2015/05/04 - 2015/05/10
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尖椒土豆絲さん
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我家恒例、1年ぶりの中国旅行の候補地をネット検索していると・・・
約3年間も閉鎖されていた司馬台長城が再開されたとの記事や、更に最近整備された水鎮の興味をそそる記事を発見です。
中国四大古城の一つと言われる興城を旅行開始地点に、山海関や欒州古城を観光しながら古都北京に戻るような旅行プランを考察した時から中国モード全開です。
様々な人達の旅行記等を参考にして、古城・史跡巡りに突撃、何とか無事に旅行を終えて帰国しました。
魅力たっぷりの遼寧・河北省の様々な史跡群、私たちと一緒に旅をしましょう。
それでは、北馬南舟の歴史を鑑みながら、いざ出発!!
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
今年も、労働節の北京大混雑を避ける為、天津へのフライトを選択です。
東京羽田空港から中部国際空港を経由して、天津濱海国際空港に向かって出発です。
待ちに待った機内食には、やはり恒例のプレミアムモルツです。
それにしても昨年と大違いで、座席は殆ど埋まっています。
巷では昨年10月から免税制度が変わったことにより、中国人訪日客が増大し爆買が話題になっていますよね。
確かに沢山の中国語が機内で飛び交っています。
恐るべし!チャイナパワーですね。 -
食事が終わり寛いでいると、進行右手に大連旅順が見えてきました。
日露戦争で閉塞作戦が行われた天然の要害 旅順港のその要塞ぶりがよく分かります。
亡くなられた全ての国々の先人達の御霊に手を合わせて合掌、安らかにお眠り下さい。 -
中部国際空港から約3時間弱のフライトで天津濱海国際空港に到着です。
昨年と違い、空港の大規模工事は終了していました。
とても綺麗で混み合わない快適な空港です。
まずは旅行資金の調達です。
出国前に東京羽田空港のシティバンクATMで入金した日本円を、ここ天津濱海国際空港国内線ターミナル到着フロアーの花旗銀行(シティバンク)ATMにて、中国人民元で引き出しました。
日本語表示対応・両替手数料不要で助かります。 -
昨年は空港経済区站までしか繋がっていなかった地下鉄2号線ですが、既に天津濱海国際空港站まで延伸工事が終了していました。
ますます便利になった天津濱海国際空港です。
券売機で天津站迄(3元)の切符(プラコイン)を購入して、さあ移動開始です。 -
天津濱海国際空港站から約20分で天津站到着です。
葫芦島北站迄の高鉄切符を買う為、大挙する中国人民の波に混じって集票処に突撃です。
乗りたかった出発間近の高鉄2本は満席・・・(>_<)(悔じい!!)。
結局、天津站15:42発-葫芦島北站18:03着のG1275高鉄列車の二等硬座の切符を購入です。
という訳で、発車まで約1時間半程の待ち時間が出来ちゃいまして・・・
Let`s Go 天津TOWN!!
早速、天津站南に広がる河海を散策です。 -
2年前の労働節に旅した天津・・・懐かしいなぁ〜。
海河対岸に外灘エリア津湾広場が見えます。
今回は明るい時間帯での散策で、2年前の夜景鑑賞とは趣が違いますね。 -
站前から河海沿いを西に歩くと、解放橋環状島ロータリーに建つ世紀鐘に到着です。
この時計はアートなのか? -
1926年にフランス商工局が建設した歴史のある解放橋は全長96.7m・幅19.6mも有り、かつて付近に9ヶ国の租界地が有った為、万国橋と呼ばれていたようです。
橋の名前が変わった理由は、租界地が無くなり、日本を含む西洋列強国の支配から解放されたからでしょうか?
今回は行かなかったのですが、この解放橋を渡ると、旧金融街のレトロな洋風建築群が並ぶ解放北路に繋がっていきます。
2年前はこの洋風建築群の夜景を楽しんだことを思い出します。 -
高鉄発車時間が近づき、天津站に戻ります。
葫芦北站まで、約2時間20分の移動です。
こんなに遠方まで乗車しても料金は1人165.2元と格安です。
中国の公共交通機関は安価で助かりますね。 -
15分前に検票が始まり、ホームに降ります。
日本の新幹線の乗車方法とは全く異なり、検票が終わるまでホームには行けません。
我々の二等硬座は4号車なので、ホーム上をかなり歩くことになります。 -
ホームに降りて、行き先と列車名を確認です。
私たちは、天津站-葫芦島北站間だけの乗車ですが、G1275列車は武漢站-哈爾浜西站間を走行する高鉄長距離列車だったのです。
13時間20分も走り続けています。
日本で言えば、新青森駅-鹿児島中央駅間の新幹線に乗車するようなものですね!! -
高鉄G1275列車が入線です。
購入した切符を見てみると、座席は4号車の7Cと7Dの隣り合わせのはず・・・ですが・・・何と通路を挟んだ隣席でした・・・(笑えるなぁ)
7Eに座ろうとした中国の方に頼んで、座席を代わって頂きました。
ご親切に、有り難うございます \(^o^)/!! -
天津站を発車した高鉄G1275列車は、途中、軍糧城北站・唐山站・欒河站・秦皇島站に停車しながら、定刻通りに葫芦島北站に到着です。
さあ、今日中に興城まで移動しなきゃ!!
興城行きの直通バスは見当たらず、当初の予定通りに葫芦島市街経由を選択、高鉄葫芦島北站から21路の路線バス(1元)で約40分かけて葫芦島站に到着です。
21路バスに同乗して来た優しい中国の方に、葫芦島站前広場の多数のバスの群れの中から興城行きの9路バスを探し出してもらいました。
謝々 m(_ _)m !! -
始発の為か?たった5人の乗客を乗せ、葫芦島站から9路の路線バスで興城に向かいます。
「これで興城に行ける・・・」安心したのも束の間、約10分程走った新華大街の百貨大楼バス停でSTOP・・・(嫌な予感)。
ここで待機している別の9路バスに乗り換えろと促され・・・(マジか〜)
促されるまま、待機中の別の9路バス(5元)に乗り込むと、座席は満杯・・・(やられた〜)
何と何と私たちは運転席隣のエンジンカバーの上に座らされ・・・更に乗客を詰め込み続けて超寿司詰め状態・・・(トホホ)
ここは山手線か〜 ヽ(`Д´)ノ? -
立ったままの乗客(>_<)には気の毒な超満員状態で興城に向かって発車です。
エンジンカバーの上とは言え、座れて良かった〜(´▽`)
やがて、超満員状態のバスの中、私たちが日本人だと分かり、周りの人達と筆談・筆談で騒ぐこと約1時間で興城市街に到着です。
大きな声で降車希望場所を運転手に伝え、様々な場所で自由に降車していく中国の方々を参考に、今夜宿泊予定のホテル名を紙に書いて運転手に渡すと・・・“▽●×◎◆◇”と言われ理解不能・・・
でも結局、ホテル前で降ろしてくれました。
有難う、優しい運転手さん!!! -
今日の宿泊先は金種子賓館(ツイン158元+朝食10元×2名)です。
チェックイン後、晩御飯を食べるべく、興城古城を散策です。
この興城古城はライトアップは無く、夜景鑑賞は楽しめません。
落ち着いた古城南門(延輝門)を後にし、ホテルへ戻ります。
静かに旅行初日5月4日の夜は更けていきます(晩上好)。 -
5月5日が始まりました(早上好)。
興城の興海路二段南側に広がる市場は、かなり大規模のようです。
海に近い為か、魚介類の露天が多く見受けられます。
何か昭和日本を思い出すような懐かしい場所です。 -
イチオシ
南門(延輝門)です。
半月状の城壁・瓮城構造ですが、道路の部分が撤去されています。
歴史上、興城は軍事・交通の要衝で、堅固な城壁に守られて来ましたが、自動車社会の現代では、城壁や瓮城は邪魔者扱いにされたのでしょうね。
この興城古城ですが、城壁の外側は民家が迫り、城壁を遠望できる場所が少ないようです。
そんな中、南門(延輝門)から南東角の魁星楼までの城外は、立ち退きが進められ、壮大な城壁を外側から眺められるように街を改造中のようです。 -
城外を東に向かって歩いて行くと、広大な空スペースが現れます。
振り返れば南門(延輝門)の瓮城の様子が伺えます。 -
そして東へ更に進むと、城郭南東角の魁星楼が見えて来ます。
城外散策はここで終了〜南門(延輝門)へ戻ります。 -
さあ!南門(延輝門)で通票100元を購入して、イザ!!古城散策開始です。
何だかこの古城、平遥や鶏鳴駅・広府鎮を思い出させます。
ワクワク o(*゚▽゚*)o !! -
私たちが購入した通票は、城郭一周・鐘鼓楼・周宅・文廟・将軍府・督師府の6ヶ所の景区が観光可能なお得な門票です。
-
尚、観光ポイント毎に門票を購入することも可能です。
でも・・・断然通票がお得ですね!! -
城門を潜る時に、古城の歴史が足元に垣間見えました。
長い歴史の中で様々な人達がここを通り抜けていったのでしょうね。 -
南門(延輝門)に上がり、城外を眺めてみました。
この瓮城が切れた約1km先に、先程訪れた市場が有ります。 -
今度は城門から北側の城内を眺めてみました。
古城中心の鐘鼓楼までの威輝街は、明清時代建築を模した観光街になっていて、昔の明将 祖兄弟の重厚な戦勝記念石坊が二基連なっています。
そう!!ここ興城は、清太宗ホンタイジが攻略に手こずった遼西地域の軍閥・祖兄弟の出身地なのです。 -
ここで興城の歴史に触れてみましょう。
軍閥・祖大寿と祖大楽兄弟の出身地の興城は、明清時代には「寧遠州城」と呼ばれ、山海関の外郭城で、辺境を守る重要な砦であったようです。
明朝側の警備は堅固だった為、後金の南征・入関では相当苦戦したらしいのです。
1626年、後金の太祖ヌルハチが、この興城を攻略しようと10万人の大軍で南征するも失敗し、さらにその戦いで受けた砲撃傷が原因で間もなく死亡したというのです(寧遠城の戦い)。
翌年、清太宗ホンタイジがこの興城を攻め、それも失敗し、やはり重傷を負ってしまいます。 -
これらの戦いで明朝側の興城軍の指揮・監督を執行していたのが“袁崇煥”という人物で、今でも興城の英雄のようです。
そして、その袁崇煥の配下にいたのが祖兄弟です。
袁崇煥に勝てない後金は、袁崇煥と後金が裏で手を結んでいるという虚偽情報を明朝軍側の捕虜にわざと漏らし、その捕虜を逃がして虚偽情報を明朝に伝えさせ、宮廷内の疑心暗鬼を誘う計略を策謀、その結果、袁崇煥は謀反の罪で処刑されてしまったというのです(何と気の毒な・・・)。
北方民族が中華政権に対し、計略を使って騙すという話は、非常に興味を覚えたものでしたね。 -
歴史を学んだら、さあ、古城一周に出かけましょう。
南西角まで歩いてきました。
ここから北を眺めると、西門(永寧門)が見えてきました。
さあ、古城一周に向けて、歩くぞ〜(じゃらんじゃらん)!! -
西門(永寧門)に到着です。
ここも瓮城が残っています。
重厚な構造、シビレます!! -
そして、ここも瓮城が切られています。
城外には露天屋台が並び、大いに賑わっているようです。 -
西門(永寧門)から古城中心部の鐘鼓楼を西側から遠望です。
そして、遥か遠くに首山が見えます。
この首山景区山頂には烽火台が残っているようです。 -
更に古城一周に向けて歩行再開です(じゃらんじゃらんじゃらん)。
-
北門(威遠門)に到着です。
どの城門も綺麗に修復・保存されています。
城壁フェチの私たち、シビレっぱなしです。 -
古城中心部の鐘鼓楼を北側から遠望です。
一周が3,200mですから、やっと半分の1,600mを踏破です(既に少しバテ気味・・・)。 -
北東角を南へ折れたところで北門(威遠門)を振り返ります。
-
東門(春和門)に到着です。
東西南北全ての城門が瓮城構造になっていて、しかも全ての瓮城が切り取られています。 -
古城中心部の鐘鼓楼を東側から遠望です。
-
先程、城外から眺めた南東角の魁星楼です。
ここで進路を西側に変え、あと少しで古城一周です。 -
古城一周を終えて南門(延輝門)に到着です。
城壁から降りて、いよいよ5ヶ所ある観光名所巡りの開始です。
まずは周家住宅です。
周氏は清時代の資産家で、その四合院作りの住居が保存・開放されています。 -
周家住宅を後にして、城内中心部に向かいます。
南門(延輝門)から鐘鼓楼に続く延輝街は、明清時代建築を模した観光街で、沢山の観光客で賑わっています。
食事処は殆ど無く、大半はお土産屋さんです。 -
南門(延輝門)寄りにある石坊は祖大寿、鐘鼓楼寄りの石坊は祖大楽の功績を称えて建てられたものらしいです。
大きさは祖大楽の方が14mでやや大きいようです。
両石坊ともに柱が4本、屋根が3段になっています。
歴史の重みが有り、やはりシビレます。 -
祖大寿石坊を潜り、延輝街を北上すると、次に祖大楽石坊が現れ・・・
-
祖大楽石坊を潜り抜け、更に延輝街を北へ歩いて行くと、興城古城中心部に鎮座する三層の鐘鼓楼に到着です。
入場券は通票に含まれています。
早速、登楼開始です。
三階は展示室になっていて、興城の歴史が分かるようになっています。 -
まずは、鐘鼓楼から遠望する西門(永寧門)。
-
鐘鼓楼から遠望する延輝街の祖氏石坊。
石坊が大きくて南門(延輝門)は見えません。 -
そして、鐘鼓楼から遠望する東門(春和門)。
-
一周して、鐘鼓楼から遠望する北門(威遠門)。
-
鐘鼓楼は通り抜け出来るようになっています。
レンガと石畳が長い歴史を伝えています。 -
鐘鼓楼を後に、通票で観光できる景区に向かいます。
次は春和街を東へ歩き、督師府観光です。
ここは明軍の対後金軍防衛の将軍の役所だったところです。
明軍の洋式大砲が後金軍騎兵から興城を守ったとの説明書きが有りましたね。 -
ここ督師府の中に、明清遼東戦史館が有ります。
中に入ってみると、興城の戦史を壁一面のアニメ・ジオラマで映写・説明しています。
映像の力は偉大だなぁ〜と感心です。
中国語が全く分からない私達にも、何となく遼東の歴史が見えて来るのです。
いやいや!!明清遼東戦史館、何だか得した感じです。
先程、城壁の上から見えていた首山山頂の烽火台から狼煙が上がる映像も流れてますよ!! -
次に向かったのは将軍府です。
ここは、旧(告+おおさと)家住居だったところです。
奥には(告+おおさと)家花園があり、遅咲きの桜が散り始めていました。 -
西隣の文廟に向かいます。
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櫺星門は、2年前に行った天津旧城の文廟にも有りました。
ここ興城の文廟で天津文廟と同じ作りの櫺星門を潜ると、次に三孔橋が現れ・・・ -
奥へ進めば孔子様とご対面です。
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6ヶ所の景区観光を終え、西門(永寧門)から城外に出ます。
-
遅めの昼食後、興城站隣の興城長途汽車站に行き、紙に“山海関二張”と書いて渡すと・・・
“今天有没”と紙に回答・・・沈黙の後、“明天7:00”とやはり紙に回答・・・(なんてこったい!!)。
結局、バス移動の場合、山海関行きの直通バスは明朝まで無く、今日中の山海関到着を目指す場合は緩中県での乗り継ぎになると分かり・・・う〜ん・・・バスは断念。
ならば列車移動をすべく、興城站集票処で“山海関”と書いた紙を見せて、何とか快速列車の切符を購入です(助かった〜)!! -
写真は山海関行きバスが無いと言われ、慌てて購入した山海関站行きのK190快速列車(17:29発)の切符です(18.5元)。
最近は高鉄列車に乗車する機会は増えましたが、在来線長距離列車は2010年11月に乗車した平遥站→太原站間の快速列車以来です。
当時の平遥への旅行の時は、石垣島尖閣諸島での中国漁船接触事件の1週間後で、列車内の人民が読む各新聞に、釣魚島の文字が躍り、緊張しまっくたことが思い出されます。 -
站前に鎮座する袁崇煥像です。
今も昔も興城の英雄です。
しかし、後金が流した虚偽情報に嵌り、当時の明朝皇帝こと第17代皇帝の崇禎帝は疑心暗鬼の末に袁崇煥を謀反の罪で処刑してしまいました。
結局、袁崇煥処刑という愚挙に出た崇禎帝は、李自成の反乱軍に北京を包囲され、やがて明朝は崩壊してしまうのです。
人心把握の大切さがよく分かる史実ですね。 -
さあ、山海関に移動しなきゃ!!
急遽、乗車することになったK190快速列車を待ちます。 -
15分前に検票が行われ、ホームに出てみると・・・
高鉄専線とは違い、ホームが低いのなんの。 -
入線して来たK190快速列車を確認です。
北朝鮮国境の丹東站から上海站までの長距離快速列車のようです。
梯子を上るような感じで乗車です。 -
興城站を発車したK190快速列車は、山海関站まで約1時間ノンストップ。
列車内で寛ぐ我が家内です。
高鉄と違って、座席は固定向かい合わせです。
言葉が通じないことから、那里??との問い合わせに、“我日本人”と応戦。
約1時間、筆談・筆談で車内は大騒ぎ・・・平遥站→太原站間の快速列車乗車の時と大違いです。
反日という言葉は、何処で接するのか・・・? と考えさせられますね!! -
定刻の18:44に山海関站に到着後、山海関古城(天下第一関)内の西門(迎恩門)近くの秦皇島山海假日酒店(山海関)まで古城内を散策です。
私達にとって、山海関は2009年の労働節の旅行に続き2回目になります。
北京五輪後のこの頃は、鐘鼓楼はライトアップされ、幻想的な景色だったのですが・・・今回はライトアップ無し・・・(残念・残念)。 -
何はともあれ、秦皇島山海假日酒店にチェックインです(朝食付き340元)。
このホテル、四ツ星にも関わらず、温水シャワーに時間制限(23:00迄)が有りました。
まあ、2009年に宿泊した天下第一関前の京山賓館も同じように、温水制限が有ったなぁ〜!!!
夕食と夜景鑑賞を楽しみながら、旅行2日目は終了して行きます(晩上好)。 -
5月6日が始まりました(早上好)。
宿泊した秦皇島山海假日酒店を出発、すぐ近くには西門(迎恩門)が聳えています。
集票処の小姐に、天下第一関・老龍頭・孟姜女廟の3ヶ所の観光が出来る150元の通票を勧められましたが“不要”とやんわりお断り。 -
山海関古城の中心には鐘鼓楼が鎮座しています。
2009年の旅行の時に、登楼しており、今回は仰ぎ見るだけ。
私達にとって、何故2回目の山海関観光か??といえば、今回の最大の目的の一つが九門口長城観光なのです。 -
山海関古城南門(望洋門)から城外に出て・・・
タクシーチャーター(包車)交渉をしなければなりません。
城内からしつこく声をかけてきた三輪バイクのおじさんにはご遠慮頂き・・・
城外で待機中の赤い小型タクシーのおじさんと、九門口長城までのチャーター交渉の始まり始まり〜!! -
写真の赤い小型タクシーの優しそうなおじさんが“▽●×◎◆◇”と言うには、往路だけなら20元・チャーターなら100元とのこと(と紙に書かれて・・・)。
2009年、角山長城から南門(望洋門)までの復路で乗った小型タクシーとのトラブルが思い出されます。
北門(威遠門)から角山長城までの往路は三輪バイクで10元だったのですが、主要道路が工事で閉鎖され、迂回をしたことが有りました。
復路の小型タクシーは迂回路経由の為、乗車前に15元と言われ(紙に書かれ)、南門(望洋門)に到着すると、一人15元だから30元払えと言われ大喧嘩(`Δ´)!!!!
結局、15元しか払わなかったのですが、何か後味が悪くなってしまいました。
その時と同じ赤い小型タクシーとの交渉ですが・・・100元でチャーターとのこと。
う〜ん!大丈夫かな〜?? -
チャーターの内訳は、往路約30分・復路も約30分・九門口長城滞在時間3時間の計4時間で、二人で100元とのこと。
実際、南門(望洋門)から乗ったタクシーは、天下第一関の関城東路-長寿山路-新堡子村-砲咀子を通り、約30分で九門口長城に到着です。 -
九門口長城の門票です。
一人80元です。
リフトも篭も無しの中、結構高額な入場料ですね。 -
門票購入後、最初に連れて行かれた場所は、九門口長城近くの碧雲寺でした。
この碧雲寺は、九門口長城門票を見せないと観光出来ないようです。
碧雲寺観光前に九門口長城入口に行き、門票を買うよう促されましたが、おそらくは連れてきたタクシードライバーに一部報償金が有るのでは??
詳細は不明のままです。 -
さてさて碧雲寺の観光開始です。
碧雲寺後方には雄大な岩山が迫ります。
何とも壮大な景色です。 -
次は、いよいよ九門口長城へ入場です。
左岸に連なる長城が見えて来ました。
雄大な景色に心は踊りっぱなしです(ドク!ドク!)。 -
九門口長城の標識を過ぎると・・・
-
9個の水門が見えて来ました。
この長城は、唯一河の上に築城された長城らしく、アーチ型の水門が9個あることから「九門口長城」の名が付いたようです。
昔は9個ある水門に、扉が付けられていたと言われています。 -
さあ、九門口長城の右岸に連なる整備された万里の長城・・・登ってみましょう!!
-
途中で振り返ると・・・河を堰止める九門口長城の全容がよく掴めます。
左岸に延びる長城と烽火台が大自然に溶け込んで、ああ〜美しいなぁ!! -
3時間のチャーター滞在時間が有ります。
ゆっくりと奥まで登ってみましょう (よいしょ!!どっこらしょ!! (」・ω・)」。 -
整備終了区間が見えて来ました。
長城は険しい山々へと続きますが、一般観光客の立ち入りは制限されています。 -
観光客が訪れることが可能な長城終点で、暫し休憩です。
山麓を眺めてみると・・・何やら烽火台らしき遺構が見えています。 -
対岸の山腹には、長城らしき石積も見えます。
-
水門近くの長城から対岸を眺めてみると、やはり城壁のような構造が見受けられます。
どうやら城堡のようです。
Google Map の衛星画像を見てみると、城壁が集落を囲んでいる城堡構造が分かりますね・・・(いやはや驚いたなぁ〜)。 -
水門を渡って左岸の長城に向かいますが、直ぐに行き止まりです。
左岸側の長城は歩けないようです。
う〜ん、残念!! -
河に作られた長城の左右2ヶ所には、囲城と言われる水量調整の場所が有ります。
その囲城の中に降りてみました。 -
期待通りの九門口長城を後にして、山海関に戻ります。
-
山海関古城南門(望洋門)でタクシーを降車、優しいおじさんに100元を支払い、今度は天下第一関観光です。
龍老頭へ包車しないか?と言われ(紙に書かれ)ましたが、私達は6年前に観光済みと言い返し(紙に書き返し・・・)おじさんと“再見”です。
以前2009年に訪れた時は、山海関古城天下第一関景区・角山長城・老龍頭を観光しました。
その時に訪れていない観光ポイントを調べてみると・・・大悲院・王家大院・山海鎮総兵府・孟姜女廟等々・・・ -
天下第一関は、北方民族の女真族侵入を防ぐために明朝時代(1381年)に築かれたもので 万里の長城が海に至る東端の要塞であり、古代の防衛拠点の要なのです。
何処を観光しようか・・・??
悩んだ末に、懲りもせずに2009年同様に天下第一関に上がり、城壁フェチぶりを発揮です。
前回観光出来なかった王家大院との2ヶ所観光可能な60元のセット門票を購入、昼食後の観光再開です。 -
まずは天下第一関に向かいます。
正に鎮座という表現が合いますね。
城門に上がる前に瓮城に入り、歴史に刻まれた城壁を眺め思いに更けます。 -
ここで山海関の歴史に触れてみましょう。
山海関は万里長城の最東端にあり、女真族・契丹族といった北方民族の侵入を防ぎ続けた難攻不落の要塞です。
古くは臨楡関と言い、明朝が山海衛を置いてからは山海関と呼ばれています。
明朝末期、李自成が北京を陥落させ、明朝は滅亡してしまいます。
その後、山海関守将の呉三桂が清朝軍に投降して、難攻不落の堅固な関所は初めて開かれたのです。
そして北京になだれ込んだ清朝軍と呉三桂は、李自成を排除し、ここに満州族による清朝時代が幕を開けたのです。 -
当時も明朝側の関内から見た清朝は北方の異民族で、山海関は国境の砦だったわけです。
関内に対して山海関の外側は関外・関東と呼ばれていました。
旧大日本帝國が満州国を建国した際の中国との国境もこの山海関です。
写真の天下第一楼の箭楼の向こうは、関外ということになりますね。
華北と東北との境目がここなのです。 -
城壁散策の後は、城内観光です。
王家大院へ行ってみます。
清朝末期の富豪王家の邸宅だったところで、現在は山海関民族博物館として利用されています。
典型的な四合庭院式建筑で、綺麗に修復・整備されてます。
王家は山西省の出身で、塩の売買で財を成し、山海関で一番の富豪だったそうです。 -
王家大院を後にし、城内を散策します。
鐘鼓楼周辺には銅製の人物モニュメントが多数見受けられます。
2年前に訪れた天津旧城や昨年訪れた聊城古城にも設像されていましたね。
完成したての真新しい大悲院・山海鎮総兵府は、お金を払ってまで??との判断でパス!!
というわけで、観光は終了、一途山海関站へ向かって出発です。 -
山海関古城観光を終え、唐山市欒県に移動です。
往路に停車した欒河站は高鉄専線に設置されていますが、私達の観光目的の欒州古城は、在来線の欒県站利用になります。
よって高鉄ではなく動車組の切符を買わなければなりません。 -
集票処は空いていて楽勝です。
写真は無事に購入出来た山海関站-欒県站間のD46動車組(18:35発)の二等硬座切符です(30.5元)。 -
ホームに降りて、行き先と列車名を確認です。
私たちは、山海関站-欒県站間だけの乗車ですが、D46列車は大連北站-北京站間を走行する動車組長距離列車だったのです。 -
動車組D46列車が入線です。
15号車の06Fと06Dの隣り合わせの座席です。
よかった〜ヽ(;▽;)ノ
そう言えば昔、上海站-南京站間の動車組に乗った時、座席番号は連番なのに、実際の座席は別の部屋という珍事が有りましたっけ!! -
列車は定刻の19:33に無事に日が暮れた欒県站に到着です。
一安心も束の間で、改札口には客引きの激しい熾烈な嵐が待ち受けていました。
今夜は夜景鑑賞と夕食を楽しむ為に欒州古城に行くのですが・・・公共バスは18:00で終了です(地方都市ではよくある話・・・)。
ここはタクシーしか移動手段が有りません。
昼間なら1.6km=1元なので、古城なら10〜15元位で行けるはずなのですが・・・
25元と言い続けていた客引きを振り払った時、20元でいいから・・・と妥協してきた(紙に書いてきた)為、手打ちとしましょう!!
流石、交渉駆け引きの上手な我が家内に脱帽です!! -
さてさて、タクシーで欒州古城中心部の巡欒府に到着後、夜景鑑賞の始まりです。
古城の中心部をゆっくりと流れる運河沿いに、幻想的な景色が待っていました。 -
欒州古城内の運河に写るアーチ橋、夜空に高く突き抜け煌く紫金塔、重厚な輝きを放つ東城門等、綺麗な夜景にうっとりです(ライトアップ好・好)。
-
鼓楼と紫金塔のライトアップの共演です。
ん〜綺麗だな〜。 -
東城門鑑賞後に夜景を見ながら運河沿いで楽しんだ遅い夕食も終了です。
今日のホテルは市街中心部の欒県龍大欒州国際大酒店です。
ホテル迄は約5km程ですが、タクシーとの価格交渉は20元から一向に下がりません。
他に移動の選択肢も無いことから、20元で妥協して一路ホテルに向かいます。
今日も歩き歩きで疲れました〜(晩上好)。 -
5月7日が始まりました(早上好)。
昨夜から泊まった5ツ星ホテルの欒県龍大欒州国際大酒店(朝食付き328元)をチェックアウトし、さあ、今日も観光するぞ〜!! -
欒県龍大欒州国際大酒店から東へ100m程歩いたバス停名は明亮園。
ここから102路の路線バスで、昨夜の欒州古城中心地の巡欒府に向かいます。
バス停の表示を見ていて、気になった路線バスが5路です。
欒州古城南方の影山景区山頂に建つ文峰塔行きで、1日に4便が欒県站との間を往復しているようです。
タクシーチャーターでしか行けなかった文峰塔へは路線バスで行けるようになったのですね。
表記は、欒県汽車站発が、8:30・10:00・14:45・16:15、文峰塔発が、9:15・10:50・15:30・17:00となっています。 -
102路バス(1元)が到着しました。
今から欒州古城へ向かいます。 -
降車後、まずは老街に向かいます。
かつて北城門の外城に拡がっていたであろう市場や露天です。
昔ながらの活気に溢れています。
現在は古い建物は壊され、高層マンションへの建て替え工事が急ピッチで進められているようです。 -
欒県老街中心大街です。
十字路に立って、今まで歩いてきた北側を撮影しました。
昔、この十字路に鼓楼が有ったのでしょうか? -
老街の十字路を左折して東進すると、老城衙署が見えてきます。
唐山大地震の後、修復・復建されたようです。
門を潜れば、何〜と!! いきなり民家です。
つまり、老城衙署は門しか残っていないのです。 -
今度は昨夜も散策した新しく整備が終了して開放された欒州古城に向かいます。
碑坊の京東第一州の文字を見ながら古城に入っていくと・・・ -
運河が現れます。
観光客を乗せた舟も行き来しています。
綺麗な水が流れていて、魚が泳いでいて好感度抜群です。 -
古城内には道標が整備され、迷わなくて済みます。
中心部に位置する巡欒府に入って行くと・・・ -
欒州古城の完成時の大きな模型が有りました。
まだまだ整備途中のようです。
ここ巡欒府は欒県の歴史博物館も兼ねているようで、様々なパネル展示物が並んでいます。
あ〜あ、中国語が読めたらなぁ〜 ( ´・_・`) -
平日の昼間ということもあり、時間が止まったような空間が広がっています。
昔に旅した蘇州や朱家角・周荘・西糖を思い出します。
いいですね〜水郷を伴う静寂な街並って!!! -
欒州古城西端の碑坊です。
ここから東端の東城門まで約2kmの距離が有ります。
結構、古城は広域なのですね。 -
運河沿いから見た紫金塔です。
免費で最上階まで上がれます。
この紫金塔周辺の運河沿いには、多くの飲食店が連なり、オープンテラス状態の景色の良い席が多数用意されています。
私達の昼食も、この運河沿いで景色を眺めながら優雅に過ごしました。 -
観光用の小舟が行き来する運河・・・風情が有りますね( ^ω^)
-
昼食後、観光再開です。
鐘鼓楼の前に関帝廟が有ります。
関羽に会って、次回の中国旅行の資金が貯まるように祈願して来ましたよ〜。
さあ祈ろう!一生懸命に仕事をするから、財布の中をお札で潤わせてね〜真面目に働くから稼がせてネ〜。
そして、連続休暇が取れますように!!
毎年思うのだけど、自宅の押し入れに眠っているの三国志(北方謙三著)を読み直ししなきゃネ!! -
昨夜、ライトアップされて輝いていた東城門です。
城壁南側から登城できます(5元)。
勉強不足で分かりませんが、城楼内は欒県出身の将軍や戦士の資料が飾られています。
欒県からは数々の英雄・武人が出ているようです。 -
東城門から眺めた欒州古城です。
古い街並の整備が進められています。
同時に高層マンションの建築も盛んに行われています。 -
欒州古城東端の欒河水利風景区広場には、欒河母親なる石像が設置されています。
今いる場所は唐山市欒県です。
この欒河の対岸は秦皇島市昌黎県です。
行政区の境界が、この欒河なのですね。 -
さあ、欒州古城ともお別れの時がやって来ました。
巡欒府から欒県站まで、路線バス101路(1元)で移動です。 -
昨夜、大勢の客引きに囲まれた欒県站に戻って来ました。
集票処に行って北京行きの動車組切符を買わねばなりません。
欒県站18:19発-北京南站20:06着の動車組D6604列車の二等硬座席切符を無事に購入〜!! -
その北京南站行きの切符です。
3号車10Aと10Bで隣の席でしたよ(*´∀`*) -
地方都市の欒県站の動車組専用待合室は狭く、みんな立ちっぱなしです。
超ローカル站の為なのか、電子ボード表示は無く、何と!何と!!何と!!!〜検票の時は既製ボード表示でした(@_@)!!!。
のんびりして笑えますね( ??? ) -
定刻通り動車組D6604列車が入線して来ました。
北京南站からは今夜宿泊予定の東直門まで路線バス106路で移動です(3元)。
東直門外のバス停から徒歩10分位の北京紅駅桟酒店(338元+朝食20元×2名)に無事にチェックインです。
あ〜あ疲れたよ〜早く食事して明日に備えなきゃ!!(晩上好) -
5月8日が始まりました(早上好)。
東直門の国盛センター内バスターミナルから960路快速(15元)で密雲県に向かいます。
司馬台村行きの51路バスに乗り継ぐ為、密虹公園で降車です。
ここまで1時間30分もかかりました。
この密虹公園には旧密雲城の楼郭が鎮座しています。 -
さらに辺境を目指し、密雲公園から乗車した51路バス(15元)に揺られること約60分で終点の司馬台村に到着です。
距離が有り、乗り継ぎの51路バスを待つ時間も含め、司馬台への個人移動は予想以上に時間がかかってしまいました。
既に時計は13:00過ぎです。
まだまだ司馬台長城に行く時間的余裕は有ると判断、イザ出発です。 -
司馬台村バス停から古北水鎮に向う橋を渡の上から、遥か彼方の司馬台長城が見えて来ました。
今日は曇りの予報なのに何故か快晴・・・早く司馬台長城に行かなくちゃ!!
予報によると、明日は曇りで下り坂らしい・・・。 -
同じ橋の上から古北水鎮の小湯河沿いの街並が見えます。
何かいい雰囲気です。 -
司馬台長城は、古北水鎮内を徒歩で進んだ場合、リフト乗り場迄は約30分程かかるらしいのです。
早く行かなくちゃあ!!
そして、司水路を歩いていくと・・・新事実を知ることに〜(゚Д゚)ノ
何と・・・何と・・・何と・・・!!!!! -
え〜!!歩いていこうにも、何と!何と!!何と!!!司水路が通行禁止になっているではあ〜りませんか!!!(マジか〜?)。
そして京師鎖輪と書かれた古北水鎮城門から奥は有償区間なので進めず・・・。
何処をどう進めばいいのか全く分からず右往左往している内に、どんどん時間だけが過ぎて行く・・・(イライラ(~ω~;)))
旅客商務センターで筆談にて得た情報によると、基本的には新しく整備・完成した有償区間の古北水鎮(何と門票150元)を通って司馬台長城に行くらしい・・・門票という名の通行料を取ると言う訳か〜ヽ(`Д´)ノ怒!! -
昨年の国慶節に合わせて古北水鎮が整備されたが故に、司馬台長城へ行きにくくなっていたのです!!
しかし、それでは司馬台長城だけを観光したいという私達みたいなニーズに応えられない為なのか、通行禁止区間に1日4往復の免費バスを走らせているという事実を知ることとなる(免費は当たり前だ〜!!)。
この事実を知る為に約1時間を費やした私達・・・やはり中国語が理解できないことが足カセになってしまっている(トホホ・・・)。 -
次の往路バスは14:20発、復路バス最終は17:00。
これなら司馬台長城に上がれる!! と思いきや、ここで更に問題が発生。
司馬台長城に行く為に古北水鎮を通り抜ける免費バスは、予約制で且つ外国人観光客は事前にネット予約が必要らしい・・・(多分・おそらく・きっと・・・そう言っている・・・そんな事前情報、知る由も無し!!)。
15:00のバスなら空きが有り乗車可能とのことだが、それだと司馬台長城観光は約1時間半位しか確保出来ないことになってしまう・・・。
復路17:00という往路制限を考え、今日の司馬台長城観光は余裕が無いと判断して諦めました(無念!!)。
旅客商務センターでパスポートNoを提示・指定用紙に記入し、明日10:00の往路の免費バスを予約です。
従って、今日の残り時間は、古北水鎮の無償区間を散策することにしました。 -
古北水鎮の門票は150元です。
バス停から城門までの約1/4区間位だけ無償開放されています。
写真は、その無償区間地図です。
門票販売時間は16:30まで、古北水鎮の閉門時間は22:00と判明・・・
夜景だけなら免費で入場出来るのでは?との都合のいい解釈をし、散策開始です。 -
“テーマパーク”と言ってしまえば・・・それまでです。
150元を払う価値が有るか否か?この判断も分かれるでしょう。
私達は過去にも、綺麗に整備し尽くし、テーマパークのような箱物のような街をたくさん見て来ました。
綺麗な街並散策も、整備がされていない老街散策も共に楽しんでいます。
今後、古北水鎮を訪れる皆さんは、どう判断されるのでしょうか? -
古北口駅と刻まれた城門を潜ると、先程の有償区間への入口の城門に繋がっています。
-
古北水鎮内からは険しい司馬台長城がよく見えます。
-
小湯河沿いに連なる城壁です。
作り物とはいえ、重厚で迫力満点です。
ここ古北水鎮のホテル予約が出来なかった為、私達は今夜の宿泊先が有る司馬台村まで歩かなければなりません。
“また後で夜景を見に戻るからネ〜”
そんなノリで移動開始です。 -
暫く歩くと古北水鎮専用駐車場隣に石門が現れます。
この石門は何だろう???
よく見れば、崩れかけた城壁が連なっています。
何と何と・・・城堡が残っていました。 -
城堡の石門を潜ると、工事真っ最中です。
整備して観光地にするのでしょうか? -
城堡の名は“司馬台城堡”です。
ゆっくり散策したかったのですが、旅游足止の看板に断念です。 -
風化・侵食の進んだ城壁が、歴史を物語っています。
-
古北水鎮から徒歩約30分、客引きに囲まれ・付き添われて、付きまとわれながら司馬台村に到着です。
ここ司馬台村は新しい集落のようです。
どうやら古北水鎮がテーマパーク化され、元々の住民は強制的に立ち退きを迫られ、行政が造成したこの司馬台村に集団移住させられたようです。
司馬台村の宿は、みんな同じ作りで綺麗なのですが、画一的で趣が無いというのが感想です。
まあ、何はともあれ、予めネット予約しておいた如雪民俗駅桟(朝食付き235元・シャワーとトイレは共同)に無事にチェックインです。 -
休憩後、再び古北水鎮夜景鑑賞に出発です。
約30分歩いて到着です。
古北口駅と刻まれたライトアップされた城門を潜ると・・・ -
京師鎖輪と書かれた城門入口から中に入ると、門票売場は閉じられていました。
そして、その奥の古北水鎮有償区間への入場改札口では検票が待っていました。
昼間、門票を買った人、及び有償区間内のホテルに宿泊することが証明出来る人のみ通過可能〜(多分・おそらく・きっと・・・そう言っている)。
門票を持たずに無償で夜景鑑賞をしようという思惑は、あっけなく崩れ去りました〜(甘かったか〜!!〜残念!!) -
そのまま無償区間の夜景鑑賞を楽しみます。
小湯河に架かる橋を渡ると、ライトアップされた駅中門です。 -
その駅中門に連なる城壁の彼方に、ライトアップされた司馬台長城が見えます。
-
幻想的に浮かび上がる司馬台長城・・・明日はあそこを歩くのだ〜(ワクワクo(*゚▽゚*)o
何〜て思いを寄せながら退散です。
またまた30分程歩いて司馬台村に戻りました。
月明かりしか無い真っ暗な夜道、星が落ちてきそうな位の満点の星空です。
宿泊した如雪民俗駅桟に戻り、中国家庭料理・農家菜に舌づつみです。
明日も天気が良くなりますように(晩上好)!! -
5月9日が始まりました(早上好)。
土曜日ということもあり、朝から大勢の観光客が押し寄せて来ています。
私達を含めて10:00集合の人達が旅客商務センターに集まって来ました。
早速、司馬台長城門票40元を購入です。
ん〜大半は西洋人で、アジア系の人達は台湾人か香港人といった感じで、英語が飛び交っています。
やがて免費バスが出発、乗車時間10分弱で古北水鎮の裏門から外へ出て降車した場所が長城へのリフト乗り場になっています。
ここから歩いて長城へ行くことも可能です。
???あれあれ、2人乗りリフトではなく6人乗りゴンドラに変わっている・・・
昨年10月、古北水鎮が国慶節に合わせて、ゴンドラも新しく付け替えられたようです・・・!! -
事前に読んだ皆さんの旅行記によると、二人乗りリフトとケーブルカーを乗り継いで長城へ行くはずなのですが・・・。
-
ん〜残念ながら今日は青空の下の長城とは縁が無さそうです。
さあ、気を取り直して山麓から一気に山腹を目指します。
この新設されたゴンドラですが、何と片道90元・往復150元と超高額です。
私達は元々片道利用の予定です。
かなりのスピードで、一気に高度を稼ぎます。
ここのゴンドラの山麓駅・山腹駅ですが、共に販売店や飲食処は皆無です。
古北水鎮の有償区間の外側は何も売っていません(冷たい仕打ちだこと!!)。 -
ゴンドラ終点には望京楼留会という石碑が建っています。
見上げれば天に突き刺さるが如しの司馬台長城が迫って来ています。
司馬台長城には敵の攻撃を防御するための櫓が東西併せて35基も有るそうですが、中でも東16望京楼は、その険しさでも有名です。
現在は、その手前の東12楼までしか整備・開放されていません。
さあ、今日も歩くぞ〜!! -
新しいゴンドラが完成し、従来の二人乗りリフトとケーブルカーは廃線になったようです。
ゴンドラ終点から山腹を少し歩いていくと、ケーブルカー跡が見えて来ました。
上から覗き込むと・・・かなりの急勾配です (以前は使われていた訳だよね・・・恐ろし〜)。
今では乗り継ぎが無くなり、便利&安全になったようです(( ^ω^) -
途中、案内地図が何ヶ所も設置されています。
ゴンドラ終点から司馬台長城が連なる稜線まで出た後は、一個一個の櫓を歩いて越えて行くことになります。
・・・・・・??? ん〜!!あれれ??何だって〜!!!
案内地図を見ると、東10楼までしか載っていないよ〜またまたイヤな予感!!
現在は東10楼までしか開放されていない訳か・・・聞いてないよ〜トホホです。 -
東8楼で尾根沿いの稜線に上がります。
綺麗にお化粧直しされていないレンガ作りの長城です。
何とも趣があります。 -
東9楼に向かって出発です。
両側のレンガは崩れて、手すり無し状態です。
慎重に歩かなきゃあ!! -
行き止まりの東10楼から東11楼を眺めます。
以前は開放されていた区間ですが、危険な為なのか?今は立入禁止で残念です。 -
さあ、今度は東1楼や長城西楼を目指して下山です。
振り返ると手前から東8楼・9楼・11楼が見えています。
ふと気付いたのですが、全く露天・売店が有りません。
長城名物の売り子が持ち込むパラソルが咲いていないのです。
つまり・・・食料や水は古北水鎮に戻らないと手に入らないのです。 -
更に歩き、高度を下げます。
有償区間の古北水鎮観光を終えた中国人観光客が、大挙して登って来ます。
週末の北京発の司馬台長城ツアーは、どうやら往復のバス代 + 門票のセット価格のようです。
ゴンドラ代は別料金らしく、みんな山麓から歩いて東1〜10楼を観光(散策)するようです。
たくましいなぁ〜!! -
朽ち果てそうな東2楼が見えて来ました。
司馬台長城東楼側は、ここまでしか進めません。
東1楼や鴛鴦湖に架かる吊り橋も立入禁止になっています。
ということは司馬台長城西楼側も閉鎖中で、金山長城までの縦走散策も出来ないということになります。
まあ、金山長城は次回の楽しみに残しとこっと!! -
閉鎖された司馬台長城西楼を眺めます。
さあ、先に進みます。
下山途中の湖畔に閉鎖された滑索乗り場が有りました。
以前はワイヤーロープにブラ下がり、一気に滑り降りて、その後、鴛鴦湖を遊覧船で移動することが出来たらしいのですが、今は自分の足で歩く意外の下山方法は有りません。 -
3時間半かけた長城周遊を終え、13:50発の免費バスで古北水鎮旅客商務センターまで戻ります。
免費バスは古北水鎮の有料区間内も走ります。
週末土曜日だからなのか、かなりの人出です。。
バタバタ珍道中で色々有りましたが・・・
さ・よ・う・な・ら! 司馬台長城・古北水鎮!! -
往路同様に密雲51路のバスに乗ります。
同じ51路なのですが、復路は往路の路線バス仕様とは違ったリムジンバスです。
だからなのか??料金も往路より5元高い20元です。
往路は2座+3座の狭い5座シートの路線バスですが、復路は2座+2座の4座シートのゆったりバスです。
密雲汽車站から960路快速バス(15元)に乗り継いで、一路東直門に向かいます。 -
東直門站から前門站まで地下鉄2号環状線で移動です。
前門站までの料金4元を支払うと、天津地下鉄とは違うカード切符が券売機から出て来ます。
日本でいうSuicaのような交通カードのようです。
ではでは、“ピッ!!”と鳴らして改札を通ります。 -
前門站降車後、地上に出ると、前門こと正陽門が鎮座しています。
いやいや!北京に戻って来た〜と実感出来ます。 -
日没寸前の箭楼を背景に記念撮影です。
前門は何回来ても、そのスケールの大きさに感嘆しますね!! -
前門大街の西側に並行している粮食店街を歩いていくと、新しい観光施設がオープンしていました。
中国第一瓶二鍋頭酒誕生地展示館です。
アルコール度数60〜70%の焼酎で、高粱(コウリャン=モロコシ)を原料にした北京特産の白酒らしいのです・・多分・・おそらく・・きっと!! -
この中国第一瓶二鍋頭酒を製造した超三兄弟の像が有ります。
奥には販売カウンターが有り、いわゆるアンテナショップのような存在でしょうか?
前門大街と粮食店街とに面し、その立地の良さからなのか、沢山の観光客で賑わっています。 -
中国旅行最後の夜は、毎回宿泊している北京現代貫通酒店(278元+朝食20元×2名)にチェックインです。
さあ、前門大街の夜景鑑賞の始まりです。
今年も“台湾会館”周辺のライトアップされた街並を眺めながらの散策です。 -
后菅胡同や前菅胡同から大江胡同を西へ歩けば前門大街に出ます。
一気に光の量が増し、人通りが急に増え、活気に溢れています。
外国人観光客も沢山歩いています。 -
毎年、労働節は中国旅行へ行っていますが、前門周辺で宿泊する時、必ず行く店 客満堂です。
店頭で回っている炙鶏(ローストチキン)をその場で切り刻んでもらって、尖椒土豆絲と水餃とビールを頼んで楽しみます。
美味しいなぁ〜炙鶏!!
あ〜今年の中国旅行も明日で終わりか〜(晩上好)!! -
最終日5月10日が始まりました(早上好)。
何と季節外れの寒波が到来、北京の気温は10℃しか有りません(う〜寒いよ〜)。
中国CCTVを見ると、河北承徳では積雪が有ったようです。
さあ、気を取り直して出発です。
昨年の最終日同様、ホテル前の西草市街を南下します。
今日の目的地の先農壇とは、農業と医薬の祖・神農氏を祭り、皇帝が自ら鋤を持ち、農耕儀礼を行なう祭祀施設のことです。 -
三門を潜り、門票(15元)を購入して奥に進みます。
-
現在、先農壇は北京古代建築博物館として利用されています。
-
中心に建つ大歳壇は、奥の拝殿まで全て博物館として使用されています。
博物館内は広く、見学にはかなりの時間を要します。
8000年の中国史映画を鑑賞、歴史の重みを感じました。。 -
その大歳壇の前に焚錦炉が有りました。
先農壇には歴史的遺跡が多く残されています。 -
さあ、先農壇から歩いて近くのバス停を探してみると・・・
天橋站から2日前と同じ106路バス(2元)で東直門站に行けることが判明!!
その後、東直門站で機場快軌(25元)に乗り換えて北京首都空港へ向かいます。 -
北京首都空港旅客第3ターミナル内です。
座席指定をしておらず、真っ先に空港カウンターへ行ってみると・・・!!
私達は定刻16:40発の東京羽田便を予約していたのですが・・・何とオーバーブッキング!!
訪日中国人観光客で座席は埋まっているそうです。
という訳で・・・私達はビジネスシートに廻されました〜(超・超・超ラッキー!!!!!) -
初めて座ったビジネス仕様のシェルシート(Shell Seat:貝の椅子)は快適・極楽・超極楽。
何とフラットシートになっちゃったりもするのです〜(*^^*)
旅行の最後にご褒美を頂いちゃいましたね!! -
という訳で遼寧・河北古城史跡巡りの旅・・・如何でしたか?
終わってしまえば、あっという間の7日間でした。
今年は晴れ男と晴れ女のパワー不足なのか、最後の2日間は曇り空になってしまいました!!。
さてさて、機内食(ビジネスシートだけどエコノミー仕様食・・・当然か〜)も味わったし・・・モルツも白ワインも嗜んだことだし・・・東京羽田空港まで少々眠りま〜す。
またまた中国旅行に行けたらいいなぁ〜・・・いやいや、絶対に行くぞ〜!!
お・し・ま・い
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