2013/08/27 - 2013/08/27
3651位(同エリア4290件中)
むしころさん
歴史で勉強した吉野ヶ里遺跡が実際どういうところなのか見てみたくて行ってみました。
公園自体は結構広くて、全部をしっかり見たら半日くらいかかるのではないだろうか??
主だったところを見て、佐賀市に戻り、街を散策。
佐賀の七賢人の事や反射炉の事などいろいろと勉強になりました。
博物館や資料館が無料のところが多いところもすごいなあと思いました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- ANAグループ JRローカル 徒歩
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佐賀空港からバスに乗り、佐賀駅へ。ここでJRで吉野ヶ里遺跡公園前まで。
駅からは無料のレンタサイクルがあったのでそれをお借りして、5分ほどで公園に到着。 -
すばらしくそびえ立っていた。
物見櫓だそうです。 -
南内郭。ムラの大人(たいじん)と呼ばれる人たちや王の住んでいるエリア。
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南内郭の外側に倉と市があります。高床式倉庫とかがありました。
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南内郭のさらに南のほうには一般の人たちが暮らすエリアや水田などがあります。
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北内郭ではまつりごとを行う建物がありました。
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北内郭に入るゲート
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環濠
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まつりごとを行うところ
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二階はこんな感じ。王と大人(たいじん)
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三階。
まつりごとで決まらない事など、司祭者が神様のお告げを聞いて決める。 -
北内郭のとなりに中のムラとよばれるエリアがあり、そこには酒造りをするところなどがありました。
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ここは養蚕と機織をするところ。
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中はこんな感じ。
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ふたたび南内郭エリア。大人(たいじん)の家をのぞく。
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これは集会所。
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これは王の家。
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王の家は他と区別するため囲いがしてあった。
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佐賀市内へ戻り、駅の観光案内所でレンタサイクル(500円)を借り、
佐賀城へ。 -
鯱門。
佐賀戦争のときの銃弾の跡が沢山あった! -
こんなかんじで。
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佐賀城の絵図。本丸や天主閣が全体の右下にひっそりとあるところが珍しいなあ、と思った。
本丸は鍋島氏がつくったが、その前に国を治めていた龍造寺氏の家臣らに遠慮して下のほうにちょこっとつくったそうだ。 -
県立博物館&美術館
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佐賀の地形。
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次は大隈記念館。
大隈重信の生家。 -
中の様子。
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今日は中には入れない。
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厠。
大隈候の便通は、朝であると忙しいので時間の不経済となるという考えから夜八時と決まっていたといわれている。
だそうです。 -
さらに自転車で本行寺へ。
江藤新平の墓。 -
お墓参り。
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築地反射炉跡。小学校の敷地内だった。
佐賀藩は長崎の警護にあたっていたことから、フェートン号事件などで外国の脅威を非常に早くから感じ取っていて、大砲をつくって、陸に近づけないようにしなければと考えていた。そこで、幕府に申し入れをしたが断られ、自前で反射炉をつくって大砲をつくることにしたそうだ!
反射炉をつくるのは大変で、他の藩でも結構失敗していた。
反射炉では超高温に耐えうる煉瓦が必要で、このとき、有田焼といった高温で焼く窯を作っていた技術が役立ったみたいだ。 -
大砲の模型もとなりにあった。
ちなみにペリーが来航したりして、江戸でも大砲が必要だ、となり、今のお台場のところに佐賀藩の大砲が納入されたそうだ。 -
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佐賀の護国神社。
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予賀神社。
巨木だ〜 -
樹齢が1000年以上もある楠
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すごく大きいというわけではなかったけれど、神聖な雰囲気がでていた
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佐賀バスセンターから空港へ。
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空港到着。
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恵比寿様がおられた。
佐賀市は漁業が盛んな事もあって市内には沢山の恵比寿様がおられるのだとか。
その数800以上で全国一だそうです! -
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