2007/05/05 - 2007/05/05
54位(同エリア83件中)
よっしーさん
朝10:50分発済南行きの飛行機に乗るため、首都機場へ向かう。早めに到着し、チェックイン手続きを済ませようとすると、「なんと!!」フライトがキャンセルされ、午後の便に振り替えられてしまった!!結局、首都機場で4時間近く待ちぼうけ。
結局、飛行機も遅れ済南についたのは、16時前。
昼過ぎにはついているはずが、この結果で予定が大きく狂いそうになるも、これこそ旅のだいご味と、急きょ、日程の整理などにせいをだす。
趵突泉のみを見学する。済南は、市中いたるところに泉がわく
済南といえば、そのほかにも、日中戦争の中の一つの出来事として、済南事件が起きた場所でもある。日本の侵略の被害となった代表的都市のひとつでもある。全く予定になかったが、その展示も見る機会があった。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
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早朝、ホテルをチェックアウト
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首都機場にて。
乗る航空会社は山東航空(SC)
首都機場でのチェックインは、中国国際航空のカウンターにて。表示は、「山航」とりゃくされてる。
中国語は、日本語以上によく省略する場面を目にする。 -
昼食。スープが美味だった
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中国国際航空の飛行機がたくさん。
そのほか、中国東方航空と海南航空をたくさん見た。
海南省は、日本の沖縄のようなところで、一大リゾート地として、今後も発展していくようだ。 -
済南空港から、市内へ向かうバスより。
済南空港は、とても奇麗な空港だった。 -
ホテルの近くのビル
建物にも、斉や魯という文字が多く使われている。
春秋時代と戦国時代において、中国経済・文化の中心として栄え、現在にも影響を与えた山東省の2国だけに、いまでも山東省の人たちにとって、特に魯は精神の都として誇り持ってよく使われているようだ。
ちなみに山東省の車のナンバーは、「魯」ナンバー -
17時は回ってしまったが、趵突泉へ
無数の泉がある。ここは、歴代皇帝が何度となく訪れ、春秋時代には、すでに諸侯会盟の地「礫」として知られていたそうだ。 -
まず最初
こんな感じで無数の碑文も存在する -
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これが趵突泉
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最近のもののよう
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清の時代のもの
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明の時代のものらしい
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お茶でも一杯というかんじ
湧き出る泉の水を沸かして、茶を作ったのでしょうか。 -
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確か宋の微宗の遺物だったっけな
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という感じで、ぶらぶらしていたら、済南事件の記念碑と展示館を発見
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南京の記念館とは違うものの、たくさんの残酷なパネルを見ることができた。
改めて戦争の憎さ、二度と繰り返してはならない過ちについて実感した -
国恥として、生涯、中国の人々が忘れることはないであろう
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そして、再び泉を見て歩きつつ、出口を探す
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市民の憩いの場、泉城広場より
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現在宿泊中のクラウンプラザホテル
デラックスルームにアップグレードしてくた。
ラッキー -
ホテルのへや
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部屋にはドラゴンフルーツなどがサービスで置いてあった
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泉城公園にて。
諸葛亮の像。実は、諸葛亮は、山東省生まれの人。
そのため、彼は斉の名宰相晏嬰をとても尊敬していた。 -
ホテル近くのパン屋にて。
新製品「富士山」
触感はふんわりしているそう。明日でも、チャレンジしてみよう
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