2010/08/21 - 2010/08/30
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rosenkroneさん
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2010.夏
「風に誘われた」のかどうか、去年の夏の終わりに「モンゴルの草原を馬で走りたい!」とふと思った。
「ふと」思い立って、出かけていくのは私のいつもの癖?
とにかく、日本とは全く違う景色、異空間に身を置いてみたかった。
今年6月から、いろいろ情報集め。
首都ウランバートルまでは飛行機で5時間。なかなかいいじゃない?
それほど遠くない郊外にはおしゃれなツーリストゲル村がある、乗馬もできる。。。
だけど、何か、もう一つほしい!
いわゆる観光地ではなく、でも、何かがあるところ。
それが「温泉」でした!
ウランバートルから500Km。
高校生の社会科で出てきたか?カラコルム?そこを経て、草原のど真ん中にあるジグール温泉に滞在することにした。
猛暑の日本を離れ、草原で乗馬と昼寝を楽しみ、ゆったりと露天風呂。
もう、最高でしょ!
と、順調に準備を進め、荷作りを始める前に、気温を再確認してみた。
なんと!
日中は最高気温が20度くらいだったり、いきなり6度くらいだったり!
そして夜は氷点下だそうです。。。
現地旅行社から
「防寒着はしっかり用意してきてください」とメールがきて、ひえ〜っ!
グーグル衛星地図で見たら、
「ホントにこんなとこへ家族旅行で行っていいのか?」と真剣にびびっている。
考えたら、私、羊はお肉もチーズもニガテだし。。。。
でも、もう飛行機も取っちゃったしねえ。
とにかく行ってくるわ。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ショッピング
- 1.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 航空会社
- ミアットモンゴル航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2010.8月21日
みえてくる、モンゴルの大地。
「どうしてこんなに湖が?」とホントに不思議だったけど。
高度が下がってみると、「雲の影」なんだよね。
なにもないところだから、雲の形がはっきりそのまま山肌に現れる。
そして、川。
護岸工事なんていしていない、自由に形を変える川。
人間と家畜と全ての生き物が同じ目線で住んでいる。
モンゴル航空502便 成田13:30発
ウランバートル着 17:40着 直行便で5時間足らず。
空港出口で待っていてくれたのは日本語ペラペラのガイド、バヤラさんとお嬢さんがドイツ人と結婚してドイツに住んでいるというドライバーさん、そして私たちの足となる車。
バヤラさんはウランバートル大学の日本語学科で4年間、日本に2年留学したという女性で、コミュニケーションに何の不自由も感じず、
彼女がモンゴル人だということを忘れてしまうほどでした。 -
ガイドのバヤラさんと、9泊10日の旅が始まる。
到着日はウランバートル市内のホテル泊りが普通だけど、勧められたのは近郊のツーリストキャンプ。初日からゲル泊!
チンギス村というゲル村。
ウランバートルからモンゴル人の家族が週末に遊びにくるようなところ。
だから、ゲル内もちょっとオシャレだし、映画のロケにも使われたそうで、
ホテルに落ち着くよりよかったと思う -
イチオシ
宿泊ゲルの中。
予想以上に立派なベッドにひと安心。 -
広々と。
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レストランゲルの中。
-
どこまでも広々と。
-
さて、モンゴル最初のお食事は。
羊肉のかたまりだ! -
8月22日 おはよう!
ゲルでの初めての朝。
よく眠れた?
朝方は寒くて寒くて。
スタッフが4時頃に薪ストーブをつけに入って来た。 -
朝食後、最終目的地 ツェンヘル温泉に向けて出発。
ツェンヘルまで500Kmあるので、途中、350Kmのカラコルムで1泊する。
500Kmなら途中1泊しなくても、と思ってしまうが、
高速道路の500Kmではないので、日本の感覚とは違う。 -
途中、お店はないのでドリンクを仕入れる。
-
イチオシ
さあ、出発!
-
-
500km、東京〜大阪間より近い、というのは日本人の感覚。
途中、舗装されているとは言え、穴ぼこ、落石、当たり前。
隕石でも落ちてきたのかい??と言いたくなるような道で、途中、ヤギやひつじの横断を待つ。 -
おっ!
その時、ラクダに乗った少年たちが!
観光客相手の商売。息子が乗ってみることに。 -
年齢は同じくらいなのだろうけど、
モンゴルの少年たちと比べるとなんとひ弱なかんじがすることか、日本の少年よ! -
舗装道路はそのあたりまでで、あとは草原の中のでこぼこ道を走る。
緑の中にいくすじもの轍が重なり合い、こうやって、家畜たちの草地が荒らされていくという。
途中にレストランがあるわけでもない。
従って、基本的に食事はツーリストキャンプで、ということになる。
私たちも今日のお昼は カラコルムのツーリストキャンプに到着してから。 -
14時頃、今夜のゲル、カラコルムツーリストキャンプが見えて来た。
「カラコルム」。。。高校の歴史の授業で耳にした都市の名前。
モンゴル語では「ハラホリン」
ハラホリン、ハラホリン、ハラホリン、何度も繰り返して言うと、日本語で「カラコルム」になったのが納得できる。
昼食後、ハラホリンの街へ。
エルデネゾージイン、亀石観光。 -
朝晩は寒い、昼間は30℃近い。
ガイドのバヤラさんと話がはずむ。 -
ハラホリンのエルデネゾー寺院へ
-
夏休みで来ていたモンゴルの少年と遊ぶ息子
言葉は通じなくても、サッカーは世界共通語。 -
360℃の空の下。
親子で語らう黄昏のひととき。
おなかが空ききって、写真を撮る前に、食事はおなかの中へ。 -
夜はTシャツ、スウェットを着て、しっかりお布団掛けて、それでも朝方は薪ストーブをガンガン炊きました。
-
8月23日
おはよう!今日もいい天気。
やっと目的地ツェンヘル温泉へ。
心のどこかにしまわれて、大人になってふとよみがえるんだよね、
こういう場面。
午前中、ハラホリンのすぐ近くのオルホンバレー記念碑観光、
ハラホリンの街でお金の両替、
ツーリストキャンプで昼食後、ツェンヘルに向かって出発、
という段取りに。
両替。。。とにかく「買い物」をする場所もないので全くお金を使わない。
でも、ちょっとくらい持っていないとねえ。 -
昼食後、いよいよツェンヘル温泉へ向けて出発。ここから150Km。
たっぷり乗馬をして、露天風呂で星空を眺めて。。。
そんな時間が待っているはず。
でこぼこ道がやがて、道なき道に変わり、
このくらいの川はガンガン突っ込んで渡って行く。
そしてついに見えて来た。
ここがツェンヘル温泉ツーリストキャンプだ!! -
ツーリストキャンプの入り口
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食堂棟
-
お風呂棟。建物の中が男女別の内風呂。結構大きい。
建物の向こう側が男女別の露天風呂。 -
客は私たちのほか1.2組。
レストランの中。 -
なにしろ、ここに5泊だもんねえ。
-
ガイドのバヤラさんと明日の打ち合わせ。
昼間はこんな格好だけど、夜は手前の薪ストーブをガンガン燃やす。 -
は〜い!!
ここに入りたくてはるばる来たのよ〜! -
これは女性用の露天風呂。男性のは石垣をちょっと回って出入り自由。
到着した時は男湯は熱くて入れないのでみんなで女湯に入りました。
他にお客は、いないもん。
内風呂も大きくて立派なのがあります。
ただ。。。日本人の習慣が不思議らしい。。。
到着してまずひと風呂、
夕食を終えて、ひと風呂、
寝る前に夜空を見ながらひと風呂。。
その度に「ぬるくて入れない」「熱くて入れない」とウルサイ私たち。
多分、「おまえら、さっきも入っただろ〜!」と思われてたと思うよ。
源泉はすぐ近くにあって、90度近い。
本当のかけ流し温泉なのに、湯船の外側に溝がないから、溢れさせないようにしてるらしい。。。
だから、ある程度一杯になれば温泉のホースは外しちゃう。
ぬるくなっちゃう。
で、ぬるいと言うと、ホースでひたすら源泉を入れちゃう。
「オウムのイニシエーションかい?」っていうほど異常に熱い!
基本、露天は水着で入るけど、だんだん面倒になってきて、バスタオル巻いただけで入ってた。
ある時は、裸になっちゃったものの、女湯は露天が熱すぎて、内湯が冷たくてふるえちゃう。
男の露天にはフランス人3人組が水着で入っているとわかっていたので、
バスタオル巻いたまま、そちらへ回り、
「女性の方は熱くて入れないから入れてね、エクスキューズミー」てな調子で。
この歳になると怖いもんなしだなあと思った。
乗馬の疲れと、爽やかな風と、
一言もわからないソフトなフランス語のおしゃべり。
眠ってしまいそうだったわ。
そのフランス人3人組、40km先の村から日帰り入浴に来ていたんだけど、自転車だったので、
「自分の?」と聞いたら、
「そうだよ、3ヶ月かけてフランスから来た」って。。。
おそるべし。おそるべし。 -
8月24日
今回の旅行のメインテーマ、草原での乗馬。
日本で乗馬を堪能するなんて、ちょっと無理。
まず、料金が高い!
コースがきっちり決まっていて、遊ばせてくれない!
そんなわけで、ここツェンヘル温泉では乗馬ひとすじ。
料金は1時間5ドル。
旅程案にはホシゴト滝見学などもあったけど、それはとりやめてもらう。
ドライバーさんもガイドのバヤラさんもすることがなくてちょっと退屈?
私たちは、
朝食後にすぐ乗り始め、ゲルキャンプに戻って昼食、
それからまた2時間くらい乗って、戻ってから温泉、なあんていう超贅沢。 -
イチオシ
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イチオシ
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8月25日
今日もいい天気。
朝ご飯は一応ブッフェスタイル。
コーヒーはインスタント。
贅沢は言わない!
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お風呂用水着はここで干す。
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モンゴルの代表料理ボウズ。皮はその場その場で手作り。
まあ、ギョウザみたいなものかな。
中のお肉はひつじだったり、牛だったり。
豚は家畜として少ないので、牛より高価だそうです。
モンゴル人の食事はお昼がたっぷり、夜は少しずつ軽めだとか。
どちらにしても、「肉が主食」。
旅行中は特にキツイとは感じなかったけど、
さすがに帰国してから丁度1週間、肉断ちしました。
朝食にベーコンやウインナーさえもいや、ってかんじだった。
ツーリストゲルは場所にもよるけど、大体1泊3食付きで35〜45ドル前後。 -
「塩味のミルクティーにボウズを浮かべたもの」バンシテイツァイ。。。
そう聞いて、「わあ〜食べてみたい!!」って思う?
行く前から息子は本で読んで、これを食べるのを楽しみにしてた。
夫と私は。。。ムリだと思った。
だけど、そういうものは食べることはないだろうと密かにおもっていた。
ところが息子はガイドのバヤラさんに
「バンシテイツァイを食べたい!」と最初から伝えてたんだよね。
バヤラさんは
「日本人はあまり食べないけど、
それじゃあ、明日のお昼に作ってもらいましょう」って。。。
夫も異義をとなえないし、しかたないかあ〜と。
あとで聞いたら、夫も内心、恐れていたらしい。
だけど!
「塩味のミルクティーにギョウザ」っていうから印象悪いんだよね。
薄味のミルクシチュウにギョウザ、っていうかんじ。
あまり変わらない、か。。。ニラは入っていないよ。
おいしくいただきました。 -
夜はこんなかんじ。
裸電球一つがたよりです。
トイレは懐中電灯でトイレ棟へ。 -
日本のNPOの人たちと1晩一緒になった。
ウランバートルにはストリートチルドレンたちがいる。
そこから施設に入った子供たちを旅行に連れて来ていた。
私も子供たちと一緒にお風呂に入って、洗うのを手伝ったり。
そのNPOの人たちのイベントで一緒に馬頭琴を聴いた。
とおいとおい昔から引き継がれてきた演奏と歌。 -
日が暮れて行く。
-
8月26日
午前中は乗馬を楽しみ、昼食後、40Km先の街ツェツェルレグへ買い物&観光に出かけることに。
だって、なあんにも買えないんだもん。
モンゴルに来て、今までに買ったのはペットボトル5本だけ。
あとは食事の際に夫が頼むビールかワイン、そして乗馬代を最後に精算することになっている。
ドライバーさんもようやくハンドルを握れる、とばかり、快調に飛ばし始める。
草原を走り続け、やがて川が生き物のように光りだす。 -
「あぶない橋を渡る」ってこのこと?
車のフロントガラス越しに撮影。
思わず、みんな無言でお尻を持ち上げてた。 -
そんな橋を渡るか、
或いは川の中へ突入するか?!
同じくフロントガラス越しに撮影。
助手席に座っていた夫はほとんど居眠りもできない状態だったそうです。
私は大揺れの中での居眠りが心地良くて。。。 -
ツェツェルレグの街に到着。
何か記念になるものあるかしら?
オレだって何か買うぜ!
モンゴル語だって、少しは覚えたぜ! -
やっぱりこれだろ、チュパチャップス。
-
結局、買うものはなかったけれど、活気ある街を見学できて面白かったなあ。
また同じ草原を突っ走ってキャンプに戻る。
途中、滞在しているキャンプのそばにテントを張っていたイタリア男3人組とすれ違い、陽気な大声で手を振ってくる。
お互いの車はかなりのスピードですれ違ったのだけど、外国人旅行者が少なかったせいかな、すぐわかったの。
乗馬に出る私たちに
「きみたちはすごい!
自分たちは馬に乗ったことがないけれど、できると思うか?」
と真剣な表情で訊いて来た3人組でした。
私にしてみれば、
あの朝方の寒さの中で火の気のないテントで寝て、
自炊しているあなたたち3人組の方が乗馬より余程すごい。。。 -
8月27日
予定では今夜もう一泊、ここツェンヘル ジグール温泉に泊まって、明日一気にウランバートルまで帰ることになっていた。
しかし、やはり1日で500Kmは辛い、というバヤラさんのアドバイスで、
午前中は最後の乗馬を楽しみ、
昼食後にウランバートルへ向けて出発することになった。
さあ、最後の乗馬だ。 -
「あっちへ行きたい」「こっちへ行きたい」
手振り身振りでコミュニケーション。
右端が馬の持ち主の青年。
今日は最後に彼の家(ゲル)を訪ねる予定だ。 -
実際の生活の場としてのゲルを訪問。
自家発電でテレビも普通に見られる。
手作りの濃厚なヨーグルトや生クリームをごちそうになる。
私には、ちょっと濃厚すぎた。。。
そしてあらかじめ、本で読んであったけど、ものすごいハエ!!
夫もこわばった表情。。。。
「食べ物」ならば 何でも挑戦する息子です。
きみはすごいっ! -
私たちのキャンプに帰ると、
もう、今夜からの泊まり客はいないらしく、ゲルの解体が始まっていた。
モンゴルの短い夏が終わる。
気づけば空も雲も秋の顔に変わっている。 -
お別れはスタッフ総出で見送ってくれた。
4泊し、1日3食作ってもらい、
露天風呂の「熱すぎる、ぬるすぎる」に つきあってもらい、
明け方には薪ストーブに そっと薪をくべてもらい、
バレーボールやサッカーに興じた。
お別れはちょっとさみしいね。 -
昼食後に出発。
往路に泊まったハラホリンを過ぎて、
もう少しウランバートル寄りのツーリストキャンプに夕方到着。
地名は難しくて忘れてしまったわ。
首都ウランバートルに近くなっただけあって、ちょっとオシャレな雰囲気。
ドイツ人の団体客がいてとてもにぎやか。
おじさんの一人と話したら、
モンゴルを旅するのが長年の夢だった、やっと実現したんだよ!と。
ただ、奥さんは「テントに寝るなんていや!」と言って来なかったから一人で参加したんだって。 -
1週間前とはあきらかに
空気も
空も
雲も違う。
夏が終わった。 -
朝方は冷え込む
朝は5時頃にストーブを着けに来てくれるはずだけど、どこのキャンプもたいがい時間が遅れるか、忘れられてしまう。
で、私が、勝手に事務所などから段ボールを取って来て、
火を起こし、マキをくべる。
パチパチぼうぼう、だんだん、やめられなくなってくる。
ついでに夫と息子にも、
余分に確保しておいた毛布をかけてあげる。。。
夫は「サービスのいいところだなあ、毛布までかけにきてくれた。。。」
と感動したらしい。
ったく!!
明日はウランバートルだ。 -
8月28日
こちらに来てから初めての雨。
夏が終わり、私たちの旅行も終わりに近づいた。
キャンプ周辺を散歩して、早めの昼食後にウランバートルに向けて最後のドライブ。 -
ああ帰って来た首都ウランバートル。
と言っても、初日にも市街には入らずにそのまま出発したので、街に入るのは初めてだ。
お世話になったバヤラさん、ドライバーさんとお別れして、ホテルに落ち着く。
中心街にあるKHABU HOTEL
街は丁度日本の高度成長期のように、
ビル工事、道路工事で沸き立ち、活気に満ちあふれていた。 -
旧東ヨーロッパを思わせる住宅。
そう、モンゴルの歴史は旧ソ連に深く関わる。 -
買い物もバーコードでピッ、 カードで支払い。
都会の生活だ。
大きなデパートやスーパーマーケット、
オシャレなカフェにヴィトンのビルまである。
草原の人々は便利なものにあこがれ、
都会の人々は草原に憧れた。
でもやっぱり、こんなケーキを好きな時に買える生活は手放せないだろうな。
さて、これまた10日ぶりに自分たちでお店を選んで食事ができる!
夫の「ピザが食べたい!」という希望で、
Italianという文字を探してレストランに入るがどこもピザがない。。。
結局諦めて、ハンバーグのような、ソーセージのようなものが乗った定食のような。。。
なんとも形容しがたい一品。
ガイドブックによると夜のウランバートルを歩くのは危険だと のこと。
ひったくりなども多いようだけど、とにかく、道の『陥没』箇所がコワイ。
薄暗い街灯でその陥没がよく見えない。
早くホテルに帰ろう。 -
8月29日
明日は帰国。
今日はウランバートル市内をウロウロする。
昨日とは一転した空の青さに見とれる。 -
1924年独立以降、
モンゴルはソ連を後ろ盾に社会主義路線を歩んで来たが、
やがてソ連からの徹底した政策を強いられ、
1929〜38年には厳しい宗教弾圧、知識層の大虐殺などが行われた。
市の中心部にあるが、なかなか見つけられないほどひっそりとたたずむ政治粛清祈念博物館。
「モンゴルのスターリン」といわれる当時の首相により、
多くの政治家や僧侶が虐殺された。 -
死亡人数は4万人とも推定される。
十数年前にゴビ砂漠で大量の遺骸が発見され、いずれも頭蓋骨に穴があり、銃殺された僧侶たちの遺体と断定された。
ここにはその頭蓋骨が生々しく積み上げられて展示されている。
展示物の文字はすべてモンゴル語なので全く読めないし、
見学者もほとんどなく、静寂な雰囲気の中で、
のんきに遊んで来たこの国の重い歴史を心に刻む。 -
1990年、ソ連、東欧の社会主義倒壊後、モンゴルでも民主化運動が起き、
1992年、モンゴル人民共和国からモンゴル国へ改称して新憲法を制定し、
社会主義を完全に放棄した。
今、市内はかつての高度成長期の日本のように、
ビル建設や道路工事で活気にあふれているように見える。
ヴィトンの大きなビルもあるし、しゃれたデパートもある。 -
ホテルに戻る前に街角の店でミネラルウォーターを買う。
フラッシュ撮影だから明るいけれど、実際は真っ暗でウィンドウの部分だけが明るい。
道の陥没に気をつけて近寄り、言葉が全く通じないので、指差しで購入。
さあ、明日は6時55分の便だから、ホテルを早朝4時に出る。
早く寝よう。 -
8月30日
さて、今日は帰国。
空港までの足。
旅行社に頼むと時間に縛られそうだし、そのくらいはホテルで頼めばいいわ、
と安易に考えた私たち。
ゆうべフロントでタクシーを予約してもらい、大体の金額を聞くと、事前に調べた金額、15000Tg(1500円くらい?)の3倍くらいの金額を言われた。
何かの間違いだよね、現地のお金は調べた分しか残していないし、
とあくまで安易な私たち。
朝3時過ぎに起床、荷物をまとめて フロントに降り、朝食のお弁当をもらう。
タクシーがやって来た。
ドライバーは全く言葉が通じないが、空港までだし、ホテルのフロントを通したんだし、と乗り込む。
街はまだ夜中。
ところどころに街灯が弱々しく点いていたが、市内を外れると それもなくなりあたりはまっくら。
草原みたいなところを走っているみたい。
こ、これって大丈夫なの?!
どこかへ連れて行かれて身ぐるみはがされるとか??
料金メーターがやたらカチャカチャ上がり続ける。
持っている現地通貨ではとても足りない。。。
とっさに対応できるよう、身構える。
夫も無言、息子も無言。。。。
二人は怖くないのだろうか??
どのくらい走っただろうか。。。
遠くに空港の明かりが見えた時、どんなにほっとしたことか。。。
荷物を預けてから、
私が
「さっきはどうなることかと不安だった」
と言い出すと、夫も息子もそれぞれかなりビビっていたことが判明。
息子も
「すぐに戦えるようにゲンコツを握っていた」って。
今、思い出してみると、あのタクシーの中に張りつめた緊張感、ものすごいものだったろうと思う。
私たちも怖かったけど、
ドライバーさんも、
言葉の通じない奴らが無言で殺気を漂わせながら座っていたんだから、怖かったんじゃないかしら?
家族に
「いやあ、今朝、ヘンテコな日本人親子を乗せてサ、3人とも無言で石みたいに固まってたんだよ、不気味だったぜ〜」とかなんとか言ってたりして。
でもいい儲けになったでしょ?
結局、45000Tgを越えるくらいメーターが上がり、適当に換算して ドルを押し付け、車から転がり降りたのでした。
普段なら、そんな金額にあ〜だ、こ〜だと言い出す私だけど、このときばかりは
「お金で解決しよ〜」?
別にドライバーさんに脅かされたわけでも何でもないのだけどネ。
この10日間近く、ガイドのバヤラさんに全てお任せでのほほんとしていただけに、
すっかり戸惑ってしまったのでした。
そんなわけで、息子はロビーで珍しく熟睡。
よっぽど緊張したのねえ。
12:30 無事成田着。
成田エクスプレスの中で、ホテルからもらったお弁当をいただきました。
またいつか、どこかへ
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