2011/11/01 - 2011/11/01
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戦国史跡ナビゲーター・みかわのひでさん
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源義朝終焉の地・野間大坊(のまたいぼう)を巡ってきました。
野間大坊(のまたいぼう)とは、愛知県知多郡美浜町にある
真言宗のお寺ですが、単なるお寺ではなく、歴史ゆかり深い
お寺なんです。
鎌倉幕府を開いた、源頼朝の父・義朝(よしとも)が亡くなった地で、お墓があり、周辺には、源義朝の最期にまつわる場所が点在しています。
また織田信長の三男・信孝が自害した場所として有名です。
お寺の正式名称は、鶴林山 無量寿院大御堂寺
(かくりんざん むりょうじゅじおおみどうじ)。
創建は天武天皇の時代(673〜686)と伝わり、
弘法大師・空海が知多半島を訪れた際に一千座の護摩を炊き
庶民の幸福を祈ったといわれます。
そしてこの周辺は、かつての荘園である野間荘でもあります。
戦国時代には、豊臣秀吉、徳川家康といった権力者の庇護を受け
発展し、現在では、知多新四国八十八ヶ所霊場、尾張三十三観音
8番札所でもあり、多くの参拝者が訪れます。
ブログに旅の記事をレポしています。
http://ameblo.jp/mikawa-hide/entry-11069464911.html
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
野間大坊へは、電車でも行くことができます。
名鉄名古屋駅から約1時間です。
アクセス方法はコチラ → http://ameblo.jp/mikawa-hide/entry-11064335376.html -
源・義朝の廟所(墓)です。
たくさんの木刀を模した札が、参拝者によって
収められています。
なぜ木刀なのか?
そのエピソードです → http://ameblo.jp/mikawa-hide/entry-11064403482.html -
源義朝が暗殺された湯殿(お風呂)跡。
一般に公開されています。 -
源義朝が亡くなったと知った家臣は、義朝の元へ
駆けつける途中、橋の付近で長田氏の家臣と戦闘になります。
その橋が後に『乱橋』(みだれはし)と呼ばれる様に
なりました。 -
後年、源頼朝が野間の地を訪れ、奉納した門が
未だに残っています。
重要文化財です。野間駅 駅
-
源義朝の首を洗ったと伝わる(血池)も残っています。
コチラです → http://ameblo.jp/mikawa-hide/entry-11065438065.html -
義朝を討った長田親子は、頼朝によって磔(はりつけ)と
なりました。
その時の松があります。 -
時代は違いますが、戦国時代、織田信孝が自刃した時の
品々がある安養院。
非公開なのが残念ですね。
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