2009/09/21 - 2009/09/21
787位(同エリア849件中)
あざみさん
高齢の知人の幼少期の思い出話でよく出てくる神社を見に行った。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車
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朝から快晴。
大阪府泉佐野市長滝にある蟻通神社に行くことにした。
御年95歳の知人の昔話によく出てくる神社。
「戦争中にお墓を潰して訓練場にされた」と言う。
シルバーウィークのため高速道路は若干混んでる。
途中で高速道路を下りて、一般道路を走ったけど、カーナビのお陰で迷うことなく目的地に到着。 -
鳥居と参道。
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参道を突き抜けると正面に能舞台が見える。
神殿はその真後ろ。 -
神殿。残念ながら工事中でご神体は見えなかった。
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由緒
祭神 大国主命 開化天皇の紀元93年に創祀さる 稲作りが始まり米が貴重な食物で五穀豊穣長寿の神として祭られた 5世紀に朝鮮新羅より優秀な技術集団が渡来し今日の条理制農地を造り国土開発の神として崇めらる 平安時代摂政藤原道長の領地となる 紀貫之が京都へ上る途中馬が急に病み
かきくもりあやめも知らぬ大空に
ありとほしをば思ふべしやは
と歌を奉ると馬の病がなおった 世阿弥がこの歌をもとに謡曲蟻通を作り和歌謡曲の神として崇拝された 清少納言は枕草子で七曲りの法螺貝に赤糸を通せとの難問を父の教によって解決し智恵と親孝行の神として崇拝された 熊野信仰が盛んになり上皇貴族が行列をして神社前を通り蟻の熊野詣と呼ばれた 戦国時代根来寺の領地となり日根郡の中心神社となる
豊臣秀吉の根来寺攻で焼失す 万治3年岸和田藩主岡部宣勝が社殿能舞台宗福院を造営す 昭和16年境内が飛行場となり現地に移転す -
鳥居をくぐってすぐ右奥に冠の渕あった。
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昭和16年の移転の際、渕は埋められたそうで、今は庭池のようだ。
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参道の右側には佛足石があった。
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左側には道標。
熊野詣の通り道であった所以だろう。 -
神殿の右側には石の祠があった。
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裏の鳥居。
さて、知人の話では、うっそうと繁った森の中に、蛇を祭った神社があり、傍には三ツ池があり、通るのが怖かったとのことだった。
実際は、戦争中、昭和16年に陸軍明野飛行学校佐野分校建設のため、田畑、溜池、宅地用地の強制買収、神社、墓地、民家の強制移転が始まった。周辺の溜池の親池であった四ツ池も埋め立てられたそうだ。
なるほど、知人の話は少し記憶違いのこともあるけど、おおむねあっている。
でも、今はうっそうとした森はなく、近隣の大きな邸宅に負けてしまうくらいひっそりと蟻通神社はあった。
今日は、工事中の連休中のためか、神社内はひっそりと、社務所も閉まっていて残念だった。
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