1992/03/20 - 1992/04/02
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スノーマンさん
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黄山に登るため、大学1年生の春休みに中国を回った。今は上海に駐在しているが、その当時に自分が中国に住むとは夢にも思わなかった。
20年前と比べると中国は目覚ましい発達を遂げており、変わっていないのは文化遺産のみで、当時のSLや寝台車が今では時速300キロ以上で走る高速鉄道に変わっている。
懐かしい写真を記録のためにもアップしいておきたい。
(表紙の写真、1992年3月、黄鶴楼の上から見た揚子江)
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 船 タクシー 飛行機
- 航空会社
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
当時は中国はノンビザ入国できず、しかも取るのが大変だった(お金がかかったため)、香港経由で入国した。当時、香港行き航空券も安かったので、時間もあることだし、香港から広州、そして広州から武漢へ向かった。
当時はまだ、中国では大きな蒸気機関車が走っていた。貨物列車の多くをけん引していた。非常に見ごたえがあった。 -
広州駅で苦労して半日ならんでやっとチケットを購入した。
北京語も通じない。
筆談で苦労して買った思い出がある。
やっと寝台車に乗り込む。硬臥。B寝台か?
3段ベット。日本人は当時まだまだ珍しく、たくさんの中国人が集まってきた。
交差する、ディーゼル機関車の引く客車列車。 -
今もこのような機関車がけん引する「動車」が、鉄道長距離輸送の主力となっている。
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武漢の街並み。今は車だらけだけど、自転車が主力。
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知り合いのいる中国地質大学を尋ねた。
ジープで迎えに来てくれた。 -
黄鶴楼は今も昔も変わらない。ただ、中国人の服装は大きく変わった。まだ、人民服を着ている人が少しこの当時はいたが、今ではほとんど見られない・
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黄鶴楼。
当時も今の変わっていないと思う。 -
黄鶴楼の一番上から、揚子江方面。
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武漢のどこかの庭園。上海や蘇州ではない。
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揚子江の武漢港。ここから何日もかけてが芺湖市を目指す。揚子江には客船が走っていて、当時はにぎわっていた。今は、これが長距離バスに変わったようで、蚕棚のような寝台をつけた長距離バスがたくさん走っている。
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武漢の町を振り返る。揚子江を下る船。揚子江の色は茶色で、今も全く変わらない。
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揚子江をゆく客船の内部。ここで寝たら痒くなった。じめじめして不衛生だった。
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ウーフーの街並み。どこでも石炭を使っていて、朝晩の食事時はいつも石炭臭かった。
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港から駅に向かう途中。
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高山に向かう線路。単線だった。線路名は何線というかわからない。のどかで広大な田園地帯を抜け、山の中に入っていた。
僕の乗った客車(動車)はディーゼル機関車のけん引だったが、貨物列車は蒸気機関車が全盛だった。 -
おだやかな田園風景の中を、列車はゆったりと進んでいった。
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普通座席。どこもこんな感じで、必ずポットが置いてあった。
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貨物列車との行き違い。
単線だったので、ところどころ止まった。
本物の蒸気機関車の引く列車。日本のD52よりも大きかったと思う。 -
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三重連の貨物列車と、何回も行き違った。
貨物列車の主力は蒸気機関車だった。 -
客車はディーゼルがけん引していた。
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山の中に入っていく。たしか、丸々1日乗っていた気がする。
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単機で待機する、大型蒸気機関車。
もっと、真剣に蒸気機関車を追っておくべきだった。 -
中国は水がそのまま飲めないので、必ず石炭ボイラーがついており、そこからポットに水を汲んで飲み水にしていた。ミネラルウォーターなんか、この当時はどこにも売っていない。
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黄山の温泉区についた。
上ろうと思ったけど、大雨が続く。
当時は危険だと思ったこと、また時間切れでここで引き返した。 -
当時の黄山温泉区。
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当時の上海市内。長楽路×シャンヤンルー付近。
後ろには、できたばかりのオークラガーデンホテルが見える。
自転車とトロリーバスが主力だった。
当時、まさかこの25年後に、この近くの30階のオフィスで働くとは夢にも思わなかった。
(ジャーファー中心) -
建物は今も変わっていない、豫園の外側。
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黄浦江から広州行きの船に乗って香港に戻った。
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黄浦江のたぶん、楊樹浦路あたりから外灘方向を見ている。今とは大違い。浦東に東方テレビ塔もなく、ビルも全くない。
原っぱが広がっていた。 -
まだ黄浦江の中を進む船。
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揚子江が東シナ海に注ぎ込むところ。
比重の関係でくっきりと線になって見える。 -
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3泊4日の長い船旅だった。今は、浦東空港から広州まで飛行機で2時間。もうこの客船も廃止されている。
やることが無いので、本を読んでいるか、飲んでいるか、どちらかだった。 -
広州の港につくと、小さな船に乗り換えて岸に上がった。
4日間お世話になった客船。 -
19年前の香港、チュムサチュイ。
今ほどきらびやかではない。当然、今たくさんあるブランドショップもない。 -
ビクトリアピークから。
この当時でも、既に、香港は高い建物が多かった。
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