2010/09/10 - 2010/10/16
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こまちゃんさん
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一夜明けて、列車はまだ、何もない戈壁灘平原を走行しています。
終着駅喀什には、爺ぃが妹さんへ連絡して、9時に喀什駅まで迎えに来て呉れるようになったそうです。
その段取りで居ましたので、こま達は、この先発生する災難を知らないまま、阿克蘇に停車中の車内で、のんびり朝日を眺めたり、軽食を採って寛いでいました。
所が、停車して数十分経っても出発しません。何があったのか判らないまま、結果的に1時間以上経過しました。
さて、こま達は無事に喀什へ向かえるのでしょうか!?
中文訳:
接人是否能来?:出迎えは来られるのでしょうか?
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朝6時、後3時間有るけど、昨夜知り合った笑いおばちゃんと話していた爺ぃ。
で、加味を持ち出して、絵を描いて上げると言った途端、胸の辺りを押さえて薬を探し出しました。いつもの動悸かと思っていると、何だか様子が違うと言います。
そのまま一旦横にさせ、舌の下に薬を挟むように咥えて、動悸が治まるのを待ちましたが、やはりいつもと様子が違います。 -
笑いおばちゃんも笑ってられる情況じゃなくなって、慌てて列車員を呼びました。事態を案じた列車員(維吾爾小姐)は、列車長へ連絡。
やってきた列車長が、マイクで即座に、車内に医者が居ないか呼びかけました。 -
3人のお医者さんがやって来て、状態を見てくれましたが、爪もピンクで、顔色も戻ってきているので、爺ぃに色々状態を訊ねては感心していました。
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その、速効で服用した薬と、それを持ち歩いていたことと用法のタイミングなど、知識があったお陰でこれくらいで済んだんだと言います。
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いつもお医者さんと仲良くなって、色々教わっていたお陰で、何も知らずに受け身で居る一般人よりも生きるチャンスが増えていると言う事ですね。
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峠を越えたようなので、お医者さんの言うように、暫くベッドで横になっていることになりました。
別のお医者さんが来てくれましたが、既に見て貰ったにも係わらず、一通り検査してくれて、お薦めの薬などを教えてくれた上に、持っていたので戴いてしまいました。
こう言う時って、費用も何も掛からないようで、みんなサービスでした。 -
テレビで見た、航空機内の急患対応のように素早く的確で、何だか中国の見方が変わる瞬間でしたね。
案外、組織では出来なくても、「個人」では全く抵抗なく奉仕が出来るようです。
爺ぃを横にして落ち着いたので、爺ぃのカメラも持ちだして、2人分の写真を撮ってます。
戈壁灘道をばく進するバス。。。 -
こんな感じの場所を走っています。
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崑崙山脈の南の端ですね。
もう少し南下すれば、この山肌が七色に染まった山脈に出る筈なのですが、実は昨夜、喀什地区を襲った豪雨で、喀什手前の阿図什附近の鉄路が陥落し通行不能になったそうで、復興の目処が不明との連絡が入りました。情報はここまでで、待てば開通するのか、別の駅に入るのかなど、何ら連絡がない状態でした。 -
事故が判ったのは、朝方5時頃停車していた阿克蘇駅での事でしたが、その後何の知らせもなく、列車はスピードを殺しながらゆっくり走っていました。(途中で何度も停車したし・・・)
事態が判明したのは、出迎えの爺ぃの妹さんが喀什に着いた8時半頃でした。
我がK9786次列車は、その落盤事故で終点駅を「巴楚駅」に変更したので、その事を直ぐに連絡して、手間ですが、喀什から巴楚へ向かって貰うことにしました。
巴楚の位置:http://map.baidu.com/?newmap=1&ie=utf-8&s=s%26wd%3D%E5%B7%B4%E6%A5%9A%E5%8E%BF -
聞くと、莎車から直接巴楚へ向かえば、喀什へ行くのと変わりない距離だったそうです。
逆に、喀什から巴楚に向かう方が250kmほど逢って遠いんだそうです。
3時間は掛かるので、列車と車との競争みたいになっちゃいました。
でも、ここまで来たらもう慌てなくて良いので、車の方は既に200kmも走って来てくれているので、慌てず焦らずゆっくりと、安全に来て欲しいものです。 -
爺ぃの容体も、その出迎えの再調整の騒ぎと共に回復に向かっています。
気が休まった途端お腹が空いたそうなので、カップ麺を作って上げました。 -
こうなると、その「巴楚」が、期待している景色のある「阿図什」近郊までどのくらいの距離なのかが問題になってきます。
期待している「レインボー山脈」は、喀什を出て3,4時間の所ですから、今走っている「阿克蘇−巴楚」間で見られるのかどうかが判りません。「阿図什−巴楚」間だったらアウトです。
取り敢えず、景色を見落とさないように注意しています。
今車窓からは、戈壁平原から一新し、雅丹地貌(ヤルダン)様式の景色が見えてきました。 -
凸凹した地形が残る「雅丹地貌」。
ここら辺りは、まだ完全な状態ではありませんので、山脈のようになって繋がっています。 -
周辺の砂漠化が進めば、何時か浸食されて硬い部分が残って、軟らかい砂地に残された「雅丹地貌」になるのかも知れません。
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部分的には、将に魔鬼城、雅丹地貌ですね。
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結構遠くまで繋がっていますね。
朝霧に相俟って、神秘さを増しています。 -
繋がりは直ぐに切れて終わっているので、雅丹地貌になる確率は高そうです。
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線路を流してしまうような大雨があったなんてウソのように、空が割れて青空が見えてきました。
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そこに吸い込まれるように連なる低い戈壁山脈。
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進行方向がこんなにお天気になっていますね。
次第に、陥落事故があったなんて思えない感じに・・・ -
反対側も澄んで来ました。
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これ、防砂用の「あみあみ」です。
簡単そうに見えても、その効果は実証済みで、関係者の間では絶賛の仕掛けなんです。
葦や藁でこさえるだけなので、安上がりで簡単、しかもどんな防砂林より効果的なんだとか。
確か発明したおじさんは、国際特許を取ってました。 -
これは大きめのモノですね。
その後も色々形を変えて研究しているのかも知れません。 -
そうこうしているうち、12時前になって、漸く駅が近付いてきたようです。
結局、期待していた「レインボー山脈」には会えませんでした・・・残念!! -
12時34分。
突然変更になった「巴楚」駅に到着です。
本来は停まる予定じゃなかった小さな駅ですが、行けるところまでで一番最終の駅がここだそうです。
元気回復した爺ぃ。
でも、それもこれも、人の言うことを聞かずに、「しかたがないんじゃ」と言いながら、烏魯木齊で過度の作画をしたせいです。 -
車内で偶然であった旧友のご夫婦。
お孫さんを連れての帰省だそうです。 -
12号車両でお世話になった維吾爾小姐の列車員。
降りる時、11号出口の方が近いと言う事で、通路のドアを開けてくれました。
(中国列車では、駅に停まる度に各車両の連結部のドアをロックしてしまいます。全て治安がらみの問題からなので仕方がありません) -
駅の様子。
ただ真っ直ぐで単調な駅。 -
折角なので、その老友ご一家と記念撮影です。
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駅が短くて、郵便と貨物の車両が届いていませんね。
荷物やお便りも、ここから転送されるんでしょうか・・・?
かなり遅れそうな気がします。。。 -
車内で知り合った賑やかな連中と、そうでない連中を纏めて記念写真です。
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お疲れ様でした、乗務員のみなさん。
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そして、ありがとさんでした列車さん。
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病み上がりと言う事で、みんなが爺ぃの荷物を持ってくれていますね。
写真を撮ってるこまが、一番沢山提げたり掛けたりしているのは写っていません・・・(;灬; -
巴楚駅を出てきました。
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でもって、残りの距離分が返金されるというので、みんなが押しかけています。
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こま的にはもう要らないので、お迎えの人達が来たらサッサと出かけても良いのですが、北京組の小周が並んでくると言って向かっちゃいまして・・・
駅前広場には、結構水たまりがありますね。
乾燥砂漠の南疆には、殆ど似遣わない様子です。 -
まあ、そのお迎え組もまだ来ていませんから、並んで待ってても良い訳ですね。
笑いおばさんと、「后会有期(いつか会う機会があるよね)」を言い合っています。 -
しかしこの行列って、払い戻しを捌き切れるんかいな・・・?
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この子、まだまだ小さな子供ですけど、どことなく凛々しい!
将来は、維吾爾族を担ってくれそうな感じですね。
でも、決して道を間違えて、武器を持って動乱の先導を取るようなことはしないでね! -
駅前には、凄まじい数のバスが待ってくれていますね。
中鉄も中々やりますね!
ここで待ってても仕方がないので、ちょうど何か食べたいので、先ほど見えていたホテル手前の食堂で待つことにしましょう! -
でも、さっきから気になるのは、やたらと公安がウロウロしていること。何かあったのかな・・・?
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座って待っていますが、北京組の用事はまだ済みません。
列車の払い戻しが終わった人から、次々と回送するバスへ乗り込んでいます。喀什だけじゃなく、別の目的地へ向かうのもあるようですが、思いの外統制が取れていない感じで、余りはっきり判りません。 -
やたらと警官が居たので、ここの駅はこんなもんなのかと思っていたら、同じ列車に、近所の県委高官が乗っていたようです。
このオッサンです。 -
レストランでは、バスに乗る客が気が気でない様子。
滅多に来ない大人数の乗客ですからね。 -
でも、あれだけ並んでて減ってないので、良く見ると、バスもまだ空きだらけです。
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駅側の並びより、こっちの方から出るのかな?
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訊ねても乗らない人も居ると言う事は、行く先別があるのかも知れませんね。
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うう〜ん。
陳老師だけなので、北京組はまだ払い戻しから戻ってないようです。 -
あらら、、、マジであ〜んまり減ってませんね。
こちらもまだお迎えが来ませんが。 -
食堂の中が気ぜわしくなってきました。
特に人が多いと言う訳でもないのですが・・・ -
彼らの言葉は維吾爾語なので、爺ぃは、払い戻しの様子を見ると言って列の方へ行っちゃって不在なので、話が聞こえてもちんぷんかんぷんで、何の会話をしているか全然判りません。。。(@灬@;
店主が出てきて、「何とか客引きしろよ!」とでも言っているのでしょうか? -
店主のこの表情を見ていると、そんな気がします。
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「巴楚」駅の名前を、漢字と維吾爾語文字とのコラボでパチリ!
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おお、爺ぃが戻ってきました。
何とか解決したようですね。
このオヤジが出向けば、何でも直ぐに解決させてしまいます。
特に新疆では力を150%発揮!!(さっきまで重病人だったとは思えない・・・(^灬^;) -
バスは相変わらずウダウダやってて、出て行ったのは1,2台だけです。
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・・・などと言っている間に、爺ぃの妹さん発見!
手を振ってこちらに呼び寄せます。 -
北京組も解決したようですね。(爺ぃが頑張った)
でも、行き先は同じ莎車なのに、一緒に行かないのは何故?・・・おお、陳老師が、先に喀什に用事があるそうです。でも、事態が急変してて、このバスの段取りも危うい感じなのに、やっぱり一緒に言った方が良いと思ったのですが、爺ぃが「他們自己弄好我們不要管他們!」と言うので、まあ、それに従うしか有りません。
陳老師、臨機応変さが足りません。彼の能力では、今の新疆を快適に渡り歩くことは不可能なのに(40年前、莎車に一緒に居たのですが、彼は維吾爾語の会話は殆どダメ)。
こう思うと、やっぱ小周が可哀想・・・・・・
後で莎車で合流した時に聞いたのですが、このバスは曲者で、喀什までの回送ではなく、しっかり「有料」だったそうです。
中鉄、やっぱりアカンやん!!(>灬<;(褒めて損したっ!) -
この「小付(シャオフゥ)」と言う人が車を出してくれたそうです。
爺ぃの莎車時代の友人で、現在濟南に居る女性の息子さん。
仕事の関係から、彼本人だけが今、莎車に住んでいるそうです。
その女性と爺ぃは、昔(40年前)付き合っていたかも知れない関係の女性だそうです。(^灬^
でも、彼女は話しを遠回しにすることが多く、爺ぃが気付かず、別の人と付き合ってしまい、そこで流れてしまったそうです。
でも、今は昔の思い出で、普通に友人付き合いです。って。 -
では、我々だけで巴楚を出発しま〜す!
と言うことで、ここで北京組とはお別れし、暫くは別行動です。
なはは、空を見てみると、もうすっかり良いお天気ですね。
莎車までの道中は、「小付」の新型ホンダCR-Vで向かいます。
悪路があるので、日本車と言う事で何となく安心〜♪(でも、東風本田製)
・東風ホンダ:http://www.dongfeng-honda.com/center_crv.html
・日本ホンダ:http://www.honda.co.jp/manual/cr-v/2008/door/index.html
・日本ホンダ:http://www.honda.co.jp/CR-V/(2010年型CR-V専用ページ)
では、莎車までの道中は、次の旅行記でお届けします!
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