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名古屋市緑区と豊明市にまたがる桶狭間。<br />織田信長が「桶狭間の戦い」に勝利した、その地を訪ねます。<br />「桶狭間古戦場」ですが、名古屋市緑区と豊明市の2ヶ所にあります??

桶狭間古戦場

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2011/10/18 - 2011/10/18

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fernando

fernandoさん

名古屋市緑区と豊明市にまたがる桶狭間。
織田信長が「桶狭間の戦い」に勝利した、その地を訪ねます。
「桶狭間古戦場」ですが、名古屋市緑区と豊明市の2ヶ所にあります??

同行者
社員・団体旅行
交通手段
自家用車
旅行の手配内容
個別手配
  • まず初めに、名古屋市緑区にある、「桶狭間古戦場公園」を訪れます。

    まず初めに、名古屋市緑区にある、「桶狭間古戦場公園」を訪れます。

  • 桶狭間の戦い450年を機に、公園が整備されました。

    桶狭間の戦い450年を機に、公園が整備されました。

  • ジオラマ公園になっています。

    ジオラマ公園になっています。

  • なだらかな石組は「おけはざま山」。

    なだらかな石組は「おけはざま山」。

  • この銅像、ン千万円かかったそうです。

    この銅像、ン千万円かかったそうです。

  • ガイドの方の説明が始まりました。<br />「桶狭間古戦場保存会」の皆さんです。

    ガイドの方の説明が始まりました。
    「桶狭間古戦場保存会」の皆さんです。

  • 「義元 馬つなぎのねず」<br />「駿公墓碣(すんこうぼけつ)」<br />「田楽坪」<br />の説明です。

    「義元 馬つなぎのねず」
    「駿公墓碣(すんこうぼけつ)」
    「田楽坪」
    の説明です。

  • この枯れ木がねずの木です。<br />

    この枯れ木がねずの木です。

  • 「駿公墓碣」と刻まれています。<br />ねず塚から出土したもので、義元の墓碑と思われる。

    「駿公墓碣」と刻まれています。
    ねず塚から出土したもので、義元の墓碑と思われる。

  • 「義元戦死の地」とある。<br />ここで、義元は首をとられたのであろうか。

    「義元戦死の地」とある。
    ここで、義元は首をとられたのであろうか。

  • 「義元公首洗いの泉」。<br />「桶狭間」の言い伝えが書かれている。

    「義元公首洗いの泉」。
    「桶狭間」の言い伝えが書かれている。

  • その泉か?

    その泉か?

  • 桶狭間めぐりに出かけます。

    桶狭間めぐりに出かけます。

  • 「七ツ塚」。

    「七ツ塚」。

  • 区画整理で現在地に移されたそうです。<br />こんなに狭くはなかったはずです。<br />戦死者が両軍合わせて3000〜3500人と言われているので、一つの塚に約500人という計算になる。

    区画整理で現在地に移されたそうです。
    こんなに狭くはなかったはずです。
    戦死者が両軍合わせて3000〜3500人と言われているので、一つの塚に約500人という計算になる。

  • 「七ツ塚」から「釜ヶ谷」に向かう途中、愛知用水を横切る。<br />

    「七ツ塚」から「釜ヶ谷」に向かう途中、愛知用水を横切る。

  • 愛知用水の堤防から、おけはざま山方面を望む。<br />右の森は「長福寺」。

    愛知用水の堤防から、おけはざま山方面を望む。
    右の森は「長福寺」。

  • 昭和初期は家はありません。<br />

    昭和初期は家はありません。

  • 武路(たけじ)公園。<br />七ッ塚があったとされる公園。<br />

    武路(たけじ)公園。
    七ッ塚があったとされる公園。

  • この上は道路ではありません。<br />さきほどの、愛知用水が通っているのです。<br />初めて見ました。<br />びっくりです!!!

    この上は道路ではありません。
    さきほどの、愛知用水が通っているのです。
    初めて見ました。
    びっくりです!!!

  • 「釜ヶ谷」。<br />信長が突撃の機を窺った場所。<br />

    「釜ヶ谷」。
    信長が突撃の機を窺った場所。

  • この坂を信長が駆け上ったとある。

    この坂を信長が駆け上ったとある。

  • 「釜ヶ谷」から豊明市を抜けて「おけはざま山」に向かいます。<br />豊明市のマンホールの蓋。

    「釜ヶ谷」から豊明市を抜けて「おけはざま山」に向かいます。
    豊明市のマンホールの蓋。

  • この上が「おけはざま山」の頂上。

    この上が「おけはざま山」の頂上。

  • この辺りに、義元の本陣が置かれたのではないか?

    この辺りに、義元の本陣が置かれたのではないか?

  • 坂を下っていくと・・・

    坂を下っていくと・・・

  • 池に出ます。<br />大池です。

    池に出ます。
    大池です。

  • 毎年5月に古戦場まつりが開催されている。

    毎年5月に古戦場まつりが開催されている。

  • 池沿いに、「瀬名陣地跡」がある。

    池沿いに、「瀬名陣地跡」がある。

  • 「長福寺」<br />立派なお寺です。

    「長福寺」
    立派なお寺です。

  • 義元公首検証の跡。<br />長福寺の境内にあります。

    義元公首検証の跡。
    長福寺の境内にあります。

  • 先ほどの、大池を回り込むと、「戦評の松」が道路沿いにある。<br />3代目です。<br />歩いた順に話を進めていますが、時代的に言うと、ここが始まりです。<br />今川軍の瀬名氏が戦の準備のための会議を開いた場所という意味か?

    先ほどの、大池を回り込むと、「戦評の松」が道路沿いにある。
    3代目です。
    歩いた順に話を進めていますが、時代的に言うと、ここが始まりです。
    今川軍の瀬名氏が戦の準備のための会議を開いた場所という意味か?

  • 大池からおけはざま山を望む。<br />右手の森は「長福寺」方面。

    大池からおけはざま山を望む。
    右手の森は「長福寺」方面。

  • 桶狭間古戦場保存会の鶴田さん。<br />ありがとうございました。<br />本日がガイドのデビューだそうで、緊張されましたね。<br />お疲れ様です。

    桶狭間古戦場保存会の鶴田さん。
    ありがとうございました。
    本日がガイドのデビューだそうで、緊張されましたね。
    お疲れ様です。

  • 名古屋市緑区と豊明市の桶狭間古戦場が両方同時に表示されているので分かりやすい地図です。<br />行政地域が2つに分かれているが、この辺一帯が戦場であったろう。<br />狭間(はざま)は谷を意味するのであるが、この地はぬかるみ足をとられるような深田があり草が生い茂るような、戦するには、難所である。

    名古屋市緑区と豊明市の桶狭間古戦場が両方同時に表示されているので分かりやすい地図です。
    行政地域が2つに分かれているが、この辺一帯が戦場であったろう。
    狭間(はざま)は谷を意味するのであるが、この地はぬかるみ足をとられるような深田があり草が生い茂るような、戦するには、難所である。

  • 上図の説明です。

    上図の説明です。

  • 次は、豊明ですが、腹ごしらえに、有松に寄る。<br />元絞り屋さんを改装した、うどん屋さん。

    次は、豊明ですが、腹ごしらえに、有松に寄る。
    元絞り屋さんを改装した、うどん屋さん。

  • 東海道五十三次の鳴海。

    東海道五十三次の鳴海。

  • ちょうどこの辺りか?

    ちょうどこの辺りか?

  • 豊明の桶狭間古戦場。<br />国の史跡指定を受けている。<br />地図上は伝説地となっている。

    豊明の桶狭間古戦場。
    国の史跡指定を受けている。
    地図上は伝説地となっている。

  • 年号表記が分かりやすい。

    年号表記が分かりやすい。

  • 史跡公園として、整備してある。

    史跡公園として、整備してある。

  • 東海道から見た、桶狭間。<br />当時から、観光名所になっていたのであろうか。<br />七石表も見て取れる。

    東海道から見た、桶狭間。
    当時から、観光名所になっていたのであろうか。
    七石表も見て取れる。

  • 「七石表」。<br />一号碑は義元戦死の場所。<br />1771年建立(戦後211年)。

    「七石表」。
    一号碑は義元戦死の場所。
    1771年建立(戦後211年)。

  • 義元の墓。

    義元の墓。

  • 明治9年建立。

    明治9年建立。

  • 「桶狭弔古碑」。<br />1809年建立(戦から249年後)。

    「桶狭弔古碑」。
    1809年建立(戦から249年後)。

  • 詳しくは、こちらに書かれています。

    詳しくは、こちらに書かれています。

  • 階段が「高徳院」の壁で終わっている。<br />昔はお寺を抜けて、東海道に戻る道筋になっていた。

    階段が「高徳院」の壁で終わっている。
    昔はお寺を抜けて、東海道に戻る道筋になっていた。

  • 高徳院。

    高徳院。

  • 境内に本陣跡がある。

    境内に本陣跡がある。

  • 和尚さんが、パソコンを駆使して解説してくれました。

    和尚さんが、パソコンを駆使して解説してくれました。

  • 壁は金ぴかです。

    壁は金ぴかです。

  • 松井宗信戦死の場所。<br />

    松井宗信戦死の場所。

  • 高徳院の墓地。<br />ここに、二号碑があります。<br /><br />450年以上も前の、歴史の現場に来て、その当時のことが偲ばれます。<br /><br />

    高徳院の墓地。
    ここに、二号碑があります。

    450年以上も前の、歴史の現場に来て、その当時のことが偲ばれます。

  • とよあけ桶狭間のガイドの皆さんありがとうございました。<br /><br />参考:桶狭間古戦場保存会作製パンフレット<br />   豊明市教育委員会作製パンフレット<br />   桶狭間古戦場プロジェクトチーム作製パンフレット

    とよあけ桶狭間のガイドの皆さんありがとうございました。

    参考:桶狭間古戦場保存会作製パンフレット
       豊明市教育委員会作製パンフレット
       桶狭間古戦場プロジェクトチーム作製パンフレット

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