2007/10/22 - 2007/10/22
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京都の伏見・中書島は豊臣秀吉(1537−1598年)が伏見城を建造した頃から城下町として栄えた。豊臣家滅亡後、徳川家光(1604−1651年)が伏見城を取り壊し、城下町の機能を失った後は伏見城の外堀(現在の濠川)を利用した水運の拠点となった。京都で角倉了以(1604−1651年)が開削した高瀬川が完成すると、宇治川、淀川を介して京都と大坂を結ぶ重要な船着場、宿場町として栄えた。現在も観光用の三十石船、坂本龍馬が薩摩・長州との連絡に使い幕府側の暴漢に襲われた寺田屋事件で知られ、妻お龍との出会いの場所ともなった船宿・寺田屋などを訪ねる人が多い。濠川河畔は伏見港公園として整備され遊歩道から見る江戸時代当時の三十石船は風情がある。
伏見は酒どころとしても有名で江戸・明治期の古い酒造諸道具などを展示している月桂冠大倉記念館、江戸中期に伏見奉行が創建した、朱塗り門と本尊の八臂弁財天で知られる「伏見の弁天さん」と親しまれる長建寺など見所が多い。
(写真は濠川に係留されている観光用の三十石船)
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伏見城の外堀だった現在の濠川に係留されている観光用の三十石船。
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長建寺の碑。
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朱塗り門と本尊の八臂弁財天で知られる「伏見の弁天さん」、長建寺山門。
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長建寺山門の説明板。
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長建寺の境内。
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江戸・明治期の古い酒造諸道具などを展示している月桂冠大倉記念館。
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濠川河岸に造り酒屋が見える伏見らしい光景。
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月桂冠大倉記念館。
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船宿・寺田屋に近い竜馬通り。
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坂本龍馬が薩摩・長州との連絡に使い幕府側の暴漢に襲われた寺田屋事件で知られ、妻お龍との出会いの場所ともなった船宿・寺田屋。
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船宿・寺田屋の碑。
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旧高瀬川。
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旧高瀬川にかかる石橋。
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濠川の光景。
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濠川の光景。
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高瀬川を開削し京都と大坂を結ぶ水路を造った角倉了以(1604−1651年)の功績を称える伏見港公園の石碑。
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伏見港公園周辺の光景。
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