2012/02/11 - 2012/02/22
26位(同エリア94件中)
白い雲さん
数年前にテレビでエローラ遺跡の紹介をしていた。それ以来、機会があれば多様な宗教によって人々がそれぞれの生活パターンを作り上げていることに興味を感じていた。加えて近年は新興国として世界中から注目を浴びている国でもあるので、そうした国の現状を生み出した歴史の端っこでもかじってこようと思った。
訪問地は、ムンバイ、エローラ、アジャンタ、サンチー、カジュラホ、バナーラス、アーグラー、ジャイプール、デリーであった。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 飛行機
- 航空会社
- エアインディア
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
エレファンタ島のシヴァの三面上半身像(ムンバイ)
ムンバイのインド門の下から船に乗って約1時間、遠浅海岸の岸壁に着くとトロッコ列車が待っていて運んでくれる。到着地点からは石段を登るとヒンドゥー教の石窟寺院がある。岩山を掘りぬいた40m四方の石窟である。崩落を防ぐために20本の石柱が掘りのこされている。
奥の岩壁に彫られたのがこのシヴァ神の三面上半身像である。 -
参道の土産物を売る露店
参道の階段の両側には、土産物を売る露店が軒を連ねている。材料が非常に気になった。日本などの先進国だと合成樹脂などが使われる安価な品物が木材、石、布などの天然産の材料で作られている。値段からすると買い得かな? -
エローラ・第32窟
エローラには、9世紀ごろのものという5つのジャイナ教の石窟が掘られている。ここの石窟群では最も北の端にあり中心部からは少し離れている。 -
エローラ遺跡のハイライト・第16窟(カイラーサナータ寺院)
第13〜29窟はヒンドゥー教の石窟。
巨大な岩を8世紀中ごろから100年がかりで掘りぬいた寺院。当時のインド人の平均寿命が30年といわれるから親、子、孫と三代にわたって石工たちが掘り続けて完成したと考えないといけない。なんでも岩に彫りこんだ彫刻としてはエジプトのアブシンベル神殿を上回るという。
本殿は、33mで内部にシヴァ神の象徴リンガ(男根)が安置され、今もインドの人々がお参りに来ている。 -
エローラ・第10窟
第1〜12窟は仏教の石窟。中でも第10窟はストゥーパ(仏塔)を祀るチャイティヤ窟だ。ストゥ−パの前には仏像が彫られている。この石窟は2階建に掘られていて、2階からはストゥーパや仏像の全景が見られる。 -
学生たちと一緒にランチのヒヒ
エローラ石窟の入り口付近の芝生で遠足の学生たちが、円筒形の三段重ねの弁当箱を開いて昼食をとっていた。その輪の近くにヒヒも昼食の準備ができていた。
ちなみに三段重ねの弁当箱は学生たちにはきわめて広範囲に普及している。インドのカレー料理を持ち運ぶ必要から開発された弁当箱とみた。 -
アジャンタ石窟
30ある石窟は、紀元前1世紀に掘られたものと紀元5世紀に掘られたものとがある。1000年もの間忘れ去られた存在であったが1819年イギリス騎兵隊士官によって発見された。第10窟の柱には”John Smith.28th Cavalry.28th April 1819"の落書きがある。
アジャンタ石窟は,仏教石窟群で、美しい壁画にその特徴がある。 -
アジャンタ第26窟
ストゥーパを取り巻く柱の外側には、シッダールタを攻撃する魔王や誘惑する魔王の娘たちが彫られている。さらにインド最大の涅槃像も静かに横たわっている。 -
サンチーの仏教遺跡
サンチーには3基のストゥーパがある。アショーカ王が造り始めて紀元前2〜1世紀に完成したという。
第1塔は、高さ16m、直径37m。塔を取り巻く囲いの内側は遶道(にょうどう)と呼ばれ俗世間からわずかにブッダの覚りに近づいた空間とされ時計回りにお参りするのがしきたり。 -
サンチー・大ストゥーパ第1塔の東門のヤクシー像
ヤクシーは、樹木の神様でその頭上にはマンゴーが実っている。インドではマンゴーは3個ずつ実ると聞いた。 -
ビームベートカーの岩窟の岩絵
1万年前の石器時代からこの岩窟に住みついた人々が岩絵を残している。
象に乗って武器を持つ人や多くの動物、そして踊っている人などが数百も描かれている。 -
ビームベートカーの岩窟
2003年に世界文化遺産に登録されたが、認知度がまだ低いのか人影はなく管理人と我々以外はヒヒの群れだけ。 -
オルチャの遺跡
18世紀に滅ぼされたバンデラ王国の都。ジャンギール・マハルやラージ・マハルがある。壁画には美しいものが残っている。 -
ガンジス河の支流で沐浴や洗濯をするインド人の生活ぶり(オルチャ)
インド人の日常は、宗教の教えに深く結び付いている。寺院などに参拝するだけでなく、沐浴などの行為が生活の中に組み込まれている。こうしたことを文化の遅れと見てしまうのは誤りのように思った。 -
カジュラーホー
西群、東群、南群の3つの寺院群からなるカジュラーホーは、その彫刻の見事さに目を見張る。とくに西群はその中心であるし寺院数、彫刻の数と精緻さは素晴らしい。観光客も多いのであろう遺跡内はここがインドかと紛うほど立派に整備されている。時間をかけてゆっくりとするのがいい。 -
カジュラーホーの寺院の彫刻
その精緻な彫刻は数が多く、さまざまな神々や動物などが彫られている。時間をかけてゆっくりと鑑賞するのもいい。
彫刻はヒンドゥー教の教えを表したものなのでそれに詳しい人にガイドをしてもらう必要がある。 -
カジュラーホーのミトゥナ像(男女交合像)
カジュラーホーを口にすると、知っている人はだれもがニヤリとする。エロチックで有名な彫刻が多数存在するからだ。
天女像の美しさに気をひかれているとその横には何ともおおらかなミトゥナ像があったりする。なんでもそのスタイルは84もあるという。 -
カジュラーホーで会ったオッコトヌシ
ヒンドゥー教にはたくさんの動物が神様のお伴などとして彫刻されているが、「もののけ姫」に登場する「オッコトヌシ」のイメージにぴったりの彫刻もあった。全身に神様の像が刻まれている。 -
ヴァーラーナスィー(バナーラス)の朝日
ヒンドゥー教徒は、一生に一度はガンガー(ガンジス河)に造られたガートで沐浴や礼拝をすることを願っているという。
沐浴は朝日の昇るころに行うのが最良とも聞いた。 -
ヴァーラーナスィーのダシャーシュワメード・ガート
毎晩7時が来ると全国からこの地に集まったヒンドゥー教徒が集まってプージャ(礼拝)が催される。
ガンガーに面したガートは信者で埋め尽くされるので、観光客は小舟を雇って水上から見物することになる。その小舟の数や半端ではない。おまけに乗船口には木の葉を皿状に作ったものにろうそくを真ん中にその周りをマリーゴールドの花で飾ったお祈りをして河に流すものを子供たちが売りに来る。そのしつこさは驚き。 -
ガンガーの洗濯屋さん
ダシャーシュワメード・ガートのすぐそばで洗濯屋さんが石板に衣類などをたたきつけて洗濯をしていた。預かった洗濯物には目印をつけたり名前を書いたものなどはないが全く間違うことはないという。 -
ヴァーラーナスィーの朝市
この町は大都会。多くの人のお腹を満たす食材をこの朝市は提供する。近隣の農村地帯から持ち込まれたのであろうか野菜や果物がほとんど地面にひかれた布の上に盛られたり広げられたりして取引されている。卸売りの機能も持っているようで、ここで野菜や果物を仕入れて自分の店に持ち帰る人もいるようだ。
さらにここへ牛が加わる。ゆったりと歩いて、時には並べてある野菜をいただくようなことも目にした。商品の持ち主は大騒ぎすることなく牛を追いやるくらいである。 -
アーグラー城からのタージ・マハル
ムガール帝国第5代皇帝シャー・ジャハーンはその妃のためにヤムナー河畔に壮大な墓所を建築した。タージ・マハルである。
白大理石をふんだんに使ったこの墓は、国力を傾けることになり皇帝シャー・ジャハーンは息子にここアーグラー城に幽閉されてしまった。おそらくこの写真のように愛妻の墓を窓から眺めたのでないだろうか。 -
タージ・マハルの壁
白大理石を使ったタージマハルは、その壁に数多くの象嵌が施されている。白大理石にラピスラズリなどの宝石や色石をはめ込み見事な装飾壁が見られる。
ちなみに市内には、大理石の工場もあって見事に細工されたテーブル板、壁掛などが売られている。 -
手に乗るリス
アーグラー城内の庭にはたくさんのリスがいて、観光客の手に乗ってピ-ナッツや菓子を食べる。
エローラ、アジャンタ、そしてカジュラーホーなどでもリスはいたるところで目にした。移動中のトイレ休憩で立ち寄ったレストランの小さな庭にも現れた。ただ手に乗って餌を食べたのはここだけ。 -
ジャイプールの寺院
参拝者は入り口で売られている青草(50ルピーほど)を買って寺の前にいる牛に食べさせ、徳を積む。 -
アンベール城から見たジャイガル要塞(ジャイプール)
ジャイガル要塞は1036年に建てられ、下のアンベール城が完成するまではマハラジャが住んでいた。
周囲の山には、宝石の産業が盛んであった町を守るために、まるで中国の万里の長城のような城壁が延々と連なっている。 -
象のタクシー(ジャイプール)
アンベール城は道が細くてバスは入れない。四輪駆動車に乗り換えるか象のタクシーを利用するのがよい。インドといえば象。その象がこうして生き生きと働いているのを見るとなんだか嬉しくなってしまう。象のタクシーは2人乗りで750ルピーとか。 -
インド門(ニューデリー)
イギリスの植民地であったとき、イギリス人の手でニューデリーの建設が始まり1931年完成した。インド門は第一次世界大戦に参戦し戦死したインド兵の慰霊碑である。
現在は、この付近はインド行政の中心地となっていて国会議事堂などが立ち並ぶ。 -
ラージガート(デリー)
インド独立の父マハートマ・ガンディーを火葬した場所。
インドにはカースト制度があったがマハートマ・ガンディーはこの制度のハリジャン(最下層で差別を受けていた人たち)の解放をうたえていた。
ガンディーの遺灰は、ヒマラヤを始めインド各地にまかれたと聞いた。したがって、ここには墓もなければ遺骨もないという。
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