1990/04/09 - 1990/04/15
38位(同エリア205件中)
がおちんさん
映画『五朶金花』の舞台として有名な大理・三月街の祭りにやって来ました。
陰暦の3月、古来より大理では大交易会が行われてきたそうで、各地より集った少数民族がテントを張って商う様子を見ることが出来ます。
また、祭りの期間中は乗馬大会、舞踏団による踊りや演奏も行われ、大理はとても賑やかでした。
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1990年4月9日(月)
三月街を見るため、数日前に大理へ到着。
回族の友人宅に世話になっていた。 -
友人宅の水牛。
野良の仕事が終わると、ちゃんと自分で家まで帰る。
家畜も大事な家族の一員だ。 -
赤ん坊の水牛も同行。
可愛いなあ。 -
世話になったYさん一家。
大理に来る時はいつも寄らせてもらう。 -
1990年4月10日(火)
今日は祭りの日。
古城に行くと少数民族のパレードが行われていた。
写真は大理州の苗族。 -
同じく、永平の回族が歩いてきた。
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初めて見る民族衣装だ。
顔つきがなんとなくエキゾチック。
遠い昔、祖先がペルシャからやって来たらしいけど、
頷ける話だな。 -
パレードの一団は図書館前の広場に移動。
そこでイベントが始まった。
まずは苗族が登場。 -
大きな帽子だ。
彼女は歌も披露した。 -
踊りはステップを踏むだけのシンプルなものだ。
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大きな蘆笙を吹きながら踊る男性。
観衆もその華麗な姿に見とれる。 -
ちょっと帽子が重たそうだった。
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続いて回族が登場。
長いベールを垂らし、スカートにブーツ姿。
どことなく新疆の香りがした。 -
宗教的な理由からか、
回族の演舞には音楽や歌が一切無かった。
スティックの音だけの、静かな踊り。 -
しなやかな演舞が続く。
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こちらは彝族のダイナミックな踊り。
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皆、この日のために練習を重ねてきたんだろうな。
目の前で一生懸命踊る姿に、ちょっと感動した。 -
1990年4月11日(水)
蒼山の麓では歌舞団による催し物があるという。
早速そちらへ向かうことにした。
写真は洋人街から見た蒼山。 -
前から涼山彝族の女性が歩いてきた。
お祭りだからか、とても嬉しそうだった。
ところがこの日、チベタンカフェにいた日本人が、道を歩いていた涼山彝族女性から石を投げられそうになるという事件があった。
彼は「挨拶しただけ」だそうだが、彼女からすれば許せないほど失礼な行為だったのだろう。 -
こちらは地元ペー族の3人組。
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巍山(ウェイシャン)から来た彝族。
おニューの麦わら帽子を、お揃いでキメタ。 -
巍山彝族は背中に魔よけの腰当てをしている。
後ろからやってくる魔物を退散させる目である。 -
仲良く歩く涼山彝族。
祭りの期間中は、いろいろな少数民族の姿を目にする。 -
チベット族の姿も多く見られた。
昭和20年に雲南を訪れた飯山達雄氏の写真集には、
ラサや玉樹などから3〜5ヶ月かけて大理に来たチベット人の隊商が写っている。
そして大理は今でも、彼らにとって交易の重要な地なのだろう。 -
あれ、石林のサニ族も来ているようだ。(右端)
昆明のチェンマネで知っている人だった。 -
開演まであまり時間が無いので、馬車に乗って会場へ向かう。
サニ族の娘さん達7人も同行することになった。 -
大理の代表団による哨吶(スオナ)の演奏が始まった。
凄い音量だ。
耳が痛くなりそう。
☆そのときの録音
http://www.voiceblog.jp/gaochin/1260029.html -
哨吶演奏の第一人者、張亮山。
『大理郷音』という音楽テープでは聴いていたが、生で観るのは初めて。
ワクワクしながらその演奏を堪能した。 -
続いてペー族の踊りが始まった。
スティックを使った、ダイナミックな演舞だ。 -
あ、この人は昨年、昆明の少数民族運動会に来ていた人だ。
今日はホームグラウンドなので、余裕満々の様子。 -
今度は巍山の歌舞団による彝族の踊り。
三弦を抱えた男性が飛び跳ねる。 -
キュートな彝族の歌手。
漢族には無い、はにかんだ表情が素敵だった。 -
ステージ狭しと(狭いけど)踊る彝族。
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観光用の見世物ではないところがポイント。
演者の気合の入り方も違う。 -
観客も地元の農民がほとんど。
当時は中国人の旅行者は皆無に近かったし、
見世物で金を徴収されるようなことはなかった。
良い時代だった。 -
彝族のマントがひらめく。
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それを食い入るように見つめる、巍山彝族の少女。
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大理自治州の歌舞団による演舞も披露された。
こちらは生え抜きによるプロの踊りだ。 -
何度も衣装を換えて登場する。
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今日の催しのハイライトだ。
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趣向を変えた踊りが続く。
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団員さん、何度も着替えて大変だろう。
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さすが自治州の歌舞団だけあって美人ぞろい。
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リアル金花と思えるような美しい表情。
今日は少数民族の歌や踊りを満喫できた。 -
同行したサニ族たちも大満足。
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せっかくなので、蒼山をバックに記念撮影。
誰が教えたのか、この娘達はリゲインのCMソングを完唱した。
大理の麓に「ジャパニーズ・ビジネスマ−ン」と歌声が響いた。 -
その晩、大理古城の映画館に『五朶金花』を観に行く。
毎年、三月街の時には必ず上映されるそうだ。
金花役の楊麗坤は、その後『阿詩瑪』に出たことで文革時に迫害を受け、精神を病んでしまったという悲劇の女優だ。 -
1990年4月12日(木)〜15日(日)
三月街の通りは人でごった返す。
賑やかだが、スリも紛れ込んでいるので注意が必要。
「金をすられた」と大声で泣いている女性も見かけた。 -
通りの両側には商いのテントが並ぶ。
掘り出し物はあるかな? -
毛布を仕入れたペー族の夫婦。
三月街では保存食品からテレビまで、何でも手に入る。 -
路上でとんぼ返りをする幼い子がいた。
生きるために、必死に芸をしている。
公安が来ると、彼らは慌てて逃げ出した。 -
冬虫夏草や薬草を売るチベット族。
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中央にあるのは、ヤクのバター。
衝動的に買ってしまった。
レストランに持っていって、ステーキやトーストを食べる際に使ってもらった。予想以上に美味しくなった。 -
きれいに着飾った、巍山彝族の女性がいた。
魔よけの目玉が目立つ。 -
ぐずる赤ちゃんをあやす、若いお母さん。
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こちらは鶴慶から来たペー族親子。
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山のすぐ麓では、牛市・馬市も開かれていた。
残念ながらスライドが見つからないが、乗馬大会も何枚か撮った。
チベット族の乗馬技術が高く、他の少数民族を圧倒していた。
地元ペー族の中には馬が走らず、観衆から笑われている人もいた。 -
ますます賑わう、三月街。
これだけの混雑の中、なぜかトラックが走っているのが中国らしい。 -
楽しかった三月街も終わり、昆明に帰る日が来た。
最後に、大理のシンボルである三塔へ行ってみた。 -
ここでも目が行くのは少数民族の姿。
使い込まれた背当ては彝族だろうか。 -
大理の大通りに、墓石に故人の肖像画を書く店があった。
その店の壁に、大理石に書かれた金花が飾ってあるのを見つけた。
売り物ではなかったが、店の主人が「もう歳だからいい」と譲ってくれた。
その絵には1962年と記してある。「じゃあ、文革の時はどうしたんですか?」と聞くと、主人はニッコリしながら「大切に隠していたよ」と答えた。
素晴らしい大理みやげとなった
昆明市街探訪記:前編〜雲南をゆく1990 (4)に続く
http://4travel.jp/travelogue/10520882
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