1999/05/25 - 1999/06/24
13位(同エリア137件中)
まりあさん
前々から整理したかった、1999年のスペイン旅行の写真と旅行記を掲載したいと思います。
1999年の春に、大学院の修論調査のための旅をしました。
最初に、別途まとめたロシオ祭に参加して、その直後に、友人と合流して、彼女にハンドルを持ってもらって、サンチアゴ巡礼路をドライブしました。
古い写真をスキャナーで、取り込んだので、あまりいい写真はありません。
この先、じっくり時間をかけて、また再訪したいと思う場所がたくさんありました。
もう、記憶が薄れてしまっているのですが、旅のメモと、友人の旅行記を参考にしながら、まとめていきたと思います。
もしかしたら、勘違いして、コメントと写真の内容が間違っているかもしれません。昨日、何を食べたかも、だんだん怪しくなってきている、物忘れのお年頃なので、ご容赦くださいませね。
表紙の写真は、サンチアゴ・デ・コンポステーラにある、巡礼者事務所の入り口の風景です。入り口にある旗には、世界各国の言語で、「巡礼者事務所」と書かれています。もちろん、日本語もありました。
世界じゅうからの巡礼者を、今なお受け入れている、巡礼路は。巡礼へのホスピタリティーにあふれていました。
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- レンタカー
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まず最初は、ログローニョにいる、フェルナンド一家を訪ねて、そこで数日を過ごしました。
週末には、彼におねだりして、フランスの奇跡の泉、ルルドに連れていってもらいました。
これは、ルルドの泉の水をいれるポリ容器です。
中には、マリア様の形をしたものもあります。 -
土産店が立ち並んでいます。
道路には、車椅子優先レーンなどもあり、ルルドの町は、傷病者が、気兼ねなく旅を楽しめる地なのです。 -
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地下には、大聖堂があります。
最前列には、ベッドや車椅子が並ぶと聞いてますが、このミサの最中に、奇跡が起きた、などという例も過去にはあったそうです。 -
パンフレット売り場ですが、世界各国のコインがそのまま利用できました。さすが、国際的な奇跡の泉です。
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ルルドの泉で水浴する人の入り口です。
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上から見下ろすと、いかにたくさんの人が、聖母マリアが出現したという、マサビエルの洞窟の前に群がっているかが、一目瞭然でした。
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車椅子の行列も、洞窟に向かいます。
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病院のスタッフやボランティアに連れられて、車椅子の行列です。
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時間的に、どっととんでしまいますが、ルルドの泉のあとは、ロシオ祭での一週間がはいり、その後で、サラゴサまできました。
サラゴサのホテルで、友人と合流しました。 -
サラゴサの町は、イスラムの影響を受けた、モサラベ様式の建物があります。細かい文様が、イスラムチックな建物です。
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巡礼路の本からのコピーです。
この緑のマーカーの所をだいたい訪れました。 -
そして、これがクレデンシャルと呼ばれる巡礼手帳のようなものです。
ルルドの帰り道に、ハカの教区教会に立ち寄って、そこでいただきました。
私たちは、車の巡礼ですから、証明書はもらえないのですが、最後の100キロを歩くか、200キロを自転車でいくと、巡礼証明書がもらえるそうです。(基本は、カトリック信者が、宗教的な習慣として、巡礼した場合のみで、その他の場合は、歓迎書という、簡単な証明書があります)
証明書にはこだわりませんでしたが、このクレデンシャルには、なるだけたくさんのスタンプをもらおうと頑張りました。結果的に、32個のスタンプを集めて、まるで、西国観音霊場みたいだな、と苦笑しました。 -
フェルナンドの車で、ソンポルト峠に来たときは、霧に覆われていました。
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ルルドの帰りに、ソンポルト、カンフラン駅、ハカの教会と立ち寄りました。
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ここからは、合流後の写真です。
友人の運転で、サン・ファン・デ・ラ・ペーニャ修道院に行きました。
大きな岩山の、岩の下に作られた修道院は、インパクトがありました。 -
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ロアーレ城です。
ウエスカから、27キロのところにある要塞のようなお城です。
アラゴン地方のロマネスク様式の始まり、と言われているようで、ミシュランお勧めのビューポイントです。 -
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この日の泊まりは、ソス・デル・レイ・カトリコの町にある、パラドールです。
パラドールは、スペインが誇る、独特の宿泊施設で、国営ホテルです。
新しい建物もありますが、中には、中世の修道院や救護施設を、モダンなホテルに改築したものもあり、インテリアや雰囲気がとってもステキで、その割には、料金はリーズナブルです。
足の便がよくないことが多いのですが、レンタカーの旅などでは、お勧めです。
http://www.parador.es/es/ -
ソスの町は、カトリック両王と讃えられ、スペイン建国の礎となった、イサベラ女王とフェルナンド王ですが、そのフェルナンド王が生まれた町として知られています。
たまたま、私たちが滞在したその翌日、町の教会で、フェルナンドの洗礼式のドラマが撮影されていました。
たまたま、足を入れた私たちは、まるで中世のその瞬間へとタイムスリップしたようでした。 -
日本にキリスト教をもたらした、フランシスコ・ザビエルの城です。
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プエンテ・ラ・レイナ、女王の橋、という場所です。
フランスからの巡礼路は、ソンポルト峠からの道と、ロンセスバジェの道があり、その2つの道が、ここで合流するのです。
静かな川面が、鏡のようで、眼鏡橋のような風景は、巡礼路のシンボルのようになっています。 -
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この日の宿は、プエンテ・ラ・レイナの町はずれにある、プチホテルです。
夜に、お月さんがあがり、なんともいえない景色でした。
当時のカメラは、暗い所ではうまく撮れずに残念でした。 -
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エウナテの八角形の礼拝堂です。
畑のまんなかに、ぽつんと建っている印象的な建物でした。 -
サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダの修道院です。
ロマネスク様式の修道院は、回廊の柱頭彫刻がユニークで見応えがあります。 -
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大聖堂にある、門の上のところには、生きた鶏が飼われています。
無実の罪を証明するために、料理されたチキンが、むくっと生き返った、という伝説があるのです。
鶏の図柄が2つありますが、その真ん中のところに、鶏が飼われています。 -
サント・ドミンゴ・デ・ラ・カルサーダにあるパラドールは、とっても情緒があるのですが、残念ながら、予約がとれませんでした。
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ブルゴスの教会で、巡礼印をもらおうと、ミサ直前の教会で、ミュージアムショップへの入り口だと思って開けた扉は、なんと、神職の方々が7〜8人、ミサの衣装を整えて、準備されている最中でした。慌てて、ごめんなさい、と出て行こうとした私に、「何をお探しですか」と問われ、「スタンプを探してました」と言うと、一番、地位の高そうな方が、「ついてらっしゃい」と言われて、後をついていくと、どんどん、どんどん、教会の奥に入っていき、二階の執務室の鍵をあけて、私を招き入れて、スタンプを押してくださいました。後でみると、彼のサイン入りでした。
私のせいで、この日のミサの開始は、15分以上遅れてしまったと思いますが、私には、このサイン入りのスタンプは、とってもいい思い出となりました。 -
また巡礼路に戻り、フロミスタのサン・マルティン教会です。
ロマネスク彫刻の至宝と言われる、ユニークな建物です。 -
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カプリッチョ・デ・ガウディという名前の、ガウディ作品の建物です。
この中は、この当時は、レストランになっていました。
フェルナンドに連れられて1度、そして、合流した友人と1度、ここで食べました。
めちゃ、おいしいです。 -
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このころは、料理の写真を撮ってなかったので、とても残念です。
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この日は、ブルゴスから、巡礼路をそれて、北へと進み、海辺の町にいきました。
サンタンデールの少し西にある、サンティリャーナ・デル・マルです。
町じゅうが、史跡のような、中世の町並みを今に残しています。
ガウディの館のある、コミージャスも、海岸沿いの町です。 -
レオンの町のバラドールも、古い建物をそのまま使ったものです。
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巡礼路、後半の難所と言われる、セブレイロ峠です。
ここには、どくとくの民家が立ち並んでいます。 -
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セブレイロにある教会です。
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サリアの町です。
小さな町ですが、情緒がありました。 -
リュックには、白い帆立貝の貝殻をつけるのが、シンボルです。
そして杖をついて、歩きます。 -
歩く人、自転車の人、皆さんの目的地は、ただひとつです。
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これは、アルベルゲ、巡礼宿と言われるもので、巡礼路に点在してます。
2段ベッドが並んでいて、巡礼は到着順に、ベッドをもらえます。
1999年当時は、志のお金をおくだけでよく、数百円レベルの志がふつうだつたようです。
でも、今ではどうでしょうか。
巡礼の数が増えたので、多様化しているのかもしれません。 -
少し手前から見渡した、サンチアゴ・デ・コンポステーラの大聖堂です。
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そして、とうとう到着しました。
大聖堂です。 -
入り口の門の上には、サンチアゴが、到着者を優しく見守ります。
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到着した巡礼はまず、この柱に指をあてて、挨拶します。
今までに、やってきた、何千何万という巡礼たちの、手のあとが、柱のくぼみとなって残っています。
なんという、壮大な歴史でしょうか。 -
大聖堂にある、聖ヤコブの像ですが、後ろから入れて、この背中にハグしたりキスしたりするのです。
私が、写真を撮ろうとしていると、近くにいた人が、像にハグしている私の写真を写してくれました。ここでは、皆さん、ヤコブ像と記念撮影するようです。 -
ここでのミサで有名なのが、ボタフメイロという、大きな香炉の儀式です。
長い綱でつるされたものが、人々の頭の上を、振り子のように、揺れるのですが、ビューンビューンと音をたてて、香炉が飛ぶ様は、なかなかインパクトがありました。
もともとは、長旅で、臭く汚い巡礼たちの匂い消しだそうです。
だいたいお線香とか、香とかって、もともとは、死者の匂いを消すようなものでしたもんね。 -
1999年は、ヤコブの年でした。
6月25日は、聖ヤコブの日ですが、この日が日曜日に当たる年は、特別な年として、ヤコブの年、An-o Santo Jacobeoと呼ばれていて、巡礼の数が倍増ます。
1999,2004,2010年が、ヤコブの年でした。
この先では、2021,2027,2032,2038年だそうです。 -
1999年には、近郊の町から、バスを連ねた、大巡礼団がやってきていました。
そして、博物館では、日本の熊野古道の巡礼展などがありました。
熊野古道とサンチアゴ巡礼路は、この少し前に、姉妹道の提携をしたのでした。 -
巡礼者事務所です。
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旗には、ちゃんと日本語ででも書かれてました。
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これが、カトリック教徒の正式な巡礼証明書です。
もっとも、今では、キリスト教徒でなくても、もらっているようです。
詳しくは、友の会の説明をご覧下さいませ。
http://www.camino-de-santiago.jp/ -
大聖堂の近くで見つけたワンちゃんです。
写真を撮ると、100ペセタ、80円、要求されました。ははは。 -
サンチアゴ・デ・コンポステーラのパラドールは、特別に高級なホテルなのですが、ここにも泊まりました。
中庭の景色、印象的でした。 -
サンチアゴ・デ・コンポステーラのバラドールの私たちの部屋です。
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サンチアゴ・デ・コンポステーラのあるエリアは、ガリシア地方と呼ばれ、ポルトガルの文化に近く、魚介類を好み、グルメの町としても知られてます。
写真は、私が大好きになった、ガリシア料理三点。
pimiento del padron ししとうを炒めたもの
vieira gallega 帆立貝のオーブン料理
salpicon 野菜とシーフードのさっぱりサラダ
じつは、スペインを旅すると、塩気の多さに疲れて、スパイスが恋しくなる私ですが、このししとうの料理は、ときどきぴりっとしていて好きなんですが、スペイン人にとっては、びりっと来ないししとうの方が、「いいししとう」のようです。
スペインを旅すると、スパイスの飢えてしまう私は、やっぱりメキシコが入っているようです。
人間って不思議ですね。
メキシコ留学時代には、「メキシコののしり病」にかかっていた私が、今は、スパイスが恋しくてたまらない、メキシコのタコスは数年おきに食べないと、禁断症状が出る、というぐらいに、メキシコ好きになってしまいました。
環境への順応って、謎です。 -
すみません。無関係な写真です。
これが、フェルナンドとマイテです。
ビルバオにグッゲンハイム美術館ができて、007の映画のロケ地になったのですが、その直後に彼らに連れていってもらいました。
たぶん夫婦で、007の雰囲気を出した、つもりなのだと思います。
仲のいい夫婦で、私の前で、抱き合った、キスしたり、いちいち赤面していたら、つき合ってられませんので、だんだん平気になりました。
そんなご両親を見ているからか、2人の子供さんは、恋人ができて、来年には、娘さんが結婚するそうです。
やっぱり、ご夫婦が、仲良くいちゃいちゃとしていることが、最良の性教育、人生の見本になるのかもしれません。 -
そして、この後の何枚かの写真は、この折りに写したことは確かなんですが、町の名前とか、まったく記憶にありません。
雑多で申し訳ないですが、とりあえず、入れておきます。 -
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