2008/07/28 - 2008/07/30
198位(同エリア238件中)
wwitssさん
- wwitssさんTOP
- 旅行記54冊
- クチコミ0件
- Q&A回答3件
- 29,134アクセス
- フォロワー0人
キジル千仏洞へ
7月28日(月)
雨模様の10時、ホテルを出発して「キジル千仏洞」へと向かう。
「天山南路」の要衝として知られているクチャは、仏教東漸と縁が深い。仏典を漢訳した高僧・鳩摩羅什の出身地であり、七世紀には、西遊記で知られる唐の玄奘三蔵法師が、天竺(インド)ヘの旅の途中に立ち寄っている。
イスラムの地となった今でも、山麓の水辺には多くの仏教遺跡が点在する。三世紀から九世紀ごろにかけて掘られた236の石窟に、計約1万平方メートルの仏教壁画が残る。その壮麗さは、敦煌・莫高窟にも比肩しうる。ただ、塑像はイスラム教徒に破壊され、顔を削り取られた涅槃仏など少数しかない。四面の壁、天井に、如来、菩薩、飛天、釈迦仏の前世の物語に登場する動物たちが、交響楽団のようにびっしりと配置されている。破壊された窟にわずかに残る壁画の断片も美しい。ガンダーラ美術を思わせる西洋系の顔立ちの仏が多い。第八窟に描かれた伎芸飛天が抱える楽器は、奈良・正倉院の国宝「螺鈿紫檀五絃琵琶」と同型という。
書物にはこう書いてある。
年間降雨量50mlほどのこの砂漠地帯では、今日の雨は珍しいようだ。途中の道は工事中でガタガタ、そのうえトラックが多く渋滞が続いている。
「クズルガハ烽火台」が見えてきた。
クズルガハとは赤い色の関所と言う意味で、烽火台は2000年前に日干し煉瓦で造られ、高さ17.8m、幅5mであった。ようだ。
キジル千仏洞に到着
7月28日(月)その2
道路工事のためガタガタ道を揺られ、やっとのことで「キジル千仏洞」に到着した。
ここは中国でも一番古い千仏洞で、4〜6世紀の石窟が多い。
チケットを買うと、ガイド嬢が石窟を案内してくれる。
入口に”鳩摩羅什(クマラジュ)の像”がある。
鳩摩羅什は、著名な仏教学者で父がインド人母が亀茲王の妹で、長安で300巻以上の仏経を訳して大乗仏教の発展に努めた。 そうです。
石窟に入って見たが、ほとんど壁から剥がされた無残な洞窟ばかりである。ドイツの探検隊による盗掘とイスラム教徒による顔の部分が消されている。紅衛兵 による破壊もあったようだ。
ここはカメラ禁止で石窟内の撮影は出来ない。
隣の研究所内にレストランがあり、昼食をしよう。土産物も販売していて売り子のおばさんがさかんに買わせようと頑張っていた。
17時いったんホテルクチャ飯店に戻り、シャワーを浴びて小休止。20時食事のため市内へ。ぶらぶら探したらレストラン街やショッピング街、娯楽施設のエリアに出くわした。いろいろ揃っている。今日は火鍋料理にしよう。
南彊鉄道鉄道寝台車
7月29日(火)
今日は南彊鉄道夜行列車に乗るため夕方まで時間がある。
10時クチャ飯店を後にクチャ市内の観光へと出かけた。
先ずは「庫車(クチャ)王府」へ。ここは、亀茲王国の王府で現在も王の末裔が生活をしているそうです。
博物館には歴代の資料・宝物が展示されている。
次は「庫車大寺」へ。
クチャ大寺はクチャ(庫車)の旧市街にあり、イスラム教建築物として有名。イスラム教がクチャ(庫車)に伝播した後、約15世紀頃に建立された。
このクチャ大寺はクチャ(庫車)県の新市街から約4km離れている。また、新疆内においてカシュガル(喀什)のエイティガール寺院に次ぐ大寺として知られる。
寺院の面積は1165?、アーチの高さは18.3mで全て青レンガで造られている。寺院は主に二つの部分に分けられる。一つは大寺院主体、もう一つは信者が礼拝で使用する大殿。礼拝堂の北には名声と威厳を感じさせる「宗教法廷」がある。それは政治と宗教が合わさって誕生した。また新疆に残る数少ないイスラム教司法機関の遺跡であるため、貴重な研究材料になっている。それにしても、何処のイスラム寺院もそうだが、偶像を廃するイスラム教寺院はなにもない。
若い女性2人が近寄ってきて説明をしてくれた。彼女たちは学生で、宗教を研究していて、ボランティアで案内している。通常女性は入れないのだが、案内と言うことで許可されているようだ。
いったんホテルに戻り荷物をまとめて、13時街1番のスーパーに寄ったりして、昼食を採りにいつもの街に出かけた。
今日は東北餃子店へ行ってみよう。ここはビールが飲めるのでぎょざ&ビールで腹ごしらえ。
南彊鉄道夜行寝台車
7月29日(火)続き
餃子をたらふく食べた後、腹ごなしと時間つぶしで近所をぶらぶら。
市場に出くわした。
衣料品・日用雑貨などの生活用品が所狭しと陳列されている。ここは漢民族の市場のようだ。
そう言えばクチャのこのエリアはウイグル人がいない。漢民族村のようだ。
道を挟んで今度は食品市場だ。
豊富な品ぞろえは、中国人の食生活がいかに豊かか、人々の元気なこと、元気おばさんが店を切り盛りしている。
19時半、今夜の晩飯は”英子の店”と書いてあるちょっと気になっていた店に入った。
さあ、夜行列車に乗るため”庫車(クチャ)火車駅”へと向かう。ここで1週間同行してくれたガイド君と運転手とはお別れだ。
20時40分クチャ駅到着と同時にものすごい雷雨!
雨の少ない砂漠のオアシスには本当に珍しい。
そこでまた荷物検査の厳しさ、全部開けさせられて水分は全て没収。やっとのことで待合室へ。
クチャ発22時12分〜ウルムチ着13時2分の列車に乗るのに、軟席(グリーン)を頼んでいたのだがどうしても取れず、2階4人ベッド部屋が取れていた。コンパートメントにはなっていないが、まあしょうがないか。
南彊鉄道ウルムチ駅に到着
夜行寝台車は4人席で2段固定ベッド、硬席ではあるがまあまあの寝心地である。
同席の品の良い中国人婦人と話がはずんでいる。久々にインテリ層に逢えた。
彼女は石油会社の社員で3ヶ月間現場で休みなく勤務し、1ケ月休みが取れる。月給は1万元全食付き2人部屋生活、近所にはお金を使うところはあまりない。このクラスの給料は上海の一般給料3〜6千元と比較すると大変高給取りであるが、家族とは離れた生活になるのがネックだと言っていた。
途中トルファン駅で30分ほど待ち合わせ時間があり、13時ウルムチ火車駅(汽車はバスのこと)に到着した。ここで品の良い婦人とはお別れ。
迎えの車でホテルに向かったが、到着したホテルはウイグル族エリアで”民族村”と言われているそうだ。ホテル前歩道はものすごい人で溢れていて、物売りや商店の呼び込み、買い物客でごった返していて話声なんか聞こえない状態だった。
チェックインし、夜行列車の汚れをシャワーで落とし昼食に外出。韓国冷麺があった。
一度ホテルに帰り、夕食まで小休止する。
街に出て屋台でメロン(15元)を買って、レストランに持ち込み食する。甘くてとてもうまかった。
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー
-
キジル千仏洞,石窟に入って見たが、ほとんど壁から剥がされた無残な洞窟ばかりである。ドイツの探検隊による盗掘とイスラム教徒による顔の部分が消されている。紅衛兵 による破壊もあったようだ。
ここはカメラ禁止で石窟内の撮影は出来ない。
入口に”鳩摩羅什(クマラジュ)の像”がある。
鳩摩羅什は、著名な仏教学者で父がインド人母が亀茲王の妹で、長安で300巻以上の仏経を訳して大乗仏教の発展に努めた。 そうです。 -
「庫車大寺」クチャ大寺はクチャ(庫車)の旧市街にあり、イスラム教建築物として有名。イスラム教がクチャ(庫車)に伝播した後、約15世紀頃に建立された。
このクチャ大寺はクチャ(庫車)県の新市街から約4km離れている。また、新疆内においてカシュガル(喀什)のエイティガール寺院に次ぐ大寺として知られる。
寺院の面積は1165?、アーチの高さは18.3mで全て青レンガで造られている。寺院は主に二つの部分に分けられる。一つは大寺院主体、もう一つは信者が礼拝で使用する大殿。礼拝堂の北には名声と威厳を感じさせる「宗教法廷」がある。それは政治と宗教が合わさって誕生した。また新疆に残る数少ないイスラム教司法機関の遺跡であるため、貴重な研究材料になっている。それにしても、何処のイスラム寺院もそうだが、偶像を廃するイスラム教寺院はなにもない。 -
このエリアは新興住宅地で大きなマンションがかたまっていて、夕方から市が開くそうです。
すごい人だかりで何でも売っている。中国人のエネルギーを感じられた。 -
ここは漢民族の市場のようだ。
そう言えばクチャのこのエリアはウイグル人がいない。漢民族村のようだ。
道を挟んで今度は食品市場だ。
豊富な品ぞろえは、中国人の食生活がいかに豊かか、人々の元気なこと、元気おばさんが店を切り盛りしている。 -
「西白楊溝景区」ここには大きな滝がある。周りの山腹には”カザフ族の観光用パオが沢山あり、林間レストランや観光乗馬など、にぎやかなものだ。
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
5