護区に なっている。7,8人の参加者とともにサファリカーに乗って出発。インパラやキリン・象・シマウマ等が次々に現われ、しばらく行った別々に金網で囲われた中にはハイエナとチーターが居た。二重になった頑丈な門を入り車から降りて、小さい時から飼育されていると言う一頭のチーターの頭を撫でていると、茂みの奥からもう一頭現われてすぐそばに寝転がってしまった(どちらも雄)。 頭を撫でるとゴロゴロと喉を鳴らしているけれど、噛み付くような気配はまったくなくて、まるで猫そのもの 。最近このイベントを始めたとのことだった。展望台を含めて2時間ほどのサファリだった。敷地の一番奥の方には、今や貴重種となった白サイと黒サイが数頭飼育されているとのこと。帰途立ち寄ったRiver-mallやGame-cityと呼ばれる真新しいショッピングセンターは、先進国にもひけを取らないほどの大きさで賑わっていた。
もちろん ダイヤモンド店も中にある。
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[Makolodi動植物の保護区へ-2]
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[Makolodi動植物の保護区へ-3]
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[Makolodi動植物の保護区へ-4]
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[Makolodi動植物の保護区へ-5]
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[Makolodi動植物の保護区へ-6]
チーターの兄弟と。 -
[地元人の家庭を訪問-1]
夕刻ホテルで寛いでいると、突然外から電話が掛かってきた。女性の声で 聞いてみると、マラウイの地質調査所職員のお姉さんで、オランダ人の医師と結婚して5年前からGaboroneに住んでいるとのことだったので、3週間ほど前にメールで会えたら……と連絡しておいた人からだった。ついさっきメールを開いてみたのでお茶でもどうぞ、ということだったので、早速迎えに来てもらって自宅を訪ねる。 中心部から北東方向に車で10分足らず行った閑静な住宅地内にある結構大きな家で、庭には緑色の実をたくさんつけた大きなマンゴーの木がある。中学生の子供が二人居て、上の男の子は父親と同じ医者を目指しており、下の女の子は飛行機のパイロット(スチュワーデスでは無く)になりたいとのことでKLM航空の研修を受けたりしているとのこと。旦那さんはちょうどオランダに出張中で不在だったが、JICAの顧問医をしているとのこと。彼女の話によると、穏やかな気質のマラウイ人に比べてボツワナ人は人あたりがきつい、とのこと。一時間あまり談笑して帰りに、マラウイの弟さんの家族宛にチョコレートか何か買って行って欲しいとのことで、100Pula(≒1,300円)札を預かりました(帰途、マラウイでは見当たらないウェファース等を幾つか買って持って帰る)。諦めていただけに何とか会えてラッキーだった。 -
[地元人の家庭を訪問-2]
翌朝Gaboroneを発ったが、ヨハネスブルグ空港のTransit deskの Air Malawiの所には搭乗時間になっても係員が現われず、ウロウロしていた数人の乗客と共にかなり離れた搭乗口まで歩いて行って、そこで直接搭乗券を作ってもらうはめになったため、出発が30分以上遅れる、という相変わらずのハプニング(常態?)があった。 午後遅くには何とかマラウイに帰り着けたが……。
今回のボツワナ旅行の印象は、雨季にもかかわらず日差しがすごくきつかったこと だった(連日32~33℃)。さらに真っ黒に日焼けした。思わずホテルのレセプシヨンの人たちに「暑い、暑い」という日本語を教えてしまうほどだった。砂漠地帯という地勢条件とアスファルト舗装による照り返しのせいだろうか? 持っていった団扇が結構重宝した。より赤道に近いマラウイの方がはるかに過ごしやすく感じるほどだった。と同時に、建設中の高層ビルや朝夕の交通渋滞等、何かと豊かさを感じさせられることが多々あった旅行だった。
ボツワナは、自然保護・管理に力をいれて貴重な生態系を守るために観光人員を制 限しており、宿泊費や観光費等は日本並みに高く、その割には接客態度があまり良くないが、機会があれば是非とも再訪してみたい国である。
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[ボツワナのダイヤモンド採掘現場(Jwanengダイヤモンド鉱山)-1]
最後に、これ無くしてはボツワナを語れないというダイヤモンドについて……。
先述のとおり、世界有数のダイヤモンド王国であるボツワナでは、輸出の75~90% 、国の歳入の50%強がダイヤモンドに委ねられていて、同国で現在稼動しているほ とんどのダイヤモンド鉱山はDe Beers社(A Diamond is for Ever-ダイヤモンドは永遠の輝き-のキャッチコピーで知られるダイヤモンド取引の総本山)とボツワナ政府との共同出資(Debswana)で運営されている。空港近くにDTC(Diamond Trading Company)というダイヤモンド加工・販売の巨大な取扱い施設が昨年稼行を始め、ロンドンにあるダイヤモンドの集荷機能を近々ボツワナに移す予定という力の入れ様 。 まもなくDe Beers社の関与する世界中のダイヤモンドがここに集まって来るのでしょう。一方、他のアフリカ諸国同様に、ボツワナでも中国がダイヤモンド研磨等の加工産業に進出しつつあるようで、一抹の脅威を感じる。
Gaboroneから150kmほど西に行った所に、最新の技術と安全性・セキュリティを 駆使して現在世界一と言われる生産量(年間約3,300万カラット)を誇るJwanengダイヤモンド鉱山があり、毎週金曜日には無料で一般に開放されている。事前にメールで申し込んでいたが、当日はたまたまDebswanaの従業員を集めての特別な行事があるとかで、残念ながら見学は諦めざるを得なかった。 ちなみにこのJwaneng ダイヤモンド鉱山は、元々カラハリ砂漠に被われていたのであるが、そこにあったアリ塚に注目し、蟻が地中から運んでくる砂粒から指標鉱物(ダイヤモンドの存在を示唆する鉱物)を化学分析して発見に至った、という興味ある経緯がある。
なお、100Pula札の裏面にはダイヤモンドを鑑定する黒人女性の姿が描かれており 、また2001年にはダイヤモンド特集の記念切手集が発行されている。 -
[ボツワナのダイヤモンド採掘現場(Jwanengダイヤモンド鉱山)-2]
当然のことであるが、ダイヤモンドも石油や天然ガス他と同じく有限な資源なので 、サウジやドバイ等と同じようにうまく運用して、国の将来の発展に繋げていくことが重要な課題となっている。 -
[ダイヤモンドを鑑定?(ダイヤモンド・ショップにて)]
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