2015/01/25 - 2015/01/27
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ペコちゃんさん
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久し振りの九州旅行・・・長崎は三度目、ハウステンボスは二度目ですが、イルミネーションが素晴らしいと聞いて、光もの大好きな(?)ステンドグラスのお友達と2泊3日のツアーに出かけました。
(1日目) 羽田 ⇒ 長崎空港 ⇒ 諫早 ⇒ 長崎・南山手散策 ⇒ 稲佐山・夜景鑑賞。
(2日目) ハウステンボス
(3日目) 平戸・散策 ⇒ 九十九島遊覧 ⇒ 太宰府天満宮 ⇒ 福岡空港 ⇒ 羽田
長崎の夜景もハウステンボスのイルミネーションも素晴らしく、寒い中、旅行した甲斐がありました。
また、大浦天主堂のステンドグラスは昔、見たことがありましたが、その美しさはいつ見ても感動的で、季節を変えてまた長崎を訪れたいと思いました。
写真は、イルミネーションが美しいハウステンボスの夕景です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 観光バス JALグループ 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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<1日目>
羽田発10時15分のJALで、長崎空港に向けて出発。 -
静岡の上空を飛んでいると、機内放送で「富士山が見えます!」・・・生憎、私の席は海側だったため、後方の非常口に行くと、一人のおじさんが写真を撮りまくって、窓を譲ってくれない!
” スミマセ~ン、私も撮りたいんですけど・・・ ” ・・・やっと何とか撮れました。 -
12時半に長崎空港に到着。
荷物用ターンテーブルも歓迎してくれます・・・ ” よかとこ 長崎 よう来たね ” -
その隣りは ” 幸せの香り 長崎さちのか ” ・・・「さちのか」は「とよのか」を種子親とし、平成8年に登録された甘いイチゴです。
イチゴの出荷量は栃木県がダントツですが、福岡・佐賀・熊本に次いで長崎は5番目。 -
長崎らしい飾りがお出迎え。
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長崎空港から諫早に行き、老舗カステラ店「杉谷本舗」でショッピング・・・「杉谷おこし」も有名です。
駐車場から見た海の景色も素敵でした。 -
諫早から長崎市内に入り、大浦天主堂に向かいます。
長崎名物の路面電車が見えました・・・大正3年から営業している長崎電気軌道(株)は、他の都市の市営電車と違って民間企業で、現在5路線4系統が走っています。
運賃は一律120円で、坂の街・長崎にとって強い味方ですね・・・坂の多いこの街では、引っ越しの際は今でも馬が活躍するそうです。 -
カトリック教会の『大浦天主堂』は1865年に建立された日本最古の現存するキリスト教建築物で、正式名は日本二十六聖殉教者堂。
西洋の石造りの教会建築に見えますが、大浦天主堂は洋風建築様式による木造教会で、柱や梁などにはすべて木材が使われ、白い壁には漆喰が塗られています。
昭和28年に国宝に指定されました。 -
1597年、豊臣秀吉の命令によって長崎で磔の刑に処された26人(うち6人は外国人)のカトリック信者・日本二十六聖人に捧げられた教会堂で、殉教地の西坂に向けて建てられています。
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教会入口にある「日本之聖母像」は、信徒発見を記念して1869年にフランスから贈られたものです。
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ステンドグラス大好きな私達は、このステンドを見たかった!
正面祭壇奥に掲げられた「十字架のキリスト」像は、天主堂建立を記念して1865年にフランスのマン市のカルメル修道院から寄贈されたものです。(内部は撮影禁止なので写真はHPより) -
ヨーロッパの教会にも負けない見事なステンドでした。
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天主堂庭園にある「キリスト信者発見百周年記念碑」・・・その先にあるのは、大浦天主堂を建てたフランス人・プティジャンの像。
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信徒発見から100周年を迎えた1965年に、この感動的な “ 信徒発見 ” の場面を再現した信徒発見レリーフは建立されました。
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プティジャン(1829~1884)は宣教師として幕末の日本を訪れ、後半生を日本の布教に捧げた方です。
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この「旧羅典(らてん)神学校」は、日本人の司祭を育成するために、プティジャン神父により明治8年に敷地内に建設されました。
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大浦天主堂の次は、エスカレーターに乗って『グラバー園』へ・・・もともと旧グラバー住宅・旧リンガー住宅・旧オルト住宅があった敷地に、長崎市内に残っていた他の歴史的建造物も移築して造られたのがグラバー園。
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「さるく」とは、街をぶらぶら歩くという意味の長崎弁。
まち歩き観光「長崎さるく」には、特製マップを片手に自由に歩く「遊さるく」、長崎名物・ガイド付きまち歩きツアー「通さるく」、専門家による講座や体験を組み合わせた「学さるく」、美味しい長崎を味わう「食さるく」などがあるので、一度歩いてみたいですね。 -
「旧三菱第2ドックハウス」に入って見ました。
船が修理で造船所に入っている間、乗組員が宿泊するために明治29年に建てられた建物で、三菱造船・第2ドックそばにありましたが、昭和47年に長崎市が寄贈を受けて、現在地に移築復元されました。
家具が置かれ、談話室が再現されています。 -
当時のものでしょうか?・・・今の私には、とても着れません。
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建物前の池には鯉がゆったり泳いでいました。
池の向こうには長崎港の景色が広がります。 -
建物2階のテラスからの眺めは素晴らしく、三菱重工ドックも良く見えます。
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「祈りの泉」・・・この泉の壁面は、長崎に沢山いた隠れキリシタンの苦悩と救いを表現しています。
大きな三角は祭壇を、その下は十字架や神の子羊、細かい噴水はろうそく、下部の陶板は隠れキリシタンの苦悩、流水はそれらが清められ救われる事を表現している泉です。 -
グラバー園の真ん中あたりにあるオープンのガーデンカフェ・・・飲み物や軽食が楽しめる場所ですが、今日は寒くてオープンカフェはかなり辛い・・・と思う。
このテーブルや、いすに描かれているお花の模様が可愛くて、我が家のデッキにも欲しい・・・ -
昭和38年に建てられた、世界的プリマ・ドンナ「三浦環像」。
右側の丸いレリーフは、イタリアの作曲家・プッチーニ。
三浦 環(明治17年~昭和21年)は、長崎を舞台に没落藩士令嬢の蝶々さんとアメリカ海軍士官ピンカートンとの悲恋を描いたプッチーニの歌劇「マダム・バタフライ」で、日本人として初めて国際的に名声を得たオペラ歌手です。
第2幕のアリア「ある晴れた日に」が聞こえてくるようです。 -
プッチーニの大理石像。
ジャコモ・プッチーニ(1858~1924)は、『トスカ』『蝶々夫人』『ラ・ボエーム』などのオペラを作曲したイタリアの作曲家。
この像は、彼の生地・イタリアのルッカ県とマダム・バタフライ・コンクール協会から両国の友好と世界平和の願いを込めて、平成8年に寄贈されたものです。 -
「旧グラバー住宅」は、1863年に建築され、貿易商のトーマス・グラバーが住んでいた日本最古の木造洋風建築。
三菱重工業・長崎造船所を見下ろす位置にあるので、昭和14年に戦艦・武蔵の建造を隠すため、三菱重工業が買収し、昭和32年に造船所の創業100周年を記念して長崎市へ寄贈されました。 -
スコットランド出身のトーマス・グラバー(1838~1911)は、21歳の時に長崎に来て貿易会社を設立。
武器商人として幕末の日本で活躍したり、維新後も高島炭鉱の経営を行うなど、造船・採炭・製茶貿易業を通して、日本の近代化に貢献しました。
また、キリンビール育ての親でもあります。 -
食堂には当時の晩餐メニューのレプリカが並べられています。
鴨の丸煮・豚や鹿肉料理・伊勢えびのスープ・揚げパン・タルト・・・150年前の西洋料理を文献から再現したものだそうです。 -
トーマス・グラバーと奥さんのつるさん。
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グラバー園の建物を見て、最後に隣接する「長崎伝統芸能館」に入ると、広い空間に大きな船型の山車が並んでいました。
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諏訪神社の祭礼「長崎くんち」に奉納される龍踊りの白龍、青龍、各町の奉納踊りを先導する「傘鉾(かさぼこ)」と呼ばれる豪華な飾りなどが展示されています。
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長崎くんちは370余年の歴史と伝統を持つ、秋の大祭・・・旧暦9月9日に行っていたことから、9日すなわち「くんち」と呼ばれるようになったと言われます。
10月7・8・9日の3日間は、県内外から多数の観光客が見物に訪れ、長崎市内は祭り一色に染まります。 -
一日目の宿泊は、諏訪神社の高台にある「長崎にっしょうかん」。
夕食は和食のバイキング・・・お寿司など美味しく頂きました。 -
夕食後は、楽しみにしていた長崎の夜景観賞。
長崎には夜景を鑑賞できるスポットが何カ所かあり、ホテルからも長崎の夜景を楽しめますが、稲佐山展望台からの眺望が一番!
淵神社駅からロープウェイに乗って稲佐山の山頂まで5分です。 -
標高333mの稲佐山から見る夜景は、1000万ドルの夜景といわれており、長崎港を囲むように街の光が輝き、特に平和公園がある北部方面は山の谷間に光が連なるため、その様子はまるで天の川のようです。
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日本三大夜景は
・函館山から望む、函館市の夜景
・摩耶山掬星台から望む、神戸市や大阪市の夜景
・稲佐山から望む、長崎市の夜景
また、平成24年に長崎市で行われた「夜景サミット2012 in 長崎」で、長崎・香港・モナコが「世界新三大夜景」と認定されています。 -
<2日目>
朝食も美味しく頂きました。 -
ホテルのロビーには、美しいステンドグラスが飾られています。
制作者は、フランス・アメリカ等で修業した地元出身の女性で、市内の教会などにも作品があるそうです。
私達は、溜息と共に作品を鑑賞させて頂きました・・・今回の旅行の大きな収穫です。 -
ホテルを9時に出発し、10時過ぎにハウステンボスに到着しました。
『ハウステンボス(Huis Ten Bosch)』は、オランダの街並みを再現したテーマパーク・・・今日は1日園内で楽しみます。 -
平成4年に開業したハウステンボスは、10年後には経営不振になりましたが、平成22年にHISが支援を始めてから次々と魅力的なアトラクションや催し物などにより、業績は回復・・・年間入場者数は平成21年の倍の約300万人で、ディズニーランドの約3000万人、ユニバーサルスタジオの約1000万人に比べると見劣りしますが、九州という小さい商圏の中では頑張っています。
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この時期、ハウステンボスは「仮面舞踏会大カーニバル」を開催中で、動物たちもマスケラを付けています。
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先ずは運河クルーズへ・・・船の出港時間に合わせ、ここから出発です。
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船長さんもピンクのコスチュームとマスケラでムードアップ。
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高さ105mのシンボルタワー「ドムトールン」・・・ドムトールンは、オランダ・ユトレヒトにある、同国で最も古い教会・ドム教会の鐘楼です。
1321年から1382年にかけて造られた112mの鐘楼を、ハウステンボスで再現しました。 -
ドムトールンの5階展望室(地上80m)からは、ハウステンボスの全景や・・・
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風光明媚な大村湾も一望できますが、今日はあいにくの天気で、チョット残念です。
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楽しそうな4人乗り自転車・・・夜になると、光の自転車になって輝きます。
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ごみ箱も素敵・・・これだとゴミの分別も、OK。
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平成13年にアメリカで開発された「セグウェイ」で園内をスイスイ・・・らくちんネ!
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レストランの飾りつけ・・・チョット素敵です。
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オランダの宮殿「パレス ハウステンボス」・・・1645年にオランダ・ハーグの森に建てられ、1981年から前オランダ女王ベアトリクスが住んでいる宮殿の外観を、オランダ王室の許可を得て忠実に再現。
内部は美術館になっています。 -
宮殿の中で「らん展」を開催中・・・お花大好きな私達は、早速、見学。
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ひときわ目を引く「青いコチョウラン」・・・胡蝶蘭には青い色素をつくる遺伝子がないため、千葉大学が研究を重ねた結果、「遺伝子組み換え法」により、2013 年に 日本初の「青いコチョウラン」が誕生しました。
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フラワーアレンジメントも綺麗。
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宮殿の裏庭・・・ミニ・ヴェルサイユ(?)
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園内の自販機もメルヘンチックで可愛い!
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『ポルセレインミュージアム には、海を渡って愛された伊万里の磁器の東西交流の足跡と美しい品々を展示しています。
ポーセリンを習っているお友達が「見たいー、見たいー」ということで、皆でお付き合い。 -
このお部屋が凄かった・・・ガラス張りのお部屋一面、伊万里焼きの壺やらお皿やらで埋め尽くされています。
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伊万里焼の迫力に圧倒されました。
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お昼になったので、長崎ちゃんぽん「悟空」でランチ。
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店員さんもマスケラを付けています。
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長崎名物といえば、やはり「ちゃんぽん」・・・思ったより美味しく、さすが本場・・・皆さん、完食でした。
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飲茶もついでに・・・これも美味、美味!
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何年か前に行ったオランダを思い出す風景です。
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園内には、テディベア博物館の「テディベア キングダム」があり、この世界一のテディベアや・・・
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テディベアショップ「リンダ」などがあり、テディベア好きの私には堪りません・・・早速、ゲットしました。
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今夜宿泊の「ホテルオークラJRハウステンボス」に一旦戻り、お土産などを置いて一休みした後、夕方、再びハウステンボスへ。
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光の絨毯みたい・・・綺麗でした!
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1000万球のイルミネーションが、ハウステンボスの街中に輝いています・・・イルミネーションのスケールは、世界一。
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暗くなると、いよいよ「光の王国パレード」が始まります。
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次々と繰り出すフロートの美しい輝きに目を奪われます。
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なぜか 巨大な白鯨のオブジェも・・・
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日本で最も長い光のパレードを堪能しました。
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『スリラーシティ イルミネーション』は、TFMスーパーイルミネーションショー3Dが楽しめます。
音楽とイルミと3Dのマッピングで人気のスポットです。 -
平成25年に誕生した「ハウステンボス歌劇団」・・・宝塚出身などのメンバーを中心とした新しいエンターテインメントショーも、毎日繰り広げられています。
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今日は一日よく歩いたので、夜8時にはホテルに戻り、夕食タイム。
和食のお店で名物「五島うどん」を注文・・・細い素麺のようなウドンでした。 -
<3日目>
ホテルオークラは朝食も美味しく、温泉もリラックスでき、良いホテルでした。 -
今日は、最初に『平戸』へ・・・平戸は1550年頃から中国やポルトガル、オランダなどとの国際貿易港になりましたが、鎖国政策により1641年にオランダ商館が長崎の出島へ移転したため、平戸での南蛮貿易は終りました。
この眼鏡橋は「幸(さいわい)橋」で、1669年に木の橋が架けられ、1702年に石橋に架け替えられました・・・地元では「オランダ橋」とも呼ばれています。 -
藤浦洸が作詞した「平戸のうた」の石碑・・・藤浦洸(1898~1979)は平戸出身で、昭和10年代から20年代にかけて数多くの歌謡曲を作詞しています。
♪ 紅のつつじは「きりしま」「ひらど」 昔なつかし カピタン様の 国へたよりの 押し花が 海のむこうの ジャガタラ国の 土にこぼれて咲いたげな ほんと咲いたげな ♪ -
中国・明の様式で作られた「平戸の六角井戸」・・・この付近は16世紀頃、明の商人が多く居住した地であり、井戸枠は水を汲む時に便利なように六角形にしたものと思われます。
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六角井戸から大ソテツ通りを進むと、樹齢約四百年といわれる大ソテツがあります。
浦の町裏通り天満宮登り口に、大きく枝を四方に伸ばしている老ソテツは、当時の貿易商・川崎屋の庭に植えられていたもの、と言われ、南蛮貿易が華やかな頃、この辺りは平戸一番の賑わいを見せていた所でした。 -
「平戸ザビエル記念教会」・・・平戸は日本に初めてキリスト教を伝えたフランシスコ・ザビエルが布教に訪れた地であり、多くの住民がカトリックの洗礼を受け、その後の江戸時代の禁教令下でも隠れキリシタンとして信仰を受け継いでいった人が多くいました。
大正2年に仮聖堂が建てられ、昭和6年に現在の教会堂が完成。 -
平成18年には、献堂75周年とザビエル生誕500年を記念して、フランスのルルドの泉を模した「ルルド」が敷地内に造られました。
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教会の近くにある「光明寺」・・・1592年に創建された浄土真宗のお寺です。
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寺の背後には平戸ザビエル記念教会が見えます。
坂道からは光明寺・瑞雲寺と教会を同時に見上げることが出来、「寺院と教会の見える風景」として平戸を代表するスポットになっています。 -
日本に鉄砲を伝えたポルトガル船が種子島に漂着したのは1543年で、平戸にポルトガル船が入ったのが1550年のことです。
1591年、宮の前事件がこの付近で起きました。
船長および13名のポルトガル人が殺され、これを契機に、ポルトガル船は平戸を避け横瀬浦に入港するようになりました。 -
平成13年にポルトガルの協力を得て建立した、当時の船の模型。
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「じゃがたらお春像」・・・長崎で育ったイタリア人との混血児・じゃがたらお春(1625~1697)は、1639年に平戸の港から家族と共に ” バタヴィア(ジャカルタ)=じゃがたら ” へと追放されました。
「日本恋しや、ゆかしや、見たや」と切々と綴った手紙を故郷に送ったのは有名ですが、72歳で亡くなるまでバタヴィアで裕福に暮らしました。
「長崎物語」の歌をガイドさんが歌ってくれました・・・一緒に歌えてしまう私は、お歳なのかな?
♪ 赤い花なら 曼珠沙華 阿蘭陀屋敷に 雨が降る 濡れて泣いてる ジャガタラお春 未練な出船の ああ鐘が鳴る ララ鐘が鳴る ♪ -
平戸観光の後、佐世保に戻り、午後は九十九島めぐりです。
その前に佐世保バーガーでランチ・・・戦後、米軍が佐世保に進駐し、米軍相手の飲食店やバーが増えた時代に生まれたのが、佐世保バーガー。
バスから見えた「ヒカリ」は、最初にできた佐世保バーガーのお店で、行列が出来るほどの人気店。 -
私達は港で「ベルビーチ」のハンバーガーを受け取り、遊覧船の中で食べました。
ベルビーチのハンバーガーは、自社のパン工房で焼くバンズに、数種類のスパイスを効かせた手作りパティと甘めのマヨネーズ、そしてボリュームたっぷりの具材。
お昼はこれ一つで足りるかしらと心配しましたが、お腹いっぱい・・・そして思ったより美味しくて満足でした。 -
鹿子前観光ターミナルビル・・・ここから『九十九島めぐり』の遊覧船が出航します。
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パールクイーン号で約50分のクルージング・・・定員は280名で、1階から4階まであります。
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「九十九」とは「沢山」の意味・・・実際には280もの島々がありますが、有人島は黒島(約750人)、高島(約300人)、南島(約80人)、撃泊島(トウドマリジマ、約70人)の僅か4島で、これ以外は全て無人島です。
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ここでは、牡蠣や真珠の養殖も盛んに行われています。
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大昔の地盤沈下で、九十九島が生まれました。
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九十九島は、佐世保港の外側から北へ25kmにわたり点在する島々のことで、島の密度は日本一といわれています。
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狛犬に見える岩。
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今年4月から就航する海賊遊覧船「みらい」・・・遊覧船としては日本初の電気推進船で、環境や自然に優しいエコな船です。
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佐世保を出て、16時過ぎに最後の観光「太宰府天満宮」に。
太宰府天満宮の表参道に面した、鳥居のそばにある「スターバックス 太宰府天満宮表参道店」は、建築家・隈研吾氏により「自然素材による伝統と現代の融合」というコンセプトをもとに設計され、伝統的な木組み構造を用いた特徴あるデザインの店です。 -
太宰府天満宮は、菅原道真(菅公)を祭神として祀る天満宮の一つ・・・初詣には日本全国から200万人以上が参詣します。
京都・北野天満宮とともに全国天満宮の総本社とされ、また菅公の霊廟として篤く信仰されています。
手水舎でお清めをして中に進みます。 -
919年に左大臣・藤原仲平が社殿を造営しましたが、数度の火災の後、1591年に小早川隆景が再建しました。
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先ずは、本殿にお詣り。
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「東風吹かば 匂ひおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」と詠んで都を去った菅原道真公を慕って、京から一夜にして飛んできたという言い伝えのある本殿前の「飛梅」・・・まだ1月下旬なのに、ここの梅はもう咲いています。
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901年大宰府に左遷された菅公は、2年後の903年に失意のまま、59歳で亡くなりました。
忠臣が葬地を求め、牛車で棺を運んでいると、安楽寺の境内(今の本殿付近)で牛が伏して動かなくなったので、祠を建てたのが太宰府天満宮の起源であるといわれています。 -
牛は天神さんのお使いといわれ、太宰府天満宮の境内にはたくさんの牛の像が置かれています。
「なで牛」と呼ばれる牛の像・・・頭を撫でると知恵がつき、また体に悪いところがある人は、「なで牛」の同じ部分を撫でると良くなるといわれています。
お蔭で牛の顔は、金ピカ! -
「心」という漢字の心字池に架かる御神橋は、太鼓橋・平橋・太鼓橋の三橋からなり、「過去」「現在」「未来」の三世一念という仏教思想で、心字池を端から端まで渡る事で参拝者の身が清められます。
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梅に因んだ太宰府名物の焼餅「梅ヶ枝餅」・・・参道には沢山のお店が。
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こんな和風レトロの喫茶店もありました。
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福岡空港で飛行機の待ち時間の間に、海鮮丼を頂きました。
20時発のJALなので、我が家に着いたのは深夜でしたが、気の合う友達と出かけた記憶に残る楽しい長崎・福岡の旅でした。
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