2010/08/03 - 2010/08/07
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KazuhiroTさん
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あこがれのモンゴル高原へ急にお誘いが掛かった。
勤務を調整して,とにかく出かける。
どこまでも続く草原,満点の夜空。
聞きなれた言葉そのままを堪能した旅であった。
ウランバートルから少し奥へ離れると悪路が続く。
三菱の4WDパジェロが,海外では良く売れている理由が納得できた。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 1.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- ミアットモンゴル航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 近畿日本ツーリスト
-
朝青龍が買い取ったモンゴル相撲の国技館。
首都ウランバートルの中心付近。
めずらしく雨。
街を歩く若者の服装は,日本と変わらない。
モンゴル人は,ファッションにはけっこう気を使うらしい。 -
ウランバートルの北方,ソゴートのツーリストキャンプ。
このゲルの奥から3つ目に泊まる。
モンゴル語でゲル,中国語では包(パオ)。
深夜に眺めた夜空の雄大さと満点の星の輝きは忘れられない。
デジカメではうまく撮れず,ここに掲載できないのが残念。 -
ゲルの入り口は,北からの寒風を避けるため,必ず南に向ける。
ツーリスト用のゲルなので,土台はコンクリートで固めてある。 -
ゲルの内部。4人用。
2人用や3人用もある。
向かって左側が女性用スペース。
奥は来客用。食事もここでする。
中央に鉄製ストーブ,夜間の必需品。 -
モンゴル族の伝説の始祖は,蒼い狼。
-
ゲル内部から見た天窓。
この窓を開閉して,明かりを調整する。 -
日中は最高気温24度くらいだが,夜は10度以下になり,
夜間は,薪ストーブを焚き続けないと,凍えて目が覚める派目になる。
実際,2・3度,夜中に火を熾して薪をくべる羽目になった... -
翌日は,ウランバートルの南方,ホスタイ国立公園へ。
写真は公園のゲート。
右手に観光客用のゲルが多数並んでおり,2泊目は,ここに泊まる。
マイクロバスで公園に入る。
バスの後部座席に座ると,お尻からジャンプを繰り返す悪路が続く。 -
ホスタイ国立公園内の草原で植物観察。
付近は,野生のモンゴル馬タヒの生息地として知られている。
絶滅しかかったタヒを動物園から戻して増やした。
夕方,水を飲みに来た群れに遭遇。 -
ウスユキソウ(エーデルワイス)の仲間もいっぱい。。
-
近くにはウメバチソウの大群落があった。
-
え〜と、なんだっけ。
-
これは、紙に書いてあるとおりオヘビイチゴです。
日本の草っぱらにもざらにあります。 -
トウヒレンの仲間に,モンゴルのムシ。
ヒトと違って,お尻に「蒙古斑」は付いていない。 -
ホスタイ国立公園案内板。
-
公園からの帰途に見かけた冬季幕営地の一つ。
冬は高原には雪が降り,マイナス40度近くになるという。
この山際にゲルを張り,せめてもの寒風を凌ぐらしい。 -
ひろびろとした高原でトイレ休憩。
(女性はあっち,男性はこっち。草原の快適天然トイレ!?)
オボーも見える。
反時計回りに3回回って旅の無事を祈る。
数時間走っても,ゆったりうねる草原ばかり。
食事をしようにもドライブインなぞは皆目見当たらない。
結局,次の町にたどり着くまで昼食はお預け。
午後3時半になって,やっとありつけた。 -
草原を行く縦に3本の電線。
平原なので,日本のような鉄塔は不要。
下方はコンクリート製。
木にすると雪解け水で腐るのでとガイドは言う。
もし大草原で道に迷ったら,この電線を探し,どちらかへたどれば街がある。
われわれには,どこまでも同じように大きくうねる草原が続く。 -
どこまでもこのような大地がつづく。
まれにゲルを見かける。
その庭に当たるところに衛星放送受信用の
パラボラアンテナが地面に置いてある。
電波をさえぎるビルも無いので,高い屋根などに設置する必要がない。
また赤道上の通信衛星に向けて,アンテナがかなり下向きなのにも気づく。 -
もちろんモンゴル人が大切にする五獣(馬,牛,羊,ヤギ,駱駝)も
時おり見かける。 -
幹線から外れ,キャンプに向けて悪路を行くバス。
運転手は,たくみに右に左に凸凹を避けて走るが,
ついに避けきれず座礁。
全員下車して押す。 -
モンゴル麺の昼食。ゴリルタイ・シェル(肉うどん)か。
羊肉ばかり出るのかと心配した食事も,どうにか大丈夫だった。
野菜もけっこう出た。
放牧のための大地を耕すことを嫌ったモンゴル人だが,
現代ではそうとばかりは言えなくなった。
しかし,多くの野菜や果物は,
中国やロシア,韓国などからの輸入品。 -
ウランバートルに帰って,劇場で,馬頭琴の演奏やモンゴル民謡の鑑賞。
-
少女によるボディーワーク。
あまりにやわらかすぎる関節に,だまって見つめるのみ。
モンゴル・サーカスは各国で公演し,
人気があって,しっかり外貨も稼いでいる。 -
司馬遼太郎も登ったというザイサン丘から見たウランバートル市内。
煙突は,石炭を焚く火力発電所。
温室効果への悪影響が問題になっている。
全人口270万のうち100万人ほどが首都に住む。
ハラホリン(カラコルム)など他の都市にも住むので,
草原にはほとんど人がいないわけである。 -
丘の上のモンゴルとソ連の戦士を称える記念物。
日本軍のノモンハン侵入をレーニンが大部隊を送って断固撃退した。
日本は,ソ連軍の機械化戦車部隊の前に大敗したが,
当時の陸軍はひた隠しに隠した。
ロシアとモンゴルの友好関係の始まり。 -
日本企業が,モンゴルでも頑張っている。
街には,ロシア,中国,韓国の製品が目立つ。
しかし,車は,日本製の中古車がいっぱい走っている。
ところが,タイヤは見事につるつる。
磨り減るまで経済的に使っている。 -
ガンダン寺の境内で憩う家族連れ。
鳩がいっぱい。えさも売っている。
どの売り子もなぜか口を揃えて「私が描いた」という
草原やモンゴル馬の絵を売りに来る。
3枚で千円などと言っている。 -
チベット仏教のガンダン・テグチンレン寺入り口。
1838年,第5代の活仏ボグドハーンが建立。
祈りの言葉は「オンマニバドマフン」(観音菩薩の真言)。
日本の「南無阿弥陀仏」のように,モンゴル人で知らぬものはないという。
極左政権時は一時廃れていたが,1940年代に再興される。 -
1921年のモンゴル革命の英雄スフバートル像。
周囲には,14頭の獅子が鎖で結ばれている。
街の中心のスフバートル広場にある。 -
モンゴルは,1992年に社会主義を放棄した。
スフバートル広場北側に,新しく政府宮殿が建てられ,
民主化後,復活したチンギスハーンが,
2人の将軍を左右に従えて台座の上に座っている。 -
街角のキオスク。
-
宿泊したフラワーホテルの窓から。
このホテルは,市の西方,住宅街の一角にある。
経営は日本資本。
ビジネスホテル並と思えば,不満がないであろう。 -
街の一角。市内への入り口あたり。
にぎやかな中心街からちょっと走るとこのような感じになる。 -
ウランバートル郊外。市街と草原の境めあたり。
少し郊外に出ると,幹線を除いて,このような悪路が続く。
市の中心部の立派な舗装道路は日本のODAで作った。 -
バザールで買ったお土産のチョコレート。
おいしくて安くてお買い得だった。
包みの子どもも愛らしい。 -
帰国時の機上から。
ウランバートルから直接岡山空港へ向かう。
今回はチャーター便を利用した。
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