2012/12/28 - 2013/01/06
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nck19さん
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世界遺産モザンビーク島。
カウントダウンと初日の出。
おいしいシーフードとビーチ。
はじめてなのに懐かしい。
のんびりした素敵な島でした。
モザンビークの首都マプトから北へ2000キロ。
インド洋に浮かぶ南北3キロ、東西200〜300メートルの小さい島に約15000人が暮らす。ポルトガル領時代には首都だった。
島と本土の間には3750メートルの橋で架かり、車で行き来することができる。
島は大きく二つのエリアに分かれる。
北側の「ストーン・タウン」とよばれる「石の町」と、
南側の「マクティ・タウン」とよばれる「やしの葉の町」、
その間建つ病院と庭園がふたつの町の境界となっている。
島の主な産業は漁業と観光。
小さな帆船が島に戻ると、とれたての魚やエビを求める人々で海岸は活気づく。
公用語はポルトガル語。
地元の店では数字も英語で通じないこともあったが、
ポルトガル語の軽快なリズムは、慣れてくると心地良い。
通貨は1ドル=30Meticalメティカル(2013年1月現在)
チップの習慣が残る。
電圧220V、二つ穴ピンタイプ(C型)
◆年表◆
8世紀頃インド洋の貿易拠点として栄える。
1498年ポルトガル人のヴァスコ・ダ・ガマが初上陸
1502年ポルトガル初の交易拠点が設置。
1507年ポルトガル植民地政府の首都がおかれ、都市開発が進む。
1507−1508年サン・ガブリエル砦が建設
1522年ノサ・セニョラ・デ・バルアルテ礼拝堂が建設
1558年−1620年サン・セバスチャン砦が建設
1604年−08年オランダ軍から3回の攻撃を受ける
1750−1840年奴隷貿易で繁栄する
1762年インド・ゴア総督の管理下を離れ、ポルトガル直轄となる
1869年スエズ運河建設。モザンビークを通過することなく、インドへとヨーロッパの往来が可能になる。
1898年管轄権限がポルトガル植民地領モザンビークに移譲。首都機能もロレンツォ・マルケス(マプト)に移譲
1935年ニアサ州の州都もナンプラへ譲渡
1951年に島の北上にナカラ港が開港。商業港、航海上の拠点として終焉を迎える
1960年代観光産業によりわずかに復興
1975年6月25日モザンビークがポルトガルから独立
その後16年にわたる内戦
1991年モザンビーク島が世界遺産リストに登録される
2008年サイクロンによりサン・セバスティアン砦が大きな被害をうけ、ユネスコの世界遺産条約に基づき国際援助が行われる
*「モザンビーク島 サン・セバスティアン砦 再生への歩み」
UNESCO 2009年 参照
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 2.5
- 交通
- 2.0
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
30人乗りの小型飛行機。
LAM航空はいろいろあって・・・搭乗は猛ダッシュ!
乗れてホントよかったぁ〜。 -
座席の間からのぞいて遊んでいたかわいい女の子
-
maputoに到着。
モザンビークはポルトガル語圏。
持っていった会話集はレストランや買い物に大活躍。 -
友人に教えてもらったSportingでさっそくシーフード。
イカとお魚がおいしい!! -
街を歩いていると大きな虹が!
これはいい旅になる前兆?! -
マプトから車で約3時間。モザンビーク島に到着。
ハイビスカスがきれいに咲いていました。 -
歩いているだけでも楽しい島。
けれどそれは、午前中か夕暮れに。
太陽が高い時間は、ひとブロック歩くたびにビール休憩が必要です・・・。 -
地元の食堂で。
おおきなロブスターとおばちゃんの腕。
どっちが太い?! -
さきほどのロブスター、丸々1匹、この大きさで280MT(約800円)
ほぼ毎日食べてました・・・。 -
マタパ Matapa
モザンビークのローカル料理。
キャッサバの葉と、すりつぶしたココナッツ、カシューナッツと煮込み、ココナッツライスと一緒に食べる。ココナッツが好きな人にはたまらない一品。やさしい味がうれしい。 -
モザンビークでポピュラーなMANICAビールは軽い口当たりで飲みやすい。
たっぷり入った大ビン550mlで50MT(約130円)。 -
海岸を歩いているとウツボに遭遇。
さすがにこれを食べれません・・・ね。w -
青空に白壁がはえる島南端の教会
Church of St. Antonio -
かわいいポーズに思わずパチリ
-
12月30日の夜は桟橋でフードフェスティバルが開催されていました。
たこのからあげやパイをつまみに、夜風にビール。
気持ちよかったです。 -
宿の朝食が思いのほかおいしくて、
このスパニッシュ風オムレツが絶品!
Casa de Luis -
迷い込みたい街
-
○マクティ・タウン Makuti Town
マクティとは「やしの葉」を意味する。その名の通り、やしの茅葺屋根の住居が立ち並ぶ。
1868年に病院の以南にしか茅葺屋の住居をたててはいけないという布告が出された。この法令は、入植前から島に住んでいた住民を、南部の石切り場に追いやることを意味した。行政機関がストーン・タウンに集中しているのに対し、マクティ・タウンは住居地区となっている。ポルトガル植民地時代にマプトと同様にポルトガル人居住区と現地人居住区がはっきりと区別されており、当時、現地人は許可なく白人居住地に入れなかった。 -
○メイン・モスク Main Mosque
マクティ・タウンの西側にたつ緑が美しいイスラム寺院。
モザンビーク島民の約9割はイスラム教。
島内には他にもモスク、キリスト教会、ヒンドゥー教寺院が建つ。
マクティ・タウンで迎えた早朝には大音量のアザーンが流れた。
島内のレストランやビーチなどではお酒が自由に飲めますが、
道を歩きながらはあまり好ましくない様子。 -
扉からのぞいている女の子のワンピースがかわゆい!
-
○病院 General Hospital
マクティ・タウンとストーン・タウンの間に建つ大きな病院。
1681年に建設されたモザンビークで最初の病院。現在も現役。
コロニアル建築の病棟は感染を防ぐため、いくつかに分けられる工夫がされている。 -
○中央市場 Municipal market
病院から程近い町の中心部に位置する。
生活に必要なものがそろう。商品の大半は本土から運ばれてくる。 -
○ストーン・タウン Stone Town
島の北側に広がるストーン・タウンと呼ばれるポルトガル植民地政府が最初に置かれたエリア。市役所、警察、裁判所など主な行政機関が集中している。アラブ様式の建物や、ポルトガル植民地時代の歴史的建築が建ち並ぶ。ストーン・タウンの建築は中庭やテラスを構える構造が特徴的。 -
○サンパウロ宮(モザンビーク島博物館)
S.Paulo Palace(Island of Mozambique Museum)
1674年イエズス会の修道院として建設
1759年モザンビーク総督府に改修
1763年直接植民地とするためインドのゴアから総督を迎え入れる
1889年首都がロレンソ・マルケス(現マプト)に移るまでポルトガル植民地政府の中枢としての役割を果たす -
○バスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)1460?−1524
ポルトガルの探検家。1498年にモザンビーク島へ上陸。
インド航路を発見し、ポルトガル大航海時代の礎を築いた。
インドのコーチンで客死、聖フランシスコ修道院で葬儀が行われる。
航海の功績を称えて建てられたリスボンのジェロニモス修道院に眠る。
サンパウロ宮の前に銅像が立つ。 -
○サン・セバスチャン砦(Fortaleza de Sao Sebastao)
1558年から約60年の年月をかけて1620年に完成。
高さ12m、幅780m。
1545年から2年間ポルトガル領インド総督を務めたドン・ジョアオン・デ・カストロの権限のもと、当時のポルトガル国王ドンジョアン三世の命によって建設。
もともとあった小型のサン・ガブリエル砦にかわる新しい砦を作るべく、ポルトガル人建築家ミゲル・デ・アフダ(〜1563)がその大役を任じられた。イタリア・ルネッサンス期の設計と構造には、ヨーロッパの伝統が引継がれている。1604年から08年にかけて、オランダ軍から3度の攻撃を受けるが400台の砲台が撃退した。
この砦は1522年に建設された南半球最古のヨーロッパ建築様式のカトリック教会Chapel of Nossa Senhora de Baluarteを取り囲むように作られている。
砦を構成する石灰岩(珊瑚石)は、島の南側のマクティ・タウンから切り出されたもので、そのためマクティ・タウンは道路から2mほど低くなった土地に広がっている。
窓や扉に美しい装飾が残されていれたが、サイクロンの激しい雨風と植生より破滅寸前の状態になっていた。2004年から復興事業に日本政府が約一億円の資金協力を行い、2009年に修復が完結した。新たに設置された貯水と下水処理システムにより、島の水を守る役目も果たしている。 -
カモンイス像と同じポーズで記念撮影をしていたら、
街のおばちゃんもいっしょに参加w
○ルイス・ヴァズ・デ・カモンイス(Luis Vaz de Camoes)1524-1580
ポルトガル史上最大の詩人と称され、ポルトガル文学最高賞であるカモンイス賞は彼に由来。大航海時代のポルトガルを描いた「Os Lusiadas」が代表作。インドのゴアからポルトガルに戻る途中モザンビーク島に立ち寄り3年滞在した。リスボンのジェロニモス修道院にバスコ・ダ・ガマとともに眠る。 -
カウトダウンは海岸で打ち上げ花火。
年明け10分前くらいから、年越し10分後くらいまでずっと打ち上げ続けるので、時計をみていないといつが肝心なHappyNewYearなのかわからないw -
そのあとはビーチで焚き火を囲み朝までダンスしてましたが、私は翌朝の初日の出に備えて仮眠。
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そして生まれて初めて見るインド洋からの初日の出!
2013年がいい年になりますように -
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料理写真が上手く撮れてなくてこの写真ですみません^^;
ここのレストランは雰囲気もよく、味もおいしかったです!おすすめ!
Hotel Escondidinho -
ガーリック・シュリンプの味付けが絶品!
ぺろりと食べちゃいましたw
Hotel Escondidinho -
初日の入り(?)
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海岸でとれたてのイカやアジを買って、刺身にして食べました。おいしくて涙でそう!日本のわさびとしょうゆ必携です!
お吸い物やしょうが、にんにくもあるとさらによかったな〜なんて。 -
翌日は隣の離島ゴア島へ。
で、やってきたのがこんな小型の帆船。
これで行けるの〜?と心配になり、
思わずライフジャケットを装着w
船1隻(船員3人)貸切で1000MT(約2550円)
7人まで乗れるとのこと。
ゴア島はインドのゴアへ向う目印となったことでその名がついたそう。 -
航海は順調!約1時間ほどで、こんなにきれいな砂浜に上陸!
誰もいないビーチを貸切 -
シュノーケリングでたっぷり遊んだあとは、いっしょにビーチサッカー。
砂浜は足がもつれて大変。これがいちばん体力使ったかもw -
帰りたくないよ〜
と天国みたいなビーチにさよなら -
帰り道はひとこぎもせずに、風の力だけで帰港。
ホントすごいな〜と関心。
もうライフジャケットも脱いでただみとれてましたw -
海でたくさん泳いだ後は、
焼きたてシーフードピザ!
このお店もすごくおいしかったので滞在中リピートしました。
Restaurant Ancora d'Oro -
かわいいお店をはっけん。
ワンピースを購入しましたが、
おつりがなくてあたふた、
計算できなくてあたふた。
大変でしたが、いい思い出。
OreraOrera -
最期はナンプラに戻り、レストランでシーフードの食べおさめ。
-
朝食は何度か通ったカフェでロールケーキ。
(ほかにもパイやクレープも食べてるけど割愛)
一緒に旅をしてくれた先輩に感謝。
すっごく楽しかったです!
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