ウィーン旅行記(ブログ) 一覧に戻る
ウィーンに1週間滞在すると色々な場所を訪問できる。私のお薦めスポットの筆頭が「ベルヴェデーレ宮殿」(写真)である。この宮殿の美しさは比類がない。この宮殿からぶらぶら歩いてオペラ座まで帰ってくるのも楽しい。次々と外壁の美しい建物に出会うからである。<br /><br />ウィーン観光の定番「シェーンブルン宮殿」も外せない。宮殿内部の見学のみならず、庭園が素晴らしい。ネプチューンの泉、グロリエッテと見所は多い。特に丘の上に建つグロリエッテ内に宮殿風のレストランがあり、ここでティータイム又はランチタイムにするといい。時間とお金のある人には「シェーンブルン宮殿ディナー&コンサート」もお薦めである。<br /><br />クラシック音楽ファンにはオペラ座の内部見学ツアー(日本語ガイドあり)もいい。さらに時間があれば、晩年のベートーベンが遺書を書いたウィーン郊外のハイリゲンシュタットも訪れてみたい。<br />そして、夜は勿論コンサートである。我々はウィーン最後の夜は貴族の館「クーアサロン」にてヨハンシュトラウスやモーツアルトのコンサートを楽しむ。<br /><br />◎私のホームページに旅行記多数あり。<br />『第二の人生を豊かに』<br />http://www.e-funahashi.jp/<br />(新刊『夢の豪華客船クルーズの旅<br />ー大衆レジャーとなった世界の船旅ー』案内あり)

ドイツ・中央ヨーロッパ世界遺産の旅10(ウイーン滞在編その4)

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2015/07/22 - 2015/08/06

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funasan

funasanさん

ウィーンに1週間滞在すると色々な場所を訪問できる。私のお薦めスポットの筆頭が「ベルヴェデーレ宮殿」(写真)である。この宮殿の美しさは比類がない。この宮殿からぶらぶら歩いてオペラ座まで帰ってくるのも楽しい。次々と外壁の美しい建物に出会うからである。

ウィーン観光の定番「シェーンブルン宮殿」も外せない。宮殿内部の見学のみならず、庭園が素晴らしい。ネプチューンの泉、グロリエッテと見所は多い。特に丘の上に建つグロリエッテ内に宮殿風のレストランがあり、ここでティータイム又はランチタイムにするといい。時間とお金のある人には「シェーンブルン宮殿ディナー&コンサート」もお薦めである。

クラシック音楽ファンにはオペラ座の内部見学ツアー(日本語ガイドあり)もいい。さらに時間があれば、晩年のベートーベンが遺書を書いたウィーン郊外のハイリゲンシュタットも訪れてみたい。
そして、夜は勿論コンサートである。我々はウィーン最後の夜は貴族の館「クーアサロン」にてヨハンシュトラウスやモーツアルトのコンサートを楽しむ。

◎私のホームページに旅行記多数あり。
『第二の人生を豊かに』
http://www.e-funahashi.jp/
(新刊『夢の豪華客船クルーズの旅
ー大衆レジャーとなった世界の船旅ー』案内あり)

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  • ある日の朝、地下鉄シュテファン駅からU1に乗ってウィーン中央駅に行く。シュテファンからわずか3駅目なのですぐに着いてしまう。ここから歩いてベルヴェデーレ宮殿へ行く。<br />写真:地下鉄シュテファン駅付近

    ある日の朝、地下鉄シュテファン駅からU1に乗ってウィーン中央駅に行く。シュテファンからわずか3駅目なのですぐに着いてしまう。ここから歩いてベルヴェデーレ宮殿へ行く。
    写真:地下鉄シュテファン駅付近

  • ウィーン中央駅から東に10分も歩けばベルヴェデーレ宮殿(上宮)入口の門に着く。そして、中に入ってみると、この世のものとは思われない程美しい宮殿(写真)が目の前に現れる。参考までにベルヴェデーレとは「美しい眺め」という意味である。

    ウィーン中央駅から東に10分も歩けばベルヴェデーレ宮殿(上宮)入口の門に着く。そして、中に入ってみると、この世のものとは思われない程美しい宮殿(写真)が目の前に現れる。参考までにベルヴェデーレとは「美しい眺め」という意味である。

  • 特に宮殿前の大きな池に映る「(上宮)」(写真)は美しすぎて言葉を失う。私は夢中でカメラのシャッターを押す。ただし、この写真を撮るには3つの条件がいる。「晴れ」「午前中」「無風」である。我々はこの条件を狙ってベルヴェデーレ宮殿に出かけた。

    特に宮殿前の大きな池に映る「(上宮)」(写真)は美しすぎて言葉を失う。私は夢中でカメラのシャッターを押す。ただし、この写真を撮るには3つの条件がいる。「晴れ」「午前中」「無風」である。我々はこの条件を狙ってベルヴェデーレ宮殿に出かけた。

  • ベルヴェデーレ宮殿を取り囲む建物群(写真)も素晴らしい。貴族の館が続いているかの街並みであが、ここがウィーン中央駅付近なのに驚く。ベルヴェデーレ宮殿はプリンツ・オイゲン公(1663〜1736年)の夏の離宮で、オーストリア風バロック建築の傑作である。

    ベルヴェデーレ宮殿を取り囲む建物群(写真)も素晴らしい。貴族の館が続いているかの街並みであが、ここがウィーン中央駅付近なのに驚く。ベルヴェデーレ宮殿はプリンツ・オイゲン公(1663〜1736年)の夏の離宮で、オーストリア風バロック建築の傑作である。

  • しかし、考えてみれば日本も負けてはいない。東京駅の丸の内側、皇居一帯は世界に誇る日本の美が出現している。皇居外苑のみならず皇居内部を含めて日本人・外国人に全面開放すれば東京の価値は驚くほど上がる。日比谷公園と合わせて巨大な緑のオアシスが東京のど真ん中に出現する。経済効果も計り知れない。

    しかし、考えてみれば日本も負けてはいない。東京駅の丸の内側、皇居一帯は世界に誇る日本の美が出現している。皇居外苑のみならず皇居内部を含めて日本人・外国人に全面開放すれば東京の価値は驚くほど上がる。日比谷公園と合わせて巨大な緑のオアシスが東京のど真ん中に出現する。経済効果も計り知れない。

  • 宮殿の裏側(写真)に回ってみる。残念ながら太陽の関係で午前中は日陰(逆光)になってしまい、写真写りが悪い。現在、この上宮内部は19〜20世紀のオーストリア絵画を展示した美術館になっている。

    宮殿の裏側(写真)に回ってみる。残念ながら太陽の関係で午前中は日陰(逆光)になってしまい、写真写りが悪い。現在、この上宮内部は19〜20世紀のオーストリア絵画を展示した美術館になっている。

  • この上宮から穏やかな下り斜面の庭園が下宮まで続き、その先にウィーン市街(写真)が見える。遠くにシュテファン大聖堂の尖塔が建つ。なかなか見事な設計である。

    この上宮から穏やかな下り斜面の庭園が下宮まで続き、その先にウィーン市街(写真)が見える。遠くにシュテファン大聖堂の尖塔が建つ。なかなか見事な設計である。

  • 実はこの宮殿の創建者プリンツ・オイゲン公(1663〜1736年)の時代、ウィーンは一大危機に陥る。1683年、オスマン・トルコ帝国は15万の大軍を編成しウィーンを包囲し総攻撃を行なったのである。(第2回ウィーン包囲)しかし、オスマン軍は攻撃に失敗し、以後、オスマントルコ帝国の衰退が始まる。<br /><br /> 

    実はこの宮殿の創建者プリンツ・オイゲン公(1663〜1736年)の時代、ウィーンは一大危機に陥る。1683年、オスマン・トルコ帝国は15万の大軍を編成しウィーンを包囲し総攻撃を行なったのである。(第2回ウィーン包囲)しかし、オスマン軍は攻撃に失敗し、以後、オスマントルコ帝国の衰退が始まる。

     

  • 現代では想像できないが、当時のヨーロッパ世界においてオスマントルコは脅威だった。この第2次ウイーン包囲で絶大な威力を発揮したのが、ウィーン旧市街を囲っていた鉄壁の城塞である。オスマン軍は城壁を壊せなかった。<br />写真:ベルヴェデーレ宮殿(下宮)を出た大通り

    現代では想像できないが、当時のヨーロッパ世界においてオスマントルコは脅威だった。この第2次ウイーン包囲で絶大な威力を発揮したのが、ウィーン旧市街を囲っていた鉄壁の城塞である。オスマン軍は城壁を壊せなかった。
    写真:ベルヴェデーレ宮殿(下宮)を出た大通り

  • ウィーン包囲の危機が去り、オスマントルコ帝国の衰退のよってウィーンには平和がもたらされた。そして、1857年、フランツ・ヨーゼフ皇帝は歴史ある城壁撤去を命じた。そして、城壁の後に「リンク通り」がオープンしたのである。

    ウィーン包囲の危機が去り、オスマントルコ帝国の衰退のよってウィーンには平和がもたらされた。そして、1857年、フランツ・ヨーゼフ皇帝は歴史ある城壁撤去を命じた。そして、城壁の後に「リンク通り」がオープンしたのである。

  • クラシックファンの憧れの地「ウィーン国立オペラ座」(写真)の内部探検をしてみよう。これには毎日開催されるツアー(日本語あり)に参加するといい。1人7.5ユーロ(1012円)払って15:00から1時間のツアーに入る。

    クラシックファンの憧れの地「ウィーン国立オペラ座」(写真)の内部探検をしてみよう。これには毎日開催されるツアー(日本語あり)に参加するといい。1人7.5ユーロ(1012円)払って15:00から1時間のツアーに入る。

  • オペラ座の内部はまるで美術館である。吹き抜けの大きな階段(写真)を上がっていくだけで貴族になった気分になる。

    オペラ座の内部はまるで美術館である。吹き抜けの大きな階段(写真)を上がっていくだけで貴族になった気分になる。

  • バルコニー席から会場(写真)を眺める。このオペラ座は1869年、モーツァルトの『ドン・ジョバニ』でこけら落としが行われた。日本の明治維新の翌年である。

    バルコニー席から会場(写真)を眺める。このオペラ座は1869年、モーツァルトの『ドン・ジョバニ』でこけら落としが行われた。日本の明治維新の翌年である。

  • 会場全体に見事なバルコニー席が並ぶ。我々夫婦は2009年の10月、最上階(天井桟敷)のバルコニー席(最前列)に座ってベートーベンのオペラ『フィデリオ』を見た。その時の詳しい旅行記が以下のフォートラベルに載っているのでご覧頂きたい。<br />http://4travel.jp/travelogue/10399117

    会場全体に見事なバルコニー席が並ぶ。我々夫婦は2009年の10月、最上階(天井桟敷)のバルコニー席(最前列)に座ってベートーベンのオペラ『フィデリオ』を見た。その時の詳しい旅行記が以下のフォートラベルに載っているのでご覧頂きたい。
    http://4travel.jp/travelogue/10399117

  • オペラの上演時間は長い。第一幕が終了すると長い休憩時間があり、観客は一斉に豪華な「ホワイエ」(写真)に殺到する。着飾った観客達はここでシャンパンを傾け、カナッペを食べ、友人諸氏と談笑するのである。ウィーンの社交界の一端が垣間見える。

    オペラの上演時間は長い。第一幕が終了すると長い休憩時間があり、観客は一斉に豪華な「ホワイエ」(写真)に殺到する。着飾った観客達はここでシャンパンを傾け、カナッペを食べ、友人諸氏と談笑するのである。ウィーンの社交界の一端が垣間見える。

  • オペラ座の裏方(写真)は巨大な建築現場のようである。国立オペラ座は日替わりでオペラを上演するので舞台の設置・撤収は大変な作業であろう。<br />参考までに、ウィーン国立歌劇場管弦楽団はウィーン国立歌劇場の専属オーケストラで定員150名(六管編成)。毎年9月1日から翌6月30日までのシーズンに約300のオペラ・バレエ公演を行う。このウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーが、自主運営団体としてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を組織してコンサート活動を行っている。

    オペラ座の裏方(写真)は巨大な建築現場のようである。国立オペラ座は日替わりでオペラを上演するので舞台の設置・撤収は大変な作業であろう。
    参考までに、ウィーン国立歌劇場管弦楽団はウィーン国立歌劇場の専属オーケストラで定員150名(六管編成)。毎年9月1日から翌6月30日までのシーズンに約300のオペラ・バレエ公演を行う。このウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーが、自主運営団体としてウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を組織してコンサート活動を行っている。

  • このオペラ座も第2次世界大戦で爆撃を受けたが、1955年、ベートーベンの『フィデリオ』(指揮:カール・ベーム)で再び幕を開けた。<br />私の大好きなベートーベンの「エグモント序曲」をウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏でご鑑賞あれ。<br />ベートーベンらしく最後の盛り上がりが凄い!!!<br />https://www.youtube.com/watch?v=7QY8G4OJG6c<br />指揮:レナード・バーンシュタイン<br />演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団<br /><br />注:日本が誇る指揮者「小澤征爾」は2002〜2010年までウィーン国立オペラ座の音楽監督を務めた。<br />

    このオペラ座も第2次世界大戦で爆撃を受けたが、1955年、ベートーベンの『フィデリオ』(指揮:カール・ベーム)で再び幕を開けた。
    私の大好きなベートーベンの「エグモント序曲」をウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の演奏でご鑑賞あれ。
    ベートーベンらしく最後の盛り上がりが凄い!!!
    https://www.youtube.com/watch?v=7QY8G4OJG6c
    指揮:レナード・バーンシュタイン
    演奏:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

    注:日本が誇る指揮者「小澤征爾」は2002〜2010年までウィーン国立オペラ座の音楽監督を務めた。

  • ウィーン滞在も終盤になったある日の午前、地下鉄を乗り継いでウィーンの北のはずれにある「ハイリゲンシュタット」を訪れる。ここはベートーベンが夏の避暑地として住んだ場所で、彼のゆかりの家や場所が点在している。夏のウィーンは結構暑く、ハイリゲンシュタットまで来ると確かに涼しい。<br />写真:ベートーベンが住んだ家の1つ(プファー広場の家)

    ウィーン滞在も終盤になったある日の午前、地下鉄を乗り継いでウィーンの北のはずれにある「ハイリゲンシュタット」を訪れる。ここはベートーベンが夏の避暑地として住んだ場所で、彼のゆかりの家や場所が点在している。夏のウィーンは結構暑く、ハイリゲンシュタットまで来ると確かに涼しい。
    写真:ベートーベンが住んだ家の1つ(プファー広場の家)

  • ウィーン郊外であるハイリゲンシュタット付近にはブドウ畑が広がっておりワインの生産地でもある。新しいワインを飲ませる庶民の酒場「ホイリゲ」もあちこちに点在している。上記ベートーベンの「プファー広場の家」は現在ホイリゲ酒場(写真)になっている。

    ウィーン郊外であるハイリゲンシュタット付近にはブドウ畑が広がっておりワインの生産地でもある。新しいワインを飲ませる庶民の酒場「ホイリゲ」もあちこちに点在している。上記ベートーベンの「プファー広場の家」は現在ホイリゲ酒場(写真)になっている。

  • ハイリゲンシュタットを有名にしたのは、ベートーベンが聴覚が戻らないことに絶望し、ここで弟に宛てて遺書(ハイリゲンシュタットの遺書)を書いたことによる。1802年、ベートーベン32才の時である。<br />写真:ハイリゲンシュタット遺書の家

    ハイリゲンシュタットを有名にしたのは、ベートーベンが聴覚が戻らないことに絶望し、ここで弟に宛てて遺書(ハイリゲンシュタットの遺書)を書いたことによる。1802年、ベートーベン32才の時である。
    写真:ハイリゲンシュタット遺書の家

  • ハイリゲンシュタット遺書の家は現在小さな記念館として一般公開されている。4ユーロ(540円)払って館内(写真)に入る。<br />彼の遺書には、日ごとに悪化する難聴への絶望と、芸術家としての運命を全うするために肉体および精神的な病気を克服したい願望が記されている。

    ハイリゲンシュタット遺書の家は現在小さな記念館として一般公開されている。4ユーロ(540円)払って館内(写真)に入る。
    彼の遺書には、日ごとに悪化する難聴への絶望と、芸術家としての運命を全うするために肉体および精神的な病気を克服したい願望が記されている。

  • ≪ハイリゲンシュタットの遺書≫(途中略)<br /><br />…しかし考えてみてくれ、6年このかた治る見込みのない疾患が私を苦しめているのだ。物の判断も出来ない医者達のために容態はかえって悪化し、症状は回復するだろうという気休めに欺かれながら1年1年と送るうちにいまではこの状態が永続的な治る見込みのないものだという見通しを抱かざるを得なくなったのだ。<br /><br />…私は若いうちから人々を避け、自分ひとりで孤独のうちに生活を送らざるをえなくなったのだ。耳が聞こえない悲しみを2倍にも味わわされながら自分が入っていきたい世界から押し戻されることがどんなに辛いものであったろうか。しかも私には人々に向かって「どうかもっと大きな声で話して下さい。私は耳が聞こえないのですから叫ぶようにしゃべってください」と頼むことはどうしてもできなかったのだ。<br /><br />…かっては私がこのうえない完全さをもっていた感覚、私の専門の音楽畑の人々でも極く僅かの人しか持っていないような完璧さで私が所有していたあの感覚を喪いつつあるということを告白することがどうして私にとってできたであろう。<br /><br />私の傍らに座っている人が遠くから聞こえてくる羊飼いの笛を聞くことができるのに私にはなにも聞こえないという場合、それがどんなに私にとって屈辱であったであろうか。そのような経験を繰り返すうちに私は殆ど将来に対する希望を失ってしまい自ら命を絶とうとするばかりのこともあった。<br /><br />そのような死から私を引き止めたのはただ芸術である。私は自分が果たすべきだと感じている総てのことを成し遂げないうちにこの世を去ってゆくことはできないのだ。<br /><br />お前達兄弟よ、私が死んだときシュミット教授がなお顕在であればシュミット教授に私の生前の病状報告を作ることを私の名前で依頼してくれ。そしてその病状報告にここに書いた手紙を付け加えて発表してくれ。そうすれば少なくとも私の死んだ後、世間は私に対する誤解を解いてくれて私との間にできる限りの和解が可能になるであろう。<br /><br />

    ≪ハイリゲンシュタットの遺書≫(途中略)

    …しかし考えてみてくれ、6年このかた治る見込みのない疾患が私を苦しめているのだ。物の判断も出来ない医者達のために容態はかえって悪化し、症状は回復するだろうという気休めに欺かれながら1年1年と送るうちにいまではこの状態が永続的な治る見込みのないものだという見通しを抱かざるを得なくなったのだ。

    …私は若いうちから人々を避け、自分ひとりで孤独のうちに生活を送らざるをえなくなったのだ。耳が聞こえない悲しみを2倍にも味わわされながら自分が入っていきたい世界から押し戻されることがどんなに辛いものであったろうか。しかも私には人々に向かって「どうかもっと大きな声で話して下さい。私は耳が聞こえないのですから叫ぶようにしゃべってください」と頼むことはどうしてもできなかったのだ。

    …かっては私がこのうえない完全さをもっていた感覚、私の専門の音楽畑の人々でも極く僅かの人しか持っていないような完璧さで私が所有していたあの感覚を喪いつつあるということを告白することがどうして私にとってできたであろう。

    私の傍らに座っている人が遠くから聞こえてくる羊飼いの笛を聞くことができるのに私にはなにも聞こえないという場合、それがどんなに私にとって屈辱であったであろうか。そのような経験を繰り返すうちに私は殆ど将来に対する希望を失ってしまい自ら命を絶とうとするばかりのこともあった。

    そのような死から私を引き止めたのはただ芸術である。私は自分が果たすべきだと感じている総てのことを成し遂げないうちにこの世を去ってゆくことはできないのだ。

    お前達兄弟よ、私が死んだときシュミット教授がなお顕在であればシュミット教授に私の生前の病状報告を作ることを私の名前で依頼してくれ。そしてその病状報告にここに書いた手紙を付け加えて発表してくれ。そうすれば少なくとも私の死んだ後、世間は私に対する誤解を解いてくれて私との間にできる限りの和解が可能になるであろう。

  • 聴覚を失ったベートーベンの苦悩を考えながら、近くにある「ベートーベンの散歩道」(写真)を歩く。ここで彼は交響曲第6番『田園』の構想を練ったと言われる。驚くべきことに、絶望の遺書を書き、耳が聞こえなくなってからベートーベンは交響曲第5番『運命』(1808年初演)を完成させたのである。運命の扉が開かれた!

    聴覚を失ったベートーベンの苦悩を考えながら、近くにある「ベートーベンの散歩道」(写真)を歩く。ここで彼は交響曲第6番『田園』の構想を練ったと言われる。驚くべきことに、絶望の遺書を書き、耳が聞こえなくなってからベートーベンは交響曲第5番『運命』(1808年初演)を完成させたのである。運命の扉が開かれた!

  • ハイリゲンシュタットで遺書を書いたのがベートーベン32才の時である。以後57才で死ぬまで彼は25年間も作曲活動を続け、晩年の偉大な作品を創造していく。音楽家の最も大切な聴覚を失っても、いや、失ったからこそ、より高い傑作の数々が生み出されたのであろう。ベートーベン・ルーエ(休憩所:写真)まで行って、ハイリゲンシュタットを後にする。

    ハイリゲンシュタットで遺書を書いたのがベートーベン32才の時である。以後57才で死ぬまで彼は25年間も作曲活動を続け、晩年の偉大な作品を創造していく。音楽家の最も大切な聴覚を失っても、いや、失ったからこそ、より高い傑作の数々が生み出されたのであろう。ベートーベン・ルーエ(休憩所:写真)まで行って、ハイリゲンシュタットを後にする。

  • ウィーンの街歩きをしていると、どこにでも美しい建物(写真)に出会い、ついカメラを向けてしまう。また小さな広場にもカフェがオープンしており一休みしたくなる。

    ウィーンの街歩きをしていると、どこにでも美しい建物(写真)に出会い、ついカメラを向けてしまう。また小さな広場にもカフェがオープンしており一休みしたくなる。

  • よって街歩きに疲れたらカフェで一休みである。生クリームが山盛りになった「アインシュペナー」(写真:4ユーロ、540円)で疲れをいやす。

    よって街歩きに疲れたらカフェで一休みである。生クリームが山盛りになった「アインシュペナー」(写真:4ユーロ、540円)で疲れをいやす。

  • ある日の朝、オペラ座前の地下鉄駅「カールスプラッツ」からU4に乗り(2.2ユーロ、297円)「シェーンブルン駅」(写真)に行く。オペラ座から6駅目なので15分もすれば着いてしまう。

    ある日の朝、オペラ座前の地下鉄駅「カールスプラッツ」からU4に乗り(2.2ユーロ、297円)「シェーンブルン駅」(写真)に行く。オペラ座から6駅目なので15分もすれば着いてしまう。

  • ウィーンが誇る世界遺産「シェーンブルン宮殿」は何度訪れても楽しい。我々は今回で3度目の訪問である。

    ウィーンが誇る世界遺産「シェーンブルン宮殿」は何度訪れても楽しい。我々は今回で3度目の訪問である。

  • 前回の訪問は2009年の10月、シェーンブルン宮殿に近いホテル「コートヤード・バイ・マリオット・ヴィエナ・シェーンブルン」に連覇し何度も宮殿を訪れた。少々寒かったが秋のシェーンブルン宮殿をじっくり体験できた。<br />その時の旅行記が以下に記されている。<br />http://4travel.jp/travelogue/10398526

    前回の訪問は2009年の10月、シェーンブルン宮殿に近いホテル「コートヤード・バイ・マリオット・ヴィエナ・シェーンブルン」に連覇し何度も宮殿を訪れた。少々寒かったが秋のシェーンブルン宮殿をじっくり体験できた。
    その時の旅行記が以下に記されている。
    http://4travel.jp/travelogue/10398526

  • 夏のウィーンは天気がよく、ほぼ毎日晴天の日が続く。よって、我々はピクニック感覚でシェーンブルン宮殿に出かける。<br />写真:シェーンブルン宮殿の庭園

    夏のウィーンは天気がよく、ほぼ毎日晴天の日が続く。よって、我々はピクニック感覚でシェーンブルン宮殿に出かける。
    写真:シェーンブルン宮殿の庭園

  • シェーンブルン宮殿の内部見学はもう2度もしたので、今回はパスして庭園(写真)に向かう。広大な庭園なので全部回ろうとするとハイキングに近い運動量になる。

    シェーンブルン宮殿の内部見学はもう2度もしたので、今回はパスして庭園(写真)に向かう。広大な庭園なので全部回ろうとするとハイキングに近い運動量になる。

  • 趣向を凝らした彫塑(写真)を鑑賞しながら園内を散策する。

    趣向を凝らした彫塑(写真)を鑑賞しながら園内を散策する。

  • 庭園側から見たシェーンブルン宮殿(写真)が素晴らしい。広大な緑の芝生にカラフルな夏の花々が幾何学模様に植えられ完璧な絵になる。

    庭園側から見たシェーンブルン宮殿(写真)が素晴らしい。広大な緑の芝生にカラフルな夏の花々が幾何学模様に植えられ完璧な絵になる。

  • そして、その庭園から南の方(写真)を見ると丘の上に何やら建っている。あれこそ今日の我々の目的地「グロリエッテ」である。

    そして、その庭園から南の方(写真)を見ると丘の上に何やら建っている。あれこそ今日の我々の目的地「グロリエッテ」である。

  • 広大な庭園の中、宮殿とグロリエッテのちょうど真ん中に「ネプチューンの泉」(写真)がある。ここから丘が始まりグロリエッテへの長い坂道を上っていく。頭上からの直射日光を遮るものは何もなく、ここでひと汗かく。

    広大な庭園の中、宮殿とグロリエッテのちょうど真ん中に「ネプチューンの泉」(写真)がある。ここから丘が始まりグロリエッテへの長い坂道を上っていく。頭上からの直射日光を遮るものは何もなく、ここでひと汗かく。

  • 丘を上りきると大きな池があり、池の前に「グロリエッテ」(写真)が建つ。

    丘を上りきると大きな池があり、池の前に「グロリエッテ」(写真)が建つ。

  • グロリエッテは1775年に軍事的な記念碑として建てられたという。日本の江戸時代中期のことである。グロリエッテに近づくとその巨大さが分かる。

    グロリエッテは1775年に軍事的な記念碑として建てられたという。日本の江戸時代中期のことである。グロリエッテに近づくとその巨大さが分かる。

  • グロリエッテは小高い丘の上に建っているので、ここからウィーン市街(写真)が一望のもとに見える。この眺めを堪能するだけでもここに来る価値はある。

    グロリエッテは小高い丘の上に建っているので、ここからウィーン市街(写真)が一望のもとに見える。この眺めを堪能するだけでもここに来る価値はある。

  • 広い庭園を散歩し、汗を流しながら丘を上ってグロリエッテまで来た人には少しのご褒美が必要である。グロリエッテ中央部にあるカフェ(写真)に入ってティータイムにする。

    広い庭園を散歩し、汗を流しながら丘を上ってグロリエッテまで来た人には少しのご褒美が必要である。グロリエッテ中央部にあるカフェ(写真)に入ってティータイムにする。

  • ランチにはまだ早いので、メランジ(カフェラテ:4.7ユーロ、634円)とブラック・ティー(3.1ユーロ、418円)を注文して大休憩にする。

    ランチにはまだ早いので、メランジ(カフェラテ:4.7ユーロ、634円)とブラック・ティー(3.1ユーロ、418円)を注文して大休憩にする。

  • シェーンブルン宮殿の庭園は総面積が約1.7K?もあり、動物園、温室、日本庭園、迷路庭園等もある。庭園入場は無料なのでウィーン市内からの半日(または1日)ピクニックに最適である。

    シェーンブルン宮殿の庭園は総面積が約1.7K?もあり、動物園、温室、日本庭園、迷路庭園等もある。庭園入場は無料なのでウィーン市内からの半日(または1日)ピクニックに最適である。

  • ウィーン最終日の夜はケルントナー通りのイタリアレストランのオープン席に座ってディナーにする。世界中から集まってくる観光客の顔ぶれをみるのは実に楽しい。<br />写真:コーラ(4.2ユーロ、567円)、スープ(6.4ユーロ、864円)、ミックスサラダ小(3.9ユーロ、526円)

    ウィーン最終日の夜はケルントナー通りのイタリアレストランのオープン席に座ってディナーにする。世界中から集まってくる観光客の顔ぶれをみるのは実に楽しい。
    写真:コーラ(4.2ユーロ、567円)、スープ(6.4ユーロ、864円)、ミックスサラダ小(3.9ユーロ、526円)

  • 最初に私がウィーン訪問したのはもう10年以上前である。来るたびに観光客の顔ぶれが変わる。今回は中東系・アジア系が非常に目立つ。<br />写真:スパゲッティ・トマトソース(12.5ユーロ、1687円)

    最初に私がウィーン訪問したのはもう10年以上前である。来るたびに観光客の顔ぶれが変わる。今回は中東系・アジア系が非常に目立つ。
    写真:スパゲッティ・トマトソース(12.5ユーロ、1687円)

  • アジア系では中国人の団体客と(恐らく)韓国人の個人客が多い。かっては日本の熟年世代がヨーロッパを席巻していたが、そのブームは完全に去った感じがする。寂しいがそれが現実である。<br />写真:カプティーノ(4.2ユーロ、567円)

    アジア系では中国人の団体客と(恐らく)韓国人の個人客が多い。かっては日本の熟年世代がヨーロッパを席巻していたが、そのブームは完全に去った感じがする。寂しいがそれが現実である。
    写真:カプティーノ(4.2ユーロ、567円)

  • 8月3日(月)の夜、19:00にホテルを出発し、歩いて市民公園にある「クーアサロン」(写真)に向かう。今夜はここでのコンサートに参加する。

    8月3日(月)の夜、19:00にホテルを出発し、歩いて市民公園にある「クーアサロン」(写真)に向かう。今夜はここでのコンサートに参加する。

  • ルネッサンス様式の「クーアサロン」(写真)は1865〜1867年の建築で、ヨハン・シュトラウス兄弟達はこの歴史的な建物で演奏会を開き大成功を収めた。

    ルネッサンス様式の「クーアサロン」(写真)は1865〜1867年の建築で、ヨハン・シュトラウス兄弟達はこの歴史的な建物で演奏会を開き大成功を収めた。

  • 座席は最前列のVIP席、前方のA席、後方のB席と3段階ある。我々はA席のグループ割引(1人54ユーロ、7290円)を購入。午後7時30分の会場オープン(写真)と共に入場し、中央前から3列目の席に座る。

    座席は最前列のVIP席、前方のA席、後方のB席と3段階ある。我々はA席のグループ割引(1人54ユーロ、7290円)を購入。午後7時30分の会場オープン(写真)と共に入場し、中央前から3列目の席に座る。

  • その後、続々と客が入ってきて、午後8時15分の演奏開始時には満席(写真)になってしまった。演奏はサロン・オーケストラ「アルト・ウイーン」。

    その後、続々と客が入ってきて、午後8時15分の演奏開始時には満席(写真)になってしまった。演奏はサロン・オーケストラ「アルト・ウイーン」。

  • ワルツ王ヨハン・シュトラウスの曲を中心にバレイあり、歌あり、楽しいコンサートがはじまる。ただし、観客のマナーは悪く、演奏中でもお喋り、写真撮影等、観光客丸出しの人が目立つ。

    ワルツ王ヨハン・シュトラウスの曲を中心にバレイあり、歌あり、楽しいコンサートがはじまる。ただし、観客のマナーは悪く、演奏中でもお喋り、写真撮影等、観光客丸出しの人が目立つ。

  • 途中休憩を含めて夜10時、演奏会は終了。コンサートの最後は定番のラデッキー行進曲(以下参照)である。指揮者の合図に従って観客一同手拍子で大いに盛り上がる。<br /><br />https://www.youtube.com/watch?v=TfGvxLkkh6c<br />2007年ニューイヤー・コンサート<br />指揮:ズービン・メータ<br />演奏:ウィーンフィルハーモニー管弦楽団<br />会場:楽友協会(黄金のホール)

    途中休憩を含めて夜10時、演奏会は終了。コンサートの最後は定番のラデッキー行進曲(以下参照)である。指揮者の合図に従って観客一同手拍子で大いに盛り上がる。

    https://www.youtube.com/watch?v=TfGvxLkkh6c
    2007年ニューイヤー・コンサート
    指揮:ズービン・メータ
    演奏:ウィーンフィルハーモニー管弦楽団
    会場:楽友協会(黄金のホール)

  • コンサートの余韻を胸に、妻と家路(ホテル)につく。長い長いドイツ・中央ヨーロッパ世界遺産の旅が終った。

    コンサートの余韻を胸に、妻と家路(ホテル)につく。長い長いドイツ・中央ヨーロッパ世界遺産の旅が終った。

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