2015/07/25 - 2015/07/27
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タイムトラベラーさん
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2日目は旅順にむかいます。
その前に満鉄本社跡と大和ホテルを見学します
そして いよいよバスターミナルで旅順行きのバスに乗りますが〜〜
アチャー見たくないものを見ました!!!
2日目
ホテル(朝食)→満鉄本社跡→大和ホテル見学→大連駅裏バス停に→旅順着→昼食→ここはどこ?→旅順博物館→旅順駅→203高地→水師営→東鶏冠山→白玉山→旅順バスターミナル→大連→友誼商城→ホテル
3日目
ホテル→地下鉄→空港→福岡空港→博多でお買い物(まっすぐ帰らないでここで厄を落とす)→帰宅
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 3.5
-
大連賓館のホテルの廊下は暗くお化けが出そうです。
時折部屋から家族連れの声が一ヶ所からします。 -
朝食会場に行きます。
-
ギンラギンラの朝食会場です。
誰もいません。外に食べに行ったの? -
なかなかいいお味でした。ホテル代に朝食代がついています。しかしお茶がないから頼むと50元と言われ断念します。
-
8時過ぎに一旦ホテルを出て満鉄本社跡にむかいます。
道を歩くと、車から降りてきた男性から道を尋ねられました。「ここわから無い、日本人だから」と答える次女 -
中山広場は霞んでいます。
雨が降らず干ばつだとニュースで言っていたようです。また
ニュースでは日米がフィリピン沖で軍事訓練をしていて、中国への威嚇だと繰り返し言っていました。
他のチャンネルでは、抗日戦のドラマをしていました。しかしドラマの中では日本人女性と中国人男性の悲恋もありました。
愛新覚羅溥儀の弟さんが日本人女性の浩さんと、一生を添い遂げた日本のドラマもあり、日本に対して微妙な空気がよめました。 -
中山広場は放射線状に道が伸びているので、行きたいところが結構近くにあります。
満鉄本社 素晴らしい建築ですがかなり痛んでいます。 -
バロック様式
-
ここは現在も政府の機関として使われています。
そんなものとったらあか〜んと次女は注意します。 -
建築の勉強をしていないのでよくわかりませんが、満鉄の繁栄だけはこれでよくわかりました。
-
満鉄本社跡から見る路面電車です。
酷暑なのにクーラーなしなのですねー。 -
8時半過ぎると中に人影が見えました。
おじさんが中から鍵を開けてくれました。
ラッキー 地球の歩き方では 要予約でしたが中に入れました。
一人50元です -
おお
ここもギンラギンラ -
ギンラギンラ
-
その当時の文房具?
-
満鉄のマンホール
小さい時可愛がってくれたおじいさんが引き揚げ者で満鉄で運転手をしていたと言っていましたが、すごいエリートの人だったんだろうと思いました。 -
-
真ん中のきりこのボウルは昨日買ったものそのものです。ただ満鉄のマークが入っています。
-
大連賓館に戻り、ここでも見学します。
宿泊者は無料は嘘です。
宿泊者に無料のところはほんの僅かです。
溥儀が泊まった部屋を見るには一人50元いりました。
さらに このホテルは老朽化して三階と四階しか客室が無いから40部屋しかない
改装工事をするから、ここの文化遺産を売るときました。
陳列されたものを見ると、れいの大連きりこの満鉄マークが入ったボウルが5000円と言われました。ウーン本物かどうか怪しいなー??白檀の細工物が30万円!!
本当に文化遺産ならもっといきますね〜 陶磁器も確かな値段を言わないし
ここはさっさと引き上げます。 -
駅裏までタクシーで行き 旅順行きのバスターミナルへ
タクシー代は11・5元なので12元渡し釣りはいらないよと言ってとhsk5級の次女に頼むと 間違って金は無いよと言ったとか・・・
さて着いたところは駅裏はさらにゴミだらけでした
そして!なんと!!人糞までー!!ふいたティッシュまであったのでたしかでしょう
みんな旅順行きのバスに乗りますが、マナーがね〜
座席もくたびれていたけれど、乗客も飲み終えたペットボトルを走行中でも平気に床に捨てます。カーブの度にゴロゴロと転がります。
車内で食べるので、いろいろな匂いもします。
7元だから仕方ないか・・・(ー ー;) -
霞む人民広場です
-
タクシーを手配して まず水餃子を食べにお店を紹介してもらいました。
一皿16元(320円強)セリ入りと白菜入りです。
タレを入れるお皿にはタップリニンニクが入っています。
おかげで疲れ知らずでした。
この旅行前は宿泊を伴う出張が2つがありそのまま大連に行きましたが、中国旅行が終わって酷暑の日本で冷房なしでもPowerバッチリでした。 -
さて程なくして、次にタクシーで行ったのがここです?
エッココどこ?
長ーいトンネルがあります。夥しい仏像があり、ここは寒いからマントを着て入れて言われるが暑いので断って、歩き出します。
本当にココどこ? -
高校生のバイトさんが説明してくれます。
日本人が作ったのだとか???地下道が迷路のようにアッチコッチあります。
バイトさんは日本人が来たことで興奮して娘に色々聞きますが
こっちが客なのに、日本語で〜はどう言うのと興味津々です。 -
まあバイトさんがいないと絶対迷子になります。
かなり中は涼しいです。
これはお化け屋敷ではありません。民族衣装かしら?
どなたか知っている方は教えて下さい。ここはどこ? -
小さい子だったらきっと泣くでしょうね〜
帰国して主人が見たらロシアが作ったカポニエルかなと言いました。
地球の歩き方にもネットで調べても出てきません。 -
旅順駅裏から撮影場所があるから撮りなさいと運転手さんが柵の外に連れて行ってくれました。
どうやら表側から撮ると、軍事施設が入るからいけないみたいですね。
本を読むと旅順が観光地として解放されたのは、2003年と書いてあって
エッ本当!!と思いました。 -
旅順博物館には入ります。
パスポートを見せてタダで入りました。
係員の人は階段に腰掛けうだる暑さの中ゲンナリしていました。 -
正面に見える関東軍司令部 とそれを隠そうとして立ったような中ソ友誼塔
-
中は厳かに展示しています。
しかし冷房が無いので暑いです。 -
-
なかなか見ごたえがあります。
台湾の故宮博物館にはかないませんが、上海博物館よりは私好みでした。
トルウファンで発掘された木乃伊(ミイラ)はその当時の衣装を着て横たわり、男はヒゲも残り女性は小さく綺麗な歯が見え木乃伊でも堂々とした存在でした。 -
博物館の裏手です。木々に囲まれ、人影はありません。
全般的に訪れた場所は人が少なく、一緒にバスで大連から移動した人はどこにいったのでしょうか?
博物館に出る時すれ違ったかなり年配の方々は日本人でした。アカシアの木だねと話していました。
この方達もいなくなると旅順での出来事も、遠い過去として消えていくのでしょうか?
歴史とは一旦その時代で消えると、取り返しようなくなり未来へ繋ぐことができなくなると、歴史を専攻する長女が言っていました。
今は膨大なデータをコンピューターなどで残すことはできますが、私たちが直接肌で感じ足を運ぶ必要もある事が、私の旅の信念です。 -
203高地です
「車乗りますか?」と声かけられましたが「いえいえお構いなく」
と歩き出します。
が・・・ゼイゼイハアハア・・・途中日本人の男の子とすれ違いました、
挨拶すると 怯えていました。怖い形相だったんでしょうね〜〜(ー ー;) -
やっと着きました ハアハア
-
霞んでいて何も見えません
どこが市街地か港かわかりません。
港が見たかったのでタクシーのドライバーに
軍港公園行ってと言っても、何もないよと答えられました。
何もないわけない!チラッと軍船が見えたぞ!
ここは、中国我慢しましょう -
来た道を降りず違った道を歩きます。塹壕でしょうね
-
乃木希典の次男の保典の碑です。
萩の松陰神社の団子屋さんに、郷土の志士の家系図が壁にあります。
しかし乃木希典のところだけ子孫が書かれていません。お子さん全てなくし、途絶えてしまったのだなと思いました。 -
ここでも上から、中国語でそこに何があるかと尋ねられました。
そこそこあるよとぶっきらぼうに
答える次女
ここはロシア軍の司令部だとか
山をグルグルまわり軽〜く高山病になりました。203mで!
下に降りると動悸も治まり、不思議な体験でした。
その後も何もなく元気でした。 -
水師営です。運転手さんはここは何もないから撮影しただけがいいよと提案してくれます。(確かにそう)
-
東鶏冠山です
ここは一番見ごたえがあります。
綺麗に整備され、順路よくまわれます。観光客も一番多いです。 -
-
旅順占領から110年
今を生きる私たちに、遠く人々の声は聞こえません。 -
しかし銃弾の跡や爆撃で貫通した穴で当時の惨状がまざまざとわかります。
双子のおじさんがいました。挨拶して笑顔を見せると相手も笑顔でした。 -
一通り見た後少し下にあるトイレに行きます。
そばに資料館があるので、ついでに入ると旅順の歴史が解説され昔の写真が展示されていました。
あれっ!人の首が切り落とされている写真がありオロオロしていたら、
「義和団の乱だ」と娘が
言ってくれました。日本兵以外に各国の列強もいます。しかしこれが後々日露戦争へとつながりました。
あまりに残酷な写真で直視できません。 -
最後の訪問地白玉塔です
土産物屋や飲食することもできます。 -
下には旅順口の記念撮影をするスポットがありますが、やはり霞んで港は見えません。
-
12時前に旅順に着いて、旅順のバスターミナルに戻ったのは4時でした。
タクシー代は260元でした。
ここから今度は北回りで大連に帰ります
日本は市街地から外れると里山の風景に囲まれてますが、あれは自然に任せたまま出来ているわけではありません。田んぼ畑はもとよりそれを取りまく川や池や山でさえ、木の一つ一つを大事に受け継ぎ管理してきました。
やや殺伐とした風景を見て、重い気持ちになりました。 -
大連駅に着きました。
次女が路面電車に乗り帰ろうと気を使ってくれました。 -
少し待つとレトロな車両が来ました。
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オート三輪とのコラボです
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中に入ると冷房なしでも夕方だから凌げました。
乗客の中に中国にしては子沢山の一家がいました。おじいちゃんおばあちゃん総出で世話をしていましたが、それでも腕白な男の子を抑えきれずよそのおじいさんから大目玉を食らいました。一家全員シーンとして微妙な空気は日本と同じですね。 -
夜景を見ながら歩いて帰ります。
眩いばかりのLED‼︎!節電の言葉知らんのんかいねー -
ピピンクですか・・・
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昼間は取り澄ました顔を見せ、夜は大胆な姿に変わる中山広場でした。
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大連賓館も負けじとイルミネーションです
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夏なのにまるでクリスマスのイルミネーションですね?
ロマンチックねーッと誰も思いませんよね。 -
ツインのお部屋でした。
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明日は帰ります。
テレビはついてもNHKは入りませんでした -
最終日の朝食です。
私も次女も気に入りました。真ん中はイカの天ぷらです。かなり美味しかったです。
給仕してくれたおばさんの方がフロントの人より愛想は良かったです。 -
最終日も霞んでいます。
こんな空の下、農作物はどうなんだろうと変なところを気にしてしまいました。 -
帰りも地下鉄に乗って空港に着きました。地下鉄を出て右が国際線、左が国内線です。国内線利用者が多いです。気になるふたりを見ました。
布団袋よりまだ大きい荷物を夫が持ち、タライや洗面器を背中に下げた妻が歩いていました。
ここからは妄想ですが、二人は飛行機を降りるとさらにさらに奥に帰って行き、時には炊事をしながら渓谷の村に帰るんではなかろうかと妄想しました。 -
帰りも食事がでました。
次女は
また中国の人につかまり、いろいろ尋ねられていました。 -
完食しました。
いいことか悪いことかわかりませんが、出たゴミは
一つにまとめます。狭い機内でビニール袋の切れ端が落ちるのは申し訳ありません。 -
九州が見えました。
心が和みます。 -
自宅に帰りました
大連切り子が夏の食卓を彩ります。獺祭の等外で晩酌します。
このお猪口は、きりこ屋の
おじさんからいただきました。きりりと冷やしたお酒とあいました。
これで大連旅順の旅はおしまいです。
ありがとうございました。
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