2014/03/25 - 2014/03/26
850位(同エリア5973件中)
ottoさん
奥飛騨の平湯温泉で癒された次の日の帰りは今まで素通りしてきた名古屋市内を観光することになりました。
ワイドビュー飛騨6号で2時間14分で名古屋に着きました。昔の旅人なら高山から美濃まで160km(40里)前後の距離を何日かけて歩いたのでしょうか?
全く予想もしないことに名古屋駅構内のコインロッカーが超満員で重い荷物を抱えたままの移動となりました。
おまけに雨で傘が煩わしくなり、昨日済ませておけば朝早く来れてロッカーも空きがあっただろうし...と後悔しきり。
ランチで気を取り直して名古屋メーグル号バスで名古屋城と徳川美術館・徳川園を3時間余り巡りました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- グルメ
- 3.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 新幹線 JR特急 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- JTB
-
平湯温泉・深山桜庵の食事処で朝食を頂きます。
お天気模様がはっきりしません。 -
和食膳は粋で味良く、昨夜の満腹を忘れるほどです。
-
名物の朴葉味噌の香りが得も言われずご飯が進みます。
-
ほの暗い食堂です。
-
朝の笠ゲ岳が望めます
-
お名残を惜しみつつ宿を出ます。
-
8:30 バスセンター前まで車で送ってもらい濃飛バスを待ちます。
-
バスは穂高ー栃尾ー福地温泉などを経て平湯温泉にやってきます。
-
数名の乗客を乗せて高山行きが発車、
-
約1時間の予定です。
-
みぎて前方のゲレンデに朝早くからスキー客がリフトに並んでいます。
-
平湯トンネルを通ります。
-
市内に入り古刹の辺りを曲がって
-
鍛冶橋を渡れば
-
蕎麦屋を右手に見て
-
国分寺の門前を過り9:31高山駅に到着です。
国分寺 寺・神社・教会
-
名古屋行き飛騨6号特急券と大阪までの通し乗車券を改札で見せます。
-
高山9:38 発ー名古屋12:02着。
座席は朝早いせいかすいていました。 -
列車は今にも降り出しそうな気配の中を走ります。
廃屋に寄り添う花が寂しげです。 -
-
-
-
とうとう雨になりました。
乗鞍岳を発し岐阜をほぼ南流して木曽川に合流する長さ148mの飛騨川。 -
「JRセントラルタワーズ」は見上げるような高さの名古屋駅真上の立体都市でデパート、ホテル、レストランなどがある世界最大の駅ビルとギネスブックに認定されているそうです。
-
あまりの広さと慣れないせいで和食の食堂を探すだけで疲れてしまいました。
こってりした名古屋めしは敬遠して高島屋のしゃれたカフェでランチを済ませました。 -
観光バスを待つ間、道路右向かいを見るとカメラに収まりきれないビルが建っています。シネマコンプレックスやラグジュアリーモールを併設する高さ247mの「ミッドランドスクエア」という名古屋のランドマークだそうです。
ミッドランドスクエア ショッピングモール
-
その左にもまだまだビルが増設される雰囲気です。
雨がひどくなりバス停で身を避けるのに一苦労です。 -
13:30発の「メーグル号バス」はぎっしりと観光客を乗せて20分で名古屋城へ。
-
-
入場料は大人500円ですが徳川園とのセットでシニア割引だと640円となります。
笠をさしたお侍が愛嬌を振りまいています。 -
名古屋城のシンボル「金の鯱」いわゆる金シャチのレプリカがお出迎えです。
高さ2.6m。(雌雄で少し違うようですが)
相想上のの生き物ですが水を呼ぶ=日除けのまじないとして、又徳川家の権力財力誇示するものでもありました。。 -
名勝二の丸庭園を進みます。
-
-
本丸が見えてきました。
-
剣塀...大天守と小天守をつなぐ櫓塀の石垣は鋭い剣ようです。
-
天守の石垣の反り具合が美しくしかも攻めにくいように反っています。
-
本丸跡の礎石
-
本丸御殿に向かいます。
-
城には不似合いのエレベーター塔で石垣の台まで上がります。
1階から7階まで文献や古写真、実測図のほか -
本丸御殿の忠実な復元模型など名古屋の歴史、模型、石引き体験、武具や武器、
籠乗り体験、石垣刻印などたくさんの展示品が並んでいます。 -
御殿障壁画野中でも華麗な桜の襖絵をちょこっと撮りました。
-
第一期復元工事を終え2013年5月から公開されている本丸御殿玄関・表書院にある襖絵「竹林豹虎図」
-
天守閣からの展望は今一です。こんな日に敵が攻めてきたら見えにくいでしょうね。
-
関が原の戦い後秀吉方への備えとして徳川家康の命により慶長15年(1610)名古屋城を築城。加藤、福島、等西国大名に普請を行いました。(天下普請)
-
慶長17年(1612)築城され大阪城、熊本城と並ぶ日本三大名城で「尾張名古屋は城でもつ」と謳われたほど。
初代尾張藩主として九男の義直が入り以降御三家筆頭尾張徳川家の居城として栄えました。 -
その美しさと市民の願いから昭和5年(1930年)城郭建築初の国宝に指定されましたが、昭和20年(1945)5月の空襲で消失した為昭和34年(1959)に天守が再建されました。
-
平成21年〜復元工事にかかり平成25年5月玄関と表書院の公開が始まり、平成30年には全体が完成の予定だそうです。
-
旧二の丸・東二の門をでて城を後にしました。
-
名古屋城からめぐりんバスで18分、徳川園に着きました。
美術館と同じ敷地に配置されています。 -
ボランテイアの上品なご婦人の解説によれば
国宝9件、重要文化財59件、重要美術品46件を含む1万数千件の収蔵品は、武家の表道具である刀剣、武具類や家康の遺品、華麗な婚礼調度をはじめとする調度類、服飾品、茶道具、書画など多岐にわたっています。
常設展示室には、藩主の公的生活の場であった、名古屋城二の丸御殿の一部を時代考証に基づいて復元してあり、道具類(現代の言葉でいう「美術品」「文化財」)が、床の間、茶室、能舞台といった実際の場面で、どのように飾られ、使われたのかが理解できるように工夫されています。 -
2月8日〜4月6日特別展では大名家に伝わる雛飾りをはじめ、雛道具・調度の数々が高さ2m、幅7mの雛壇に飾られています。
家紋入りの実寸ミニサイズで精緻な美しさ、質の高さに驚かされます。
源氏物語絵巻は圧巻で将軍から拝領の刀剣、茶道具などから武家の贈答儀礼の一端がうかがえます。 -
維新大戦を通じて各大名家の道具が逸散する中、早くから保存収集に勤め充実したコレクションとして歴史・文化の考察に資するところ大であると感じました。
離れの庭の趣が一段と風格をかもし出しています。 -
同じく
-
黒門は明治33年に完成した尾張徳川家の邸宅遺構で、総けやき造りの3間薬医門。大空襲の被害を免れた木著運建造物群です。
黒門 寺・神社・教会
-
美術館を出て門の方を見渡すと早咲きの桜が見事です。
右手の徳川園に歩を進めます。 -
池旋回遊式日本庭園です。
-
はじめの木橋を渡ります。
-
観仙楼は眺望が抜群です。
-
-
桃や梅ノ木に囲まれた小高い丘
-
-
深山幽谷の美を表す「虎の尾」ここを登り切ると「大曽根の滝」です。
-
虎仙橋....虎の尾に架かるヒノキ造りの木橋で
-
5m下に渓流が流れ竜仙湖にいたります。
-
龍門の滝は鯉の滝登りの故事で知られます。
-
この園の起源は尾張家2代藩主光友が隠居所として大曽根屋敷を造営した元禄8年(2695)に遡ります。その後幾つかのの変遷を経て昭和6年名古屋市に寄贈されました。
その時の殿様がマレーで虎狩をされたので虎狩の殿様と呼ばれたそうです。 -
空襲でほとんど焼失した後戦後改修され平成16年に開園されました。
谷田川の河岸段丘を生かした地形、既存の照葉樹林、巨岩の岩石組みが変化に矢んだ景観を呈しています。 -
1時間40分の見学を終え、屋敷に沿って歩きました。御紋入りの門扉がありました。
市バスの新出来停まで歩いて名古屋駅に戻り
18:11発ひかり479号のチケットを買うことが出来、19:03無事新大阪に着きました。新幹線の車中はひてすら爆睡でした。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
68