2013/07/24 - 2013/07/24
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fernandoさん
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バス旅行というか、研修です。
ガイドボランティア養成講座を受講していて、その一環としての先進地研修です。
雨になってしまいましたが、この時期逆に暑くなくてよかった。
ボランティアの方の案内で足助の町を巡ります。
説明を聞くと新しい発見があるものです。
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- 団体旅行
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東浦町郷土資料館(うのはな館)に集合。
日帰りのバスツアーに出かけます。
ボランティアガイドの先進地を研修する目的です。
向かう先は「足助(アスケ)」。 -
足助市街を一旦抜け、足助城への道でバスはこの先通れないという。
確かに木の枝が道を塞いでいるのだが・・・。
足助町は昔、東加茂郡足助町でしたが、豊田市と合併しました。 -
歩くしかありません。
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バスはバックで坂を戻らなくてはいけないのですが、それも大変そうです。
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700mの標識があります。
バスが停まった場所からだと約1km。 -
足助城!!
初めて来ましたが、きれいに整備されている。 -
久し振りの雨のおかげで、連日30度越えの気温も今日はちょっと過ごしやすい。
湿気はしょうがないか。
雨の日にしか出現しない幻の滝? -
入場料300円を払います。
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お城の管理人の方と一緒に巡ります。
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趣のある門をくぐるとそこは戦国時代の世界。
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見事に山城を復元しています。
見える建物は、南の丸と南物見台です。 -
本丸に向かうのに、順路が逆になってしまいますが、雨のため近道を行きます。
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右が急な崖になっていて山の奥に来たという雰囲気です。
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全体が霧に煙って幽玄な趣で、来てよかった!!
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足助城の見取り図です。
発掘から復元するまでの費用約5億円。 -
山城の復元は全国的にも珍しい。
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本丸。
高櫓と長屋。 -
山城なので、一般的なお城と違い質素なものです。
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高櫓は江戸時代における天守閣にあたるものです。
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本丸から西物見台方面。
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足助の町が煙っていてよく見えません。
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戦国時代の道と城
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高櫓の中に入ります。
普通の木造家屋のようです。 -
2階に登ると、長屋が見える。
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2階の壁はからくりが施されていて、壁が取れる。
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ここから逃げれるようになっているというのだが・・・。
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霧もそうだが、木立が邪魔で回りが見えない。
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高櫓の謂れが書いてある。
これを読むと大体のことが分かる。 -
柿葺き(コケラブキ)。
振り仮名がないと読めません。 -
霧が晴れてきて、足助の町がうっすらと見えてきました。
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南物見台。
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その南物見台からの景色。
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南物見台からの本丸。
一段と小高い場所にあるのが分かります。 -
南の丸。
台所の役割を持つ曲輪。 -
西物見台。
本丸から足助の街方面に見えていた建物です。 -
木立の中の道を抜けます。
山城ということもあって、自然も楽しむことができる施設です。 -
ぐるっと回り込んで、南の丸に出ました。
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足助城を後にし、バスの所まで戻ります。
来る時止まった場所よりさらに下ります。 -
次は足助の街並み散策です。
足助観光ボランティアガイドさんに案内していただきます。 -
ここ足助の地は紅葉で有名です。
飯盛山を中心としたこの地区は「香嵐渓」と呼ばれ東海地区最大級の紅葉の名所です。
ちなみに私は渋滞があまり好きではないので、その時期に来たことがありません。 -
巴川。
向こうに見える赤い橋は「待月橋」。 -
アユが釣れているようです。
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町並み散策を開始します。
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西町地区は宿場の面影を色濃く残す場所です。
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三河湾でとれた塩を信州に運んだことから「塩の道」と呼ばれ、その運搬に馬が使われたことから、「中馬街道」とも呼ばれています。
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宿屋玉田屋。
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西町で残っている宿屋はここ「玉田屋」さんだけとなっています。
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足助は「香嵐渓もみじまつり」は言うまでもなく、「夏まつり」の「たんころりん(明かり祭り)」、「足助まつり」等年中イベントがあり、お客さんを引きつけて離しません。
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そんな中、電線地中化を進めています。
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弘化2年(1845)の道標。
古いものがたくさん残っている。 -
足助商工会。
明治19年(1886)建設。
昭和33年まで警察署として使われていた。 -
足助川を渡ります。
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足助の山車が京都に助っ人に行ったという話です。
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安永4年(1775)の大火で町の大半が焼失しました。
その後復興された街並みは漆喰塗2階建ての町家で、防災を意識した瓦葺きが普及しました。 -
そんな中の一つ、「マンリン書店」。
重厚な景観が見事です。 -
マンリンの謂れを説明してくれます。
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マンリン書店の脇にある「マンリン小路」。
よく残しました!!! -
旧紙屋鈴木家住宅。安永5年(1776)建設。
大火の翌年に建てられたこの住宅は、足助を代表する大商家です。
現在修復中で、公開には今しばらく時間がかかるとのこと。 -
軒と軒が重なり合うように並んでいる小路。
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区民館も昔の建物。
保存するには地域の住民の協力が必要ですね。
それを思うと、我が町の歴史ある建物はどんどん取り壊されてゆく。 -
田口家住宅。
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平入り型の商家。
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その昔、ガソリンスタンドを経営していました。
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その当時の名残。
「SHELL」の文字が・・・この蓋が残っているのはここだけ?!!! -
こちらの看板類もよく保存してあります。
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豪商のあかし、主屋の背後に4棟の藏が連なる。
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町並みの保存は町をあげて取り組まなくてはいけないことです。
そういう努力によって「足助」は有名になりました。 -
巴橋まで戻ってきました。
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今日のお昼は「花もみじ」さんでいただきます。
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ガイドさんありがとうございました。
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あすけんぼう定食をいただきます。
手前の竹の棒は、五平餅の竹バージョンという感じ。 -
おばちゃんが焼いていました。
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野菜も売っています。
一袋100円・・・安い!!!
つい買ってしまいました。 -
観光ボランティアガイドセンターの立派な看板が掲げられています。
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今日はこれで終了。
雨の中でしたが、暑さにやられなくてよかったかな。
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