1978/11/22 - 1978/11/25
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アンタライさん
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8日間程の、デリーの滞在中に、自分なりに大体のインドが理解出来た。
市内観光、パンダが居なかった動物園、従業員の沢山出て来るサーカス、観客の拍手喝采と喜怒哀楽の表情の方が気になる映画、こじき、バクシーシ、力車、ミゼット、情報で知っていた詐欺師(現実にヤミ両替で、マジックの様な中抜きの手口で時計と$40騙される)、カレー、中華レストラン、サモサ、ダイコン、ミルクティ、バナナシェイク、CAMPAコーラ、NOVAコーラ、良く活動していた日本情報センター、etc・・・etc・・・。
ちょっとダラケテ来たので、そりゃ〜、 移動だ!!
デリーからピンクシティのジャイプール観光へ。
2泊後、列車でアグラへ。
タージマハール見学と、近くに、JALMAと言う日本人が建てたライ病の病院を創り、献身的に医療貢献された、Dr.宮崎の銅像と墓を見て、話も聞いてくる。
タージの青空に映える、眩しいような美しさにも勝る、立派なJALMAの病院建物を見て、日本人の偉業に感激する!!
JALMAからホテルの近くまでは、農作業帰りのおじいさんと孫の男の子に、わらを荷台に積んだ、牛車の後ろに乗せて貰い、麦畑が純茜色に染まる夕日の中を、の〜んびり、揺られながら、帰って来たっけ!!
アグラの観光終了。 はい、また、次に移動!! 次はカジュラホだ!!
アグラで、部屋が一緒のHoriMさんが加わり、KawaMさんとの3人の旅となる。
このHoriMさんも、ベラナシで別れた後、カトマンズ、バンコクと再会する、気の会う一人となる。
カジュラホに向かったのが、 1978年11月22日だった。
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チャタプールの町 毎日通った食堂の少年。
Agraから列車でJhansiへ。 車窓からの眺めも山あり、城跡ありと楽しめた。
Tongaの大きなバスターミナルで沢山のバスの中で、何人もの人にカジュラホ行きバスを聞いた所、もう、ないらしく、近くのChatapur乗り換えらしい。
チャタプール行きバスを見つけ、カジュラホまで後40kmのチャタプールの町へ夜遅く到着する。
1人4RP(1RP−約30円)のホテルに泊まる。
ホテルのボーイに、翌日はカジュラホ観光だから、バスの便数が少ないので、翌朝は必ず、早く起こす様にゆっくり、しっかり説明し、なおかつ、釘を刺しておく。
しかし、前夜は遅くまで、遊んでしまう。
律儀なボーイが何度も何度も、起こしに来るが、最後は「うるせ〜!!」で昼の1時まで寝ていた。
結局、カジュラホ観光は翌日にし、このチャタプールの町で、洗濯したり、1日のんびり過ごす事にする。
特に観光ポイントもない町だが、その普通の、観光化されていない素朴な町だからこそ、面白い!!
食事は安いし、日本人も珍しいのか、皆、親切である。
大道芸を見たり、お茶を飲みながら、何も考えずに町と人々を見て、ゆっくりしていると、気持ちも、、のんびりとリラックスしてしまう。
昨日の列車で目にゴミ入り、汚れた手で擦ったのが悪かった様で、目が充血して、腫れて目ヤニが沢山出ていた。
この町の赤ひげ先生のような立場の、インド人医者に無料で診て貰い、薬まで貰う。
結局良くならず、翌夜に、クリスチャン・ホスピタルでイギリス人医師に診察して貰い、また、無料で抗生物質の注射を打ってもらい、薬も貰った。
チャタプールの2人の医者に世話になり、特にこの町が印象に残った。
私の旅は、観光地を巡ると言う、行動の中で、見知らぬ文化、生活、習慣を肌で、じかに感じる事と、
自分の今後の生き方に、色々な影響を与えてくれる方々と出会う、人との出会いの旅でもある。
人に親切にされると、特に印象に残るんだよね〜!! -
カジュラホ西部地区 カンダリア・マハーデーヴァ寺院
このカジュラホの遺跡で、日本語の上手〜い18〜9歳位のインド人青年と言うより、インド人野郎と会う。
『アショカとの旅』という日本語で書かれた本を片手に抱えて、「僕はこの本に出てくる、アショカです。」って、普通に流暢な日本語で話しかけてきた。
この時は本当かどうかより、遠くの女性観光客を見ながら、「あれ、いい女だね〜!!」とか、「やりたいね〜!」ばっかりで、せっかく、パーフェクトな日本語を喋るのに、女の話ばかりで、どうしようもない女好きの最低の野郎であった!!
我々3人皆で、「てめえは、本当にどうしようもねえな!!」って、コケ落して、ナジり倒してやった。
何か日本人を騙そうとする野郎だと思い、だから観光客の多い、スレてる観光地は好きになれないと感じた。
それが、この14〜5年後に発刊された沢木耕太郎の『深夜特急』を読んでいた時、本の中に、日本人に世話になっていたインド人少年が、寄宿していた家から、何度も脱走していた話が出てきた。
そいつが、アショカと言う名前で、長い年月の昔を思い出し、おっ〜! と 思いっきり、ビックリ!!
この本の時期の4〜5年位後に、私らが、変な方に成長して、面倒を見ていた人もガッカリの、「アショカの野郎にカジュラホで出会っ〜た。」 という事になる。
人との出会いは面白いなと感じた。 -
カンダリア・マハーデーヴァ寺院の有名なレリーフ
このレリーフだけは、皆が知っているし、全員が興味がある。
しかし、レリーフは思ったより小さく、エロチックというよりもマンガチックであった。 -
カジュラホ観光のインド人と
彼らに、「汚いカッコしてるな〜!!」と言われる。
財布など、物を入れたら、取り出すのが大変な、深い前ポケット付きの、力車マンシャツ。
オーダーメイドのピジャマのズボン。
ギリシャで買った皮草履。
日本の5円玉を首から掛けて。
もう〜、インド人も、びっくりヨ!! -
東の寺院に行く途中の部落
東の寺院は、かなり離れた場所にある。
結構遠くまで歩き、センターまで、イタリア人団体の大型ツーリストバスに頼んで、乗せて貰う。 -
東部のパールシュバナート寺院
チャタプールでは、いつもの食堂、いつものチャイハネでのんびり過ごす。
素朴な町チャタプールから、午後3時にバスでMahobaへ行き、夜行列車でベラナシへと向かう。
次は聖なるガンジス河のベナレス観光だ!!
インドの旅はまだまだ続く・・・・・・。
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