2010/06/19 - 2010/06/19
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frau.himmelさん
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リンツという街は、前にウィーンからザルツブルクに移動する際の列車や、カンマーグートからウィーンに抜けるツアーバスで何度かかすったことはありますが、まだ足を踏み入れたことはありません。
モーツアルトの交響曲「リンツ」で有名ですね。
追記:2011年1月1日
2011年ウィーンニューイヤー・コンサートの指揮者 フランツ・ヴェルザー・メスト氏もリンツ出身なんですね。
リンツという名前の華麗な響き…、行って見たいな〜♪
そんなミーハーな気持でやって来ました。
ところがこのリンツにはアドルフ・ヒトラーにまつわる重たい歴史があったのです。
ヒトラーはリンツ近郊のブラウナウ・アム・インで生まれました。
少年時代彼はリンツのレアルシューレ(実科学校、大学ではない)に入学します。
成績があまり良くなかった彼は卒業こそできませんでしたが、リンツは彼の第二の故郷となります。
1933年ドイツの指導者となった彼は、1938年にはオーストリアのドイツ併合にこぎつけます。
同年3月12日、中央広場の市庁舎のバルコニーで演説を行いました。
「我らが故郷の偉大なる英雄・ヒトラー」を熱狂的な大勢の市民が広場を埋め尽くしました。
彼は第二次世界大戦勝利後は、リンツの街を大がかり改造して理想都市を築く夢を持っていました。
ドイツ敗戦が殆ど決定的になったあのベルリンの総統の防空壕でも、この『理想都市リンツ』の模型を作らせて飽かずに眺めていたと言う事です。
この美しい街にそんな歴史があったのですね〜!
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
-
ペストリンク登山鉄道での観光を終えた私達は、一旦リンツ駅にやって来ました。
明日のチェスケ・ブディェヨヴィツェ行きの日帰り切符と、明後日のパッサウ行きの切符を購入するためです。
駅の係員によると、パッサウ行きは当日自販機で購入したほうがお安いそうです。 -
駅前の噴水。
夫とは駅で別れてこれから別行動です。 -
夫は工場見学を…。
リンツはドイツに近いこともあり、古くからの工業都市で鉄鋼業などの重工業が盛んでした。
現在もオーストリアの最大の工業都市です。 -
このフェストアルピーネという大きな製鉄所は見学することが可能です。
ガイドツアーで、広い敷地内にある高炉や博物館など見て回れるそうです。ちなみにドイツ語と英語のツアーがあります。
リンツ駅からは、旧市街と反対方向に路面電車2番でVoestalpineという駅で降ります。 -
私はリンツ一の繁華街、ランド通りの商店街にやって来ました。
リンツ観光案内所からのプレゼント100ユーロを持ってお買物。
大きなデパートやブランドもののお店も揃っており、何を買っていいか迷います。
結局エスプリでお嫁さんの夏物のブラウスと…。 -
ここスワロフスキーでネコ好きの幼友達H子ちゃんに、かわいいガラスのネコを購入、足りない分はカードで払いました。
その時、このお店に5〜6人の中国人客が来ていました。数人の店員は彼らが要求する品物を出したり入れたりで忙しそう。
しばらく待っていたけど、彼らは見るだけ見て、触るだけ触るものの買うような風でもなかったので、意を決して店員に声を掛けました。
「すみませ〜ん!」。
その場を逃れられた店員が、ほっとしたように私を見て首をすくめていました。
お金持ちの中国人観光客は増えたけどマナーはあまり良くないですね。 -
大通りを更にハウプトプラッツまで進みます。
マルクトも開かれており大勢の人で賑わっています。
1938年3月12日、英雄ヒトラーがここで演説した時、ヨーロッパで大きな広場の一つといわれるこのハウプト広場は熱狂的な人々と、赤いナチスの旗で溢れかえりました。
「ハイル・ヒトラー!」なんてやったんですね。 -
あら、三位一体柱の右に半分見えているブランデンブルク門みたいなもの(笑)昨夜はなかったようだったけど?
一晩で造り上げたのかしら?
その奥にある二つの青い塔は旧大聖堂 -
再び旧市街の方へ。
この家を写真に撮っている人がいたので私も真似をしてパチリ!
1595年に建てられた家で、現在は文化財保護の家になっているとか。 -
ファサードの、両手を広げてドラゴンの上に乗っかっている人物、天使の羽根を持つ人物は『聖ゲオルグ』です。
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この角の家も重厚なつくりです。歴史がありそう…。
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オーストリアの歴史的建造物のしるし、紅白の二本の旗…。
前はHandelsakademieという学校だったとか。
音楽家のアントン・ブルックナーや詩人のリルケもここで学んだということです。
ヒトラーが学んだ学校って、ここではないのね。 -
更に歩を進めるとリンツ城に登る階段があります。
ここに博物館があります。
わー、急階段ですね!
階段の左手登り口になにやら模様が…。 -
写真がぼーっとしていて見えるかどうか分かりませんが、実はこれも『聖ゲオルグ』の像なんです。
よく見るとドラゴンを退治しています。 -
リンツ城の正門。
上部のシュロスワッペンが歴史あるお城ということを現しています。 -
リンツ城から眺めたドナウ川。
山の左手頂上に先程行ったペストリンク山の教会が見えます。 -
こちらは新市庁舎。
ドナウ川大きいですね。
河畔からドナウ川遊覧船も出ています。 -
城博物館編は別編でご紹介します。
なにしろ博物館に入ってしまったら、時間が経つのをすっかり忘れてしまう性質なので、写真も多くて…(泣)。
さて、下に降りましょう。 -
道路わきの花壇には一面のフリージアの花。
フリージアって日本では早春の花ではなかったかしら?
今は6月下旬、ヨーロッパでは遅いのね。 -
坂を下りるとひときわ立派な建物が現れます。
州立劇場です。1697年に建てられました。 -
「マダム・バタフライ 蝶々夫人」ののぼりが立っていますね。
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プロムナーデと呼ばれるリンツの散歩道を歩きます。
途中の公園にあったモニュメント、『ヘッセン・デンクマル』と呼ばれる記念碑です。 -
足元には「鉄かぶと」が飾られていますので、いろんな街で見てきた戦没者慰霊塔なんでしょうね。
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プロムナーデの角の家には、歴史的建造物の旗が…。
Danmiller Haus 1626年建造。
第二次世界大戦で爆撃を受けたので1953年に修復された。
文化財保護の家 -
州庁舎。地方議会や州政府の本部。
16世紀後半に建てられた美しいルネッサンス様式の建物。
かつてリンツ大学として利用されたころ、天文学者ヨハネス・ケプラーが講義をしました。
また、惑星の軌道が楕円であることを発表した場所でもあるそうです。 -
州庁舎入口門の威厳ある紋章。
中庭にはケプラーの偉業を称える「惑星の泉」という噴水があったそうです。
中に入らなくて残念でした。 -
プロムナーデを更に進むとすごく立派な銅像が見えてきます。
この方はリンツ出身の作家で、アダールベルト・シュティフターさん。
像の前に飾ってある黄色の花輪がとても目立ちます。 -
銀行の建物です。
入口の紋章といい、屋根の上の女神像といいとても素晴らしい。 -
再びランド通りに出ました。
この通りにはいくつもの教会があります。
これはウルスリネン教会 -
教会の入口
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ウルスリネン教会の聖人の彫像
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教会の内部
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もう少し先に行くとカルメン会の教会があります。
聖ヨセフを祀る教会で、1690−1710年建造されました。 -
カルメン会入口の紋章
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通りにあったとても手の込んだ細工の素晴らしい看板
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通りのおしゃれなディスプレイ
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さすが音楽の街リンツ、ミニチュア楽器が飾ってあるショーウィンドウ、素敵です。
みんな買い占めたくなってしまいます。 -
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再び横道に入ります。
ビショッフスホフ(司教の館)。
クレムスの大聖堂に倣って1721−1726年に建てられた。
現在でも司教様が住んでいらっしゃいます。 -
新大聖堂の高い尖塔が見えてきました。
この塔はオーストリアでシュテファン寺院に次ぎ2番目に高い塔です。
当初は1番高い塔を予定していたが、ウィーン市からの激しい反対にあって低くしたとのことです。 -
入口です。
新ゴシック様式の大聖堂は1924年に完成しました。
比較的新しいんですね。 -
壁の聖人たち
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内部は20000人が収容できるとか、その点ではオーストリア一番の大きな大聖堂です。
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色彩豊かなステンドグラス。
ここのステンドグラスは「リンツの窓」と呼ばれ有名です。 -
リンツの歴史が描かれているそうですが、私にはどなたがケプラーで、どなたがブルックナーか判りません。
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さすがに内部は天井が高いです。
教会内部をツアーガイドで回っている方が大勢いました。
私のように個人で見ているのは小数でした。 -
パイプオルガン
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教会の内部
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新大聖堂を後にします。
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新大聖堂の向かい側にはまたしても素敵な教会が…。気になります。
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だって、入口にはオーストリアの歴史的建造物のマークがあるんですもの…。
かわいいバラの紋章も素敵です。
字を拡大して調べてみました。
Kirche der Barmherzigen Brueder…。
慈悲の友会修道院って訳するのでしょうか?
どうも病院らしいです。 -
バラの花がきれいに咲いていました。
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その近くにも重厚な建物があります。
学校のようですが、これがヒトラーがいた学校なのかしら?
入口には「Bundeshandelsschule」とあります。
なんとなく実技学校って感じがしませんか?
違うだろうな…。 -
そんなことを考えながら歩いているうちにランド通りにある「モーツアルト交差点」という停留所に出ました。
そういえばモーツアルトの形跡はとうとう見つけることはできませんでした。 -
そこから路面電車に乗って川向こうにやって来ました。
ヒトラーが名づけた「ニーベルンゲン橋」を振り返ります。 -
新しい建物は、新市庁舎です。
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そのまま路面電車に乗ってホテルまで帰ってきました。
今回の「ホテル・イビス」の隣にはリンツで一番の高層建築「ヴィッセンストゥルム」があります。
学校や図書館が入っているそうです。
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この旅行記へのコメント (2)
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- 哈桑湖さん 2011/01/28 00:29:04
- ウクライナのリヴォフと似ています。
- ご訪問、有難うございます。ヴィースバーデン、聞いたことはありましたが、バーデンバーデンに勝るとも劣らない町だと、初めてしりました。
あと、リンツの町ですが、西ウクライナのリヴォフと、そっくりです。かつて西ウクライナは、ポーランド分割で、ハプスブルク家の支配するオーストリア帝国になりました。それゆえ、町並みは、ウクライナのキエフとは、まるで違います。ただ、ウクライナは、経済がイマイチなので、町の建物は、窓枠が壊れていたり、レンガが欠けていたりしますが、またそれが素晴らしいのですが。磨かれざる珠が、リヴォフでしょうか。
リンツが、こんなに綺麗な町だとは、びっくりです。
あのサウンド・オブ・ミュージックというオーストリアを舞台にした映画ですが、オーストリアでは、評判はイマイチです。オーストリアが、ナチスに染まっていく場面が、不人気です。
オーストリア東部は、スラブ系の姓が多いと聞いたことがあります。ムッソリーニを救出して有名になったオットー・スコルツェニーも、オーストリア人ですが、姓はスラブ系です。アドルフ・アイヒマンの奥さんは、チェコ人です。あと、メッサーシュミットのエース・パイロットのヴァルター・ノヴォトニーの姓は、チェコ人の姓です。スラブ民族を蔑視するヒトラーを、オーストリア人が、支持したのが不思議です。
でも、ベルサイユ条約が、過酷過ぎたかも知れませんが。
ロシアの中の、民族名をいただいた共和国を旅して分かったのは、異民族どうしでも、一緒に生活していると、必ず民族間の通婚があるなと思いました。
ナチスの台頭も、国民の失業と、貧困が原因でした。
モスクワのガイドも、チェチェンのテロも、一番の原因は、若者の失業と貧困だと。
民族間の憎悪を煽るのは、いつも政治家ですね。自分たちにとくするように。石垣沖の無人島の事で、日本人は悪者にされていますが。
- frau.himmelさん からの返信 2011/01/30 12:47:08
- RE: ウクライナのリヴォフと似ています。
- 浦潮斯徳様 こんにちは!
リンツに似ているとおっしゃった「リヴォフ」と言う所をネットで探してみました。
まずは浦潮斯徳様の旅行記の中にそこの記述があるかな…と思って…、探し出せませんでしたのでネットで。
ウクライナの首都なんですね。そして歴史に翻弄された街で、いろんな国の領地になり、歴史地区は世界遺産にも指定されているとか。
その中でもオーストリア領時代の影響を最も受けているのでしょうか、教会が多くて、中世の建物が残る街並みは、本当に浦潮斯徳様がおっしゃるようにリンツに似ていますね。
リンツは本当にきれいな街でした。もう一度訪れる機会があれば、ヒトラーの生まれ故郷にも足を伸ばしてみようかなと思います。
サウンド・オブ・ミュージックの舞台となったオーストリアなのに、あまり地元では歓迎されていないとは…、分かるような気がします。
あの物語は、ナチに抵抗して命からがらスイスに亡命した話でしたね。
あのころ、国を挙げてナチズムに染まっていたはずなんでしょうけど、今となってはそういう負の遺産を公にしたくないでしょうから。
またいろいろと教えてください。
浦潮斯徳様の旅行記、楽しいです。
himmel
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