2006/02/22 - 2006/03/02
1580位(同エリア6143件中)
seitani5766さん
- seitani5766さんTOP
- 旅行記13冊
- クチコミ0件
- Q&A回答2件
- 130,672アクセス
- フォロワー2人
会社時代や、アメリカ旅行から付随して国境地帯のメキシコ地域まで行くことはあったものの、今回のようにメキシコ専門の旅行は始めてである。今回は第一回目として、メリダとメキシコ・シティを訪問した。その目的は、”ピラミッド”の見学と世界最大の人口を持つ街”メキシコ・シティ”で人や人々の動きを見ることである。
尚、ピラミッドの見学は、メリダで” Chichen Itza”とメキシコ・シティで” Teotihuacan”見る予定であったが、残念ながら、” Chichen Itza”は諸般の理由により行くことが出来なかった。従い、今回は” Teotihuacan”のみ。
その諸般の理由とは、Websiteの?メキシコ観光・松永さんの話では、咋年になって転落事故があっために神殿(ピラミッド)に昇れないが、それでも行く必要はあるとのことでツアー会社(米国のGRAY LINE社)に予約した(GRAY LINE社、以前にも、アメリカ国内ツアーでも参加したことがある)。が、残念なことに双方の誤解で結局行けなかった。即ち、回答の通りにメリダ市内の所定の場所にいくも、その場所にはGRAY LINE社と待ち合わせるものはなにもなく空振り。日本に帰ってから問い合わせるもGRAY LINE社は”カンクン”の会社と契約をしており、そこから私のホテルへピックアップのために人を派遣したとのこと。でも、申し込んだときにWebで支払ったがこれを取り戻すのに約半年以上も掛かった。また、その翌日、地元のツアー会社で同じ”Chichen Itza tour”を予約をするも、その会社は私のFlight時間にも十分間に合う時間帯であったが、ところが、いざ出発した後、念のためにメリダ帰着時間を確認すると、とても、Flightには間に合わないことが分かりツアーの途中でツアーバスを止めて下車し、タクシーを使って市内まで戻った。でも、メキシコ・シティでのツアーは不都合なく楽しんだ。
でも、こんな一面あるも反面、メキシコ人は陽気で音楽が大好き、日本でも云われたが、子供達がお金を求めて寄ってくることがあるよ、といわれたがこれもなく、将に物価も廉く快適の旅情であった。
因みに、今回のメキシコ旅行では、”さすらいおじさん”と?メキシコ観光”松永”さんのお世話になった。御礼もうしあげます。
上の写真は、公園でダンスを習っている一般市民。これぞ、メキシコの原風景か?
これが、日本とは全く違うダンスホールでの傾向に繋がるのか?女性だけできた客でも、平気で他の男性と踊る。私も、メキシコ・シティで”サルサ”をやっているダンスホール(Hidalgo)に入ってみた。でも、見るだけ。
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 航空会社
PR
-
Merida, MEX
モンテホ邸(Casa de Montejo)
メリダ市を州都とするユカタン地方はスペインのモンテホ卿(Francisco de Montejo y Leon)に征服された。が、ユカタン地方のみならずメキシコ全体でも先住民とスペイン人の混血人種が人種の大多数を占め(所謂、メスティーソ)、これがアメリカ合衆国などとは全く違った価値観を持つようになっている。アメリカ合衆国とは、あれだけ長い国境線をもつにもかかわらず米ドルは通用せず、英語も話せない。このことは、かってのスペインが偉大であったことよりも、メスティーソの存在が原因であろう。
因みに、モンテホ邸では先住メキシコ人を押さえつけるような彫刻があるが、いまでもスペイン人よりも先住民がより下層であると、いまのメスティーソ中心のメキシコ人もみなしていることであろう。実際、メリダ市内にも先住民の”ものもらい”などもいた。
モンテホ邸は、征服時に建てられたもので(1549年建造)、非宗教建築としてはメキシコで一番重要な建物である(通常か、教会などキリスト教に関わるものか、ピラミッドなどの宗教に関わるものが多い)。
20世紀になっても、まだ、Montejo家族が使っていた。 -
Merida, MEX
“Capital Americana de la Cultura”が開催されたときのマンホ−ルの蓋
“Capital Americana de la Cultura”は、1997年に中南米のアメリカ文化を明確、明示にしようとする団体”Organización Capital Americana de la Cultura”(Xavier Tudela氏が中心)がたちあげたもので、Merida市が第一回目に選ばれ2000年にそれに伴う会議やパレードが行われた。(詳細は不明)
爾後、毎年一回ずつ中南米の文化の中心を表す都市で開催されている。
2001 - Iquique (Chile)
2002 - Maceió (Brasil)
2003 - Panamá (Panamá) と Curitiba (Brasil)
2004 - Santiago de Chile (Chile)
2005 - Guadalajara (México)
2006 - Córdoba (Argentina)
2007 - Cuzco (Perú) -
Merida, MEX
Iglesia de Jesus
Downtownでの宗教的建造物 -
Merida, MEX
Iglesia de Santiago
Downtownでの宗教的建造物 -
Merida, MEX
Yukatan州々庁舎(Palacio de Gobierno)
独立広場の前にある。 -
Merida, MEX
Yukatan州々庁舎内部
同庁舎の二階であるが、マヤ民族の歴史を語る壁画が多い。壁画の作者は、ユカタンの画家フェルナンド・カストロ・パチェコであるとのこと。ピアノ演奏も行われていた。 -
Merida, MEX
ユカタン人類学地方博物館(Museo Regional de Antropología de Yucatán)
パラシオ・カントン(Palacio Cantón)という建物の豪華な客間が博物館になっていて、一階部分でユカタン半島の歴史が概観できます。
ユカタン地方の古い”数字”が見所のようである。また、ユカタン人の頭蓋骨が平べったくなっているのは、当時の美意識か、子供の頭を板で挟むさまなども紹介されていた。 -
Merida, MEX
ソカロ(Zocalo)での風景
後ろにある建物は、市庁舎 -
Merida, MEX
子供達のパレード
パレードシーズン(多分、カーニバルだと思うが)であったが、今日は子供達のパレードで、ディズニーのアニメや映画の習って扮装した子供達が三十数組も各組ともに異なったテーマ(この組は、”ダンボ”やまた別の組は”美女と野獣”などなど)で行進をしていた。 -
Merida, MEX
Downtownにて
メリダ市は、人口70万人を超えているがその割にはDowntownは狭い感じ。
先住人の”ものもらい”などもいた。
メキシコでは何処でもそうであるが、自動車は”フォルクスワーゲン”が圧倒的に多い。二番目は、”日産”である。最も、フォルクスワーゲンの所謂”ビートル”を最後まで生産したのがメキシコであるとか。また、バスはメルセデスベンツの中型バスが多い。 -
Mexico City, MEX
Mexico City地理的位置
いまでは、人口2,000万人を超える世界最大の都市であるメキシコ・シティの歴史をみる。
メキシコ盆地の東側にはネバダ山脈、西側にはラス・クルセス山脈、南側にはアフスコ山脈があり、盆地の標高は、約2,235mもある。盆地の中央にある湖は、北側はスムパンゴ(Zumpango)湖、シャルトカン(Xaltocan)湖、中央はテスココ(Texcoco)湖、南側はショチミルコ(Xochimilco)湖、チャルコ(Chalco)湖と呼ばれている。湖の中央から北部にかけては塩水湖であり、南側は淡水湖である。湖の深さは、1m〜3m程と浅い。しかしながら、湖は16世紀以後埋め立てや湖水の低下がおこり、今日ではごくわずかな部分が残っているに過ぎない。テスココ湖の中にある島が当時のアステカの都のテノチティトランで今日のメキシコ・シティの中心部でもある。アステカ帝国を滅ぼしたスペインによって埋め立てられ現在のメキシコ・シティになっている。
写真は、Templo Mayor(テンプロ・マヨール)にある概観図。この地図の中からでもメキシコ中央高原の”テオティワカン(Teotihuacan)”は、標高約2200mの高地にあり、紀元前150年ごろから人間の居住か始まり、紀元前後から大都市として発展し始めた。その後、メキシコ湾岸、オアハカ盆地、マヤ低地にまで影響力をおよぼした。テオティワカンは、メソアメリカを代表する文明であり、メソアメリカ最大の古代都市でもあったこともこの概観図からもよくわかる。 -
Mexico City, MEX
国立宮殿(Palacio Nacional)
アステカ時代に皇帝モクテスマが居城として使っていた城で、いまでは、メキシコ大統領が住んでいる。
目の前にソカロ(Zocalo)があるが、幅はソカロと同じように広い。メキシコと謂えどもスペインから統治をされたときから数々の革命を経て、いまのメキシコ(メキシコ合衆国=Estados Unidos Mexicanos)になっている。 -
Mexico City, MEX
国立宮殿内部の壁画
壁画の一つ。真ん中当たりに、”蛇をつかんだ鷲”の絵があるがサボテンの上に止まったところに都を造れ、と云う、アステカ族のご神託があったところで、これがメキシコの国旗の図柄の一部になっている。 -
Mexico City, MEX
メトロポリタン・カテドラル(Catedoral Metropolitana)
メキシコ・シティはスペイン人の1519年スペイン人エルナン・コルテス(Hernán Cortés)に征服されたが、そのコルテス総督がキリスト教の布教を目的にして約100年以上の日時をかけて完成させたもの。 -
Mexico City, MEX
国立人類学博物館(Museo Nacional de Antropologia)
“メキシコ古代文明の集大成”とでも謂われるもので、しかも、日曜日に訪問したので、こんなに素晴らしいものが無料。日本のことを考えると、将に不思議。
写真は、”アステカ・カレンダー”で、地球の歩き方=メキシコ編から文章を借りると”太陽の石は単に月日を刻むだけではなく、アステカ人の神秘的な宇宙感を表現している”。
自分も、この模型をティファナで買ったこともある。 -
Mexico City, MEX
グアダルーペ寺院(Basilica de Guadalupe)
世界三大聖母マリアとは、ポルトガルのファティマ(1917年5月13日聖母マリア出現)とフランスのルールド(1858年2月22日聖母マリア出現)とここメキシコのグアダルーペ(1531年12月9日聖母マリア出現)のことであるが(“さすらいおじさん”から)、グアダルーペ寺院の賑わいぶりは、かっては法王もミサをあげたといわれる2万人以上も入れる新聖堂もあるなどメキシコ唯一の先住民の信者をもつ。グアダルーペ聖母は黒い髪と褐色の肌をもっていることからスペイン征服以前からあり、スペイン征服軍から肌色の違う先住民を護ることに本寺院の特色があったのかもしれない。
深夜にもかかわらず、大勢の人がグアダルーペ寺院を目材して行進する様子は、例えば、写真にもあるように看護士の団体かもしれない。
兎に角、カソリック教徒の人々、といっても90%以上がカソリック教徒、夜間に行進するのは、日本人のとっては不思議な出来事かもしれない。丁度、日本人が夜中から初詣のために寺や神社にいくのと同じかもしれない。 -
Mexico City, MEX
月のピラミッド(Piramide de la Luna)
テオティワカン(Teotihuacan)にある二つのピラミッド(神殿)の一つで、もう一つは太陽のピラミッドである。テオティワカンは、350年から650年に繁栄のピークを迎えたが、その後、8世紀頃には戦いもなかったのに人々は消えてしまった。どうも、人口が20万人以上にもなると下水処理や疫病などで一挙に人が住めなくなるのでは…そんな感じでいまは廃墟となり、アメリカ最大の都市遺跡となっている。 -
Mexico City, MEX
ベニート・ファレス記念碑(Benito Juarez Memorial)
メキシコの大統領を二回(1861-63、1867-72)も選出された先住民サポテカ族出身で、最も尊敬されている人物。法律を学び、その後政治家となり、農地改革のリーダーとなりインディヘナの権利を守ることに尽力した。肖像の横にはメキシコのシンボル(月桂樹とサボテンの上に立って蛇をくわえるワシ)が描かれている。
尚、メキシコ・シティの国際空港は、ベニート・ファレス国際空港と呼ばれている。後ろの公園は、”アラメダ公園(Alameda Central)”である。 -
Mexico City, MEX
アステカ民族の厄除け -
Mexico City, MEX
コロンブス記念像の前で結婚式の写真を撮る人 -
Mexico City, MEX
レフォルマ通り(Paseo de la Reforma)界隈の珍しい?宣伝
この項、終わり
この旅行記のタグ
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
この旅行記へのコメント (2)
-
- さすらいおじさんさん 2007/01/19 18:45:59
- メリダ、メキシコシティ
- 猪谷 盛一さん
メリダ、メキシコシティ、懐かしいです。
私も現地ツアーで迎えのバスが予定通りに来なくて、時間が狂ってしまったこと、今回のヨーロッパ旅行でも英国のバースなど何度かありました。
個人で手配するので旅行社も団体より優先順位が下げいると感じたこともありました。でも苦労しただけ印象深くその街を覚えているので結果的には良かったと思います。
メキシコに行かれる前に、たいした情報をお渡しできなかったのに、お礼などいただき恐縮です。
- seitani5766さん からの返信 2007/01/19 19:18:54
- RE: メリダ、メキシコシティ
- さすらいおじさんへ。
メキシコへの旅は、私に言わせれば思ったよりも素晴らしいと思いました。
今回を初めてですが、ニ度も三度もアメリカが終われば参加したいと思います。
なかでも、メキシコ人のよいところは、スペイン人との混血社会をずっと継続しているからかもわかりません。このところが、白人中心のアメリカ社会との大きな違いだと思います。
失礼いたします。
猪谷 盛一
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
2
21